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名作を読みませんかコミュの「小公女」  フランセス・ホッヂソン・バァネット  14

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      九 メルチセデク


 セエラを慰めてくれた三人組(トリオ)の第三人目はロッティでした。
 ロッティはまだねんねエでしたので、不幸とはどんなことだかも、よく解りませんでした。
 で、若い養母(おかあ)さんの様子がすっかり変ってしまったのを見ると、途方にくれるばかりでした。

 彼女は、セエラの身の上に何か起ったということは耳にしましたが、だからといって、どうしてあんな古い服を着ているのだか、なぜ教室でも自分の勉強はせず、他人の勉強ばかり見てあげているのだか、合点が行きませんでした。

 小さい子供達は、あのエミリイのいた美しい部屋に、セエラはもういないのだということを、しきりに小声で話し合っていました。
 それにセエラに何か問いかけても、ろくに返事もしません。

 セエラが、初めて小さい子達のフランス語を見てやった朝、ロッティは、そっとセエラに尋ねました。
 「セエラちゃん、あなた、ほんとにもうお金持じゃアないの?
  あなたは、乞食みたいに貧乏なの?
  乞食みたいになんかなっちゃアいや。」

 ロッティは今にも泣き出しそうでしたので、セエラは周章(あわて)てロッティをなだめにかかりました。
 「乞食には、お家(うち)なんかないけど、私には、お部屋があるのよ。」
 「どこにあるの? 私、行ってみたいわ。」
 「おしゃべりしちゃア駄目よ。
  ミンチン先生が睨めてるじゃアないの。
  あなたにおしゃべりさせたといって、いまに私が叱られるわ。」

 が、ロッティは、一度いい出したら、なかなか諦めない性質の子でした。
 で、セエラがいる所を教えてくれないなら、何か他の方法で、セエラのいる所をつきとめようと思いました。
 ロッティは大きい子達のおしゃべりに耳をすましているうち、ある時、ふとした言葉尻から、セエラが屋根裏にいるのだということを知りました。

 その日の暮近く、ロッティは一人、今まであるとも気づかなかった階段を登って行きました。
 二つ並んでいる戸の一つを開けると、セエラは古ぼけたテエブルの上に立って、天窓から外を見ておりました。
 「セエラちゃん、セエラ母ちゃん。」
 ロッティは呆気(あっけ)にとられた形でした。室内があまりにみすぼらしく、世の中からあまりかけ離れた所のように思えたからでした。

 セエラは振り向くと、これも呆気にとられた形でした。
 これから、どうなることだろう。
 もしロッティが泣き出しでもしたら――泣声がひょっと誰かの耳にでも入ったら、二人とももうおしまいだ。

 セエラはテエブルから飛び下りて、ロッティの方へ走り寄りました。
 「泣いたり、騒いだりしちゃア駄目よ。
  そうすると、私が叱られるからね。
  でなくても、私一日中叱られ通しなんですもの。
  ね、この部屋は、そんなにひどくもないでしょう?」

 「ひどくない?」
 ロッティは唇を噛みながら、部屋の中を見まわしました。
 彼女は甘やかされてはいましたが、セエラが非常に好きなので、この養母(おかあ)さんのためになら、どんな我慢でもしようと思っていました。
 すると、セエラの住んでいる所なら、どんな所でもよくなるような気がして来ました。

 「ひどいなんてことないわ。セエラちゃん。」
 セエラはロッティを抱きしめて、無理にも笑おうとしました。
 ロッティのむっちりした身体の温かさを感じると、セエラは何か慰められるような気がしました。

 その日は、セエラには殊に辛い日でしたので、ロッティの入ってきた時には、眼を紅くして、窓の外を見つめていたのでした。
 「ここからはね、階下では見えないものが、たくさん見えるのよ。」
 「どんなものが見えるの?」
 「煙突や、雀や、それからよその屋根裏の窓や。
  窓からよく人の顔がひょいと出て来るのよ。
  すると、あれはどこのお家(うち)の人かしらと思うでしょう。
  それに、何だか高い所にいるような気がするでしょう。
  まるで、どこか違った世界に来たような。」

 「私にも見せて。抱いてみせて!」
 セエラはロッティを抱き上げ、一緒に古いテエブルの上に立ちました。
 二人は天井の明りとりの窓から頭を出して、そこらを見廻しました。

