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一色秋温コミュの秋温先生の作品に…part2

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『バースデイ』




力を込めて突き刺したシャベルが、黒く湿った土に爪先を立てる。
鈍い反動が全身を優しく殴打する。
寂静とした夜空に響く喧しい虫の音が、忙しい拍動に混ざり合いながら耳に届いた。
止まない耳鳴りが脳幹を締め付けて行く。
吐き出した息は黒く濁る様だ。
星は祈る様に白い。
闇は沈む様に深い。
輪郭をぼやかす様に、浮かぶ雲は輝いていた。

叫び出したい衝動に駆られて、咄嗟に唇をきつく噛んだ。
血が微かに滲むが、痛みはまるで他人事だった。
知らず手を止めていた事に気付き、慌てて腕を振り上げる。

何かに切っ先を掠めた感触を覚えて、押し殺した悲鳴が僅かに漏れてしまった。
シャベルの先はそれを身動ぎさせたが、直ぐに震えは収まる。
褪せた黄土色のそれは変わらず下を向いていた。
我に帰って視線を逸らし、作業を再開する。
穴は未だ深さを満たしていない。
夜が明ける前に終わらせねばならなぬ事への緊張が、徐々に心臓を圧迫して行く。
今はいつだろう。
後どれ程の猶予があるのだろう。
だんまりを決め込んだ周囲に涙が零れそうになった。

そもそも一体どうしてこんな事になってしまったんだろう。

決して間違っていなかった筈なのだ。
それ程多くは望まなかったし、幸せの諦め方にも慣れた積もりだった。
失敗に学んで、喪失に懲りて、感情を上手に捨てて来た積もりだった。
そうやって、今度こそ生きようと思っていたのに。

また、繰り返してしまった。

嘆いても始まらない。
けれど、嘆かずには居られなかった。
悔やまずには居られなかった。
致命的に間違えてしまったのはいつなのだろうかと、自問せずには居られなかった。

二人は今どうして居るのだろう。未だ自分を待ってくれるのだろうか。
それとももう、全ては手遅れなのだろうか。

土を掘り続ける手に、何度も何度も臓腑を抉った生暖かい感触が甦る。
最後に見開いた相貌や、痙攣した様に震えていた唇が幾度も脳裏に去来する。
そしてその時、不思議な程に冷然とそれを見ていた自身もまた……。

赤い幻想に視界を染めながら、僕はもう一度シャベルを振り上げた。

コメント(1)

先生が冒頭のみ私達のため書いてくださいました。


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