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気ままな天使クラブ♪コミュのドゥルマ人の選択 〜伝統と近代化のはざまで

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ケニアに住んでいるお友達、早川千晶さん♪

彼女とは以前、快療法の宿泊セミナーで
一緒に快療法を学んだ仲間であります。

20代の頃から世界中を旅して、
たどり着かれたのがケニアだった千晶さんは、
「私はケニアの土になる!」というほど、
ケニアを愛してやまない方です。

あまりにも素晴らしいメールでしたので、
彼女にお願いをして、「なまけものメルマガ」に
以前、掲載させていただきました。

その後、偶然にもテレビ番組の「あいのり」の
『あいのり ケニヤ 学校』の相談役として、
たまになつかしい彼女の姿をみかけております♪

****************************

「ドゥルマ人の選択 〜伝統と近代化のはざまで」   早川千晶


ケニアの海岸地方で伝統音楽の巨匠が亡くなった。
彼らはドゥルマ人といって、伝統文化を守り続けてきた民族だ。

自然の中の精霊たちを信じ、先祖の霊を崇拝する。
霊的世界との通信手段として、
彼らは摩訶不思議な音とリズムの世界を生み出した。


亡くなった巨匠は、私の友人のタイコの師匠の父親であるが、
魂をより良い場所へと送り出すための
宴を催すから来ないかと誘われた。

なんでも、巨匠は亡くなる前に、
自分が死んだらこれとこれをやって欲しい
という指示を出していたのだという。


ナイロビから500km以上ひたすら東へと向かい、
やたらと穴ぼこだらけのハイウェイ沿いにその村はあった。

ガタガタ、ガタガタと大型トラックが
騒音をあげて通り過ぎる脇で、
まるでそこだけ時間がワープしたかのような村があった。

空は街の明かりを反映してかすかに白く浮かんでいるのに、
その村には電気がなく真っ暗だった。

コンクリート造りの大きな工場からハイウェイをはさみ、
土壁に藁葺き屋根の伝統住居が建ち並んでいた。


村に招き入れられ、私も謹んで魂送りの宴に参加した。
近隣の村々、そして、奥地の村々からも、
ぞくぞくと、とてもたくさんの人が集まっている。

思い思いに、米やトウモロコシの粉などの食料を持ち寄り、
村の広場のあちこちで薪の火に大鍋を乗せて、
煮炊きの準備をはじめている。

男たちは木の下にかたまって腰をおろし、
ヒョウタンを切った小さな容器でヤシ酒を飲んでいた。

子どもたちは真っ暗闇の中を走り回り、
歓声をあげて遊んでいる。

                     (続きます)

早川千晶さんについて
 → http://www.jinaonline.org/topics/62/index.php?city=LA

彼女の著書「アフリカ日和」について
 → http://blogs.yahoo.co.jp/anelangel22/folder/156467.html

コメント(3)

