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Togetter - 山形浩生氏と國分功一郎氏のチュニジア論争
http://togetter.com/li/90895

コメント(6)

【映像】國分功一郎×千葉雅也「スピノザの哲学原理」2011年2月19日
http://junkudo.seesaa.net/article/190950196.html
ニコ生PLANETS 5月号​「震災後の想像力―3.11と​日本社会」
http://live.nicovideo.jp/watch/lv41240102

3.11の東日本大震災以降、
日本社会は戦後最大級の緊張感に包まれており、
危機がもたらした日常と非日常の混在はいまだ継続中です。

状況は一方では国家という装置に対する注目を集め、
一方ではエネルギー問題が日本人のライフスタイル感に強い影響を与えつつあります。

また震災は、インターネットの登場以降ゆっくりと進行していたメディア環境の再編を強く押し進め、
原発事故の拡大は日本の外交に決定的な影響を与えつつあります。

そこで今回は、ゲストに國分功一郎、濱野智史両氏を招き、
この「戦後最大の国難」が与える日本人の国家観、生活観、
そして文化の変化について検討します。

この進行中の大状況は私たちの想像力に何を与えたのか。
そして、これから人々が求める想像力とは何か。

【予定トピック】
■震災から45日――「3.11」後の日本社会はどう変貌したか?
■震災は日本人の「国家」観を変えたか?
■メディアと震災 ――震災報道に見る現代日本メディア
■震災から考えるインターネット社会の様相
■震災は日本人の想像力に何をもたらすか?
■危機に必要な思想とは?
■3.11後の世界(日本社会)はこうなる?

【出演】(敬称略)
司会
宇野常寛 (評論家・『PLANETS』編集長)
ゲスト
國分功一郎(哲学者)
濱野智史(環境情報研究者)
【レビュー・書評】スピノザの方法 [評者]斎藤環(精神科医) - 書評 - BOOK:asahi.com(朝日新聞社)
http://book.asahi.com/review/TKY201104120190.html

■哲学を可能にした「方法」を問う

 神に酔える哲学者、スピノザ。汎神(はんしん)論やコナトゥスといったその“肯定性の哲学”は日本でも人気が高い。超訳ニーチェに続き超訳スピノザが売れたとしても私は驚かない。

 ところで本書は単なる「スピノザ入門」ではない。その哲学を可能にした「方法」をひたすら問うこと。それがこの異様にリーダブルな哲学書の通奏低音である。

 私はこれまで、デカルト的二元論の「切断性」にスピノザ的な「連続性」を対立させて考えていた。しかし著者によれば、これはよくある誤解らしい。デカルトの哲学は説得のための哲学である。スピノザは説得を放棄することでデカルトの限界を乗り越えようとした。スピノザは命令しない。ただ「一緒にやりましょう」と誘惑するのだ。

 その違いは、スピノザによるデカルトの注釈書『デカルトの哲学原理』のテクストの緻密(ちみつ)な検討から明らかになってくる。もちろんここでも問われるのは、その「方法」だ。

 方法論を問うことは、ただちに「方法論のための方法論のための方法論……」という無限遡行(そこう)の問題に突き当たる。この逆説をどう克服するか。著者による整理は簡潔である。「精神は、みずからの形成する観念の連結によって指導・制御される。そしてみずからに固有の知性の諸法則に出会い、それを学んでいく」。つまり方法と方法論、あるいは行為と規範は区別できないのだ。

 かくして迎える第7章「スピノザの方法」は、本書のクライマックスである。思考の享楽、著者とともに考える愉(たの)しみがここにある。神の存在を証明したければ、証明しようとしてはいけない! なぜそうなるのかは、ぜひ本書を読んで確かめて欲しい。

 その方法を教育の理念とする著者は「教師はみずからの消滅をめざして活動」せよと述べる。それが私の考える理想の治療者に近いのは、たぶん偶然ではないだろう。
【新宿本店】 じんぶんや第68講│國分功一郎選「スピノザに近づいてみる――「倫理」と「思考」のための60冊+α」 | 本の「今」がわかる 紀伊國屋書店
http://www.kinokuniya.co.jp/20110209160048.html

ハイデッガーという大哲学者がこんなことを言っています――どんなに幅広く哲学を論じたとしても、〈問う〉ということによって私たちが感動させられていなければ、何も理解したことにはならないし、すべては誤解にとどまる(『形而上学の根本諸概念』)。
 ハイデッガーは二〇世紀の哲学を決定づけた、博覧強記の哲学者です。彼の本を読むと、「彼以上に難しいことを考えるのは無理ではないか」と思われるほどです。しかし、そんなハイデッガーも感動しているのです。哲学者の本を読み、問い、書く、そんななかで彼も感動しているのです。

 今回、私は『スピノザの方法』(みすず書房)という本を出版することができました。その中で問うているのは次のようなことです。ものを考えるにあたりわれわれは暗闇のなかをひとり手探りで進まなければならないのか? それともその暗闇のなかには道案内がいるのか? また道案内は可能か?
 道案内がいなければ我々はどうしてよいのか分かりません。しかし、道案内に従うだけなら、言われた通りにしているだけですから、ものを考えていることにはなりません。ではどうすればよいのでしょうか? スピノザはこの単純にして困難な問いに明確な答えを出しました。そしてその答えは、彼が『倫理学(エチカ)』の中で問うた、「いかに生きるべきか?」という問いにつながっていきます。
 私もまたこの問いについて考える中で何度も感動し、そしてその答えを見つけ出したときに大いに感動しました。今回、紀伊國屋書店「じんぶんや」にて私が選んだ本のフェアを行っていただけることとなりましたが、本を選ぶにあたって何よりも大切にしたのは、感動を与えてくれる本を選ぶということです。
 「感動」という言葉は手垢にまみれています。それは「涙を流してすっきりする」という意味ではありません。ハイデッガーの先の言葉は、「感動させる ergreifen」と「理解するbegreifen」をかけた言葉遊びになっていますが、この言葉遊びでハイデッガーが言いたかったのは、感動するというのは心をつかまれることであり、心をつかまれることによって初めて人は何かを理解するということです。ですから、ここに言う感動とは何かを理解する喜びに近いかもしれません。

 スピノザの哲学は、先に私が掲げた「暗闇のなかには道案内はいるのか?」という問いに貫かれています。この問いはありふれたものですが、スピノザのような答えをだした人は稀です。今回のフェアでは、このスピノザの答えに関わる本を、様々な角度から選び出しています。読者のみなさんはこれらの本を通じてスピノザの近くに行ってみることができるはずです。もちろん、スピノザ主義者になる必要などありません。ただちょっとスピノザの近くに行ってみるのは悪くない。スピノザの近くに行ってみてどうも性に合わないと思ったなら、また別の方に行ってみればよいのです。このブックリストにはそのための道しるべも記してあります。
 読書によって得られる感動のすばらしさとは、或る感動が別の感動を可能にすることです。私はスピノザについて勉強するなかで、「「諸根拠」の中の公理六が、『デカルトの哲学原理』では公理四として公理群の冒頭におかれている!」などということに感動できるようになりました(詳しくは『スピノザの方法』第四章をご覧ください)。この中のどれかに感動することができれば、感動はもっと広がっていきます。感動はすばらしいものです。みなさん、いろんなものに近づいてみましょう!
『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社)発売。
http://www.asahipress.com/bookdetail_norm/9784255006130/

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