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眠れぬ夜の物語コミュのミルクとコンビーフと桃缶と

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それはコンビニエンスストアが23時で閉店してた頃の話。

俺と相棒の哲馬は週末になるとパチンコに出掛け、出玉は全て食料品に交換してきていた。
パチンコが運や確率ではなく羽根物なら腕でデジタルなら出目表で勝てる代物だった。
俺は羽根物で負けない技を会得していた。哲馬はキャビンの箱の裏に仕込んだ出目表を使っていた。
二人で紙袋一杯の缶詰を抱えて四畳半一間水洗トイレ台所付きの学生用のアパートへ帰ってきた。
冷蔵庫の中には二リットルの牛乳しか入っていない。
その冷蔵庫の上に戦利品の缶詰を山のように積み上げる。
コンビーフ、蟹缶、桃缶、小豆缶・・・。
それが俺達の兵站。
俺は二部の大学に通いながら印刷会社で働く勤労学生だった。
学費も二万五千円の家賃も自分で払っていた。
父は癌の手術をしたばかりで仕送りをせねば家計が成り立たなかった。
最小限の食費と最大限の仕送りを両立させるたったひとつの冴えたやり方。

哲馬とは高校時代からの相棒。
親の離婚で一家離散した哲馬の財産は兄から譲り受けたCB400だけでろくな荷物もないまま四畳半に転がり込んできた。
俺達は笑いながらそんな運命と殴りあうように生きていた。

仕事と学業の両立は厳しかった。なにより時間がなかった。
ジャンケンで負けた方が寝袋で寝るルールも厳しかった。
朝飯はコンビーフを缶のまま齧り牛乳で流し込む。
コンビーフは出来れば安物の馬肉が混ぜてある方が腹持ちが良くて昼までが楽だった。
学校が終わって帰宅する頃には風呂屋は閉まり、夏場は台所の水道から繋いだホースを哲馬が持ち俺は身体を洗った。

