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名作を読みませんかコミュの「小公女」  フランセス・ホッヂソン・バァネット  15

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      十 印度の紳士


 が、アアミンガアドやロッテイは、そう毎晩屋根裏に忍んで行ったわけではありません。
 セエラはいつ行っても屋根裏にいるというわけではありませんし、抜け出たあとをアメリア嬢に見舞われる惧(おそ)れもないではありませんでした。

 で、セエラはたいてい一人ぼっちでした。
 彼女は屋根裏に一人いる時よりも、階下(した)で皆の間にいる時の方が、よけい一人ぼっちな気がしました。

 プリンセス・セエラとして馬車に乗り、女中を従えていた時には、よく通りがかりの人が振り返って見たものでしたが、今は、使(つかい)に出歩くセエラを、眼にとめるものもありませんでした。

 ぐんぐん脊丈(せたけ)は伸びて行くのに、古い着残りしかないので、形の整わないのはもとよりのことでした。
 セエラは時々商店の鏡に映る自分の姿をちらと見て、思わず吹き出すこともありましたが、時とすると顔を紅らめ、唇を噛んで、逃げ出さずにはいられませんでした。

 日が暮れて、窓の中に灯がともると、セエラは通りがかりに暖かそうな部屋を覗いて見るのが常でした。
 火の前に坐ったり、テエブルを囲んで話したりしている人達を見て、彼女は、よくその人達のことを想像してみるのでした。

 ミンチン女塾のある一劃(いっかく)には、五つか六つの家族が住んでいました。
 セエラはそれぞれの家族と、彼女の空想の中で親しくなっていました。

 その中で一番好きな家族を、セエラは『大屋敷(おおやしき)』と呼んでいました。
 というわけは、その家(うち)の人が大きいからではなく、その家には人がたくさんいるからでした。

 そのたくさんの人達は、大きいどころか、子供の方が多いくらいでした。
 肥った血色のいいお母さんと、肥った血色のいいお父さんと、これもまた肥った血色のいいお祖母さんと、八人の子供と、たくさんの召使と――これが『大屋敷』の人達でした。
 大屋敷のほんとうの名は、モントモレンシイというのでした。

 ある晩のことでした。
 非常に滑稽なことが持ち上りました。
 もっとも、考えようによっては、ちっとも滑稽なことではなかったかもしれません。

 セエラがモントモレンシイ家の前を通りかかると、子供達はどこかの夜会へでも出かけるらしく、ちょうど舗道(ペーヴメント)を横切って馬車の方へ歩いて行(いく)ところでした。

 二人の女の子は、白いレエスの服に美しい飾帯(サッシ)を着けて、先に馬車へ乗りました。
 それにつづいて、五歳の少年ギイ・クラアレンスが乗りこもうとしていました。
 少年の頬は紅く、眼は青で、丸い可愛い頭は巻毛に被われていました。

 あまり美しいので、セエラは手籠を持っていることも、自分の身装(みなり)のみすぼらしいことも――何もかも忘れ、もう一目少年を見たい気持で一杯になりました。
 で、彼女は思わず立ち止って、少年を眼で追いました。

 ちょうど降誕祭(こうたんさい)の前でしたので、大屋敷の人達は貧しい子供達の話をいろいろ聞いていました。
 ギイ・クラアレンスは、その日そんな話を読んで涙ぐんだほどでした。
 で、彼はどうかしてそんな子を見付け、持合せの二十銭銀貨を施したいと思っていたところでした。

 彼はその二十銭で、貧しい子の一生が救えるものと思っていたのでした。
 彼が姉につづいて馬車へ乗ろうとした時にも、その銀貨はポケットの中にありました。
 乗ろうとしてクラアレンスは、ふとセエラが餓えたような眼で自分を見ているのに気づいたのでした。

 セエラが餓えたような眼をしていたのは、この少年に抱きついて接吻(せっぷん)したいからでした。
 が、少年は、セエラが一日中何にも食べなかったから、そんな眼をしているのだろうと思いました。
 で、彼はポケットに手を入れ、銀貨を持って、セエラの方へ歩いて行きました。

 「可哀そうに。この二十銭を上げるよ。」
 セエラはびっくりしました。
 が、すぐ、今の自分は、昔自分が馬車に乗るのを見上げていた乞食娘にそっくりだと気づきました。

 セエラも、よくそうした娘達に銀貨を施してやったものでした。
 セエラは一度紅くなってから、また真蒼になりました。
 セエラはその情(なさけ)のこもった銀貨に、手も出せないような気がしました。

 「あら、たくさんでございます。わたくし、ほんとうにいただくわけはございません。」
 セエラの声は、そこらの乞食娘の声などとは似ても似つかぬものでしたし、ものごしも良家の令嬢そっくりでしたので、馬車の中の少女達はのり出して耳を傾けました。
 が、ギイ・クラアレンスは、せっかくの施しをやめるのがいやでしたので、銀貨をセエラの手の中に押しこみました。

 「君、とってくれなくちゃア困るよ。
  これで、何か食べるものでも買いたまえ。
  二十銭あるんだからね。」

 少年は、非常に親切な顔をしていました。
 セエラがこの上拒みでもすると、ひどく気を落しそうなので、セエラは素直にお金を取らなければ悪いと思いました。
 で、ようよう我を折りはしましたが、頬は真赤に燃えました。
 「ありがとう。坊ちゃんはほんとうに御親切な、可愛い方ね。」

