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NPO・ソーシャルビジネス科コミュの生きる意味とは・・・

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爆笑問題のニッポンの教養というTV番組がありますが、東京大学先端科学センター所長の福島 智さん(障害学の教授)がゲストの回は非常に興味深く考えさせられました。福島さんは9歳で失明し、18歳で聴力を失ってしまった全盲ろうの方で初めて大学教授になられた方です。ですがとても明るい方で、爆笑問題の太田氏のボケをうまく返していました。(すばらしい!芸人としても感激するね!)障害者と言う言葉は何とかならないものかと常図ね思っています。
障害とは「さまたげ」「さわり」「じゃま」という意味です。ハンディキャッパーという言い方の方が良いと思います。健常者より少しハンディがあるだけという捉え方の方がいいのではと感じます。(カタカナ語はダメという意見が多いですが・・・)そもそも障害とは?誰がどこで決めているのか?時代の社会が決めているのだと思います。おそらく社会の生産能力・経済的価値を基準に決めているのではないでしょうか。そこで「生きる意味とは」という問題、何のために生きているのか?幸福を感じる・楽しい瞬間を得るためとか人それぞれでしょうが?

いい忘れましたが、福島教授はどのようなコミュニケーションをとっているのかというと指点字というもので、ヘルパーの方が指にタッチして言葉を伝えてま
す。またパソコンは点字変換ソフトを使われているようです。(言葉は明朗快活です。)

全盲ろうになった時は孤独と絶望に襲われ、宇宙の中に抛りこまれている感覚だったそうです。指点字で人とコミュニケーションできたことで「取り残されている」ことから解放されたとのことでした。

18歳の時にナチス強制収容所体験を持つ心理学者V・Eフランクルの書籍「生きる意味を求めて」のなかの 絶望=苦悩−意味 絶望+意味=苦悩ということを見出しで自分と同じ考えの人がいて生きる勇気をもらったと言われてました。意味を見出せば絶望ではないと・・・

<フランクルの言葉>
・悲劇に直面しても、幸せな人はいる。苦しみにもかかわらず存在する意味ゆえに。
・世界とのつながりの中で人間を考えて初めて、苦しみの中にも意味があるということを理解できる
・ずっと意味のなかった人生、つまり無駄に過ごしてきた人生にさえも、最後の瞬間にその状況にどう立ち向かうかという、まさにその態度によって、なお意味を与えることができるのだ
・人生とは、生涯にわたる問いと答えの繰り返し”である。そして、答えに関しては、生涯をかけて答えていくことだけが可能なのだ

太田氏が今先生は幸せですか?との問いに幸せですといわれてました。子供の
頃は健常者でしたが、その時々の悩みもある。
★辛さ・苦しさのなかにも意味があるとの福島教授の言葉に心打たれました。重みのある言葉です。

いつもの四方山話でまとまりもありませんでしたが、本を読む意味を改めて
考えさせられました。最近読んだ本のなかで「一切唯心造」(いっさいゆいしんぞう)と読みますが、禅の言葉で「不安とか悩みだとか言っても、それはすべて、結局その人の心が作り出すもの。」この言葉がとても気になり気に入りました。


コメント(2)

NPOに関する文献では、障害者ではなく障がい者と記載されています。日本では差別的な表現に関しては敏感に対応していると思うのですが、はっきり言って差別が隔離に変わっただけのような気がします。
それに比べると、英語では障害者はhandicappedで、障害の意味であるdisableは使われず、不利な条件としての意味を充てています。これは、「なあに、ちょっとしたハンデだよ!」といった感じの、ユーモアさえ伝わってくる表現です。
日本人は、美意識が強いことは誇りではありますが、村八分や部落問題に代表されるような臭い物には蓋をする的な残酷な部分を恥ずかしいと感じない欠陥があると思います。残念ながら私のようなアラフィフも、世間では厄介者扱いで…障がい者の方々が頑張って生き抜いているのを見習わないといけませんね!
なるぴーさんコメントありがとうございます。

障害者という呼び方を変更していきたいですね。

しかし、「残念ながら私のようなアラフィフも、世間では厄介者扱いで…」というのはいけませんよちっ(怒った顔)!!!

考えてみれば、ほかのいつでもない今・この時代・この時、ほかのどこでもないこの国の・この場所に自分が置き与えられているということには、やはり意味があると思います。自分で選び取ったのではなく、気づいた時には選択の余地なくそこに定め置かれていたからこそ、このことにはただそれだけで意味があると思わないではいられません。

私たち一人ひとりには「なすべきこと」・「充たすべき意味」が与えられている。そしてそれと共に、今 ここに定め置かれている。そしてその「何か」は、私たちによって発見され実現されるのを「待っている」。私たちは、常にこの「何か」によって必要とされ、それを発見し実現するのを待たれている。そういう存在なのだと考えます。

・「私は、この人生で 今 何をすることを求められているのか」
・「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人はどこにいるの」
・「その誰かや何かのために、私にできることには何があるのか」
 以上の事が大切であると思っています。

PS、私のことをほんとうに必要としている人が、素敵な女性だといいのにな〜!
  おっと、またhallucinationしてしまいました。(すみませんげっそり!!!)



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