「ほれ、桃缶でも喰いな!」

疲れている身体に白桃の甘さが染みた。
残った桃缶の汁に牛乳を足してそのまま飲み干す。

「それだけは真似できね」
キャビンの煙を吹き出しながら哲馬は首を横に振る。

「案外美味いのに!トマトジュースに塩とタバスコ入れて飲むだろ、哲馬だって!」

「デルモンテなら問題なし。カゴメは甘いんだよ。トマトジュースが甘かったらケチャップだろ!ケチャップなんか飲めるかって!」

「そりゃそーだ!」

二人で馬鹿笑いしてジャンケンをする。
遅出しでわざと負けて寝袋で横になる哲馬に「すまねぇ・・・」と声を掛けて課題を始める。

「無理すんなよ、すぐ無茶するからなぁ・・・もう少し気楽に生きねぇとまた病院暮らしだ・・・」

「それが出来れば苦労はしないよ・・・」

「そりゃそーだ!」

俺はいつも楽観的な哲馬に救われていた。
家族に縛られる俺と家族からはぐれた哲馬は互いに欠けたものを補うように四畳半で暮らしていた。

世の中が金儲けに向けて全力疾走し始める前夜の話。




それは世の中の右も左もわからなかった俺らの長くて暗い夜が明ける頃の話。

午前二時、寝袋から這い出してトイレで用を足した哲馬は少し困った顔で溜め息をつくと冷凍庫で凍らせてあった桃缶を手に戻ってきた。

「起こしちゃったか」
俺はまだ明日提出期限の課題が終わっていなかった。

「いや。無茶しぃに無茶するなって方が無理な注文だわな。」

凍っているシロップをスプーンで崩しては口に運ぶ哲馬。

「高校の頃だって部活やってバイトして身体壊して死に掛けてるのにまた厳しい道選んで・・・俺には頼まれたってできんね。」

半分ほど食べた缶詰を差し出す哲馬の手から受け取る。

「やりたい事をやるにはそれなりの犠牲が伴うから。もしかしたら闇雲でも動き続けてれば少しでも目標に近づいてるはずだって自分を安心させてるだけかもしれない・・・。」

「まぁ、責任転嫁や言い訳ばっかり用意して何もしない奴らよりは百万倍はマシだって話さ。今日の努力のノルマはもう充分だろ。」

俺は空になった缶を持って流し台へ立つ。

「もう寝る。あっ、バイク乗る時は俺のブーツ履きなよ。転ぶとくるぶし削れてびっこになるから。」

哲馬はいつもどこに出掛ける時もアロハにハーフパンツに革のサンダル姿だった。
CBに乗る時にはそれにスペンサーレプリカのメットを被るだけ。

「ダメな時はダメさ。兄貴みたいにいくらガチガチに固めても首がポッキリいけばそれまでよ。おやすみ〜」
手足が細く長い哲馬が寝袋に潜り込む姿は蟷螂にそっくりだった。

俺達は世間知らずだったがいつも相棒を気にかけていた。
手の届かぬ世界に行ってしまわぬように。
俺達は死の匂いを知っていて、それに敏感だったからだ。


季節外れの行水をしたせいか、無理が祟ったせいなのか、高熱で二日ほど会社を休んだ俺は押入れの二段目でうなされていた。
どちらかが起きているとどちらかが眠れない点を考慮して押入れの二段目がベットのように改造されていたからだった。
哲馬は就職が決まり働き始めたが客を拾うタクシーの特攻を受け、右腕と肋骨と就いたばかりの職とを引き換えに新車のTZR250を手に入れていた。
もっとも右腕は折れていたので左の手で。
哲馬曰く「吹っ飛んだ時に神様が追い風が吹くまでのんびりしてろっていってたぜ。慰謝料で食費も入れられるしな♪」

食費などどうでもよかった。哲馬が生きててくれただけで充分だった。

死はいつもそこで誰かが落ちるのを口を開けて待っている。
俺らは知っている。それがいつも俺らの足元にいることを。

<今回は運が良かったと思ってください。次に発症したら助からないと思ってください>
熱に魘され嫌な夢をみた。

押入れの戸の向こうで哲馬が誰かと喋っているのが聞こえる。
水枕代わりのロックアイスの袋を交換に来た哲馬に訊く。
「誰?」
「知らない奴。出たら『すいません!』っていなくなったけど・・・この部屋の前の住人の知り合いかな・・・。」
窓の外はすっかり暗くなっていた。

「いきなりギブスした瘡蓋だらけの哲ちゃん見たら誰だって驚くよ。」

「そりゃそうだな!なにか食いたいものはあるか?」

「びわが食べたいな・・・」

「この時期びわなんて売ってないだろ・・・」

再びドアがノックされる音がする。
哲馬は少し苛立った様子でドアを開けた。

「またかっ!何の用!?」
怒鳴る様に言う哲馬の向こうに小柄な女性が見えた。

「・・・・さんのお部屋を知りませんか・・・住所だとこの辺りなのですが・・・」
「ここだよ、それ。」

会社の事務の坂野さんがそこに立っていた。
小柄でショートカットで年齢どころか下の名前すらもわからない坂野さん。
研修で挨拶したことはあったがまともに話したこともない。
印刷現場がテリトリーの生産管理の俺と事務所から出ることの無い坂野さん。
終業と同時に速攻で学校へ向かう俺とは話す機会もなかった。

俺はずるずると押入れから出る。
現実なのか夢なのかおそらく呆けた顔をしていたに違いない。

「お見舞いに!体調はいかがですか?」

私服姿の坂野さんは初めて見た。
たぶん俺らと同じ十八・九。
黒い髪、細い首、華奢な肩、薄い胸。
まだ高校生だと言われればそう信じてしまうであろう。

『会社の同僚にもアパートの場所は教えてあったけど面識の無い坂野さんをお見舞いに寄こすなんて会社もどうかしてる・・・それとも気を使ったのか・・・同僚が近くまで車で送ってきたんだろう・・・』
熱で混濁する思考は一向にまとまらない。

「まだ熱が下がらなくて・・・明日熱が下がらなければ医者にいきますが・・・」
立ち上がれずに座ったまま俺は言った。

「ちゃんと食べてますか?食べてからじゃないと薬はだめですよ。怪我人と病人…まるで病室ですね!晩御飯、まだなら何かつくりましょう!」
にこやかな坂野さんは哲馬に怒鳴られ萎縮していた時とは別人だった。
俺と哲馬はただその勢いに圧倒されていた。

