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名作を読みませんかコミュのレ・ミゼラブル  ビクトル・ユーゴー 作   豊島与志雄 訳  52

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 今しばらく、あらゆる人のうちには各種の動物のいずれか一つが存在しているということが許さるるならば、ここに警官ジャヴェルのうちにはいかなるものがいるかを述べるのは、いとたやすいことである。

 アスチェリーの農民の間には次のことが信ぜられている。狼《おおかみ》の子のうちには必ず一匹の犬の子が交じっているが、それは母狼から殺されてしまう、もしそうしなければその犬の子は大きくなって他の狼の子を食いつくしてしまうからである。

 その狼の子の犬に人間の顔を与えれば、それがすなわちジャヴェルである。
 ジャヴェルは骨牌占《カルタうらな》いの女から牢獄の中で生まれた。
 女の夫は徒刑場にはいっていた。

 ジャヴェルは大きくなるに従って、自分が社会の外にいることを考え、社会のうちに帰ってゆくことを絶望した。
 社会は二種類の人間をその外に厳重に追い出していることを彼は認めた。
 すなわち社会を攻撃する人々と、社会を護る人々とを。
 彼はその二つのいずれかを選ぶのほかはなかった。

 同時にまた彼は、厳格、規律、清廉などの一種の根が自分のうちにあることを感じ、それとともに自分の属している浮浪階級に対する言い難い憎悪を感じた。
 彼は警察にはいった。
 彼はその方面で成功した。
 四十歳の時には警視になっていた。
 彼は青年時代には南部地方の監獄に雇われていたこともあった。

 さてこれ以上に言を進める前に、先にジャヴェルについて言った人間の顔ということを説明してみよう。
 ジャヴェルの人間の顔というのは、平べったい一つの鼻と、深い二つの鼻孔と、鼻孔の方へ頬の上を上っている大きな鬚《ひげ》とでできていた。
 その二つの鬚の森と二つの小鼻の洞穴とを見る者は、初めはだれもある不安を感ずるのであった。

 ジャヴェルは笑うことがごくまれであったが、その笑いは恐ろしく、薄い脣《くちびる》が開いて、ただに歯のみではなく歯齦《はぐき》までも現わし、野獣の鼻面にあるような平たい荒々しいしわが鼻のまわりにできた。まじめな顔をしている時はブルドッグのようであり、笑う時は虎のようだった。

 その上頭が小さく、頤《あご》が大きく、髪の毛は額を蔽《おお》うて眉毛の上までたれ、両眼の間のまん中に絶えず憤怒の兆のような、しかめた線があり、目付きは薄気味が悪く、口は緊《きっ》と引きしまって恐ろしく、その様子には強猛な威力があった。

 この男は、きわめて単純で比較的善良ではあるが誇張せられるためにほとんど悪くなっている二つの感情でできていた。
 すなわち、主権に対する尊敬と、反逆に対する憎悪と。

 そして彼の目には、窃盗、殺害、すべての罪悪は、ただ反逆の変形にすぎなかった。
 上は総理大臣より下は田野の番人に至るまでおよそ国家に職務を有する者を皆、盲目的な深い一種の信用のうちに包み込んで見ていた。

 一度法を犯して罪悪の方に踏み込んだ者を皆、軽蔑と反感と嫌悪《けんお》とをもって見ていた。
 彼は絶対的であって、いっさいの例外を認めなかった。

 一方では彼は言った、
 「職務を帯びてるものは誤ることはない、役人は決して不正なことをしないものだ。」
 他方ではまた彼は言った、
 「こいつらはもう救済の途はない、何らの善もなし得ない者だ。」

 世には極端な精神を有していて、刑罰をなすの権利あるいは言い換えれば刑罰を定めるの権利を人間の作った法則が持っているように信じ、社会の底に地獄の川スティックスを認める者がいる。
 ジャヴェルもまたそういう意見を多分に持っていた。

 彼は禁欲主義で、まじめで、厳格であった。
 憂鬱《ゆううつ》な夢想家であった。
 狂信家のように謙遜でまた傲慢《ごうまん》であった。
 彼の目は錐《きり》のごとく、冷たくそして鋭かった。

 彼の一生は二つの言葉につづめられる、監視と取り締まりと。
 彼は世間の曲りくねったものの中に直線を齎《もたら》した。
 彼は自己の有用をもって良心となし、自己の職務をもって宗教となしていた。

 彼の探偵たることはあたかも牧師たるがごとくであった。
 彼の手中に落ちたる者は不幸なるかなである。
 彼は父がもし脱獄したらんには父を捕縛し、母がもし禁令を犯したらんには母をも告発したであろう。

 そして徳行によって得らるるごとき一種の内心の満足をもってそれをなしたであろう。
 その上に、貧しい生活、孤独、克己、純潔をもってし、何らの遊びにもふけらない。
 彼は厳格なる義務それ自身であり、あたかもスパルタ人らがスパルタに身をささげたがごとくに献身的な警官であり、無慈悲な間諜《かんちょう》であり、恐るべき正直さであり、冷酷なる探偵であり、名探偵ヴィドックのうちに住むブルツスであった。

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