 屋根裏の窓から外を見た経験のない方には、二人の眼に何が映ったか、想像もつかないでしょう。
 石盤(スレート)葺の屋根が、左右の両樋の方へなだれ落ち、雀等が、そこらを何の怖れもなさそうに飛び歩きながら、囀(さえず)っていました。
 そのうちの二羽は、すぐそこの煙突の先にとまって、大喧嘩をした末、一羽はそこから逐いたてられてしまいました。

 隣家(となり)は空家なので、屋根裏部屋の窓も閉っていました。
 「あそこにも誰かが住んでいてくれるといい、と私思うのよ。」セエラはいいました。
 「近いから、あそこに娘さんでも住んでるとしたら、窓越しにお話も出来るわ。
  落ちる心配さえなければ、屋根から屋根へ行き来も出来ると思うの。」

 空は、往来から見上げた時より、ずっと近くに見えるので、ロッティは恍惚(うっとり)となってしまいました。
 下界に起っているいろいろの事は、煙突にかこまれてこの窓からは、まるで嘘のように思われました。
 ミンチン先生も、アメリア嬢も、教室も、ほんとうにあるのかないのか、判らなくなって来ます。

 広場の車馬の響さえ、何か別の世界の物音のように聞えて来るのでした。ロッティは思わずセエラの腕にしがみつきました。
 「セエラちゃん、私このお部屋好き――大好き。私達の部屋よりよっぽどいいわ。」
 「あら、雀が来てよ。パン屑でもあれば、やりたいのだけど。」
 「私、持っててよ。」
 雀は、屋根裏にお友達がいようとは思わなかったので、パン屑を投げられると、驚いて一つ向うの煙突の先へ飛び退きましたが、セエラがちゅっちゅっと雀の通りに口を鳴らしますと、雀はせっかくの御馳走に脅かされたのだと気づいたらしく、首を傾げてパン屑を見下しました。

 それまで、おとなしくしていたロッティは、耐(こら)えきれなくなりました。
 「来るでしょうか?」
 「来そうな眼をしてるわ。
  来ようか、来まいか、と迷っているのよ。
 あら、来そうだわ。ほら、来たわ。」

 雀は、しばらくためらって後、大きなかけらを素早く嘴(つま)んで、煙突の向うへ飛び去りました。
 が、じき一羽の友を伴れて、戻って来ました。友はまた友を伴れて来ました。

 ロッティはうれしさの余り、初め部屋のみすぼらしさに胸を打たれたことなど忘れてしまいました。
 セエラ自身も、ロッティによって、今まで気づかなかったここの美しさを知りました。

 「この部屋は、小さくて高いところにあるから、鳥の巣といってもいいわね。
  天井がかしいでいるのも面白いでしょう。
  こっちの方は低くて、頭がつかえそうね。
  私夜が明けると、床の上に坐って、窓から空を見上げるのよ。
  すると、窓はまるで四角な明るみの継布(つぎ)みたいなのよ。
  お天気の日には、小さな薔薇色の雲がふわふわ浮いてて、手を伸したら届きそうなの。

  雨の日には雨だれの音が、何かいい事を話してくれてるようよ。
  星の夜は、継布の中にいくつの星が光ってるか、数えて見るの。
  あれっばかしの所にずいぶんたくさんあってよ。

  それから、あの小さな炉にしたって、磨いて火を入れれば、素敵じゃないの。
  ね、そう考えてみると、ここだってずいぶんいい部屋でしょう。」

 そういわれると、ロッティも、セエラのいう通りのものが見えるような気がしました。
 セエラが描くものなら、何でもほんとうだと思いこむロッティでした。
 セエラは、なおつづけていいました。

 「床には厚い、柔かい、青の印度絨毯を敷くとしましょう。
  それから、あそこの隅には、クッションを一杯のせた長椅子を置くとしましょう。
  椅子から手を伸すと取れるところに、本箱を置くの。

  炉の前には毛皮を敷くの。
  壁は壁掛と額とで隠してしまうの。
  小さいのでなきゃア似合わないけど、小さくても綺麗なのがあるわ。

  薔薇色の置ラムプが欲しいわね。
  真中にはお茶道具をのせたテエブル。
  丸い銅の茶釜が、炉棚(ホップ)の上でちんちん煮立(にえた)ってるの。

  寝台もすっかり変えなければ。
  それから、小雀達は窓に来て入ってもようござんすかというように、慣らしてしまうの。」

 「セエラちゃん、私もここに来たいわ。」
 ロッティを送り出してしまうと、セエラには室内の惨めさが、前よりひどく思われました。
 セエラはしばらく足台の上に坐って、両手で顔をおおうていました。

