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日記コレクションコミュの10.個人授業1

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作者:星緒
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腕時計を見る。 午後三時。

「時間になりました。 今日の授業はこれで終わりです。 そして既定の十回に達しましたので僕の授業は今日で終わりです。短い間でしたが、お付き合い頂きありがとうございました」

相変わらず鍵のかかったドアの向こうの生徒からの返事はない。

顔を見たこともなければ声を聞いたこともない相手に向かって 一方的に俺が二時間ずっと喋り続けるだけ。

それを繰り返すこと十回。

結局最後まで生徒に会うことは出来なかった。 担任から頼まれていたことはやった。
責められるようなことはない。 こうなることも予測済みだ。

しかし想像していた展開とはいえ、虚しさが残る。 溜め息をつき、ネクタイを緩める。

「なにやってんだ俺は」


六月の或る日の夕方。

高校時代の担任から電話があり、また呼び出され頼み事をされてしまった。
登校拒否をしている女生徒の家に行き、話し相手になってきてほしいとのこと。

カウンセラーでもない俺に出来ることは何もないとその場で断るも、
担任は十回、各二時間、その生徒の家に行ってくれば良いだけだと
無理矢理に押し付けてくる。

要するに学校側として何か行動を起こしてはいる、という事実があればいいのだろう。


登校拒否をしている生徒の名前は真田葵。高校一年生。

入学して早々、急に部屋から出なくなり、母親がいくら呼びかけても返事はなく、
必要最低限の会話もメールで済ますようになる。

困り果てた母親は担任に相談をする。
相談された担任は家庭訪問をするが一向に変化が見られない。
次に母親は専門のカウンセラーに相談するがこちらも変化の兆しは見受けられなかった。

そうして再度、相談を持ちかけられた担任が俺の名を出したという。

最初に訪問したのは梅雨特有の鬱陶しい雨が降り続く月曜日の昼。
俺を出迎えたのはすっかり憔悴しきった顔の母親だった。
俺は最後の頼みの綱、というわけか。

しかし俺が担任から言われているのは、 とりあえず「家に行った」という事実作りをすればいい程度のこと。

母親にはそれなりに神妙な顔つきで対応し、早速葵の部屋がある二階へと向かう。

「はじめまして。葵さん。今週から十回、二時間ほどずつ、あなたとお話をさせていただく者です。 宜しくお願いします」

ドアに向かって話しかけたが葵からの返事はない。
隣で母親が心配そうに見ている。 どうにも話しづらいので一階に下りてもらうことにした。

「葵さん?聞こえていますか?」

返事がないので会話にならない。 会話にならないのだからこちらが一方的に話をするしかない。

無理に励ますことも慰めることも同調もしたくなかったので 俺がここに来ている経緯、家族や友人、職場の話などをした。

以前、学校で臨時講師をした時に話したようなことをここでも話す。


二時間見続けたドアから視線を腕時計に向ける。

「では時間が来ましたので今日はこれで失礼します。またお伺いしますね」

階段を降りながら、これはなんとも面倒なことを引き受けてしまったと後悔する。

何度も頭を下げて礼と詫びを言う母親に会釈をして家を出る。

紺色の傘越しに見上げた空は、あの家の中の鬱々とした空気をそのまま請け負ったかのような
重く暗い灰色の雲で覆われていた。

「夏までにはひきこもり女子高生の相手は終わらせたいな」

何か特別な約束があるわけでもないが、赤の他人に無意味に時間を取られるのは嫌だ。

しかし一旦引き受けたものを断ることは出来ない。 頼まれた相手があの担任じゃ尚更だ。

とにかくさっさと終わらせるしかない。
時間の許す限り、なるべく葵の家に行き、少しでも早く終わらせることを考えよう。

店に戻り、スタッフに事情を説明してシフトを少し変更した。

そうして間を開けることなく訪問しては過去のあまりよろしくない話、
出会ってきた女性の話、つまり俺の経歴等を話し続け、 着々と回数をこなしていった。

おかげで夏の暑さを感じるようになった頃には訪問最終日を迎えることが出来ていた。

この家に初めて来た頃は湿度が高く空気もベタついていたが、今ではカラリと晴れていて気持ちが良い。

先程、最後の挨拶を終えた。

ようやくこれでこの暗い家や苦痛な時間から解放される。
カラリと晴れたこの天気のように俺の気分も晴れている。
この家を去ったあとは今までのように仕事をしたり、女の子達と遊ぶ生活に戻れる。

