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くらげ型の幻覚コミュの蝉

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暑い。とても暑い。むせ返るほどの暑さだ。汗が溢れるなんてものじゃない。
私は一人自室に篭ることを選んだ。急いでクーラーのリモコンを手探りで探す。どこだ、どこだ。服をかき分け、ものを投げ捨て、ようやくその硬い無機質なものに手が届いた。私はそれを引っ張りだすと、徐にクーラーに向けて赤外線を発射した。数秒。いや、数十秒。変化なし。私はもう一度リモコンの液晶を確認し、再度クーラーに向けて、発射。数秒。数十秒。明らかに、壊れていた。電池切れかも知れない。
だけれども今の私にはそれすらも苛々の原因になるのだ。電池を替える?ばかばかしい。そのような時間と労力の無駄を私は一切嫌う。

無気力ながら私は会社へ電話をかけた。時刻は朝6時48分。呼び出し音が耳にだけ届く、小さな音量。そして私の小さな声。「あ、おはようございます。すみません。営業部の須藤守と言います。ええ。本日、体調を崩しまして‥ はい、はい。よろしくお願いします。失礼しました。」
須藤守。独身。普通の会社員。怒られることもなければ、褒められることもない。何のとりえもなく、存在感もない。趣味・特技、現実逃避。行きたいところ、現実ではないところ。


私は幼い頃、母親から暴力を受けていた。今でもその頃の傷や火傷のケロイドが体には刻まれている。私はそれを見るたびどうしてかさびしい気持ちになるのだ。17年前に死んだ母を思い出すと、どうしてか優しい記憶ばかり蘇ってくるのだ。この孤独。どうしてくれようか。こんなにも孤独で、それなのに、一人で居ることが好きで、他人との関わりを極力さけてきた。
幼い頃は目立つその痣で、担任やほかの子どもの親に心配されたり、裏で色々と言われたものだった。私はそれも厭で厭で仕方なかったし、その時私は母親を愛していた。母親を悪く言うやつらなど興味はなかった。だから、目立たないように、極力、空気と同じような存在になれるように生きてきた。可も無く、不可も無い。休んでも問題ないし、邪険に扱われることも特別に扱われることもない。無視されることもなければ話かけられることもない。それが私、須藤守。もう少しで35になる。

私はこの暑い中、エアコンを直すのを諦めて、会社を休んだ。そうしていそいそと、違う準備を始める。少し一人旅でもしようかという気分になっていた。簡素な服に身を包んで、靴下を履いていると、気付いた。シャツの袖口のボタンが取れていた。私は結構きっちりしめていないと落ち着かないのだが、仕方ない。自分でつけるまでして必要なことではない。


駅につき、いつもとは反対行きの切符を買う。電車に乗る。乗り換える。ただそれだけのことを繰り返して私は、どうしようもない田舎に辿り着いた。バスは一時間に一本もないし、そしてその幻とも思えるバスに丁度出くわした私は、乗ってこの田舎へ来てしまったのだ。
私は近くのバスの時刻表を見て、とりあえず帰りのバスを逃さないように胸元のメモ帳に書き留めた。13時20分。15時20分。17時10分。18時40分。20時10分。・・・・。

私は行くあてもなく歩いた。只田んぼがあり、畑があるような、普通の田舎だ。ところどころアスファルトで舗装された道もあるが、随分と疎らだった。陽炎が揺れている。暑い。都会ではあまり聞く機会のない蝉の声や、変な虫の声が余計暑さを増す。

(のどがかわいた。)

しかし見渡すも、自動販売機などありそうもないし、ましてやコンビニなんて存在しないだろう。私は仕方なく来た道と逆へ向かって歩き出した。草、木、熱いアスファルト、風、現実逃避。袖のボタンが気になってしまう。だけれどほかのシャツに着替えるのも面倒だったのだ。できれば何もしたくない。というと、この現実逃避は矛盾になってしまうのだが。