 「寂しい所だわ。世の中で一番寂しい所のように思えることさえあるわ。」
 ふと、セエラはことという微かな音を聞きました。
 見ると、大きな鼠が一匹、後肢(あとあし)で立って、物珍しげに鼻をうごめかしていました。 ロッティの持ってきたパン屑が、そこらに散らかっていましたので、鼠はその匂いに惹かれて出て来たもののようでした。

 鼠はまるで、灰色の頬鬚(ほおひげ)をはやした侏儒(こびと)のようでした。
 何か問うようにセエラをみつめているのでした。
 眼付が妙におどおどしているので、セエラはふとこんなことを考えました。

 「鼠はきっと辛いに違いないわ、皆に嫌がられて。
  私だって、皆に嫌がられて、罠をかけられたりしたらたまらないわ。
  雀は、鼠とは大違いだわ。
  でも鼠は鼠になりたくてなったわけじゃアないのね。
  雀の方に生れたくはないかい?
  なんて聞いてくれる人があるわけじゃアないから。」

 鼠は、初めはセエラを怖がっているようでしたが、雀のような心を持っているとみえ、さっきの雀のように、だんだんパン屑の方に寄って来ました。
 「おいで。
  私は罠じゃアないから、食べてもいいのだよ。
  可哀そうに。バスティユの囚人達は、鼠と仲よしになったっていうから、
  私もお前と仲よくなろうかしら。」

 どうして動物に物が解るのか。その訳は解りませんが、しかし、動物に物の解るのは事実です。
 ことによると世の中には言葉でない言葉があって、何にでも、それが通じるのかもしれません。 ことによると、また世の中の事物には、何にでも、目に見えぬ魂があって、声も立てず、話し合うことが出来るのかもしれません。

 それはとにかく、鼠はセエラがこういった瞬間、もう安心だと思ったようでした。
 彼はそろそろとパン屑の方に行き、それを食べはじめました。
 彼は食べながら、さっきの雀のように、時々セエラの方を見て、どうもすみません、というような眼をしました。
 セエラは、それにひどく心を動かされました。

 それから一週間ほどたったある晩、アアミンガアドがそっと屋根裏へ忍び登って、戸を叩きますと、室内は妙にひっそりしていました。
 セエラは寝てしまったのかしら、と訝(いぶか)っているところへ、ふいにセエラの低い笑い声が聞えて来ました。

 「ほら、メルチセデク、それを持ってお帰り。おかみさんのところへお帰り。」
 そういうと、すぐセエラは戸を開きました。
 「セエラさん、誰? 誰と話してたの?」
 「お話してもいいけど、あなたびっくりして、声を立てたりしちゃア、駄目よ。」

 アアミンガアドは、その場で危(あぶな)く声を立てるところでした。
 見渡したところ、室内には誰もいないので、セエラはお化(ばけ)と話していたのかと、アアミンガアドは思ったのでした。

 「何か、怖いお話なの?」
 「怖がる人もあるわ。私だって初めは怖かったけど、もう何でもないわ。」
 「お化?」
 「いやアだ。――鼠よ。」
 アアミンガアドは一飛に飛んで、寝台(ベット)の真中に坐りました。
 声は立てませんでしたが、怖さのあまり息をはずませていました。

 「鼠? 鼠ですって?」
 「慣れてるから怖かアないのよ。
  私が呼べば出てくるくらいよ。
  あなたさえ怖くなければ、呼んでみるわ。」

 アアミンガアドは、初めは怯えて寝台(ベット)の上で足を縮めてばかりいましたが、セエラが落ち着いた顔で、メルチセデクが初めて出て来た時の話をするのを聞いていると、だんだん鼠を見てみたくなりました。
 彼女は寝台(ベット)の端にのり出して来て、セエラが壁の腰板にある抜穴のそばに跪くのをじっと見ていました。

 「そ、その鼠、ふいに駈け出して来て、寝台(ベット)の上に上って来たりしやアしなくって?」
 「大丈夫。私達と同じようにお行儀がいいのよ。
  まるで人間のようだわ。
  さ、見てらっしゃい。」

