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〜日記から始まる日々のエール〜コミュの【笑】 コンプレックス。

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 「先生、このクラスで一番最初にハゲそうなん誰ですか?」

 「そら、小野寺かmasaやろ」

 僕・小野寺「…」

 理科の授業で遺伝のメカニズムを教える僕らの担任教師(男)は五十才をして黒く豊かな髪が自慢のようで、まだほんの中学生の僕らに「おまえ達はハゲ予備軍、オレは成功者だ」と言わんばかりに、僕と小野寺に将来ハゲる容疑を勝手にかけてクラスの笑いをとっている。五十才をして。

 小野寺は中学生からの僕の友人で、休み時間によく地肌を見せ合った、いわゆる竹馬の友というやつだ。
 僕らはこの頃から既に髪が細く、そして少なく、さらには額の範囲が標準の五割り増しという悲しみの三重奏を奏でつつ今日まで生きて来たのだ。
 中二の頃、初めて育毛剤を買いに行ったときも二人一緒で、薬局の店長に相談して選んだ。サクセスを薦めてくれた店長が禿げていたのを覚えてる。
 各社のムース、ワックス、スプレー、ジェル。吟味を繰り返して選抜された整髪料たちを酷使しながら、皆よりも十分ほど早く起床して、髪のスタイリング時間にそれを充当する。ササっとオシャレな髪型に仕上げられる毛量、毛質だったなら、僕の生涯通算遅刻回数は半減していたに違いない。


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 高温サウナで顔が真っ赤に茹で上がった二十七才の小野寺が隣に座る。伝う汗のために結束した前髪の額に張り付く様が、水気を失って這い蹲るメザシのようなシシャモのような、とにかくその数は三匹だった。満腹感は期待できない数字だ。中学時代から悩まされ続けた毛髪はすでに悩む余地がないくらい荒廃した、正に不毛地帯となっている。首から下は黒々とした体毛に覆われていて、その形状は片方の乳首からもう片方の乳首へと連なっており、首下、鎖骨中央の麓(ふもと)からヘソ、さらには局部へと暗黒のシルクロードが続く。高温多湿のために湿潤した熱帯雨林は、後から来た多くの客を門前でリバースさせる程エグいビジュアルだったけれど、引き気味で見た絵は実に見事な十字を描いていて、クリスチャンの客などは礼拝を始める者もいたくらいだ。時代が時代だったらば、隠れ切支丹(キリシタン)として死罪を免れなかったに違いない。

 「君、そのお腹をどうにかしたまえよ」

 僕が言うと、彼はテンピュールみたいに低反発な下腹を擦りながら話し始めた。

 「最近、いい感じになった子とのことやねんけどな…」






 ・・・小野寺は入浴と睡眠時のほかは常時と言っていいくらい帽子をかぶっていて、その日のコンパの際には、とびきり上等なレザーのハンチング帽をかぶって来ていた。alain mikli(アランミクリ)のインテリ風黒縁メガネとよく合っていて、一見、メンズノンノ愛読家なお洒落さんに見える。
 彼の対面に座る女子(ユイちゃん)は4人いる女子の中でも際立った愛らしさを放っていて、ショートボブヘアに色白、童顔というロリコン三種の神器を備え持つ彼女に、小野寺の視線は釘付けになっていた。
 開始から一時間、なかなか彼女との会話の糸口を見つけられなかった彼に千載一遇の勝機が訪れた。

 「ぁあ!この曲めっ〜ちゃ好き!」

 “来た!”小野寺はテーブルの下で拳を強く握った。
 今回のコンパの店選びは彼が任されていて、音楽好きの彼は、お洒落なハウスミュージックが流れるその店を選んだ。これが値千金のファンタスティックチョイスとなったわけだ。

 「ユイちゃん、こういうの好きなんや」

 小野寺が得意げに、それでいて落ち着いた調子で言った。
 別メンバーの男子が、“ハイハイ出ました”の目をしていても、そんなことは靴の裏以上にどうでもよかった。そうだ。このときばかりは小野寺タイムなのだ。