 少年が悦ばしげに馬車へとびこむのを見ると、セエラもそこを去りました。
 息苦しいけれど、ほほえみたい気持でした。
 彼女の眼は霧の中できらきら光っていました。
 セエラは自分が妙な恰好(かっこう)をしていること、みすぼらしいことは、前からよく知っていましたが、乞食に間違えられようとは思いもよりませんでした。

 走り出した馬車の中で、大屋敷の子供達ははしゃいで、しゃべり出しました。
 「どうして、お金なんかやったの?」
 ジャネットはギイ・クラアレンスにいいました。
 「あの娘(こ)は乞食なんかじゃアないと思うわ。」

 ノラもいいました。
 「口の利き方だって、乞食みたいじゃアなかったわ。顔も乞食のとは見えなかってよ。」
 「それに、おねだりしたわけでもないじゃアないの。」
 ジャネットはいいつづけました。
 「私、あの娘が怒りゃアしないかと思って、はらはらしていたのよ。
  乞食でもないのに、乞食と見られたら、腹の立つのがあたりまえだわ。」

 「でも、あの娘は怒ってやしなかったよ。」
 と少年はいいました。
 「あの娘はちょいと笑って、あなたはほんとに親切な、可愛い方だといったよ。
  その通りさ。
  僕は僕の持ってるだけをやったんだもの。」

 ジャネットとノラは眼を見合せました。
 「乞食の子なら、そんなことはいうはずがないわ。
  『おありがとう、旦那様、おありがとうございます』
  っていう風にいって、ぴょこぴょこ頭を下げるはずだわ。」

 セエラはそんな話があったとは、知るよしもありません。
 が、その時以来、大屋敷の人達は、セエラが大屋敷に感じているような興味を、セエラに対して持ちはじめていたのでした。
 セエラが通りますと、子供部屋の窓に、子供達の顔がいくつも現れました。皆はよく炉のまわりでセエラのことを話し合いました。

 「あの子は、学校で小使娘みたいなことをしているらしいのよ。」
 と、ジャネットはいいました。
 「誰もめんどうを見てやるものはないようよ。
  きっと孤児(みなしご)なのだわ。
  でも、決して乞食じゃないことよ。
  なりは汚いけど。」

 で、それからはセエラを『乞食じゃアない小さな女の子』と呼ぶようになりました。
 あまり長い名なので、小さい子達が急いでいうと、ひどく滑稽に聞えました。

 セエラは、あの銀貨に工夫して穴をあけ、細いリボンの切端(きれはし)を穴に通して、首に掛けました。
 セエラは、大屋敷がだんだん好きになりました。
 好きなものは何でもますます好きになるのが、セエラの癖でした。

 ベッキィにしても、雀達にしても、鼠の家族にしても。
 エミリイに対しては、殊にそうでした。
 セエラは前から、エミリイには何でも解ると思っていたのでしたが、時とすると、今にもエミリイが口をきき出しはしまいかと思われるのでした。
 が、エミリイは何を訊ねられても、返事だけはしませんでした。

 「返事といえば、私だってよく返事をしないことがあるわ。
  恥(はずか)しい目にあった時などは、黙って皆を見返して考えていると、一番いいのよ。
  怒(いかり)くらい強いものはないけど、怒をじっと我慢しているのはなお偉いわ。

  だから、苛める人達には返事をしないに限るわ。
  殊によるとエミリイは、私自身が私に似ているよりよけいに、
  私に似ているのかもしれないわ。
  エミリイは味方にさえも返事なんかしない方がいいと思っているのかもしれないわ、
  何もかも自分の胸一つに包んで。」

 そう思いはしましたが、あまり酷い目にあったり、恥しい目にあったりすると、ただ棒のように立っているきりのエミリイを、生きてるものと想って、自分を慰めるのも、莫迦らしくなって来ることがありました。

 ある寒い晩のことでした。
 セエラは空いたお腹をかかえ、煮えくりかえるような胸を抱いて、屋根裏へ帰って来ました。
 と、エミリイは今までにないうつろな眼をして、鋸屑(おがくず)を詰めた手足を棒のように投げ出しているのです。
 たった一人のエミリイまでこんなでは――セエラはがっかりしてしまいました。

 「私は、もうすぐ死んでしまうよ。」
 そういわれても、エミリイは、うつろな眼を見開いているばかりでした。
 「もう我慢が出来ないわ。
  寒いし、着物は濡れてるし、お腹は死にそうに空いているんだもの。
  死ぬにきまってるわ。

  朝から晩まで、まア何千里歩いたことだろう。
  それなのに、料理番の要るものが見付からなかったからといって、
  晩御飯を食べさせてくれないの。

  ぼろ靴のおかげで、私が辷(すべ)ったら、皆は私を嗤(わら)うのよ。
  私は泥まみれになってるのに、皆はげらげら笑ってるのさ。
  エミリイ、わかったかい?」

 エミリイの硝子玉(ガラスだま)の眼や、不服もなさそうな顔付を見ると、セエラは急にむかむかして来ました。
 彼女は小さい手を荒々しく振り上げて、エミリイを椅子から叩き落しますと、急に欷歔(すすりな)きはじめました。

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