「…晴れていいはずなんだけどなぁ」

緩めたネクタイを首から抜き取ると、上着のポケットに入れた。

「虚しいっていうか、悔しいっていうか、なんていうか」

溜め息をつきながらシャツのボタンを一つ外し、下を向いて目を閉じる。

高校の担任の顔が浮かぶ。 葵の母親の顔が浮かぶ。
部屋に閉じこもる葵に向かって延々と一人で喋り続けていた、このドアの木目を思い出す。

「…癪、なんだよなぁ」

言われたことに関してはやり遂げたが、どうもスッキリしない。

何も解決していないからだろう。 俺は葵に何もしていない。
わざわざ二時間も喋り続けてきたのに何も変わっていない。

それは「俺の負け」のような気がするから「癪」なのだ。

「どうせつまんない理由でひきこもってんだろうが。 だから女子高生なんて年増はキライなんだよ」

顔を上げるとポケットからコインを出し鍵穴にはめて、くるりと回す。 簡単に解錠する。
それを今までしなかった母親は鍵を開けられなかったのか、開けなかったのか。

「入るぞー」

ドアノブを回し、部屋の住人の了解を待たずに中に入ると、 ベッドの方から、ヒイッと小さな叫び声が聞こえてきた。
毛布を頭から被る動きが薄暗いなりにも僅かに確認出来る。

「臭っ!」

カーテンを閉め切った薄暗い室内に入った瞬間、異様な臭いが鼻をついた。
カビ。洗濯物のすえた臭い。そして吐瀉物の臭い。
それら悪臭が入り混じり、部屋にいるだけで体が汚れそうだった。

手で鼻を覆いながらグルリと部屋を見渡す。
食べ残したコンビニ弁当、脱ぎ捨てた服、マンガ、ゴミ箱から溢れ返ったゴミ。
部屋の大半が不潔、不衛生なもので占められている。

