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名作を読みませんかコミュの源氏物語  与謝野晶子・訳  41

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 それがあってから藤壺の宮は宮中から実家へお帰りになった。
 逢う機会をとらえようとして、源氏は宮邸の訪問にばかりかかずらっていて、左大臣家の夫人もあまり訪わなかった。

 その上紫の姫君を迎えてからは、二条の院へ新たな人を入れたと伝えた者があって、夫人の心はいっそう恨めしかった。
 真相を知らないのであるから恨んでいるのがもっともであるが、正直に普通の人のように口へ出して恨めば自分も事実を話して、自分の心持ちを説明もし慰めもできるのであるが、一人でいろいろな忖度(そんたく)をして恨んでいるという態度がいやで、自分はついほかの人に浮気(うわき)な心が寄っていくのである。

 とにかく完全な女で、欠点といっては何もない、だれよりもいちばん最初に結婚した妻であるから、どんなに心の中では尊重しているかしれない、それがわからない間はまだしかたがない。
 将来はきっと自分の思うような妻になしうるだろうと源氏は思って、その人が少しのことで源氏から離れるような軽率な行為に出ない性格であることも源氏は信じて疑わなかったのである。
 永久に結ばれた夫婦としてその人を思う愛にはまた特別なものがあった。

 若紫は馴(な)れていくにしたがって、性質のよさも容貌(ようぼう)の美も源氏の心を多く惹(ひ)いた。
 姫君は無邪気によく源氏を愛していた。

 家の者にも何人(なにびと)であるか知らすまいとして、今も初めの西の対(たい)を住居(すまい)にさせて、そこに華麗な設備をば加え、自身も始終こちらに来ていて若い女王(にょおう)を教育していくことに力を入れているのである。

 手本を書いて習わせなどもして、今までよそにいた娘を呼び寄せた善良な父のようになっていた。
 事務の扱い所を作り、家司(けいし)も別に命じて貴族生活をするのに何の不足も感じさせなかった。
 しかも惟光(これみつ)以外の者は西の対の主の何人(なにびと)であるかをいぶかしく思っていた。

 女王は今も時々は尼君を恋しがって泣くのである。
 源氏のいる間は紛れていたが、夜などまれにここで泊まることはあっても、通う家が多くて日が暮れると出かけるのを、悲しがって泣いたりするおりがあるのを源氏はかわいく思っていた。

 二、三日御所にいて、そのまま左大臣家へ行っていたりする時は若紫がまったくめいり込んでしまっているので、母親のない子を持っている気がして、恋人を見に行っても落ち着かぬ心になっているのである。

 僧都(そうず)はこうした報告を受けて、不思議に思いながらもうれしかった。
 尼君の法事の北山の寺であった時も源氏は厚く布施(ふせ)を贈った。

 藤壺(ふじつぼ)の宮の自邸である三条の宮へ、様子を知りたさに源氏が行くと王命婦(おうみょうぶ)、中納言の君、中務(なかつかさ)などという女房が出て応接した。
 源氏はよそよそしい扱いをされることに不平であったが自分をおさえながらただの話をしている時に兵部卿(ひょうぶきょう)の宮がおいでになった。

 源氏が来ていると聞いてこちらの座敷へおいでになった。
 貴人らしい、そして艶(えん)な風流男とお見えになる宮を、このまま女にした顔を源氏はかりに考えてみてもそれは美人らしく思えた。

 藤壺の宮の兄君で、また可憐(かれん)な若紫の父君であることにことさら親しみを覚えて源氏はいろいろな話をしていた。
 兵部卿の宮もこれまでよりも打ち解けて見える美しい源氏を、婿であるなどとはお知りにならないで、この人を女にしてみたいなどと若々しく考えておいでになった。

 夜になると兵部卿の宮は女御の宮のお座敷のほうへはいっておしまいになった。
 源氏はうらやましくて、昔は陛下が愛子としてよく藤壺の御簾(みす)の中へ自分をお入れになり、今日のように取り次ぎが中に立つ話ではなしに、宮口ずからのお話が伺えたものであると思うと、今の宮が恨めしかった。

 「たびたび伺うはずですが、参っても御用がないと自然怠(なま)けることになります。
  命じてくださることがありましたら、
  御遠慮なく言っておつかわしくださいましたら満足です」
 などと堅い挨拶(あいさつ)をして源氏は帰って行った。
 王命婦も策動のしようがなかった。

 宮のお気持ちをそれとなく観察してみても、自分の運命の陥擠(かんせい)であるものはこの恋である。
 源氏を忘れないことは自分を滅ぼす道であるということを過去よりもまた強く思っておいでになる御様子であったから手が出ないのである。

 はかない恋であると消極的に悲しむ人は藤壺の宮であって、積極的に思いつめている人は源氏の君であった。

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