ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

名作を読みませんかコミュの源氏物語  与謝野晶子・訳  40

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 翌日命婦が清涼殿に出ていると、その台盤所(だいばんどころ)を源氏がのぞいて、
 「さあ返事だよ。
  どうも晴れがましくて堅くなってしまったよ」
 と手紙を投げた。

 おおぜいいた女官たちは源氏の手紙の内容をいろいろに想像した。
 「たたらめの花のごと、三笠(みかさ)の山の少女(をとめ)をば棄(す)てて」という歌詞を歌いながら源氏は行ってしまった。

 また赤い花の歌であると思うと、命婦はおかしくなって笑っていた。
 理由を知らない女房らは口々に、
 「なぜひとり笑いをしていらっしゃるの」
 と言った。

 「いいえ寒い霜の朝にね、『たたらめの花のごと掻練(かいねり)好むや』という歌のように、
  赤くなった鼻を紛らすように赤い掻練を着ていたのをいつか見つかったのでしょう」
 と大輔の命婦が言うと、

 「わざわざあんな歌をお歌いになるほど赤い鼻の人もここにはいないでしょう。
  左近(さこん)の命婦さんか肥後(ひご)の采女(うねめ)がいっしょだったのでしょうか、
  その時は」
 などと、その人たちは源氏の謎(なぞ)の意味に自身らが関係のあるようにもないようにも言って騒いでいた。

 命婦が持たせてよこした源氏の返書を、常陸(ひたち)の宮では、女房が集まって大騒ぎして読んだ。


逢(あ)はぬ夜を隔つる中の衣手(ころもで)に重ねていとど身も沁(し)みよとや


 ただ白い紙へ無造作(むぞうさ)に書いてあるのが非常に美しい。

 三十日の夕方に宮家から贈った衣箱の中へ、源氏が他から贈られた白い小袖(こそで)の一重ね、赤紫の織物の上衣(うわぎ)、そのほかにも山吹(やまぶき)色とかいろいろな物を入れたのを命婦が持たせてよこした。

 「こちらでお作りになったのが、
  よい色じゃなかったというあてつけの意味があるのではないでしょうか」
 と一人の女房が言うように、だれも常識で考えてそうとれるのであるが、

 「でもあれだって赤くて、重々しいできばえでしたよ。
  まさかこちらの好意がむだになるということはないはずですよ」
 老いた女どもはそう決めてしまった。

 「お歌だって、こちらのは意味が強く徹底しておできになっていましたよ。
  御返歌は技巧が勝ち過ぎてますね」
 これもその連中の言うことである。
 末摘花(すえつむはな)も大苦心をした結晶であったから、自作を紙に書いておいた。

 元三日が過ぎてまた今年は男踏歌(おとことうか)であちらこちらと若い公達(きんだち)が歌舞をしてまわる騒ぎの中でも、寂しい常陸の宮を思いやっていた源氏は、七日の白馬(あおうま)の節会(せちえ)が済んでから、お常御殿を下がって、桐壺(きりつぼ)で泊まるふうを見せながら夜がふけてから末摘花の所へ来た。

 これまでに変わってこの家が普通の家らしくなっていた。
 女王の姿も少し女らしいところができたように思われた。
 すっかり見違えるほどの人にできればどんなに犠牲の払いがいがあるであろうなどとも源氏は思っていた。

 日の出るころまでもゆるりと翌朝はとどまっていたのである。
 東側の妻戸をあけると、そこから向こうへ続いた廊がこわれてしまっているので、すぐ戸口から日がはいってきた。

 少しばかり積もっていた雪の光も混じって室内の物が皆よく見えた。
 源氏が直衣(のうし)を着たりするのをながめながら横向きに寝た末摘花の頭の形もその辺の畳にこぼれ出している髪も美しかった。
 この人の顔も美しく見うる時が至ったらと、こんなことを未来に望みながら格子(こうし)を源氏が上げた。