「汚ねえなぁ。ホントに女子高生の部屋かよ。レースやリボンはどこにいった。石鹸の匂いはどこにいった」

毛布に向かって話しかけてみるが返事はなかった。

カーテンの隙間から微かに洩れる太陽の光で、割れた鏡の破片が光っている。
スリッパを借りていて良かった。

こんなとこを何も履かずに迂闊に歩いていたら、 足が汚れるだけじゃなく怪我をしているところだ。

ポケットに手を突っ込んだまま、 ガラスやゴミや洋服を踏みながらベッドに向かって歩いて行く。

「おい、こら」

ベッドの上の大きな毛布の塊に向かって声をかける。

「お前、よくもずっと無視してくれたな」

塊は返事をせず、ただブルブルと小刻みに震えていた。

「幼稚園で習わなかったのか?聞こえてるなら返事しろ」

相変わらず返事をしないので、毛布を勢いよく捲ってやった。

毛布を捲ると、それ以上は小さくなれないだろうというほどに膝を抱えた少女の、
幽霊のように長い髪の隙間から恐怖と怒りの混じり合った目が俺を見ていた。

「きゃーーーーーー!!!」

甲高い声が薄暗い部屋に響き渡る。

俺の声だ。 怖かった。ちょっと泣きそうだった。いや、泣いた。
脈のリズムが早すぎる。そんな16分音符は嫌だ。

「驚かせんな!怖いじゃねえかよ!!」

半狂乱になって少女に怒鳴る。 少女は何も言わず俺から毛布を奪い返すと、また頭から被った。

「おい、こら、ひきこもり。いいかげんにしろよ」

毛布の上から足で蹴る。

「いいのか?あんまり無視されてると俺、泣いちゃうぞ?」

いくら話しかけても返事がない。 溜め息をついたあと、窓の方に行きカーテンを開け、窓も開ける。
夏の強い日差しが部屋いっぱいに入ってくる。

「いい天気じゃん。たまには窓を開けた方がいいぞ」

煙草に火をつけた後、光が入り明るくなった部屋を見回す。 当然、灰皿はない。

「なあ。灰皿の代わりになるようなもんない?」

少女に声をかけるが毛布から顔を出すこともなく、返事が返ってくるわけでもなかった。

枕元に大切そうに置かれているクマのぬいぐるみが目に入る。
そのぬいぐるみを掴み、毛布に包まる少女の背中の上に置いた。

「どうやら灰皿はないようだな。しかたないから、このクマのぬいぐるみに押し付けて消すわ」

「やめて!!」

金切り声を上げて毛布から出てきたかと思うと、 クマのぬいぐるみを俺から守るように自分の胸に抱きかかえた。

「クマちゃんにそんな可哀想なことしないで!ひどい!最低!出てって!帰って!」

俺を睨むだけ睨むと、ぬいぐるみと一緒にまた毛布を被る。

「なんだよ、喋れるんじゃんか」

ベッドの脇に腰掛ける。

「出てって!出てって!出てって!」

少女が毛布の中で叫ぶ。

「出ていこうが出ていかまいが、そんなの俺の自由だろう」

「ここはあたしの部屋!どうやって入って来たのか知らないけどさっさと出てって!」

「やーだー」

「今すぐ出てって!」

「やーだー」

「死ね!お前なんて死んじまえ!みんな死ね!」

「最近の女子高生はすぐキレるー」

「もう放っておいて!何なの!?次から次に! どうせ誰を連れて来ても同じ! あたしの気持ちなんて誰にもわかんない!」

「思春期にありがちな感情その1って感じか?」

「あなたみたいな人にはわからない」

「俺がどんな人間か知ってる風だな」

「あなたみたいに肌がキレイで細い人にはわからないわ」

「そんなもの誰だって持ってる。 っていうか今の一瞬でそんなとこまで見てたのか。すげーな」

「あたしは持ってない。デブだし、ニキビはあるし、眼鏡だし」

「おいこら。眼鏡を否定するな。俺だって眼鏡だ」

「お願いだから放っておいて。もう構わないで。 あなた達大人にはあたしの気持ちなんてわからないんだから」

少女は毛布の中で泣いているようだった。 毛布が揺れている。見た目にはホラーだ。

「お前には俺の気持ちがわかんないよな」

「みんな、そうよ。初対面のくせに何もかもわかったようなフリをして。あたしは何も言ってない。何も相談してない。なのに、まるで神様みたいにすべてお見通しみたいなことを言う。ただの人間のくせして人の心なんてわかるわけないじゃない」

俺の話を無視して、大きな独り言のようにブツブツと話している。

「そうだよ。初対面だよ。十回も来て今日が初対面だよ。毎回毎回二時間も一人で喋らせやがって」

「大人はみんな自分のことばっか。仕事だから来てるだけ。仕事だからあたしを理解しようとするフリをしてるだけ。どうせ早く帰りたいとか思ってるくせに。 本当にあたしを心配してるわけじゃないくせに」

「誰が好き好んで知らない家に上がり込んで二時間も一人で喋るんだ。お前がこの十回ずっとドアのこちら側で聞いてたかどうか知らないけど、お前のクラスの担任いるだろ。あの人は元俺の担任で、俺はあの人に頼まれたから来てるだけだ。二時間十回、お前のところに行って話してこいって言われて来てるんだよ。
他の奴だってそう。心配してるお前の母親に頼まれたから来てる。勿論、仕事だよ。でもその理由だけじゃない部分もあることを理解しろ」

少女は返事をしなかった。

「みんな仕事で来てるんだよ。でもその仕事を選んでるのは自分だ。お前や、他の何かしらに悩む子供達を救いたくて力を尽くそうとしてその仕事に就いてんだよ。全員がそうとは言えなくてもな、中にはきっちりそうやってお前を思ってくれている人がいるだろう。その人達までいっしょくたにすんな。失礼なことを言うな。お前、自分で言ったよな。人間のくせにわかるわけないって。全くその通りだよ。お前が何も言わなければ相手はわかんねんだよ。それでも必死にわかろうとしてくれてんだよ。お前が心を開いて伝えないと相手は何もわからねえよ」