タイコの音が少しづつ響きはじめたのは深夜0時である。

くり貫いた木に動物の皮を張ったタイコが4つ並び、
その脇にはチャプオという両面ダイコが2つ、
木にくくりつけられている。

カンカンカンカン、と甲高い音で一定のリズムを刻むのは、
ウパツという金物の楽器だ。

そこに2台のチャプオが刻むリズムが絡まりつく。
その土台の上を、
それぞれに音程が違う4つの
タイコが慣らす音が、軽やかに飛び跳ねる。

4つのタイコが奏でるのは、
5拍子という摩訶不思議なリズムだ。


ジャッジャジャッ、ジャッジャジャッ、
という音も響きはじめた。

男たちが右足の膝から足首まで
脛の部分に巻きつけているジュガが刻む音だ。

踊りながら足を力強く踏みつけるたびに、
皮に縫い付けてあるたくさんの
重たいベルが鳴り響くのだ。

この音は興奮を引き起こす。

人々は次から次へとタイコの前におどり出て、
足を踏み鳴らしながら
上半身を激しく小刻みに震わせて踊りはじめた。

誰もが歌っている。


踊りの渦の合間を縫うようにして、
オリックスの角を使った角笛と、
ンズマリというラッパの音が浮遊する。絶妙である。


彼らのンゴマには、

「一緒に歩く」「丘を登る」「頂点に達する」

という段階があり、
ンゴマをやりながらそれぞれの階段を登っていくのだ、
とおしえてくれた。

だんだんとはじまり、ゆったりとステップを踏んでいるが、
それが次第に高揚していくと
足と上半身の動作も小刻みになり、速度を増していく。


興奮が最高潮に高まったとき、まるで堰を切ったかのように、
踊りの中心にいた女性が叫び声をあげ、
両腕を天高く振りあげたかと思うと、
そのまま前後左右に頭を振り回しはじめた。

目の焦点が合っていない。

すぐに周辺の人々がバケツに水を汲んで持ってきた。
彼女の頭から、水を浴びせかける。

彼女は叫び、震えている。
苦しいのだろうか。それとも至福の境地に達したのだろうか。


魂送りの宴は、そのまま夜が明けるまで続いた。そしてその翌日も・・・・・。


ナイロビに帰ってきた私は、
デジカメで撮影した写真をパソコンに取り込んでみて、驚いた。

汗を滴らせながら人々が踊り、タイコを叩く暗闇の中に、
いくつもの丸い光が浮かんでいる。

大小様々な丸い光が、空を飛び、木にまとわりつき、
そして、人々の踊りの輪の中でうごめいている。

とてもたくさんの光が固まって、
立ち上る白い煙のように見える写真もある。

電気のない村での真夜中の宴は、あまりにも暗く、
私はカメラの液晶画面やファインダーをのぞいても、
真っ暗で何も見えなかったのだ。


ナイロビに暮らす私の友人リリアンは、
その写真を見て驚かなかった。そして事も無げにこう言った。

「ご先祖様や精霊が降りてきて、一緒に踊るのよ。
みんなタイコの音が大好きだからね。
じっとしていられるわけないじゃない」


リリアンは、ビクトリア湖のほとりの村の出身である。
彼らルオ人たちも、呪術や精霊に対する信仰が強い。


リリアンの村のそばには、
川沿いにヒトダマが集まる場所があるという。

夜そこに行ってみると、
これと同じような赤や白の光の玉がたくさん浮かんでいて、
わいわいガヤガヤと騒がしいのだそうだ。

それはヒトダマたちが煮炊きをし、洗濯をし、
子供たちが遊びまわるにぎやかな声なのだという。


アフリカの人々は、我々が現実に生きている世界とは
次元が異なる「霊的世界」の扉を開く方法を知っている。

タイコの音はその扉をノックし、
いくつもの異なるリズムが絡まりあいながら
生じるズレのようなものが、その扉に隙間を生み、
スルッと通り抜けさせてくれるのかもしれない。


いずれにしても、私は写真に写ったこれらの光を
ご先祖様の魂だと信じている。

だって、たくさん浮かんだ光の玉が、
とても嬉しそうに、にぎやかに集っているように見えるからだ。

私もいつかこの世を去ったら、
こんな美しくて楽しげな光の玉になりたいものだ。



                     (続きます)
さて、ここに紹介した「魂送りの宴」は、ムゼー・マサイという、
ドゥルマ伝統音楽の巨匠の死の40日後に行われたものだ。

彼はセンゲーニャというタイコの巨匠であり、
ムガンガ(伝統呪術師)でもあった。

その後継者となった彼の息子、マテラ氏は、
最期のときを迎えた父親の枕元に呼ばれた。

死の床で彼は、握り締めた手を息子に向かって差し出したという。

マテラ氏がそれを自分の両手に受けとめると、
父親は握りこぶしをそっと開いて、
握っていたものをマテラ氏の手に渡す動作をした。
その手の中には何も入っていなかった。


