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広き心耳な音コミュの猫ノ重路苦

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「君のことはなんて呼べばいい?」
僕はネコ4の弟に尋ねた。
ネコ4の弟は少し考えてから言葉を詰まらせながら言った
「・・姉さんにつけてもらった名前があります。」
それは?と僕が言うとまっすぐに僕を見て言った。
「・・・『ワトソン』と呼ばれていました。」、と。
数ヶ月前の記憶が僕の脳裏を駆け巡る。
「じゃあ、君のことは『ワトソン』と呼べばいいね?」
大きく深呼吸をし平静を装って言う。
でもきっと僕の動揺はバレていただろうと今となっては思う。ネコ4の弟と名乗るそのネコに。

「イルカさんの本当の名前はなんて言うんですか?『イルカ』ってのは仕事上のコードネームですよね?」とワトソンが僕に尋ねる。
「僕・・・。僕の名前は・・・」

そう

ホームズ。




線路沿いを2匹で歩く。
いくつかの夜を送り、いくつかの朝を迎えた。
秋も深まり僕の尻尾は冬の訪れを感じてピリっとしていた。
野良犬に追いかけられたこともあるし、人間に石ころを投げつけられたこともあった。
やはり僕は本物のホームズみたいにうまくはやれない。
そんな散々な旅路の中でも僕らには水戸へ行く前にどうしても会わなくてはいけないネコがいたのだ。


それは突然だった。


ゴミ置き場をあさる猫がいた。
頭を突っ込んでおしりは丸見えだ。
この旅路で何回もみた光景だった。
あるときは道を聞き、あるときはゴハンを恵んでもらったりした。
そんなことを思いながら通りすぎようとしたとき、そのネコはむくっとゴミ置き場から頭をあげこちらを見た。
「今朝からしていた胸騒ぎの理由はあなただったのね。」
そのネコは言った。
「会える気がしていたの。きっとメスのカンね。」、と。
僕はまた大きく深呼吸をする。
それこそ僕らが探していたどうしても会わなくてはいけないネコだった。

ネコ3。そう、チャーリーに。

僕はチャーリーがネコ7のオトウトの居所が『古山』だと言い当てた時に見せたあの雰囲気にある種の特殊性を感じていた。
そしてあの特殊性はネコ3とつながっているかもしれないと直観的に思ったのだ。
きっとチャーリーなら何かを知っているかもしれない、と。

僕らはチャーリーが飼われている川崎の病院へ向かっている途中だった。
まさかこんなところで出会うなんて夢にも思わなかった。

「驚いているのね?無理もないわ。」
とチャーリーは言った。

でもどこか違和感があった。僕は突然の再会の中にもその違和感の原因を探していた。

「捨てられたのよ。」
チャーリーは言った。存在感のある一言だった。
「外国生まれのネコが来たのよ。そしたら私は用なしよ。」そう言って鼻をヒクヒクさせた。

外国生まれのネコが来たのは事実だろう。でもきっとチャーリーは嘘をついている、と僕は思った。
捨てられたのではない。抜け出したのだ。クロネコに会いにいくために。

「私はもうチャーリーじゃないわ。今はただの『野良ネコ』よ。」
体調が悪いのか鼻の詰まった声でチャーリー、いやネコ3は言った。そのセリフは秋の昼下がりの空気に不思議な程響いた。

「もう一匹ネコがいるわね?」そう言ってワトソンの方に首を傾けた。「でも小枝もくわえているネコじゃなさそうね。」

出会った時の違和感の原因がわかった。ネコ3は失明していたのだ。
焦点は決して合うことはなかった。
でも覗き込んだその瞳は病院で会った時と同じだった。湖に似た、まるで悲しみを映し出したような雰囲気。

「あなたを探していました。あなたに会えば白ネコのことがわかると思ったんです。」と僕は言った。
「姉さんを知っているんですか?」我慢できずにワトソンが口を挟んだ。
「あなた、名前は?」
「ワトソンといいます。」
「ワトソン・・・。そう。」
ネコ3は僕の方へ首を傾けた。
「あなたこの子になにも伝えていないのね。」
「どういうことですか?」ワトソンは僕の顔を見た。「何か隠していることがあるんですか?教えて下さい。」
「私が教えてあげましょうか。」とネコ3は言った。
「話す必要はないですよ。なにより話したところで何一つ理解することはできないませんよ。今の彼には。」
「僕にだって知る権利はあるはずです。」
「ないですよ。今のあなたにはね。いずれわかる時が来ますから。それがあなたのためですよ。」