煙を吐きながら窓の外に広がる青い空を眺める。

「女子高生をやれるのも3年しかないんだぞ。セーラー服を着て外を歩いて変な目で見られないのもこの3年間だけなんだぞ。悔いが残らないように今のうちに着れるだけ着ておけばいいじゃないか」

「…デブにセーラー服は似合わないもん」

葵が初めて俺の言葉に反応した。

「じゃあ痩せれば?」

「か、簡単に言わないで!持ってる人間には持ってない人間の気持ちなんてわからないわ!」

鞄から携帯灰皿を取り出し、灰をその中に落とす。

「おい、ひきこもり」

また返事がなくなった。

「デブ。ニキビ。眼鏡。ひがみ。ネガティブ。被害妄想。自分勝手。自意識過剰」

思いつく限りの言葉を言った。

「まだ言われたいか?返事をしないなら、いくらでも言ってやるぞ?」

「う、五月蠅い!五月蠅い!出てけ!死ね!放っておいて!」

毛布をガバッと捲ったかと思うと、俺の手を取りドアまで引っ張っていこうとした。
ベッドから降りた瞬間、ドスンと音がした。
背は俺と同じぐらいだが、横幅があるので俺の方が小柄に見える。 手首だって少女の方が太い。

「出ていけ!二度と来るな!」

はずみで二、三歩ほど引きずられたが、 次の瞬間には俺が少女の手を掴み、少女の背中を壁に押し付けていた。

「親や教師やカウンセラーはお前に甘いかもしれないけどな、俺はそのどれにも当てはまらない。 俺にとっちゃお前なんてどうでもいい。デブのままだろうが、痩せようが関係ない。悩んだまま一生を過ごそうが、変わろうと努力していこうがどちらでも構わない」

少女は必死に抵抗したが、かろうじて俺の抑えつける力の方が強い。
本当に「かろうじて」程度の力の差だ。
早く決着をつけなければ振り出しに戻ってしまう。
少女が泣きはらした目で俺を睨む。

「放せ。放せ。あんたに関係ない。あたしは一生このままだ。何をしたって変わらない。誰もあたしのことなんてわからない。わかられたくもない。頑張れ、とか言われても、もう充分頑張ってきた。それでも裏切られた。あたしはあと何を頑張れっていうの? どれだけ頑張らないといけないの?色んな人間があたしを理解しようとして慰めたり怒ったりするけどみんなどれも検討違い。関係ない奴がしゃしゃり出てくんなって感じ! 気持ち悪い。あいつらの声とか聞いてたら吐き気がする。前向きに考えていけばいい、とか時間が経てば考え方も変わるとか、本当に鬱陶しい。あなた達大人からそんな言葉を言われる度に
あたしが責められてるように思ったり、否定されてる気持ちになって生きていくのが辛くなってるのにも気がつかないんでしょう?あなた達大人からそんな言葉を言われる度にあたしが吐いてるのにも気がつかないんでしょう?あなた達大人から出る言葉がどれだけあたしを傷つけてるのかわからない?」

怒りと憎しみの目をぶつけてくる。 しかし痛くも痒くもない。

「そうだ、関係ない。だから俺に嫌われようと好かれようとどっちだっていいだろう?俺だってお前に興味はない。お前がどんな人間だろうと俺は笑わない。失望もしない。お前と俺は関係ないから気にもならない。
だったら俺には喋れ。何に悩んでるか話したってこの先のお前の人生に何の影響もない。お前と俺で共に生きていくわけじゃない。お互い別々の人生を歩んでいく。わかるか?俺には体裁を繕う必要はないってことだ」

