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シベリアケーキ捜索聯隊コミュのシベリアケーキの由来を捏ち上げてみよう。

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コメント(13)

ポルトガル語で「〜をはさむ」を「シーベリャ」と言います。それが変化しシベリアになりました。
お忍びで来日したスターリンを訪ねた幣原喜重郎。
文化の違いか、些細なきっかけで思いがけず激しい口論となり、
激昂したスターリンは「君の心はまるでシベリアの風のようだよ」と一言。
いよいよ立腹した幣原は手土産として持参した菓子折を投げ付け、
そのまま部屋を飛び出していったという。
後日、「まったく大人気ないことをした、大変すまなかった」と詫びに訪れた幣原の手には、またも菓子折が。
「これは羊羹といって、私の好物でもある。君の口にも合えば良いのだが…」
しかし、そこは西洋人。初めて触れる餡の色や質感に拒否反応を示すばかり。
「先日君が置いていってくれたお菓子、女中に聞いたらカスティラというそうだが、あれはとても美味しく戴いたのだがね…」
苦笑するスターリン。
「そうかそうか、では…」

福砂屋のカステラと藤むらの羊羹の、美味しい出会いであったとかなかったとか。
明治時代に流行った羊羹ブーム
やがて大正時代になり
その波に乗り遅れた上白石久道氏が余った羊羹を持て余し、
食パンに羊羹を挟んだ「オランダ」を発表し発売したが、さっぱり売れず悩み考えた末にできたのが
ドーナツに羊羹を挟んだのが「マイアミ」
しかしこれも売れず
仕方なしにカステラに挟み売り出した。「リスボン」を発表
皆は、また変な物を作ったと相手にしなかった。

そこで余った物を、軍の甘味品として引き取って貰う事を決意した上白石は
見事商談成立し軍に納入をする。
シベリア出兵の際に、出征兵士の甘味品として配られたのがこの「リスボン」しかし皆は、上白石のつけた名前など知るはずはなかった。
続く
続き
シベリアの大地は白かった
シベリアの永久凍土の大地に野グソしたらあんな感じだと言いながらカフェーで会話していた兵士達の話を聞いた
菓子職人片桐孫六が作り出し発表したのが、シベリアだった。
しかし先に作り上げた
上白石が怒り裁判所に訴えた(栗鼠蘂裁判)

しかし菓子職人の片桐孫六が逆転勝訴し
シベリアの名前が今も使われている。
明治の末期より、上流階級の子供達の間で流行り出した遊び「シベリヤ」にヒントを得て、
巣鴨の菓子司「ワ伽マツ」の二代目・塚越勝吉が考案したものが、シベリアケーキの原型。
因みにシベリヤは、碁石を白黒交互に積み上げていくゲームであったとか。
その昔、一六タルトの製造会社の清家信也が、巻くのが面倒だからと言う理由でできた。
ロシアのお菓子だと言う事にして売り出したのが始まり。
シベリア鉄道の車輛は、カステラ色のボディに小豆色のラインが一本引かれているそうよ。

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