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セクマイ系★ネット情報コミュの【キリスト教と同性愛】

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●同性愛主教を認めた米聖公会は分派になる、と英神学者
(世界キリスト教情報)
http://cjcskj.exblog.jp/8748162/

コメント(8)

●「全国キリスト教学校人権教育セミナー」で・・・
(続・たそがれ日記)
http://plaza.rakuten.co.jp/junko23/diary/200908070000/
このコミュニティのコメント数があまりにも少ないことに、まず驚きました。

【セクシャルマイノリティをどう捉え、それらの人々とどう向き合うべきか】について書いてみたいと思います。

その1

同性愛を含めてあらゆるセクシャルマイノリティに対する差別的な意識は、歴史的に見て、現代に至るまでの世俗社会的に、また宗教上においても共同体から排除、ないしは迫害という行為を歴史を刻んできました。

現代は、やっとそれらの人々に科学的光が与えられて、人権上からも、性自認や性指向は個人のパーソナリティーの不可変な一部であり、そのこと自体は、差別や誤解、偏見無しに尊重されるべき事柄であるという考え方が、少しずつ社会やイスラム教を除いて、宗教世界、主にキリスト教会にも浸透してきたことは、イエスキリストによる祝福であると思います。

しかし、つい最近まで侮蔑や差別、無視、迫害の対象とされてきたセクシャルマイノリティの人々は、現代においても、あいかわらず社会的にはホモフォビア(対象者としての同性愛者他のセクシャルマイノリティすべての人々に対する恐れ)により、依然として社会的に多数派である異性愛者の中で多くを占める、異性愛者のステロタイプを良しとする人々には理解されていません。

一部の地方自治体には、条例(東京都渋谷区、世田谷区)や要綱(三重県伊賀市、大阪市淀川区、兵庫県宝塚市、沖縄県那覇市)によって、同性愛者のパートナシップを制度化したところもありますが、まだまた少数であり、国レベルでは、やっと自民党の馳浩議員を中心とした超党派によるLGBTに対する研究会が立ち上がったという段階で、国会に対してセクシャルマイノリティの人権上の権利については、婚姻を初めとして、差別禁止令その他の法整備がまったくといっていいほど行われていない状況です。

しかし、性同一性障害者に対する法制化は、精神疾患であるという認識から、日本ではセクシャルマイノリティに対して唯一法的に整備された稀有な例であります。

しかし、多くのLGBTと言われている人々にとっては、今までまったく社会には存在しないかのごとくの政治的に法制化の対象外の扱いとされてきた一方で、一般社会の中では、陰湿な陰口やいじめや差別の対象とされてきたことは周知の事実です。

宗教的にはキリスト教会において、セクシャルマイノリティの取扱いについて、聖書的にそのSOGI (性的指向及び性自認の略称)が正当か罪(悪)かについて、解釈が二分しており、前のコメントにも書いてある通り、その問題をめぐって教団が分裂したり、あるいはLGBTの人々に特化した新しい教会(米国メトロポリタン教会)の形成も行われています。
その2

現代まで、多くの時代や地域で、差別や迫害の対象者とされてきたセクシャルマイノリティの人々は、21世紀において遂にその正当性を獲得しつつあります。

それは、人権尊重という根本的な思想を母体として生まれました。

SOGI (性的指向、性自認)という最新の性認識においては、シスジェンダー(異性愛者)と同性愛者を含むセクシャルマイノリティと呼ばれている人々を対立軸に置くのではなく、人間という一つの大きな輪の中に並立している性の有り様として、マジョリティである異性愛者と少数者であるセクシャルマイノリティを平等で公平に扱おうとする考え方から生まれた認識です。

LGBTと呼ばれる特殊な人々を、普通の一般人の異性愛者が理解して【あげる】という構図ではなく、もともと同じ人間としての種類の一つであり、人間には黒人もいれば白人もいて、さらには黄色人種もいるが、人間としては何らそれが差別の原因にはならないということと同じです。

男性と女性も、人間というくくりの中では、なんら差別するべき対象ではないということも同じです。

さらには、心身障害者も本人に不自由さはあっても、人間という一つの大きな輪の中にいる人々であり、決して特別な者として人間社会の中心的立場にいる人々の輪から排除されるべき人々ではないということです。
その3

一般社会の中での、差別を無くしていくには、行政主導での改革が必要です。

それによって、差別禁止の法制化も進みます。

しかし、キリスト教界内での差別禁止については、キリスト教徒(神学者)の聖書の解釈に負うところが大きいのです。

しかし、今から2,000年以上も前に、イスラエル民族に特化して書かれた旧約聖書の記述を、現代世界にそのまま当てはめることは、聖書に対する今日的な意味における正しい解釈を歪める間違いを冒す原因になります。

それは、2。000年以上も前のイスラエル民族社会にとっては正当性を認められても、現代人からみれば、随分野蛮だと思われるところがいくつもあるからです。

身体障害者は汚れているから、会衆の集会には加わることができないとか、親のいうことを聴かない反抗的な子供は、会衆の前に連れ出して説得し、それでも言うことを聴かない者は、親の前で会衆に石で撃ち殺されなければならないとか、男同士の喧嘩で、どちらかの男に味方する女が相手の隠し所を右手でつかんだら、その女の右腕は切り落とされなければならないとか、今から考えたらとんでもない野蛮な行為がユダヤの法律によって実行されていたのです。