「あ、あなたに何かを話してあたしに得なことがあるっていうの?あなたに話せば悩みが解決するっていうの?」

「その通り」

「馬鹿にしてるの!?ふざけないで!そんなことあるわけないじゃない!」

「頑張ればなんとかなる、なんて感情論でモノを言ってるわけじゃない。確実にお前を変えられるデータや方法があるから話している。裏付けがあるから喋っている。わかるか?何で俺がこの年で店長やって、売上越えていっているか」

少女は黙ったまま睨み続けている。

「計算能力が高いからだよ」

「何の自慢よ。うざい」

「わからないか?実績と信頼関係なんだよ。スタッフの能力や、やる気は指導者の人格や能力の高さによって変わる。スタッフは指導者を査定し、査定に合格すれば指導者として認知し、ようやく仕事をする。俺が出してくる予想や展開が当たるから、みんな俺を信用する。例え俺がどんなに遅刻したりさぼったり、遊び人であろうとな。ポイントは外さない、ということだ。計算能力が高いとは数字だけのことではなく、立ちまわることに関しての意味も含まれる。対お客様、対スタッフ、対上司、対他店舗。すべての場所で、すべての意味で俺が楽に動き回れるように計算している。実際、動き回れているということは俺の計算が正しいということ。それから徹底したルールがあるということ。それを崩すことがないからスタッフは俺を信用する。そうして築かれた信頼関係と実績があれば匙を投げるような状況下でも皆ついてくる。それは、指導者、つまり俺が出来ると判断したものは困難に見えても必ず出来るという実績と信用があるからだ。その俺がお前を変えられるって言ってるんだ。お前は変われるんだよ」

少女は訝しげに俺を見つめている。

「お前が一生この汚い部屋の中でジメジメと生きていくっていうならこの話は終わりだ。一人で勝手に嘆いて親に甘えて困らせて生きて死んでいけ。少しでも変わりたいと思うなら俺についてこい。必ず変えてやる」

「…じゃあ」

俺を見つめたまま、涙を落としている。

「じゃあ、あたしが何に悩んでいるかわかってるっていうの」

「喋ったこともないのに、そんなもの分かるわけないだろう。神でも超能力者でもないんだから」

「ほら、やっぱりわかってないんじゃん」

馬鹿にしたような目を向けて俺を笑う。

「ただ」

「なによ」

「お前が悩んでいるのがデブだったりニキビに関係あるのなら俺は簡単に変えてやれる」

食いついてこい。これは賭けだ。
恐らくこの悩みで間違いないはずだ。当たらない賭けはしない。

切り刻まれた制服。割れた鏡。散らばるスナック類。 それから、嘔吐物の臭い。 それから、手には「吐きダコ」。

食べることに対しての罪悪感。 この状況に対する不満、不安、葛藤、恐怖、苛立ち。
すべてを「食事」にぶつけ「食事」に後悔しているのだろう。

外見が精神状態に何かしらの影響を及ぼしていると考えて良いはずだ。

「…どうやって」

かかった。

「遊び人だと言っただろう。栄養士の女友達もいればエステティシャンの女友達もいる。美容師の女友達もいれば服屋で働く女友達もいる。他に必要な職業の人間のアドバイスが知りたいなら言え。彼女達の力を借りればいくらでもお前の外見ぐらい難なく変わる」

