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名作を読みませんかコミュのレ・ミゼラブル  ビクトル・ユーゴー 作   豊島与志雄 訳  48

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 その同じ一八一九年に、マドレーヌの発明した新製造法に成る製品は工業博覧会に出て人目をひいた。
 審査員の報告によって、国王はその発明者にレジオン・ドンヌールのシュヴァリエ章を付与した。

 小さな町の人たちはまた一騒ぎした。
 「なるほど、彼が望んでいたのは勲章だな!」
 けれどもマドレーヌさんはその勲章を辞して受けなかった。

 まさしくその男は一の謎《なぞ》であった。
 口善悪《くちさが》ない人々はかろうじて、こんな苦しいことを言い出した、
 「つまり彼は一種の山師だ。」

 前に述べたとおり、その地方は多く彼のお陰を被むり、貧しい人々はすべてにおいて彼のお陰を被っていた。
 彼はかく世に有用な人だったので、ついに人々は彼を尊敬するようになり、また彼はひどく穏やかな人物だったので、人々はついに彼を愛するようになった。

 特に彼から使われてる職工らは彼を崇拝した。
 そして彼はその崇拝を受くるに一種の憂鬱《ゆううつ》な重々しい態度をもってした。

 彼が金持ちだということが一般に知れ渡ると、「社交界の人々」は彼に頭を下げ、町では彼をマドレーヌ氏と呼んだ。
 が彼の職工や子供たちはやはりマドレーヌさんと呼んでいた。
 そして彼はその呼び方の方を喜んでいた。

 彼の地位が高まるにつれて、招待は降るがようにやってきた。
 「社交界」は彼を引き入れようとした。
 モントルイュ・スュール・メールの気取った小客間は、初めのうちは言うまでもなくこの職人には閉ざされていたが、今ではその分限者に向かって大きく開かれた。
 その他百千の申し出があった。
 しかし彼はそれをみな断わった。

 そういうことになっても、人の陰口はやまなかった。
 「彼は無学であまり教育のない男だ。
  いったいどこからやってきた奴《やつ》かわかりもしない。
  上流社会に出ても作法も知らないのだろう。
  字が読めるということの証拠さえないじゃないか。」

 彼が金をもうけるのを見た時には、人々は言った、「彼奴《あいつ》は商人だ。」
 彼が金をまき散らすのを見ては人々は言った、「彼奴は野心家だ。」
 彼が名誉を辞退するのを見ては人々は言った、「彼奴は山師だ。」
 また彼が社交界を断わるのを見ては人々は言った、「彼奴は下等な人間だ。」

 彼がモントルイュ・スュール・メールにやってきて五年目に、すなわち一八二〇年に、その地方における彼の功績は赫々《かくかく》たるものがあり、その地方の衆人の意見も一致していたので、国王は再び彼を市長に任命した。

 彼はこのたびもまた辞退した。
 しかし知事はその辞退を受けつけず、知名な人々は彼のもとに懇願にき、一般の人たちは大道で彼に哀願し、それらの強請がいかにも激しくなったので、彼もついに職を受けることになった。

 ことに彼をそう決心さしたのは、卑しい一人の年寄った婦人がほとんど怒ったような調子で彼に浴びせかけた言葉だったらしいということである。
 その女は門口の所で強く叫びかけた。
 「いい市長さんがあるのは大事なことです。
  人間は自分のできるよいことをしないでいいものでしょうか。」

 かくてそれは彼の立身の第三段であった。
 マドレーヌさんはマドレーヌ氏となり、マドレーヌ氏は市長殿となったのである。

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