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Tanz bitte,Hermann!*コミュのイトデンワ

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彼女は本物の空を知らない。

僕が自宅から変わらぬ歩幅で最寄りから新宿まで行って、地下鉄を何本か乗り継いで、〇〇車庫行きのバスに乗って本町まで行って、本町からまたバスに乗って××医大前に機械的に降車して、B3棟のドアを開いて、看護婦と事務的な会話を交わし、花束を持って512号室の病室の君に会いに行く過程も、彼女の中では物語なのだから。


年のわりに何もかもが細々しい。自然にも触れられずに、逞しく育たなかったから。
彼女は話さない。ビニルかなにかで出来てるチユウブ(まさか塩化ビニルではあるまい)に埋もれていて、繋がった点滴を邪魔そうに見つめて、それからぼくを見て、力なく、笑う。
僕の袖を引っ張る力はまだ、人並み。
点滴の落ちる振動さえ、耳障り。
僕のジャケットから、彼女は、飴玉を、見つけ出した。昨日、東南口で配っていたやつだ。
まるで、タカラモノを見つけた見たいな顔をするし、上目使いに欲しそうな顔をするし、「いいよ」と、僕が先に言った。

彼女は、笑う。飴玉をくちに、ほおる。

は、はあ、っ、ふぁ、は



彼女は喉が無かったから。
笑っているだけで、また、無菌室の天井を眺めた。



その真夜中、彼女は死んじゃった。




余命半年と言われて、3年と4ヵ月、呼吸を続けた。






今度は、僕が自宅から変わらぬ歩幅で最寄りから新宿まで行って、地下鉄を何本か乗り継いで、〇〇車庫行きのバスに乗って本町まで行って、本町からまたバスに乗って××医大前に機械的に降車して、B3棟のドアを開いて、看護婦と事務的な会話を交わし、花束を持って512号室の病室の君に会いに行く過程が、ぼくのなかで物語になっていく。



きっとそれがまた僕や彼女を美化することになるんだ。


電車に揺れる毎日。
学食Aランチが480円だという事実も。
保育園の横を通ったら糸電話が、転がってたことも、
また今日もどこかの海岸にクジラが打ち上げられているのも、
彼女がもういないのも、
冷蔵庫のたくあんがそろそろ匂うのも、
明日から春休みだったことも。

物語性を帯びて、真実でさえなくなっていく。



『ああてんごくのあじがする』




ただのオレンジの安っぽい飴玉が僕よりはやく世界を救ったことも。

彼女が本物の空に旅立ったとかいう綺麗事も。


ああ、全部がまるで信じたい嘘だから、僕はずっと泣きたいよ。

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