 「ユイな、FreeTEMPO(フリーテンポ)すっごい好きやねん」

 自分を名前で呼ぶ女はバカっぽいと常々いっていた彼だったけれど、彼女の放つそれの可愛らしさを強く体感した彼は、長年のこだわりを即座に靴の裏で踏み潰した。
 そこから始まった小野寺による怒涛の音楽ウンチク波状攻撃は、ユイちゃんの心を確実に捉えていった。別メンバーの男女は、彼の暴走モードにそうとう邪魔臭い顔をしていたけれど、そんなことは靴の裏。ユイちゃん以外の女などは大気圏の外、宇宙の藻屑だった。

 赤外線通信でちゃっかり連絡先を交換した彼は、帰りの電車の中で、憎いほどほくそ笑みながら、彼女からの着信音を選んだ。早速、彼女からの『今日はお疲れ様』メールがFreeTEMPOの曲に乗ってやってきた。

 「来たぁ〜!」

 彼の言うそれは織田裕二というより、2ちゃんねるのそれに近い感じで気持ち悪かったけれど、ちょっとだけ微笑ましいな。とも思った。



 それから一週間くらい後、小野寺とユイちゃんの初デートは夜のドライブ。今日の帽子はニットキャップ。伊達メガネはもういらない。

 「一応、シートベルトしててな」

 「はぁ〜い!」

 夜の大阪港を彼の車(オデッセイ)で走り、好きな音楽を流す。窓の外には工場地帯の無機質な夜景。車内には現代を象徴する音楽。その両方が混ざり合った空間は独特で、二人を無人の幻想世界へと誘う。
 巨大コンテナが整列する港に車を停めた。街灯はない。遠くで貨物船の光がゆっくりと明滅していた。

 小野寺が助手席のユイちゃんを見る。
 暗い車中で、幼さを隠さない彼女の目が夜景を背負って煌めいていた。

 いつの間にか、助手席のシートベルトは外されていた。

 なんだかいける気がした。
 コンソールボックスを乗り越えて彼女に近づく。
 カーステレオは緩やかに8ビートを繰り返していた。

 彼女の瞼が下りて、確信。一気に接近する。
 唇が重なり合って、舌が絡み合った。

 数年ぶりのその感触、味。恍惚が彼を包み込んだ。

 燃え上がる二人は、後部座席に移動して更なる高みを目指す。
 絡み合う体。絡みつく舌肌。変えがたい幸福だった。

 「ぁあん!」

 思わず漏らした彼女。その両手が、にわかに力強く彼をかき乱す。
 その指先がニットキャップへと這い上がる。
 しかし、そこは彼のサンクチュアリ。他の介入を許さない聖域。
 駄目だ。ニット帽はディフェンス力は強いが、その壁が崩されたら最後、中には死に絶えた兵士が不規則にのたうっていて、その様子は米国ですら同情する凄惨さ。

 「あ」

 刹那にして小野寺は硬直した。
 美しくも力強い彼女の指先が、それを剥ぎ取ったのだ。

 消えうせた恍惚。吹き出すあぶら汗。
 恐れつつも片目だけで彼女の顔色を確認する。

 セ、セーフティー!

 この場所には街頭がないし、夜明け前は一番暗い。
 二度目のファンタスティックチョイス。

 若干の気後れは否めないけれど、気を取り直した彼は、こうなれば短期決戦だといわんばかりに彼女の衣服を剥ぎ取った。そう、夜明けは近い。もっぱら俺はヴァンパイア。

 フロントホックにやや苦戦はしたけれど、大丈夫。奮起した兵士も応援している。
 露わになった体は白く美しく柔らかい。まるで少女のそれだった。

 一瞬、塞ぎ込んだ彼の一角獣も一気に元の強靭さを取り戻し、奮い立った。

 「小野寺君も脱ぎなよ。ユイだけ恥ずかしいやん」

 「え、う、うん」

 来た。もう一つの関所。南の十字軍だ。
 しかし、躊躇している余裕はない。夜明けは近いのだ。

 ええい!思い切ってTシャツを脱ぎ取ったちょうどそのとき、猛スピードでやって来たトラクターのヘッドライトがオデッセイを激しく照らしつけ、二人の裸体が浮き上がった。

 「ひゃっ!」

 思わず声が出たのは小野寺だった。
 永遠のような数秒間。
 照らし出される、陥落した要塞と十字軍。二つのサンクチュアリは大阪のおっさんドライバーにその侵略を許してしまったのだ。
 暗闇を取り戻した車窓の向こうで、ぬっくん(温水 洋一)が手招きしているように見えた。