その法律の中に、女と寝るように男と寝てはならない。という条文があるのです。

現場を見つけられると死刑にされました。

現代の最も同性愛者に対して厳しい法律を持つイランの法律と同じです。

コーランをもとにして1,400年前に成立したイスラム教の教えを、国家指導の最高法規としているイスラム各国も、同じ間違いを冒しています。

むしろ、同性愛に対して厳しいユダヤ教(旧約聖書)を信奉する、ユダヤ教徒の多い現代のイスラエル共和国が、アジアでは、日本などを遥かに抜いて、セクシャルマイノリティに対して、フレンドリー色があるのは、ユダヤ人が国土を失い、ユダヤ教を根本にしてユダヤ人としてのアイデンティティーを失わなかったのにも拘わらず、心ならずも欧米諸国に散らばり、そこで定住者となり、欧米の先進的な制度の中で生活してきたことが影響を及ぼしているからであると思われます。

ちなみに、イスラエル共和国は、中東のアラブ諸国の中にあって、欧州の飛び地と言われています。

ユダヤ教徒の圧倒的に多いイスラエルを、キリスト教国である米国が支援しているのも奇異に感じられますが、イスラエルと対立しているアラブ諸国(特にイランとイラク政府)がロシアと友好的なことも、その一因ではあるのだろうと思われますが。
その4

キリスト教会が、同性愛者を嫌うのは、この旧約聖書の【男同士で寝てはならない】という文言に拘泥しているからなのです。

そこから、聖書の他の箇所から引用して、神は人を男と女に造られた。そしてこの組み合わせによって子孫を作るように造られた。

だから、子供を作らない同性同士の性交は悪と決めつけるのです。

新約聖書の中には、イエスが同性愛者を裁く記述は出てきません。

勿論、同性愛を賛美する言葉も出てきません。

イエスが言ったのは、ただ人として神と人とを愛しなさいと人間愛を言っただけです。

神を愛していると言いながら、人を愛さない者は神をも愛していないのです。とも言われました。

しかし、異性愛至上主義者のキリスト教徒は、
神と人とをの【神と】の部分にこだわって、旧約聖書で男同士で寝てはならないと神が言っているのだから、同性愛者は罪人だと、その事だけで犯罪者扱いするのです。

そういう異性愛至上主義者は、自分が当事者でないことと、その事で苦しんだ体験がないことから、部外者(神から見て正しい人)として、自分の罪(同性愛者として存在していること)を悔いて、どうか異性愛者にしてくださいと祈れと頼みもしないのに一方的に指示命令してくる。

では、もし自分が同性愛者として生まれてきたら、毎日毎日神にそう祈り続けることを自分に課さなければ自語相違となる。

それで、同性愛者が異性愛者に変わらなかったら、それはあなたの信仰が足りないからだと言い放つのだろうか。

人に異性愛者になれと言うのなら、神の奇跡の力によって、同性愛者を異性愛
その4

者にできなければ、えらそうにああしろこうしろとは言うべきではないと思います。

自分で出来ないことを、人に要求することほど簡単なことはないのですから。

ましてや、本人の苦しみを理解できないならなおさらのことです。

目の見えない子供を持つ親に対して、ある牧師がキリストを信じたら見えるようになるかもしれませんよと言って、入信を勧めてきたそうです。

しかし、父親は牧師にこう訪ね返したそうです。
「うちの子には眼球がないのです。それでも見えるようになりますか?」

その牧師は、それから入信を勧めなくなったという。

その目の見えない子供も成人した時に、何人ものクリスチャンの人達に

「キリストはあなたのために死なれたのですよ。」

と言われるたびに、

「目の見えない苦しみを知らないものが何を言ってるんだ。私の立場とあなたの立場を交換しましょうと言って、それが実現したらあなたの言葉を信じよう。イエス・キリストと同じように、そんな私の苦しみを引き受ける覚悟もなく、目が見えるようになる奇跡も起こせないものが、自分がクリスチャンであることの親切心を押しつけがましく言えば、いい人になれてさぞかし自己満足するのだろう。こちらにとっては余計なお世話だ。」と思ったと言っていた。

出来合いの、習い覚えた言葉で、相手を慰めるような言葉かけをする偽善者のような振る舞いは、時に障害者の怒りを引き起こすことをよくよく心に止めておくべきだと思った出来事でした。
その5

心身障害者にせよ、セクシャルマイノリティにせよ、その他様々な差別の中にいる人々にとって、ただでさえそのような立場にいることで肩身の狭い思いをしているのに、それにさらに他人によるいじめ(バッシング)が加わったら、自殺せざるを得ないところまで追い詰められるのだろうなと、そういう目にあった人に対して、本当に気の毒だと思う。

そんな社会にはならないようにしたい。
【地域密着型教会からネットチャーチへの移行のパラダイムシフト】

牧師の給料や、教会堂を建設する費用、修理及び設備&備品費用などに対する新都の献金の負担を考えると、新しいクリスチャンが生まれないのも、当然すぎるほど当然だと思います。

同性愛クリスチャンの地域密着型教会の中での、カミングアウトのしづらさや、結婚しないことでの居ずらさも、牧師を始め、キリスト教界の同性愛者を初めとするセクシャルマイノリティーへの、聖書による偏見もさることながら、これだけインターネットが発達した社会の中で、教会堂が地元に建てられた地域密着型であることが、現在までが累々(るいるい)と引き継がれてきたことも大きな原因であるということである。

開かれた教会ではなく、ある一つのヘテロタイプのクリスチャンを中心とした、閉鎖された教会である。

キリスト【教会】という呼称も、ユダヤ教からの教会の組織のあり方からの踏襲であり、キリスト教の本質を言い表す組織団体なら、キリスト【救会】が正しいと思う。

我々は、キリスト教指導者に【何かを教えてもらうことによって救われる】のではなく、【イエス・キリストそのものによって救われる】のだから。

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