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名作を読みませんかコミュの次郎物語  下村湖人  167

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 しかし、中佐のそんな調子は三分とはつづかなかった。
 かれはやがて世界の大勢を説き、日本の生命線を論じた。
 そしてその結論としての国民の覚悟《かくご》について述べだしたが、もうそのころには、かれはかなり狂気《きょうき》じみた煽動《せんどう》演説家になっていた。

 さらに進んで青年の修養を論ずる段になると、かれの佩剣の鞘《さや》が、たえ間なく演壇の床板をついて、勇《いさ》ましい言葉の爆発《ばくはつ》に伴奏《ばんそう》の役割をつとめた。
 かれはしばしば「陛下《へいか》」とか「大御心《おおみこころ》」という言葉を口にしたが、その時だけは直立不動の姿勢になり、声の調子もいくぶん落ちつくのだった。

 しかし、佩剣の伴奏がもっとも激《はげ》しくなるのは、いつもその直後だったのである。
 かれの意図《いと》が、塾の精神を徹底的《てっていてき》にたたきつけるにあったことは、もうむろん疑う余地がなかった。

 かれは、しかし、真正面から「友愛塾の精神がまちがっている」とは、さすがに言わなかった。
 かれはたくみに、――おそらく、かれ自身のつもりでは、きわめてたくみに、――一般論《いっぱんろん》をやった。
 そして、なおいっそうたくみに、――もっとも、この場合は、かれ自身としては、たくらんだつもりではなく、かれの信念の自然の発露《はつろ》であったかもしれないが、――「国体」とか、「陛下」とか、「大御心」とかいう言葉で、自分の論旨《ろんし》を権威《けんい》づけることに努力した。

 「日本の国体をまもるためには、
  国民は、四六時中非常時局下にある心構《こころがま》えでいなければならない。
  恒久的任務と時局的任務とを差別して考える余裕《よゆう》など、
  少くともわれわれ軍人には全く想像もつかないことである。」

 「大命を奉じては、国民は親子の情でさえ、たち切らなければならない。
  いわんや友愛の情をやである。」

 「日本では、国民相互《そうご》の横の道徳は、おのずから、
  君臣の縦《たて》の道徳の中にふくまれている。
  陛下に対し奉《たてまつ》る臣民の忠誠心が、すべての道徳に先んじ、
  すべての道徳を導き育てるのであって、
  友愛や隣人愛《りんじんあい》が忠誠心を生み出すのでは決してない。」
 およそこういった調子であった。

 次郎はしだいに興奮した。
 ひとりでに息があらくなり、両手が汗《あせ》ばんで来るのを覚えた。
 かれは、しかし、懸命《けんめい》に自分を制した。

 自分を制するために、おりおり、うしろから田沼先生と朝倉先生の顔をのぞいた。
 かんじんの二人の眼をのぞくことができなかったので、はっきりと、その表情を見わけることはできなかったが、のぞいたかぎりでは、二人とも、すこしも動揺《どうよう》しているようには見えなかった。

 かれはいくらか救われた気持ちだった。
 かれの視線は、おのずと、朝倉夫人のほうにもひかれた。
 夫人の横顔は、いつもにくらべると、いくぶん青ざめており、その視線は、つつましく膝《ひざ》の上に重ねている手の甲《こう》におちているように思われた。

 かれは、朝倉夫人のそんな様子を見ると、つい眼がしらがあつくなって来るのだった。
 かれは、しかし、そうしているうちに、いくらか自分をとりもどすことができ、眼を来賓席のほうに転じた。

 すると、そこには、当惑《とうわく》して天井《てんじょう》を見ている顔や、にがりきって演壇をにらんでいる顔がならんでいた。
 しかし、どの顔よりもかれの注意をひいたのは、相変わらず木像のように無表情な荒田老の顔と、たえず皮肉な微笑《びしょう》をもらして塾生たちを見わしている鈴田の顔であった。

 鈴田の顔を見た瞬間、次郎は、自分にとってきわめてたいせつなことを、いつの間にか忘れていたことに気がついて、はっとした。
 中佐の言葉に対する塾生たちの反応《はんのう》、それを見のがしてはならない。
 できれば一人一人の反応をはっきり胸にたたみこんでおくことが、これから朝倉先生に協力して自分の仕事をやって行く上に何よりもたいせつなことではないか。

 かれの視線は、そのあと、忙《いそが》しく塾生たちの顔から顔へとびまわった。
 どの顔もおそろしく緊張している。
 眼がかがやき、頬《ほお》が紅潮し、唇《くちびる》がきっと結ばれている。
 中佐のかん高い声と、佩剣《はいけん》の伴奏とが、電気のようにかれらの神経をつたい、かれらの心臓にひびき、かれらの全身をゆすぶっているかのようである。

