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名作を読みませんかコミュのレ・ミゼラブル  ビクトル・ユーゴー 作   豊島与志雄 訳  60

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 ファンティーヌは自分の娘だけは大事に思っていた。
 彼女が堕落してゆけばゆくほど、彼女の周囲が暗黒になればなるほど、そのやさしい小さな天使はいっそう彼女の魂の奥に光り輝いてきた。

 彼女はよく言っていた、「お金ができたら私コゼットといっしょに住もう。」そして笑った。 咳《せき》はなお去らなかった、背中に汗をかいた。

 ある日彼女はテナルディエの所から次のような手紙を受け取った。
 「コゼットは土地に流行《はや》ってる病気にかかっている。
  粟粒疹熱《つぶはしか》と俗にいう病だ。
  高い薬がいる。
  そのため金がなくなって薬代がもう払えない。
  一週間以内に四十フラン送らなければ、子供は死ぬかも知れない。」

 ファンティーヌは大声に笑い出した、そして隣の婆さんに言った。
 「まあおめでたい人たちだわ。四十フランですとさ。
  ねえ、ナポレオン金貨二つだわ。
  どうして私《あたし》にそんなお金がもうけられると思ってるんでしょう。
  ばかなものね、この田舎の人たちは。」

 それでも彼女は軒窓の近くへ階段を上っていって、手紙を読み返した。
 それから彼女は階段をおりて、笑いながらおどりはねて出て行った。

 出会った人が彼女に言った。「何でそんなにはしゃいでるの。」
 彼女は答えた。
 「田舎の人たちがあまりばかばかしいことを書いてよこすんですもの。
  四十フラン送れですとさ。ばかにしてるわ。」

 彼女が広場を通りかかった時、そこには大勢の人がいて、おかしな形の馬車を取り巻いていた。
 馬車の平屋根の上には、赤い着物を着た一人の男が立って何か弁じ立てていた。
 それは方々を渡り歩く香具師《やし》の歯医者で、総入れ歯や歯みがき粉や散薬や強壮剤などを売りつけていた。

 ファンティーヌはその群集の中に交じって、卑しい俗語や上品な壮語の交じった長談義をきいて、他の人たちといっしょに笑いはじめた。
 歯医者はそこに笑っている美しい彼女を見つけて、突然叫び出した。

 「そこに笑っていなさる娘さん、あんたの歯はまったくきれいだ。
  お前さんのその羽子板を二枚売ってくんなさるなら、
  一枚についてナポレオン金貨一つずつを上げるがな。」

 「何ですよ、私の羽子板というのは。」とファンティーヌは尋ねた。
 「羽子板ですか、」と歯医者は言った、「なにそれは前歯のことですよ、上の二枚の歯ですよ。」

 「まあ恐ろしい!」とファンティーヌは叫んだ。
 「ナポレオン金貨二つ!」とそこにいた歯の抜けた婆さんがつぶやいた。
 「なんてしあわせな娘さんでしょう。」

 ファンティーヌは逃げ出した、そして男の嗄《しゃが》れた声を聞くまいとして耳を押さえた。
 男は叫んでいた。
 「考えてみなさい、別嬪《べっぴん》さん!
  ナポレオン金貨二つですぜ。
  ずいぶん役に立つね。
  もし気があったら、今晩ティヤック・ダルジャンの宿屋においでな、私はそこにいるから。」

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