彼はそのとき、父親が何を言わんとしているかを察した。


―――このドゥルマ人の伝統を背負っていくのはお前だ、
しっかりと渡したぞ。さあ、受け取りなさい。―――


父は無言で、息子に大切な宝を託したのだろう。


ドゥルマ人とは、ケニアの海岸地方に住むバントゥー諸語族系の農耕民、
ミジケンダ・グループに属する人口15万人を超える民族である。

もともとは、海岸から数十キロ内陸に広がる
広大な丘陵地帯に点在して居住し、
農耕や牧畜を行いながら自然に密着した生活を営んできたが、

近年、人口増加や、干ばつなどの影響により、
内陸部での生活が困難をきたし、
現金収入を求めてモンバサなどの都会へ出稼ぎに出る者も多くなった。

出稼ぎに行っても、良い仕事に就くことは困難だ。
ケニアの経済状態が悪いこともあるし、
奥地で伝統的生活を送ってきた人々にとっては
教育レベルなどの面でハンディがある。

奥地には十分な学校がなく、たとえあったとしても
現金収入がない人々は靴や制服が買えず、
子どもたちを学校に行かせることができない。


ドゥルマ人は、超自然的な力を駆使して神の声を聞き、
そのメッセージを一般大衆に伝えていくための
手段のひとつとして音楽を使っている。

タイコや歌で精霊を呼び出し、
それによって病気治療をすることもあるし、
未来の予言や問題解決のためのお伺いをたてることもある。

今よりも人口密度が希薄だった時代には、
奥地にぽつん、ぽつんと点在する集落で、
人々は権力に支配されることもなく平和に暮らしていた。

自然の中に存在する人知を超えた力を敬い、
その恩恵を受けながら彼らは生きてきた。

そんな世界とつながっていくために、音楽が果たす役割はとても重要だ。


ドゥルマ人にとって、ドゥルマという単語は
会話の中で単なる「人間」を意味することで使われることが多く、
民族的な区分としてはさほど意識されてこなかったという。

それよりも彼らにとって重要なのは、
14に区分される父系クランと、
20以上存在している母系クランの何に所属しているか、
ということだ。

ひとりにつき必ず父系・母系の
2種のクランの組み合わせを持っていて、
それによって婚姻や相続などに関する複雑な取り決めがある。

このようなクランシステムは、
ドゥルマ社会をより濃厚なネットワークで
つなげるためのベースになっているようだ。

広大なエリアで点在していたとしても、
左右上下に編みこまれたネットワークの中に
自分の存在を確認することができれば、
それは生きていく上でゆるぎない安心感であろう。


