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名作を読みませんかコミュのジャン・クリストフ  ロマン・ロラン  200

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 ブラウンはしつっこく言い張って、一日の郊外遠足を妻にさせることにした。
 彼女はうるさくなって平和を得るために譲歩した。
 その散策は日曜日にきめられた。
 ところがその間ぎわになって、子供らしく喜んでいた医者のブラウンは、急病患者のために引き止められた。

 クリストフとアンナとは出かけた。
 雪のない冬の晴天、清い冷やかな空気、澄みきった空、輝いてる太陽、寒い北風があった。

 二人は小さな地方鉄道に乗った。
 町の周囲に遠い円光の形をしてる青い丘陵の幾筋、その一つと合してる鉄道だった。
 二人が乗り込んだ車室はいっぱいだった。

 二人はたがいに別々になった。
 言葉を交じえなかった。
 アンナは陰気な様子をしていた。

 前日彼女は、ブラウンが非常に驚いたことには、明日の礼拝には行かないと言い出した。
 生涯《しょうがい》に初めて欠席するのだった。
 それは一つの反抗だったろうか?

 彼女のうちに行なわれた闘《たたか》いを誰が言い得よう?
 彼女は自分の前の腰掛をじっと見つめていた。蒼《あお》ざめていた……。

 二人は汽車から降りた。
 敵対的な冷淡さは、散歩の初めの間少しも消えなかった。

 二人は並んで歩いた。
 彼女はしっかりした足取りで歩み、何事にも注意を払わず、両手は空《から》だった。
 その腕はぶらぶら打ち振られ、その踵《かかと》は凍った地面の上に音をたてた。

 少しずつ、彼女の顔は生き生きとしてきた。
 早く歩いてるために、その蒼白い頬《ほお》に赤みがさしてきた。
 その口は爽《さわや》かな空気を吸うために開いてきた。

 曲がりくねって上ってる小径の角のところに行くと、彼女は山羊《やぎ》のように一直線に丘をよじ登り始めた。
 ころげ落ちる危険を冒して石坑にそい、灌木《かんぼく》につかまっていった。

 クリストフもあとにつづいた。
 彼女はすべったり両手で草にすがりついたりして、彼より早く登っていった。

 クリストフは待ってくれと呼びかけた。
 彼女はそれに返辞もせずに、四つ匐《ばい》になって登りつづけた。
 二人は木の茂みに引っかかれるのも構わずに、銀色のガスのように谷の上に漂ってる霧の中を横ぎった。

 上の方に行くと暖かい日の光の中に出た。
 頂上に達して彼女は振り向いた。
 その顔は輝いていた。
 口はうち開いて息をしていた。

 彼女は皮肉な眼つきで、坂をよじ登ってくるクリストフをながめ、外套《がいとう》をぬいで、それを彼の鼻先に投げつけ、彼が息をつくのも待たないで、また駆けだした。

 クリストフはそれを追っかけていった。二人はその遊びが面白くなってきた。
 空気に酔っていた。
 彼女は急な坂をめがけて進んでいった。

 ころころした石ばかりだった。
 が少しもつまずかなかった。
 すべったり飛んだり矢のように走ったりした。
 ときどき後ろをじろりと見て、クリストフよりどのくらい先んじてるかを測った。

 彼は彼女に近まってきた。
 彼女は森の中に飛び込んだ。
 枯れ葉が二人の足の下に音をたてた。
 彼女がかき分けた木の枝は彼の顔を打った。

 彼女は木の根につまずいた。
 彼は彼女をとらえた。
 彼女は身をもがいて、手足を打ち振り、彼をひどくひっぱたき、彼を倒そうとした。
 叫んだり笑ったりした。
 その胸は彼にもたれかかってあえいでいた。

 二人の頬《ほお》は触れ合った。
 彼は彼女のこめかみをぬらしてる汗を吸った。
 彼女のしっとりした髪の匂《にお》いを嗅《か》いだ。

 彼女は強い力で彼を押しのけて身をのがれ、見くびった眼つきで泰然と彼をながめた。
 彼は彼女のうちにある力にびっくりした。
 彼女はその力を平素の生活には少しも用いていなかった。

 足の下にはね返る乾《かわ》いた藁《わら》を楽しく踏みしだきながら、二人はつぎの村まで行った。
 彼らの前には、畑に群がってる烏《からす》が飛び立った。
 日が暖かく照って鋭い北風が吹いていた。

 彼はアンナの片腕を取っていた。
 彼女はあまり厚くない長衣をつけていた。
 彼はその服地の下に、暖かく汗にぬれてる彼女の身体を感じた。

 彼は彼女に外套を着せようとした。
 彼女はそれを拒んで、空威張りに襟《えり》の留め金まではずした。

 「野蛮人」の像のついた看板を出してる飲食店で、二人は食卓についた。
 入り口には小さな樅《もみ》が一本生えていた。
 室の装飾としては、幾つかのドイツ語の四行詩、春にという感傷的なのとサン・ジャックの戦いという愛国的なのと、二つの着色石版画、それから、根本に一つの頭蓋骨《ずがいこつ》がついてる十字架があった。

 アンナは今までクリストフが知らなかったほど大食した。
 二人は強い白葡萄《ぶどう》酒を元気に飲んだ。
 食後にはまた、仲よさそうに畑の中を歩きだした。

 なんらの不純な考えもなかった。
 二人の思いはただ、歩行や歌ってる血潮や吹きつける空気などの快さばかりに向いていた。

 アンナの舌はほどけてきた。
 彼女はもう狐疑《こぎ》してはいなかった。
 なんでも頭に浮かんでくるままをすぐ口に上せた。

 彼女は幼年時代のことを話した。
 祖母は彼女を、大寺院のそばに住んでる友だちの家へよく連れていった。
 二人の老婦人たちが話してる間、彼女は広い庭の中に追いやられた。
 庭には大寺院の影が重く落ちていた。

 彼女は片隅《かたすみ》にすわったまま身動きもしなかった。
 木の葉のそよぎに耳を傾け、虫の群がってるのをうちながめていて、面白くもあれば恐《こわ》くもあった。

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