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渋谷絵コミュの脂絵−1

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■2004年作「時代閉塞の現状」
第60回現代美術家協会展出品(東京都美術館)
大きさはF130号(でかいよ。タテ194cm)
 なんだか、ニワトリを描きたくなったのね。特にトサカを描きたくなったのさ。トサカの赤とカナブンの緑を描きたかったですね。
モデルは、悪のヒウガノ。それとアユキの雰囲気をもらった。顔は結構イシイ。

■2000年作「S氏の肖像」
第56回現展出品(東京都美術館)
大きさは同じくF130号
 「パーキンソン病なんだから、言うこと聞いておとなしくしてればいいのに・・・おまけにボケが入って来てるんだからね、歩くとほらこうやって転んで顔面骨折でしょ! みんな言わないけど・・・もう立たなくていいよ・・・。」この絵を描いた時はまだ生きていたけれど、自分の父親に対する極私的な作品でした。

■1998年作「7番目の憂鬱」
S120号 大きいよ。
現展54回展出品(東京都美術館)
美術専門誌で、勝手に写真と評論家の書評が載っていたけれど、全く的はずれな適当な評論でした。評論家って好きじゃないな。存在自体は、目利きとしての役割として必要なんだろうというのは分からないでもないが、評論家を権威者として認知する美術界の状況が、僕には納得がいかない。

現世を描いたのではありません。
「修羅界」を描いたものです。
7番目の憂鬱というタイトルは、7番目の御使いが、ひとつの時代の終焉を告げるラッパをいよいよ吹かなくてはならなくなった気持ちを、自分なりに想像して付けたものです。

コメント(10)

■1997年作「引き摺り込まれる人」
F120号
第53回現展出品(東京都美術館) 
現代社会の中の「魔」を描いたつもり。
どこにでも「魔」は潜んでいる。人間にも、社会にも。
「魔」というのは、「魔が差す」の「魔」。
輝かしい近代文明が光であれば、不法投棄され置き去りにされた瓦礫群は、その光に対しての陰にあたるものかもしれません。

■2001年作「タルポイド」
F130号
第57回現展において『現展賞』受賞(一等賞だよ)

「タルポイドとは、人間の想像が具現化する状態をいう。量子物理学の世界では、この世界そのものがタルポイドであるという学者もいる。実は、上大岡に『焼肉大衆』という安い焼肉やがありまして、まあ、仕事帰りによく寄ってた訳です。冷えたビールを飲み、大好きなホルモンを焼きながら、思ったわけですよ。ホルモンの壁があったらすごいなあぁぁ・・って・・・シュールでしょう。その結果、有機的な背景、ホルモンの壁ができあがったのでございます。幸せの青い鳥を配置しまして、んんん?モデルさんは居ないです。想像の人物ですね。常盤貴子に似てるって声もありましたが、似てるって言われてもねえ・・・。」
■1993年作「病」
F130号
第49回現展出品(東京都美術館)

「肉眼の世界では、病人は床に臥せって養生しているのである。お薬を飲んで安静にしていれば回復するものと、信じているのである。
でもね、霊眼を開いて見てみると・・・けっこうこんな世界が広がっているのかも知れないよ。現代医学でも、治らない状況だってあるんじゃないのかなぁ。
西洋医学が発達して、対処療法は上手になったかもしれないけど、同じように心霊学も発達しなくちゃいけなかったんでないの?」

■1989年作「羶腥譚(せいせんたん)」
現展45回展出品(東京都美術館)
F150号 227cm×182cm

「このシリーズの制作を決意し、3年目の作品です。平安時代末期から鎌倉時代にかけて制作された『餓鬼草子』という絵巻物があります。国宝になってます。毛筆で描かれた地獄紹介とでも言ったところでしょうか。現代の感覚から判断するときっと『漫画』って感じだと思います。じゃ、リアルなタッチにしちゃいましょう、わかりやすくね。現代版の『餓鬼道』です。会期中、絵に向かって手を合わせているお婆さんが居たので近くに寄ってみると、額の縁にお賽銭が乗っていました(笑)」
■1990年作「公平の不公平の公平」
現展46回展出品 「月刊美術」掲載
F150号

不幸ばかりの人生で、『なんて不公平なんだ!』と憤ってみても、実は永い魂のレベルで見ると、全て必ず公平なんだ。因果は必ず自分に戻ってくる。
広いドームの中を描きたくなって、和も洋もない自分の世界を展開してみた。画面の右下には、前年度制作した餓鬼道が描かれている。上部は芥川の蜘蛛の糸の状況だな。

■1999年「冤罪」
第55回現展出品(東京都美術館)そうそう、東京都美術館の後、巡回展で大阪と名古屋で展覧会が開かれています。
F130号

やっぱり、生き方を描いたのかなあ・・・。水平と垂直の結構安定した構図の中で、絵柄として吊り下げられた肉体という不安定さをチャレンジしてみた。10年経ってみて、描き直したい部分が出てきましたね。
■2002年作「タルポイド2」
第58回現展出品(東京都美術館)
F130号 

自分の作品の中ではとてもおとなしい作品。実は前年度『大賞』をもらっちゃったんで、現代美術家協会に対しての御礼の作品なんです。毎年、絵柄が悪いもので、飾る位置でご迷惑かけてるし。じゃ、今回は可愛い女の子でも描いちゃいましょうか、くらいの気持ちで。この年限りの限定作品でしたけどね。モデルさんはいません。いるといいんだけどねえ・・。