 超ビビりつつトラクターから顔を戻した彼が見たユイちゃんは、大人の顔をしていた。
 大好きだったユイちゃんの幼い笑顔はコンテナに積み込まれ、伏し目の似合う女の顔が眼前に在った。
 
 カーステは止まっていた。

 「人、来ちゃったし、行こっか」

 実に手際良く装着するブラジャー。寄せたり上げたりはしていなかった。

 「う…、うん。」

 心底、打ちのめされた彼は力なくTシャツを着て、ニット帽をかぶる。 シルクロードの最果ては不発のまま、カピカピの終焉を迎えた。

 後部座席から運転席へ移動するために車外へ出た彼は、暗闇の中に先程のトラクターの運転手を見つけた。二歩三歩、こちらに近づいて来た運転手が破顔気味で言った。

 「にいちゃん、邪魔してすまなんだな」

 「…い、…いす」

 悲しくなった。涙が出そうになった。
 すすり上げた鼻音は、暗闇の中で転がって海に落ちる。
 遠くで貨物船の光がゆっくりと明滅していた。

 帰り道、車中に流れる音楽は行きとは違う音で、二人の間に重く横たわっていた。
 
 
 
 
 


 ・・・露天風呂から見上げる星空は、湯煙に邪魔される。
 
 「そっか…、かわいそうに。それいつの話なん?」
 
 「おととい」
 
 「ホカホカやな!」
 
 「…ホカホカや」
 
 「まぁ、…けど、そこまでの女ってことが早めにわかって、…良かったやん」
 
 「…辛くなる励ましはいいです」
 
 「…」
 
 のぼせるまで二人で見上げた星空。風におされて煙が過ぎては顔を出す星たちが、ゆっくりと明滅しているように見えた。


                  ・

                  ・

                  ・


 中学時代から抱え続けている荷物を、いつか降ろせるって思ってた。根拠はなかった。だけど、その荷物は重くなっていくだけで、軽くはならないみたいだ。
 小野寺、オレもそのうち追いつく。二人で背負ったら、ちょっとはマシやろ?
 お前が背負う十字(架)は重たいけれど、歩ける。



 人間は皆、それぞれにコンプレックスを持っていて、悩まされる。
 ルックスのそれは、恋愛においてハンディキャップになるのだと思うし、あの子とうまくいかないのはそのせいだと憎んでしまう。でもどうにもならない。悩んでどうにかなることなら大いに悩め。その逆だったら、難しいことだけど、できるだけイージーに考えることにしような。ルックスが全部揃ったどこかのあいつが、みるみる女の子をゲトっていって、心底うらやましくなるし、全然うまくいかない僕たちは本当に悲しくなるけれど、それはその実、本当の愛を手に入れるのに遠回りではないのかもしれん。
 僕らの恋は実りにくいけれど、サクサク手に入れるあいつよりも、本当を見られる。あいつがルックスを武器に女を渡り歩いていても臆することない。そういう武器で戦える女子は経験値もあまりくれないし、浅い繋がりで終わるものだろうと思う。容姿の繋がりで手に入るインスタントラブなんか意味ない。要らない。

 戦おう。持たざる僕たちの恋は難攻不落に思えるけれど、戦えるはずだ。武器が無い?なら、ぶつかれ。そしたらきっと見えてくる。そうしてこそ見せてくれる相手がいるはずだ。百人に一人か?だったらあいつは千人に一人、いやもっとだ。

 つらい経験、恥ずかしい思い、悲しみ、いっぱい傷つく。
 でもな、最短距離が最短ルートとは限らん!
 曲がりくねった道でもちゃんと歩ける。


 よく見てみ。磨ける場所がいっぱいあるから。







 ・・・翌日、小野寺から電話が入った。
 
 「なんと!ユイちゃんからメールが来ました。明日デートします!ウへ」

 「え!貴様、裏切りか!」

 「ごみん。…けどなんで裏切り?」

 「死ね!」

 電話の向こうでほくそ笑む小野寺が簡単に想像できたけど、ちょっと微笑ましいな。とも思った。


 掴め。薬局では買えない、Success。

コメント(41)

一票exclamation
面白さと伏線の上手さに初投票しちゃいましたぴかぴか(新しい)
掴め。薬局では買えない、Success。 に一票。

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