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名作を読みませんかコミュの源氏物語  与謝野晶子・訳  121

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 前駆も親しい者ばかりを選んであったが、
 「参内する以外の外出はおっくうになった。
  桃園の女五(にょご)の宮(みや)様は寂しいお一人ぼっちなのだからね、
  式部卿(しきぶきょう)の宮がおいでになった間は私もお任せしてしまっていたが、
  今では私がたよりだとおっしゃるのでね、それもごもっともでお気の毒だから」

 などと、前駆を勤める人たちにも言いわけらしく源氏は言っていたが、
 「りっぱな方だけれど、恋愛をおやめにならない点が傷だね。
  御家庭がそれで済むまいと心配だ」
 とそうした人たちも言っていた。

 桃園のお邸(やしき)は北側にある普通の人の出入りする門をはいるのは自重の足りないことに見られると思って、西の大門から人をやって案内を申し入れた。
 こんな天気になったから、先触れはあっても源氏は出かけて来ないであろうと宮は思っておいでになったのであるから、驚いて大門をおあけさせになるのであった。

 出て来た門番の侍が寒そうな姿で、背中がぞっとするというふうをして、門の扉をかたかたといわせているが、これ以外の侍はいないらしい。
 「ひどく錠が錆(さ)びていてあきません」
 とこぼすのを、源氏は身に沁(し)んで聞いていた。

 宮のお若いころ、自身の生まれたころを源氏が考えてみるとそれはもう三十年の昔になる、物の錆びたことによって人間の古くなったことも思われる。
 それを知りながら仮の世の執着が離れず、人に心の惹(ひ)かれることのやむ時がない自分であると源氏は恥じた。


いつのまに蓬(よもぎ)がもとと結ぼほれ雪ふる里と荒れし垣根(かきね)ぞ


 源氏はこんなことを口ずさんでいた。

 やや長くかかって古い門の抵抗がやっと征服された。
 源氏はまず宮のお居間のほうで例のように話していたが、昔話の取りとめもないようなのが長く続いて源氏は眠くなるばかりであった。

 宮もあくびをあそばして、
 「私は宵惑(よいまど)いなものですから、お話がもうできないのですよ」
 とお言いになったかと思うと、鼾(いびき)という源氏に馴染(なじみ)の少ない音が聞こえだしてきた。

 源氏は内心に喜びながら宮のお居間を辞して出ようとすると、また一人の老人らしい咳(せき)をしながら御簾(みす)ぎわに寄って来る人があった。

 「もったいないことですが、ご存じのはずと思っておりますものの、
  私の存在をとっくにお忘れになっていらっしゃるようでございますから、
  私のほうから、出てまいりました。
  院の陛下がお祖母(ばあ)さんとお言いになりました者でございますよ」
 と言うので源氏は思い出した。

 源典侍(げんてんじ)といわれていた人は尼になって女五の宮のお弟子(でし)分でお仕えしていると以前聞いたこともあるが、今まで生きていたとは思いがけないことであるとあきれてしまった。

 「あのころのことは皆昔話になって、
  思い出してさえあまりに今と遠くて心細くなるばかりなのですが、
  うれしい方がおいでになりましたね。

 『親なしに臥(ふ)せる旅人』と思ってください」
 と言いながら、御簾のほうへからだを寄せる源氏に、典侍(ないしのすけ)はいっそう昔が帰って来た気がして、今も好色女らしく、歯の少なくなった曲がった口もとも想像される声で、甘えかかろうとしていた。

 「とうとうこんなになってしまったじゃありませんか」
 などとおくめんなしに言う。
 今はじめて老衰にあったような口ぶりであるとおかしく源氏は思いながらも、一面では哀れなことに予期もせず触れた気もした。

 この女が若盛りのころの後宮(こうきゅう)の女御(にょご)、更衣(こうい)はどうなったかというと、みじめなふうになって生き長らえている人もあるであろうが大部分は故人である。

 入道の宮などのお年はどうであろう、この人の半分にも足らないでお崩(かく)れになったではないか。
 はかないのが姿である人生であるからと源氏は思いながらも、人格がいいともいえない。

 ふしだらな女が長生きをして気楽に仏勤めをして暮らすようなことも不定(ふじょう)と仏のお教えになったこの世の相であると、こんなふうに感じて、気分がしんみりとしてきたのを、典侍は自身の魅力の反映が源氏に現われてきたものと解して、若々しく言う。


年経(ふ)れどこの契りこそ忘られね親の親とか言ひし一こと


 源氏は悪感(おかん)を覚えて、


「身を変へて後(あと)も待ち見よこの世にて親を忘るるためしありやと


 頼もしい縁ですよ。そのうちにまた」
 と言って立ってしまった。

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