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名作を読みませんかコミュの源氏物語  与謝野晶子・訳  117

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 「今の私の望みは閑散な身になって風流三昧(ざんまい)に暮らしうることと、
  のちの世の勤めも十分にすることのほかはありませんが、
  この世の思い出になることを一つでも残すことのできないのはさすがに残念に思われます。

  ただ二人の子供がございますが、老い先ははるかで待ち遠しいものです。
  失礼ですがあなたの手でこの家の名誉をお上げくだすって、
  私の亡(な)くなりましたのちも私の子供らを護(まも)っておやりください」
 などと言った。

 宮のお返事はおおようで、しかも一言をたいした努力でお言いになるほどのものであるが、源氏の心はまったくそれに惹(ひ)きつけられてしまって、日の暮れるまでとどまっていた。

 「人聞きのよい人生の望みなどはたいして持ちませんが、
  四季時々の美しい自然を生かせるようなことで、私は満足を得たいと思っています。

  春の花の咲く林、秋の野のながめを昔からいろいろに優劣が論ぜられていますが、
  道理だと思って、どちらかに加担のできるほどのことはまだだれにも言われておりません。

  支那(しな)では春の花の錦が最上のものに言われておりますし、
  日本の歌では秋の哀れが大事に取り扱われています。
  どちらもその時その時に感情が変わっていって、
  どれが最もよいとは私らに決められないのです。

  狭い邸(やしき)の中ででも、
  あるいは春の花の木をもっぱら集めて植えたり、
  秋草の花を多く作らせて、野に鳴く虫を放しておいたりする庭をこしらえて、
  あなたがたにお見せしたく思いますが、

  あなたはどちらがお好きですか、春と秋と」
 源氏にこうお言われになった宮は、返辞のしにくいことであるとはお思いになったが、何も言わないことはよろしくないとお考えになって、

 「私などはまして何もわかりはいたしませんで、
  いつも皆よろしいように思われますけれど、
  そのうちでも怪しいと申します夕べ、

  いつとても恋しからずはあらねども秋の夕べは怪しかりけりは、
  私のためにも亡(な)くなりました母の思い出される時になっておりまして、
  特別な気がいたします」
 お言葉尻(じり)のしどけなくなってしまう様子などの可憐(かれん)さに、源氏は思わず規(のり)を越した言葉を口に出した。


君もさは哀れをかはせ人知れずわが身にしむる秋の夕風


 忍びきれないおりおりがあるのです

 宮のお返辞のあるわけもない。
 腑(ふ)に落ちないとお思いになるふうである。
 いったんおさえたものが外へあふれ出たあとは、その勢いで恋も恨みも源氏の口をついて出てきた。

 それ以上にも事を進ませる可能性はあったが、宮があまりにもあきれてお思いになる様子の見えるのも道理に思われたし、自身の心もけしからぬことであると思い返されもして源氏はただ歎息(たんそく)をしていた。

 艶(えん)な姿ももう宮のお目にはうとましいものにばかり見えた。
 柔らかにみじろぎをして少しずつあとへ引っ込んでお行きになるのを知って、

 「そんなに私が不愉快なものに思われますか、
  高尚(こうしょう)な貴女(きじょ)はそんなにしてお見せになるものではありませんよ。
  ではもうあんなお話はよしましょうね。
  これから私をお憎みになってはいけませんよ」
 と言って源氏は立ち去った。

 しめやかな源氏の衣服の香の座敷に残っていることすらを宮は情けなくお思いになった。
 女房たちが出て来て格子(こうし)などを閉(し)めたあとで、

 「このお敷き物の移り香の結構ですこと、
  どうしてあの方はこんなにすべてのよいものを備えておいでになるのでしょう。
  柳の枝に桜を咲かせたというのはあの方ね。
  どんな前生(ぜんしょう)をお持ちになる方でしょう」
 などと言い合っていた。

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