「待たせちゃ悪いし・・・」

「他に誰もいませんよ? 私ひとりで来たから。病人さんたちはこれでも食べて待っててください。」
渡されたフルーツゼリーの詰め合わせのなかにびわがあった。

「びわ・・・良かったな・・・ってゆーか誰?」
なぜか小声になった哲馬。

「坂野さん。」

冷蔵庫を開き、殻にマジックで日付の書いてある卵を取り出しながら蟹缶を発見した坂野さんは嬉しそうに「いいものあるじゃないですかぁ!蟹雑炊に決まりですね!」と晩御飯のメニューを発表した。

「坂野さんってなに?」

「会社の事務員さん。」

「そーじゃなくて!なんで蟹雑炊つくってくれてるのかって!」

「見舞いに来たからだろ?」

「ならゼリー渡したら任務完了だろ?」

「びわ、美味いよ・・・なんで食べたいものわかったんだろ?」

「さぁな」

俺らは数々の謎を解くのを諦め、黙々とゼリーを食べ続けた。


それは携帯電話はおろかポケベルさえも無かった頃の話。

コメント(12)

はじめまして。
いい話ですね、思わず引き込まれてしまいました。
くらげさん>>
はじめまして!こんばんは
最近このコミュに参加させてもらったばかりで右も左も分からぬまま投稿してしまいましたがコメントもらえると嬉しいですね♪
最後まで読んで下さってコメントまで頂いてホントにありがとうございます!
どこまでも読んでいたかったです。男の友情って不器用ですよね。そのお互いの不器用さ具合が好きなんですよ。いいお話ありがとうございました。
こちらこそ嬉しいコメントありがとうございます♪
仕事中なのでw個々のレスはまた後ほどしますね

続きはあります
読んでくれる方がいてくれればアップしようと思っていたので

あ〜、もう嬉しいっ! 今死んじゃってもいいくらい嬉しいっ!
(今死んじゃったら折角読みたいって言ってもらえたつづきが載せられなくなっちゃうし!)

さとけんさん>>
『どこまでも読んでいたかったです』
これ以上の誉め言葉はございませんよっ!
男同士の不器用でちぐはぐでそれでも通じる会話の雰囲気を分ってもらえて嬉しい♪

白月 亮さん>>
『お話、続くのでしょうか?もっと読みたかったです。』
ほんとにありがとうございますっ^^
ちょっと長いかなと?だけ載せようかとも思ったんですが?まで載せてよかった。
「もっとこの世界でこの登場人物を見ていたい」そう思って頂けたなら書き手冥利に尽きます!
つづきも用意してありますので読んでいただければ幸いです。

みゅうさん>>
コメントが無ければ載せるの止めようと思ってました。
でも、暖かいコメントを戴いて小躍りしながらつづきの手直しをしてます
あ〜、うれしいっ!
『おねがいしますっ』
あ〜、ほんとにうれしいっ!

くらげさん さとけんさん 白月 亮さん みゅうさん
皆さん、私には天使に見えますね!
こんなに暖かいコメント戴けるなんて・・・アップしてよかったです
ネロさん>>
こんばんわ♪
何度か360の戦場でご一緒させていただきましたが
ミクシイでは『はじめまして!』

「読んでみたい」・・・ありがとうございますっ!
なんていったらいいんだろ・・・あぁ、うれしいっ!!
なんかもっと気の利いた言葉が出てきてもよさそうなもんだけどそれしか出てこないや・・・
ほんとうにうれしいんだから。

俺らは腕や足を齧られ噛み砕かれても魂だけはくれてやらなかった
そうして生き残った俺らが馬鹿みたいに笑うのはもう笑えぬ者達の分まで笑っているからだった
いつか俺らがその口に落ちても泣いてくれるな
俺らの分まで笑い続けろ

miumiuさん>>
私も参加したばかりです!
自分が載せる側になるとは思ってませんでしたが…
2から読んでしまったんですね
大丈夫です たぶんw

私も難しい本は後ろから読むとよく理解出来る事多いですし…

こんばんわ
書き手のm3ラボです

この度、「ミルクとコンビーフと桃缶と」を眠れぬ夜の物語人気作品トピックスに載せて頂きまして・・・

誠にありがとうございますっ!!!!

読んでくださった方々、温かくありがたいコメントを下さった方々、私のページに足を運んでくださった方々に一言だけでも感謝の言葉を

ありがとうございましたっ!!!!

本当に涙が出るほど嬉しゅうございますっ!!!

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