少女の目が動揺している。
俺の言葉の信憑性を推し測っている。
希望と迷いの中で葛藤している。

「…あ」

しばらく口を開けたまま俺を見続けていたが、目を閉じ迷いを振り切るように首を横に振った。

「あんたの言うことなんて信じられない。どうせそうやって上手いこと言ってあたしを踊らせているだけだ」

迷うのは信じたい裏返し。
信じていなければ迷う必要もない。

「どう思うかはお前の自由。今すぐ決めなくてもいい。お前がやる気になったのなら連絡をくれ。俺はいつでも動いてやる。ただし、連絡の期限は一週間」

壁に押し付けていた手を離し、鞄から手帳を取り出す。
携帯番号とメールアドレスを書き、それを少女の手に握らす。

「生きようが死のうが俺はどちらでもかまわない」

それだけ言うと、部屋を出た。
大きな物音と怒鳴り声が聞こえたのだろう。
階段の下で母親が不安な顔をしてこちらを見上げていた。

「あ、あの。娘は…」

「一先ず十回の訪問が終わりました」

「あ、ありがとうございました。それで…」

俺が二階に視線を向けると、母親も二階に視線を向けた。

「葵さんが僕を信用してくれたのなら、またこちらへお邪魔することになります」

「どういうことですか?」

「葵さんが勇気を出すか出さないか次第です」

困惑する母親を置いて家を出る。





真田葵からは約束の期日を過ぎても連絡はなかった。

仕事を終えて帰宅後、風呂から上がると12時を過ぎていた。
溜め息をつくと、ベランダにおりて手すりに頬杖をつきながら外を眺めた。

頬を撫でる夜風が風呂上がりの体に気持ち良い。
月もなければ星もないが家や看板の灯りのせいで外は明るい。

部屋から携帯電話の振動音が聞こえてきた。
メールが届いたようだ。 部屋に戻り、煙草を手にしながら携帯電話を開く。

【ねえねえ、明日の昼間ってヒマー?あたしヒマなの】

相手はコンビニでアルバイトをしているユキだ。

「わ、る、い、し、ご、と。っと」

煙草を咥えながら返信を打つ。 しばらくユキとのやり取りが続く。
煙草を吸い終わってもまだ終わらない。 何度目かのメールを受信する。

「行かねーつってんのになぁ」

若干呆れながらメールを開封すると、登録されていないアドレスが表示された。

「んん?誰だ?」

電話番号をそのままアドレスにしているため、相手を特定出来ない。 件名に名前もなく、本文だけがあった。

【その人達があたしを変えるのにいくらかかるの?
テレビで見たことある。すっごい高いお金が必要なんでしょ? そんなお金あたし払えない】

思わず笑ってしまう。

「送ってくんのが遅いんだよ」

内容からして送信者は葵だろう。 時計を見た後、本文を作成する。

【もう1時だぞ。約束の期限、過ぎてる。 メールで説明するのが面倒くさい。 電話番号教えるか、かけてくるかどっちかにして】

送信してすぐに電話がかかってくる。

「もしもし」

「ねえ、お金払えるの?」

相手は葵だったが、挨拶もなしにいきなり本題に入ってきた。

「普通、もしもしとか名前を名乗るとかあるんじゃないのか?まあ、いいけど」

「ねえ、お金払えるの?あたし払えないよ」

「その前に、電話かけなおそうか?」

「別にいい。それよりお金の件どうするつもりか教えて」

「俺だって払えない」

「どうすんの」

「プライスレスな部分で返す」

「例えば?」

「その子達とデートするとかだな」

「ふざけてる?」

「いたって真面目に答えたんだけどね」

「それだけ?あとは何もしないの?」

「あるに決まってる。俺にはお前やその女の子達を全力で応援するという重大な任務がある」

「そんなんで皆があたしのために動いてくれるっていうの」

「お前のために動くわけじゃない。俺の頼みだから動いてくれるんだ」

「あんた何者よ」

「遊び人」

「最低」

「よく言われる」

「っていうかさ」

「何?」

「ドアの向こうで話していた時と今って口調が全然違うんだけど」

「あれは講師モード。 講師として接しているんだから必然的に友好的で真面目になる」

「じゃあ、何で今はその口調?」

「その時間が終わったから」

「今は何モード?」

「無関係な関係モード」

「意味わかんない」

そこでいきなり電話が切れた。 電波状況が悪かったのだろうと再度かけ直すも繋がらない。
しばらくすると、電話ではなくメールが届く。 たった一文だけ書かれていた。

【よろしくおねがいします】

夏日和、ひきこもり少女とようやく向き合い始める。


個人授業2
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1686842279&owner_id=24383800

コメント(6)

また星緒さんの話に惹きこまれた…素直に素敵な話だって思いました。素敵です。
葵は武井咲ちゃんで

お願いします(__)目がハート
やばぁいこれ好き!!!ずっきゅんきました(*´д`*)
寝なきゃいけないのに読んでしまい読み終わった後は完全に眠れなくなりました!! ・・・・これって恋ですかねww?? まだドキドキしていますw

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