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名作を読みませんかコミュのジャン・クリストフ  ロマン・ロラン  260

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 クリストフは相手の言葉をきっぱりさえぎって、憤然として言った。
 「僕はそんなことに瞞着《まんちゃく》されはしません。
  僕が老人になり相当な地位に達した今となって、
  君は僕を利用して若い人たちを押しつぶそうとしています。
  僕が若かったときには、君は僕を彼らと同様に押しつぶそうとしたでしょう。
  その青年の作を上演してもらいましょう。
 さもなくば僕は自分の作を撤回します。」

 支配人は両腕を高くあげて言った。
 「もし私どもがお望みどおりのことをしたら、
  奴《やつ》らの新聞仲間の威嚇《いかく》に負けたぐあいになることが、
  あなたにはわかりませんか。」

 「そんなことは構うものですか。」とクリストフは言った。
 「では御勝手になさるがいいでしょう。
  あなたはまっ先に鎗玉《やりだま》にあげられますよ。」
 支配人はクリストフの作品の下稽古を中止しないで、青年音楽家の作品を調べ始めた。

 一方は三幕のもので一方は二幕のものだった。
 同じ興行に二つとも出すことに決定した。
 クリストフは自分が庇護《ひご》してやった青年に会った。
 自分でまっ先に通知を与えてやりたかったのである。
 相手は永遠の感謝を誓ってもなお足りないほどだった。

 もとよりクリストフは、支配人が彼の作に注意を傾倒するのを拒み得なかった。
 青年の作は演出法や上演法において多少犠牲にされた。
 クリストフはそれを少しも知らなかった。

 彼は青年の作の下稽古に少し立ち合わしてもらった。
 その作品をきわめて凡庸なものだと思った。
 そして二、三の注意を加えてみた。
 それがみな誤解された。

 彼はそれきり差し控えてもう干渉しなかった。
 また一方において支配人は、すぐに上演してもらいたければ少しの削除は余儀ないことを、新進の青年に承認さしていた。
 それだけの犠牲は最初はたやすく承諾されたが、やがて作者の苦痛とするところとなったらしかった。

 公演の晩になると、若者の作品はなんらの成功をも博さなかった。
 クリストフの作品は非常な評判を得た。
 幾つかの新聞はクリストフを中傷した。
 一人の若い偉大なフランスの芸術家を圧倒するために、手筈《てはず》が定められ奸計《かんけい》がめぐらされたと報じていた。

 その作品はドイツの大家の意を迎えんために寸断されたと称し、このドイツの大家こそ当来の光栄にたいする下劣な嫉妬《しっと》の代表だと称していた。

 クリストフは肩をそびやかしながら考えた。
 「彼が返答してくれるだろう。」
 しかし「彼」は返答しなかった。

 クリストフは新聞記事の一つを彼へ送って、それに書き添えた。
 「君は読んだでしょうね。」
 相手は返事をよこした。
 「実に遺憾なことです!
  この記者はいつも私にたいしてやかましいのです。
  ほんとうに私は気を悪くしました。
  しかしこんなことに注意を払わないのが最善の策かと存じます。」

 クリストフは笑ってそして考えた。
 「彼の言うところも道理だ、卑怯《ひきょう》者めが。」
 そして彼はその記憶を「秘密|牢《ろう》」と名づけたものの中へ放り込んだ。

 しかし偶然にも、めったに新聞を読まず読んでも運動記事以外はろくに読まないジョルジュが、こんどはどうしたことか、クリストフにたいするもっとも激しい攻撃の記事を眼に止めた。

 彼はその記者を知っていた。
 その男にきっと出会えると思う珈琲店へ出かけて行き、果たして相手を見つけ出し、その頬《ほお》をたたきつけ、決闘を行なって、相手の肩を剣でひどく傷つけた。

 その翌日、クリストフは昼食をしてるときに、ある友人の手紙でそのことを知った。
彼は息がつまるほど驚いた。
 食事をそのままにしてジョルジュの家へ駆けつけた。

 ジョルジュ自身が戸を開いて迎えた。
 クリストフは疾風のように飛び込んで彼の両腕をとらえ、憤然と彼を揺すぶりながら、激しい叱責《しっせき》の言葉を浴びせかけ始めた。

 「この畜生!」と彼は叫びたてた。
 「君は僕のために決闘したね。
  だれがそんなことを許した。
  僕のことにまで干渉する、悪戯《いたずら》者、軽率者!

  僕が自分のことを処置し得ないとでも思ってるのか。
  出過ぎたことをしやがって!
  君はあの下劣漢に、君と決闘するだけの名誉を与えたのだ。
  それが彼奴《あいつ》の望むところだ。

  君は彼奴を英雄にしてしまった。
  馬鹿な!
  もし万一(君はいつものとおり無分別に突き進んでいったに違いない)
  君が殺されでもしたら、どうするんだ!

  ばか者!
  僕は君を一生涯《しょうがい》許してやらないぞ!」

 ジョルジュは狂人のように笑っていたが、この最後の嚇《おど》かし文句を聞いて、涙が出るほど笑いこけた。
 「ああ、あなたは実に変な人だ、ほんとにおかしな人だ!
  あなたの味方をしたからって私をしかるんですか。
  じゃあこんどは攻撃してあげますよ。
  そしたら接吻《せっぷん》してくださるでしょうね。」

 クリストフは言葉を途切らした。
 彼はジョルジュを抱きしめ、その両の頬《ほお》に接吻《せっぷん》し、それからも一度接吻して、そして言った。

 「君!
  許してくれ。
  僕は老いぼれた馬鹿者だ……。
  だが、あのことを聞くと逆《のぼ》せ上がってしまった。  
  決闘するとはなんという考えだ!

  あんな奴らと決闘するってことがあるものか。
  もうけっしてふたたびそんなことをしないと、すぐに約束してくれたまえ。」

 「私は何一つ約束はしません。」とジョルジュは言った。
 「自分の気に入ることをするばかりです。」

 「僕が君に決闘を禁ずるんだ、いいかね。
  もし君が二度とやったら、僕はもう君に会わないし、
  新聞で君を非難するし、君を……。」

 「廃嫡《はいちゃく》すると言うんでしょう。」
 「ねえジョルジュお願いだから……。
  いったいあんなことをしてなんの役にたつんだい。」

 「そりゃああなたは、私よりずっとすぐれてるし、
  私より非常にいろんなことを知ってるけれど、
  でもあの下劣な連中のことは、私のほうがよく知っていますよ。
  大丈夫です、あんなことも役にたつんです。
  こんどは奴らも、あなたに毒舌をつく前に、少しは考えてみるでしょう。」

 「なあに、あの鵞鳥《がちょう》どもが僕にたいして何ができるものか。
  僕は彼奴《あいつ》らが何を言おうと平気だ。」
 「でも私は平気ではいません。
  あなたは自分のことだけをなさればいいんです。」

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