■2005年作「タルポイド4」
第61回現展出品
F130号

クラスのアンドウが刺青を入れたいと相談してきて、それは今は必要ないでしょうと、たしなめたんだけど、その時はもう背中一面筋彫りが入っていたようで(後日談ではあったんだけど)。その時学校に刺青の本を持って来たんで、ちょいと貸せと。自分では刺青なんか彫る機会もないだろうし、ちょっと描いてみようかな。
でもね、最初の出だしはバックの大顔面。構成が楽しかったぁ・・・。
暗い色調の絵が多かったので、本当制作が実に楽しかったですね。
■仏滅
1990年頃制作
F8号 46cm×38cm

坊主は墓とか檀家とかお布施とか法事だとか、本当ならそんなことするために坊さんは居るんじゃないでしょ。我々一般庶民に、眼に見えない本来の世界をしっかりと伝え、しっかりと導くことが仕事でしょうが。怠けすぎじゃないの?って作品です。
横須賀市林に住む加藤さんが、どうしてもこの絵が欲しいっていうもんですから、10年くらい前からかな加藤さんに無期限貸し出し中です。気持ち悪くなったら返してねって。家族の評判はとても悪いらしいです。でも強い絵なので魔除けになるようです(笑)

■デジャブー
1999年作
F4号(33cm×24cm)

特に説明はないす。

■ルーズな女
1999年作
F15号(65cm×53cm)

「冤罪」のエスキースとなりました。

■2003年作「疑惑」
第59回現展出品(東京都美術館)
F130号

人体解剖模型をもらったんですね、よく保健室とかにあるやつ。もう、描きたくて描きたくて。それだけのためにできた作品かもしれない。猫の絵でこれと同じsituationで描いたことがあるんですね、この時はうんと可愛い絵だったんですけど・・・。人体解剖模型でやってみたら、むむ・・なんだか不思議な絵になったですよ。

■1992年作「光在るも悟らず」
第48回現展 会員賞受賞
F150号

あのよう、これもあの世なんすよ。地獄界に落ちちゃったもんだから修行が厳しくて、しかも修行だってわからずに、目の前の苦痛やつらさを耐えることに精一杯で、まわりの人たちとはお互いの置かれた状況を慰めあうだけ。自分が何故こうなったのかを理解する余裕がないのです。生前の自分の所業をしっかりと思い返し、反省することで、ようやくすぐ近くまで来ていた救いに気が付くんです。まあ、実際こんなだったら、そんな余裕ないよね。
■2002年作「羅刹女」
伊豆芸術祭出品
F50号(91cm×117cm)

背景を作るのがすごく大変だったのです。しかしその割にそれほど効果的じゃなかったので、微妙にがっかりしたのですね。計画は事前にしっかり立てないと駄目ですね。CMでも言ってる。

■1990年頃の作「悔恨譚(かいえんたん)」

M50号(117cm×73cm)

死後の世界の様子です。生前、次元の低い欲望ばかりに執着を持っていた男が、爬虫類に転生させられているところです。後悔しても遅いのよ、ってとこですかね。
モデルはたまたま通勤中のバスに乗っていた知らないおじさん。夜勤明けか何かで疲れていたようで、眠り込んでいたのですね。観察して脳裏にデッサンして、バスを下りてすぐバス停でカバンから筆記用具を出し、ちゃんと脳裏のデッサンを描き写しました。
知らないおじさん、ワニにしてごめんなさい。
■1991年作「平等の不平等の平等」
第47回現展出品 東京都美術館(上野公園内)
F150号

公平の不公平の公平の続編です。永遠に続くであろう魂を浄華させるための、自分のカルマを精算しなければならないという基本ルールを描いたですよ。そして、肉体界での生き方・死に方を問いた作品です。

■1995年作「業の行方」
安田火災財団奨励賞選抜展出品(新宿・損保ジャパンビル)
F50号(117cm×91cm)

生き生きとした無数の生に囲まれた、ひとつの死を題材とした作品。結局ここでも生き方を見る人に投げかけてる。
でもね、そう考えて描いてるのは作者だけで、実際は直接的でグロい作品だと酷評の嵐だった。当時の現展の代表に『自分の作品の前に立ってみな。恥ずかしさが分かるはずだ。』って、言われた。おまけに、この会期のわずか後に神戸のじゅんちゃん事件があったはず。ちょっと時期がずれてたら飾ってももらえない作品だったよ。合掌



■1999年作「きりきり痛む」
P15号(65cm×50cm)

小学生の時、よくトノサマバッタを捕まえた。そのバッタの大きさは超でっかくて衝撃的であったですよ。また、その機能的な形態は美しく力に溢れている。トノサマバッタ描きたかったのですよ。

■1999年作「案山子」
F20号(73cm×61cm)

今見るとまだまだだなって感じ。今だったら同じ画題でもっと凄いの描ける。

■2003年作「蜘蛛女が見ている」
北奥羽現展賛助出品
F30号(91cm×73cm)

副題は、誰にでも秘密はある。ですな。イ・ビョンホンの映画のタイトルですな。戦々恐々としてるんですよ。何も悪いことしてないのに、なんかいつもびくびくしてるんですな。ある意味自分の事を描いた絵かも・・・ですな。

■1994年作「霊場恐山駐車場」
第50回現展 安田火災美術財団奨励賞受賞
F150号

恐山じゃなくって、恐山に入る前の駐車場を描いてみました。「わ〜い!本州の鬼門霊場恐山だ〜〜!!!」 入場前のワクワク感ドキドキ感。遊園地とはまた違った期待感があるんですよ。画面の中にはmy家族が描かれています。いや、取材がてら本当に行ってきました。ディズニーランドなんかと違い待ち時間がないのがいいですね。
でも、当然ながら実際はこんな風景ではありませんよ。

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