 次郎の興奮は、もう一度その勢いをもりかえした。
 しかもその勢いは、かれが中佐の声と佩剣の伴奏とから直接刺激《しげき》をうける場合のそれよりも、はるかに強力だった。
 で、もしもかれが、塾生たちの顔の間に、ただ一つの例外的な表情をしている顔を見いだすことができなかったとすれば、かれはその興奮のために、すくなくとも、自分のすぐ前に腰をおろしている田沼先生と朝倉先生夫妻の注意をひくほどの舌打ちぐらいは、あるいはやったかもしれなかったのである。

 ただ一つの例外の顔というのは、大河無門の顔であった。
 かれは半眼《はんがん》に眼を開いていた。
 それは内と外とを同時に見ているような眼であった。
 中佐の言葉の調子がどんなに激越《げきえつ》になろうと、佩剣の鞘《さや》がどんな騒音《そうおん》をたてようと、そのまぶたは、ぴくりとも動かなかった。

 かれは、椅子《いす》にこそ腰をおろしていたが、その姿勢は、あたかも禅堂《ぜんどう》に足を組み、感覚の世界を遠くはなれて、自分の心の底に沈潜《ちんせん》している修道者を思わせるものがあった。

 次郎の視線は、大河無門の顔にひきつけられたきり、しばらくは動かなかった。
 かれは何か一つの不思議を見るような気持ちだった。
 大河無門は、ぼくなんかにはまだとてもうかがえない、ある心の世界をもっているのだ。
 かれにはそんな気がした。

 その気持ちが、しだいにかれをおちつかせた。
 そして大河無門と荒田老とを見くらべてみる心のゆとりを、いつのまにか、かれにあたえていた。
 かれの眼に映《えい》じた大河無門と荒田老とは、まさに場内の好一対《こういっつい》であった。

 荒田老は、平木中佐の所論の絶対の肯定者《こうていしゃ》として、怪奇《かいき》な魔像《まぞう》のように動かなかったし、大河無門は、その絶対の否定者として、清澄《せいちょう》な菩薩像《ぼさつぞう》のように動かなかったのである。

 次郎は、これまでの不快な興奮からさめて、ある希望と喜びとに裏付けられた新しい興奮を感じはじめていた。
 そのせいか、中佐の狂気じみた言葉も、もう前ほどにはかれの耳を刺激しなくなっていたのである。

 中佐は、最後に、いっそう声をはげまして言った。
 「諸君にとってたいせつなことは、いかに生くべきかでなくて、いかに死ぬべきかだ。
  大命のまにまにいかに死ぬべきかを考え、その心の用意ができさえすれば、
  おのずからいかに生くべきかが決定されるであろう。

  くりかえして言うが、諸君は、楽しい生活などという、甘《あま》ったるい、
  自由主義的・個人主義的享楽主義《きょうらくしゅぎ》に、
  いつまでもとらわれていてはならない。
  日本は今や君国のために水火をも辞さない、
  勇猛果敢《ゆうもうかかん》な青年を求めているのだ。

  この要求にこたえうるような精神を養うことこそ、諸君がこの塾堂に教えをうけに来た、
  唯一《ゆいいつ》の目的でなければならない。
  自分はあえて全軍の意志を代表して、このことを諸君の前に断言する。
  終わり!」

 塾生たちの中には「終わり」という言葉をきくと同時に、機械人形のように直立したものがあった。
 その他の塾生たちは、理事長と塾長との式辞が終わったときに、顔をさげただけですました関係からか、さすがに立ちあがるのをためらった。

 しかし、どの顔も、何か不安そうに左右を見まわした。
 そして、直立した塾生たちを見ると、それにさそわれて、半ば腰をうかしたものも少なくはなかった。

 ただ大河無門だけは、そうしたざわめきの中で、その半眼にひらいた眼を、ながい夢《ゆめ》からでもさめたように、ゆっくり見ひらき、しずかに頭をさげて中佐に敬意を表したのだった。

 次郎の眼は、いつまでも大河無門にひきつけられていた。
 そのために、かれは、中佐がどんな顔をして塾生たちの「不規律」な敬礼をうけ、どんな歩きかたをして自分の席に戻《もど》って行ったかを観察することができなかったし、また、閉式を告げるかれの役割を果たすのに、いくらか間がぬけたのではないかと、かれ自身心配したぐらいであった。

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