 セエラは聞えるか聞えないほどに、口笛を吹きました。
 何か呪文を称(とな)えるように、四五たび吹きました。
 すると、それを聞きつけて、灰色の頬鬚を生やした鼠が、眼をきらきらさせて、穴から顔を出しました。

 セエラがパン屑をやると、メルチセデクは静かに出て来て、それを食べました。
 彼は少し大きな屑を持って、小忙(こぜわ)しげに帰って行きました。

 「ね、あれは、おかみさんや子供達に持ってってやるのよ。
  えらいでしょう。
  自分は小さいのだけ食べるのよ。
  帰って行くと、家(うち)のもの達が悦(よろこ)んで、ちゅうちゅう大騒ぎよ。

  ちゅうちゅうにも三通りあるのよ。
  子供のちゅうちゅうと、メルチセデク夫人のちゅうちゅうと、
  それからメルチセデク君のちゅうちゅうと。」

 アアミンガアドは笑い出しました。
 「セエラさんは変ってるわね。でも、いい方ね。」
 「私変っていてよ。私はまたいい人になりたいと思ってるのよ。」
 セエラは小さな手で顔をこすりました。
 そして、やさしい少し悩ましい顔になりました。

 「パパもよく私を笑ったものだわ。
  でも、私笑われてうれしかったわ。
  私は変人だけど、私のいう出まかせは面白いと、パパは仰しゃってたわ。
  私、お話を作らずにいられないのよ。
  お話を作らずには生きていられないのよ。」

 セエラはちょっと口を噤(つぐ)んで、部屋の中を見廻しました。
 「少くとも、こんなところに住んでいられるはずはないわ。」
 アアミンガアドは、だんだん惹き入れられて来ました。

 「あなたが話すと、何でも、皆ほんとのように思えてくるわ。
  あなたは、メルチセデクのことを人間のように仰しゃるでしょう。」
 「人間なのよ。
  あれは私達と同じように、ひもじくなったり、吃驚(びっくり)したりするわ。
  それから結婚して、子供も持ってるわ。
  だから、あれだって私達のように、何も考えないとはいえないでしょう?
  あれの眼は、人間の眼のようだわ。
  だから私、あれに名をつけてやったのよ。」

 セエラは、いつものように膝を抱えて、床に坐っていました。
 「それにあれは、私の友達としてつかわされたバスティユ鼠なのよ。」
 「まだバスティユのつもりなの?
  いつでも、ここはバスティユだというつもりでいらっしゃるの?」
 「たいていそのつもりよ。
  時とすると、どこか別の所のつもりにもなるけど、
  バスティユのつもりになら、すぐなれるわ。
  殊に寒い日などには。」

 ちょうどその時、アアミンガアドは寝台(ベット)から転(ころが)り落ちそうになりました。 向うから壁をコツ、コツと叩く音を聞いたからでした。
 「なアに? あれ?」

 セエラは立ち上って、お芝居の口調で答えました。
 「あれこそは、隣の監房にいる囚人じゃ。」
 「ベッキイのこと?」
 「そうよ。
  こうなの、コツ、コツ と二ツ叩くのは、
  『囚人よ、そこにいるのですか?』という意味なの。」

 セエラは返事でもするかのように、こちらから壁を三度叩きました。
 「ね、これは、『はいおります。別に変りはありません。』という意味なの。」
 すると、ベッキイの方から、コツ、コツ、コツ、コツと、四つ叩く音がしました。
 「あれは、こうなの、『では、同胞(きょうだい)よ、安らかに眠りましょう。お休みなさい。』」

 アアミンガアドは、うれしさのあまり眼を輝かせました。
 「まるで、何かのお話みたいね。セエラさん。」
 「みたいじゃアなくて、ほんとにお話なのよ。
  何だってかんだって物語だわ。
  あなただって一つの物語だし、私も一つの物語よ。
  ミンチン先生だって、やっぱり物語だわ。」

 セエラはまた床に坐って話し出しました。
 アアミンガアドは、自分がいわば脱走囚のようなものだということなぞ忘れて、セエラの話に聞きとれていました。
 で、セエラは彼女に、このバスティユに夜通しいてはならないから、そっと梯子を降りて、自分の寝室(ベット)へ行くように、注意しなければなりませんでした。

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