 かつてこの人を残らず見てしまった雪の夜明けに後悔されたことも思い出して、ずっと上へは格子を押し上げずに、脇息(きょうそく)をそこへ寄せて支えにした。
 源氏が髪の乱れたのを直していると、非常に古くなった鏡台とか、支那(しな)出来の櫛箱(くしばこ)、掻(か)き上げの箱などを女房が運んで来た。

 さすがに普通の所にはちょっとそろえてあるものでもない男専用の髪道具もあるのを源氏はおもしろく思った。
 末摘花が現代人風になったと見えるのは三十日に贈られた衣箱の中の物がすべてそのまま用いられているからであるとは源氏の気づかないところであった。

 よい模様であると思った袿(うちぎ)にだけは見覚えのある気がした。
 「春になったのですからね。
  今日は声も少しお聞かせなさいよ。
  鶯(うぐいす)よりも何よりもそれが待ち遠しかったのですよ」
 と言うと、

 「さへづる春は」(百千鳥(ももちどり)囀(さへづ)る春は物ごとに改まれどもわれぞ古(ふ)り行(ゆ)く)とだけをやっと小声で言った。
 「ありがとう。
  二年越しにやっと報いられた」
 と笑って、「忘れては夢かとぞ思ふ」という古歌を口にしながら帰って行く源氏を見送るが、口を被(おお)うた袖(そで)の蔭(かげ)から例の末摘花が赤く見えていた。
 見苦しいことであると歩きながら源氏は思った。

 二条の院へ帰って源氏の見た、半分だけ大人のような姿の若紫がかわいかった。
 紅(あか)い色の感じはこの人からも受け取れるが、こんなになつかしい紅もあるのだったと見えた。
 無地の桜色の細長を柔らかに着なした人の無邪気な身の取りなしが美しくかわいいのである。

 昔風の祖母の好みでまだ染めてなかった歯を黒くさせたことによって、美しい眉(まゆ)も引き立って見えた。
 自分のすることであるがなぜつまらぬいろいろな女を情人に持つのだろう、こんなに可憐(かれん)な人とばかりいないでと源氏は思いながらいつものように雛(ひな)遊びの仲間になった。

 紫の君は絵をかいて彩色したりもしていた。
 何をしても美しい性質がそれにあふれて見えるようである。
 源氏もいっしょに絵をかいた。

 髪の長い女をかいて、鼻に紅をつけて見た。
 絵でもそんなのは醜い。
 源氏はまた鏡に写る美しい自身の顔を見ながら、筆で鼻を赤く塗ってみると、どんな美貌(びぼう)にも赤い鼻の一つ混じっていることは見苦しく思われた。
 若紫が見て、おかしがって笑った。

 「私がこんな不具者になったらどうだろう」
 と言うと、
 「いやでしょうね」
 と言って、しみ込んでしまわないかと紫の君は心配していた。
 源氏は拭(ふ)く真似(まね)だけをして見せて、

 「どうしても白くならない。
  ばかなことをしましたね。陛下はどうおっしゃるだろう」
 まじめな顔をして言うと、かわいそうでならないように同情して、そばへ寄って硯(すずり)の水入れの水を檀紙(だんし)にしませて、若紫が鼻の紅を拭く。

 「平仲(へいちゅう)の話のように墨なんかをこの上に塗ってはいけませんよ。
  赤いほうはまだ我慢ができる」
 こんなことをしてふざけている二人は若々しく美しい。

 初春らしく霞(かすみ)を帯びた空の下に、いつ花を咲かせるのかとたよりなく思われる木の多い中に、梅だけが美しく花を持っていて特別なすぐれた木のように思われたが、緑の階隠(はしかく)しのそばの紅梅はことに早く咲く木であったから、枝がもう真赤(まっか)に見えた。

 くれなゐの花ぞあやなく疎(うと)まるる梅の立枝(たちえ)はなつかしけれど

 そんなことをだれが予期しようぞと源氏は歎息(たんそく)した。
 末摘花、若紫、こんな人たちはそれからどうなったか。

(訳注) この巻は「若紫」の巻と同年の一月から始まっている。

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

名作を読みませんか 更新情報

名作を読みませんかのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。