「あれ、お兄さん見ない顔だねえ。」
いつの間にか辿り着いた駄菓子屋のようなところで、割烹着を着たおばあさんに声をかけられた。一瞬私はびくっとして、手に持っていたハンカチで汗を拭く。
「あ、ああ・・・・ 東京から、来たんです」
「あらまあ、またまたこんな田舎、何もありませんよお。」
おばあさんは少し笑って、暑いねえ。ともらした。
私はなんだか泣きそうな気持ちになった。それを必死で堪えて、おばあさんのお店でサイダーを買った。何年ぶりだろう。瓶につまった小さな気泡を見て私は思う。不健康そうな水色。おばあさんに借りた栓抜きであけると、シュワワと音と立ててその気泡が上昇する。飲み口のぎりぎりまで上がり、また下がる。ああ、なんて向上心!。私は感心するような、それでいて哀れむような気持ちを覚えながらその水色を体内に流し込んだ。

(ああ、ここが砂漠だとしたら、これがオアシスか‥。)

おばあさんに礼を言うと私は立ち去った。いや、立ち去ろうとした。子どもが来たのだ。小学生2年生くらいの男の子が3人、おばあさんの店に来た。ガムを2つ、ラムネを2つ。どれも2つずつ買っていく。よく見ると、体の小さな男の子は買えないらしい。もじもじとしてそれをうらやましそうに眺めているのだ。
「ぼく、何が買いたいんだい。」
男の子が驚いてこちらを見た。そしてまた声をかけた私自身も驚いた。何をしているんだ。
「サ、サイダーが、飲みたい」
男の子は小さな声でつぶやいた。その途端、残りの二人がその男の子を振り返り、蹴ったのだ。
「お前なんかが買えるわけねーだろービンボービンボー!」
そう言うと笑って走り去った。友達ではなかったのか。私は呆然とする。でも、これはラッキーなのだ。ラッキーチャンス。私はおばあさんに頼みもう一本サイダーを買った。そしてそれを男の子に渡そうとした。だがそれどころではなかったのだ。男の子は泣いていた。みっともなく泣いていた。構って欲しいよう、寂しいよう、痛いよう、仲良くしたいよう、。彼は家でも虐待を受けているらしかった、幼い頃の私と似たような痣や傷が目についた。
「これ、サイダー。おじさんのおごりだから、飲んで。」
私は半ば無理やり男の子にサイダーを渡すと、その場から足早に去った。

神社が見えた。私は迷わず入った。木陰を見つけるとそこに腰掛け、やっと一息ついた。しかしこの一息の時間は、私に要らないことを考えさせる時間でもある。

(必要とされてみたい。)

ああ、私は愚かだ。とてもとても愚かだ。見ていられない。会社を休んで何をしているんだ。現実逃避にも程があったのか。

(関心を持ってもらいたい。)

暑さのせいか、頭がぐらぐらしてきた。目を下におろすと、死にそうな蝉が、じたばたともがいていた。

(ああ、私もああやって、一人で、死んでいくのか。)

蝉の声。きっとこの蝉が死んだからと言って世界は何も変わらないし、きっと蝉の世界ですら何も変わらないのだ。ちっぽけな存在なのだ。まるで、私のようだった。

(叱られたい。)

昔の私だったらどうだろう?学校を休みたいなどと言ったら殴られていたんだろう。母が病気になってからはとても優しくなり、しかしその代わり全く私を相手にしなくなった。優しい微笑みで私を拒絶するようになった。そうして母に何も言えないまま母は死んだ。

(殴られたい。蹴られたい。死にたい。)

あ、と声が漏れた。そうか、死にたいのか。私は死にたいのか。
けれどもきっとその前に、誰かに私の存在を認めてほしかった。簡単なことではない。甚振るのでも何でも構わないから、きっと、私は自分に関心を持って欲しかった。寂しかったのだ。

足元に落ちていた木の枝を拾いあげて、私は左手のあらゆるところに突き刺したり、傷をつくったりした。暑い。木陰の中は心地いいが、とても暑い。私は何をやっているのだ。ボタンのとれている袖が目につき苛々がついに頂点へ達した。あああああああああああ、と気が狂ったように呻いて私は更に木の枝で傷を深くした。
血が出た。
その時なんだか心が落ち着いた。痛いが、心なしか少し気持ちいい。少しだけ、さっぱりした気持ちになった。思っていたより血は出て、どくどくと脈打って、ああ私は生きているのだなと思った。


止血することなくその場を離れ、私はまた暑い暑い日差しの中を歩きながら、家に帰ったらボタンをつけようと思った。

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