私がマテラ氏に説明されたことによると、
これらのクランのそれぞれに、
伝統音楽を継承している一族がいるという。

それぞれの音楽家一族によって役割は異なり、
演奏される音楽の種類も異なる。

神や祖霊からの声が聞ける有力な伝統呪術師が何人かいて、
その言葉を全体に伝達していくためのシステムが存在しているが、

そのシステムを機能させるために
これらの音楽家一族は重要な役割を果たしているのだという。


神秘の世界とつながるためのテクニックを、
彼らは音楽という方法で編みだしてきた。

そしてその技術と知恵を、次世代、
そしてまたその次の世代へと、継承しつづけてきたのだ。


今現在、そんなドゥルマ社会にも、
いやおうない時代変化の波が押し寄せている。

奥地での干ばつや天候不順が何によって引き起こされるか、
それは必ずしも天災とは言えず、

周辺地域の過剰耕作やそれに伴う森林の伐採、
さらに言えば、地球全体の環境破壊による
影響であるのは言うまでもない。

自然環境の破壊や悪天候のとばっちりをもろに受けるのは、
この人々のように大自然の中に我が身を任せて生きてきた人々だ。


彼らが生活する奥地で飢饉が起こると、
他の場所から食料を得るしかない。

しかし、都会に出稼ぎに出ても、
ろくろく学校にも行けなかった人々は
日雇い労働などの不安定な仕事しか得られない。

低賃金で働き、奥地に住む家族へと食料を運ぶ。

金銭的な余裕などないから、
病気になってもろくに医療も受けられない。

このような生活苦の中で、
伝統文化を守り続けていこうとする気合いは薄れていってしまう。


飢えに苦しんで若者たちは村を去っていく。

都会でも貧困生活を強いられ、
近代社会の中では「後進的」だという蔑視を受ける。

村に残された長老たちは、
その知恵や技術を次世代に伝えることもできずに、
次々とこの世を去っていく。


そんな奥地の生活状況と、ドゥルマ社会全体の未来に対し、
マテラ氏は胸を痛めている。


「我々は貧しい。しかし本当は
(伝統文化という宝を持ち)とても豊かなのだ。

我々ドゥルマ人にとって最大の財産は音楽だ。
その音楽すら失ったら、我々はただの貧乏人に落ちるだけである。

我々の子どもたちが、
この宝を継承しつづけていくことを
可能にする条件を整えなければならない」

マテラ氏は静かな口調でそう語った。



                     (続きます)

●JIWEについて

各民族固有の文化的・自然的遺産を守り、
収益に結びつけるための橋渡しをする活動母体。
ケニアのドゥルマ人の伝統音楽、
マサイ人の自然環境に関連した活動を開始している。

CD制作・販売、エコツアーなどを行い、その収益を各民族の生活改善、
子どもたちの教育、医療などに還元している。

JIWE代表:大西 匡哉(パーカッショニスト) 早川千晶(ライター)
お問い合わせはこちらまで。ecotour@gol.com
彼はドゥルマ人の未来のために、壮大な計画を持っている。

奥地に点在する村々から、
能力ある子どもをひとりづつ選抜し、中央に集める。

その子どもたちには、町の公立小学校に通わせるのと同時に、
伝統的教育を徹底的にほどこす。

そのための教育センターを設立する、という計画だ。


そのセンターを卒業した子どもたちは、
能力を身につけて村に帰り、
そしてそれをそのコミュニティの人々へと伝えていくパイプ役となる。

中央には伝統音楽から現金収入を得られる活動母体を確立させ、
パイプ役を通じて奥地の村々へとその利益を循環させていく。


そうやって、ドゥルマ社会全体の
ネットワークを強化させていくのと同時に、

社会変化の波に翻弄されることなく、
これからの時代に何を守り、どのような変化をとげていきたいかという
「主体的な選択」ができるだけの力をつける。

飢えて途方に暮れているだけでは、
あらがいようのない波にのまれて泣き寝入りするしかない。


「我々の輝かしい未来への道は、自分たちの手の中にある。
そしてドゥルマ人にとって、そのカギは伝統音楽であるはずだ。

我々が先祖代々灯しつづけてきた光を、
決して絶やしてはならない」


マテラ氏は自分たちの進む道のずっと先まで見えているようだ。


現在、ケニアの42民族の中で、
このように強い伝統文化を守り続けてきた民族は少数派である。

彼らはそれを失いたくて失ったわけではなく、
植民地時代から現代に至るまで、徹底的に弾圧され、
民族的活動を禁止されてきたのだ。

そこに選択の権利はなかった。
命を脅かされ、強制されたのである。


今これからの時代に、今度こそは、
アフリカの人々が自らの考えのもとに、今後の方向性と変化を、
主体的に選択できるようでなくてはならない。

そんな時代を作っていくのは、今の時代をになう我々の責任である。


地球を覆うグローバリズムの流れの中で、
アフリカの人々にとって絶対的に不利な条件が改善されなければ、
その「主体的な選択」は実現できない。


立ち止まり、耳を澄ます。
時代の渦の中の光を見つめる。このまま流されはしない。


ドゥルマの賢者・マテラ氏の目は確信に満ちていた。

神はその姿を、じっと見つめていることだろう。

                    (終わりです♪)

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