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名作を読みませんかコミュの源氏物語  与謝野晶子・訳  115

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 「決してございません。
 私と王命婦(おうみょうぶ)以外にこの秘密をうかがい知った者はございません。

 その隠れた事実のために恐ろしい天の譴(さとし)がしきりにあるのでございます。
 世間に何となく不安な気分のございますのもこのためなのでございます。

 御幼年で何のお弁(わきま)えもおありあそばさないころは天もとがめないのでございますが、大人におなりあそばされた今日になって天が怒りを示すのでございます。
 すべてのことは御両親の御代(みよ)から始められなければなりません。

 何の罪とも知(しろ)し召さないことが恐ろしゅうございますから、いったん忘却の中へ追ったことを私はまた取り出して申し上げました」

 泣く泣く僧都の語るうちに朝が来たので退出してしまった。
 帝(みかど)は隠れた事実を夢のようにお聞きになって、いろいろと御煩悶(はんもん)をあそばされた。

 故院のためにも済まないこととお思われになったし、源氏が父君でありながら自分の臣下となっているということももったいなく思召された。
 お胸が苦しくて朝の時が進んでも御寝室をお離れにならないのを、こうこうと報(しら)せがあって源氏の大臣が驚いて参内した。

 お出ましになって源氏の顔を御覧になるといっそう忍びがたくおなりあそばされた。
 帝は御落涙になった。

 源氏は女院をお慕いあそばされる御親子の情から、夜も昼もお悲しいのであろうと拝見した。
 その日に式部卿(しきぶきょう)親王の薨去が奏上された。
 いよいよ天の示しが急になったというように帝はお感じになったのであった。

 こんなころであったからこの日は源氏も自邸へ退出せずにずっとおそばに侍していた。

 しんみりとしたお話の中で、
 「もう世の終わりが来たのではないだろうか。
  私は心細くてならないし、天下の人心もこんなふうに不安になっている時だから、
  私はこの地位に落ち着いていられない。

  女院がどう思召すかと御遠慮をしていて、
  位を退くことなどは言い出せなかったのであるが、
  私はもう位を譲って責任の軽い身の上になりたく思う」
 こんなことを帝は仰せられた。

 「それはあるまじいことでございます。
  死人が多くて人心が恐怖状態になっておりますことは、
  必ずしも政治の正しいのと正しくないのとによることではございません。

  聖主の御代(みよ)にも天変と地上の乱のございますことは、
  支那(しな)にもございました。
  ここにもあったのでございます。

  まして老人たちの天命が終わって亡(な)くなってまいりますことは、
  大御心(おおみこころ)におかけあそばすことではございません」
 などと源氏は言って、譲位のことを仰せられた帝をお諫(いさ)めしていた。

 問題が間題であるからむずかしい文字は省略する。

 じみな黒い喪服姿の源氏の顔と竜顔(りゅうがん)とは常よりもなおいっそうよく似てほとんど同じもののように見えた。
 帝も以前から鏡にうつるお顔で源氏に似たことは知っておいでになるのであるが、僧都の話をお聞きになった今はしみじみとその顔に御目が注がれて熱い御愛情のお心にわくのをお覚えになる帝は、
 どうかして源氏にそのことを語りたいと思召すのであったが、さすがに御言葉にはあそばしにくいことであったから、お若い帝は羞恥(しゅうち)をお感じになってお言い出しにならなかった。

 そんな間帝はただの話も常よりはなつかしいふうにお語りになり、敬意をお見せになったりもあそばして、以前とは変わった御様子がうかがわれるのを、
 聡明(そうめい)な源氏は、不思議な現象であると思ったが、僧都がお話し申し上げたほど明確に秘密を帝がお知りになったとは想像しなかった。

 帝は王命婦(おうみょうぶ)にくわしいことを尋ねたく思召したが、今になって女院が秘密を秘密とすることに苦心されたことを、自分が知ったことは命婦にも思われたくない。
 ただ大臣にだけほのめかして、歴史の上にこうした例があるということを聞きたいと思召されるのであったが、そうしたお話をあそばす機会がお見つかりにならないためにいよいよ御学問に没頭あそばされて、
 いろいろの書物を御覧になったが、支那にはそうした事実が公然認められている天子も、隠れた事実として伝記に書かれてある天子も多かったが、この国の書物からはさらにこれにあたる例を御発見あそばすことはできなかった。

 皇子の源氏になった人が納言になり、大臣になり、さらに親王になり、即位される例は幾つもあった。
 りっぱな人格を尊敬することに託して、自分は源氏に位を譲ろうかとも思召すのであった。

 秋の除目(じもく)に源氏を太政大臣に任じようとあそばして、内諾を得るためにお話をあそばした時に、帝は源氏を天子にしたいかねての思召しをはじめてお洩(も)らしになった。
 源氏はまぶしくも、恐ろしくも思って、あるまじいことに思うと奏上した。

 「故院はおおぜいのお子様の中で特に私をお愛しになりながら、
  御位(みくらい)をお譲りになることはお考えにもならなかったのでございます。
  その御意志にそむいて、及びない地位に私がどうしてなれましょう。

  故院の思召しどおりに私は一臣下として政治に携わらせていただきまして、
  今少し年を取りました時に、静かな出家の生活にもはいろうと存じます」
 と平生の源氏らしく御辞退するだけで、御心を解したふうのなかったことを帝は残念に思召した。

 太政大臣に任命されることも今しばらくのちのことにしたいと辞退した源氏は、位階だけが一級進められて、牛車で禁門を通過する御許可だけを得た。

 帝はそれも御不満足なことに思召して、親王になることをしきりにお勧めあそばされたが、そうして帝の御後見をする政治家がいなくなる、中納言が今度大納言になって右大将を兼任することになったが、この人がもう一段昇進したあとであったなら、親王になって閑散な位置へ退くのもよいと源氏は思っていた。

 源氏はこんなふうな態度を帝がおとりあそばすことになったことで苦しんでいた。
 故中宮のためにもおかわいそうなことで、また陛下には御煩悶(はんもん)をおさせする結果になっている秘密奏上をだれがしたかと怪しく思った。

 命婦は御匣殿(みくしげどの)がほかへ移ったあとの御殿に部屋をいただいて住んでいたから、源氏はそのほうへ訪(たず)ねて行った。

 「あのことをもし何かの機会に少しでも陛下のお耳へお入れになったのですか」
 と源氏は言ったが、
 「私がどういたしまして。
  宮様は陛下が秘密をお悟りになることを非常に恐れておいでになりましたが、
  また一面では陛下へ絶対にお知らせしないことで、
  陛下が御仏の咎(とが)をお受けになりはせぬかと御煩悶をあそばしたようでございました」
 命婦はこう答えていた。

 こんな話にも故宮の御感情のこまやかさが忍ばれて源氏は恋しく思った。

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