その男は、長身でやせ形ではあるけれど、壁のような圧力があった。
その男は、私の大学の教授で、戦前の文学を専門としていた。
冬になって、その教授がコートを羽織って大学にやってくる。
私や、私のまわりの友人はその格好の抜群の良さにひそりひそりと声を立てた。
枯れ葉が北風で転がるキャンパスの中の彼の姿はまさに、大正や明治の紳士だった。
私は(最近顔を覚えてもらった)教授のもとに行って声をかけた。
教授は私と一緒に白い息を吐きながら挨拶をしてくれた。
｢先生のその、外套、素敵ですね。｣
私がそう言うと教授は笑った。
｢まさか今の学生から外套、なんて、言葉をいただくとはね。｣
私はとたんに変な気分になった。
｢だって、先生がコートを羽織ると、コートやマントと言うよりも、外套、って感じがするんです｣
｢伊津村さんは鴎外の外套を見たことがあるかい？｣
私は、研究会で見に行った文学館の展示を思い出した。
｢はい。｣
｢これはね、あれをモデルにしているんだよ。｣
そう言うと教授は｢鴎外を特に好んでるわけではないが｣と、付け足した。
私は、教授のその言葉を聞いて、ああ、この人に認めてもらうものを書こう、とふわふわ思った。
３年になったら。
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