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Numbers By the WHO(フゥー)コミュの『1964』

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このトピでは1964年の出来事やライブについて見ていきたいと思います。

コメント(9)

No.1

この年はまだDetoursとして地道なライブ活動をしていましたが,2月の上旬に急に“the WHO”と名前を変えることになります。

発端はジョンが“Johnny Delvin&the Detours”と言う名前のバンドを見て,誤解を避ける為に名前を変える必要がある,と考えたからです。


では何故the WHOか?


ご存知の方々も多いと思いますが,このWHOと言う名前はピートのアートスクール時代の友人リチャード・バーンズが付けました。(彼はWHOが世界的なロックバンドになった後も長く付き合いがある人物です。)


毎週行われていた火曜日のライブでは司会者が“Who's up 'ere next week?”(来週登場するのは誰?)と会場に問いかけると会場からは“the Detours!”と返すのが一種の慣例となっていましたが,リチャードはこの決まりきった司会者の言葉から“WHO”と言うネーミングを考えついた訳です。
No.2
日時 1964年2月3日(金)

場所 Glenlyn Ballroom,Forest Hill,South London

なんとこの日はRolling Stonesの前座を務めています。他にもthe Hollies,Cliff Bennett&the Rebel Rousers,そしてthe Undertakersなどの前座もやりました。
No.3

日時 1964年2月13日(木)

場所 Oldfield Hotel,Greenford,West London

恐らく、この日が“the Detours”としては最後の演奏。
No.4
日時 1964年2月20日(木)

場所 Oldfield Hotel,Greenford,West London


恐らく、この日がバンド名を“the WHO”に変えて演奏した最初の日。
No.5

1964年3月4日(水)

一度落選しているBBCラジオのプログラムに再度挑戦。ピートがオーディション用紙に書いたバンド名は


“the WHO?”

ピート自身改名したばかりでまだ良く覚えていなかったんでしょうね。ウッシッシ

No.6

1964年4月4日(土)

California Ballroom Dunstable


WHOと改名したのにも関わらず,Tony Meehan Comboの前座を“the Detours”と間違って呼ばれて務める。
No.7

1964年4月9日(木)

再びオーディションを受け,Bo Diddleyの『Here Tis』など三曲を演奏するが,この時,前々から囁かれていたドラマー,Doug Sandomの腕前が再び疑問視される。
1964年4月13日

100 Club Oxford Street ,Central London

7:30〜11:00.Mike Cotton Soundの前座を務める。

Doug SandomがWHOとして演奏するのはこれが最後となる。
1964年4月27日

100 Club,Oxford Street,Central London

7:30〜11:00.Mike Cotton Soundの前座を務める。

ドラマー不在の為に,短期間に色々なセッション・ドラマーが代役を務める。その中には,Mitch Mitchellの姿も!そう,後のJimi Hendrix Experienceに参加するドラマーですね。

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