まるでデジャヴだな、と僕は思った。
川崎の丘の病院でネコ3と僕とホームズがした会話にそっくりだ。

そうか。
あの時、僕はこのワトソンと同じだったのか。

僕はざっくりと今までのことをネコ3に話した。
古山に行ったこと。ネコ7の弟に会ったこと。長野を目指したが行けなかったこと。
ルナルナというネコにあったこと。今はネコをつなぐ仕事をしていること。

「ルナルナに会ったの?」
ネコ3はネコ7の弟のことよりも「ルナルナ」という単語に反応したようだった。

「・・・そう。ルナルナにまで会えたのはあなたが始めてよ。」
やはりネコ3は何かを知っているんだと僕は確信した。

「ルナルナを知っているんですか?」ワトソンがまた口を挟んだ。
でも、その問いにはネコ3は答えなかった。

「教えてくれますか?ルナルナとあなたとネコ4との関係を。」
「そんな限定的なことじゃないわよ。もっと大きな、包括的なことよ。」
ひとつ咳をする。

「以前あなたには伝えたわよね。前世の記憶が残っているって。そして必要なときに必要なぶんだけ思い出すって。あなたも何か思い出したんじゃない?」

僕は何一つ思い浮かばなかった。
ふとネコ10だった頃のひなたぼっこしていた光景が頭をかすめた。
不思議とずいぶん昔のように感じる。ずいぶん遠くへ来てしまったな、と。
でもあの時間は間違えなく『今』の僕を作っている『今』の僕の記憶だ。

「ないです。」と僕は言った。

「・・・そう。私だって何もかもわかるわけではないの。ただ・・・」
「姉さんの特殊性をあなたは知っているんですか?」
ネコ3が話し終わる前にワトソンがさえぎった
「わたしだって全部をわかるわけではないの。私がわかることはとても限られたことなの。そしてそれが意味していることはひどく抽象的なの。」
ネコ3は続けた。
「そう。だから何かの『答え』を示せるわけではないのよ。ただ。ただね・・・。」
近くの踏切がカンカン、カンカンと鳴り出した。
間もなくしてブルーのラインが入った銀色の電車がガタガタと音を立てて通り過ぎて行った。

「シロネコは今どこにいるの?」ネコ3は言った。

「水戸です。」

「そう。」とネコ3は深くつぶやくと瞳を閉じた。
あの時、病院で感じた不思議な雰囲気が僕らを包んだ。
僕は瞬きもせずネコ3を見続けていた。

少しの沈黙の後、静かにネコ3は口を開いた。
「ワタシは、と言うより『ワタシ達』はね。ずっーと昔、人間だったの。」

ネコ3の言っている『ワタシ達』と言うのがどこまでを指すのか僕にはうまく掴まなかった。
「そして『ワタシ達』は一つのグループだったの。そして一つのミッションを背負っていたわ。そして『アナタ達』はまた違うグループだったわ。そして、そのずっとずっーと前は・・・。」

アナタ達??

近くの踏切がまたカンカンと鳴り出した。

「いずれにせよ、これ以上何を話してもアナタの中には響かないわ。きちんと自分で確かめなさい。それがあなたのミッションよ。そう使命。」

ミッション?
使命?

赤紫色の頭のとがった電車が勢いよく線路を通り過ぎて行った。

「ちょっとしゃべり過ぎたわ。」一つ深呼吸をする。
「水戸にいるのね。シロネコは。それは運命よ。とりあえず守り神のところへ行きなさい。水戸に行く前にね。ヒントになることがあるはずよ。」

「守り神ってなんですか?」ワトソンが言った。
僕は何一つとして声になる声が出せなかった。

「あの大きな大きな守り神のところよ。頭に目印があるわ。場所はね・・・。少しわかりづらいところにあるの。あの地域は『古山』と同じで空気が読みにくいのよ。それに不思議な天然の磁場をもっているから。あと落し物に気をつけてね。人間はよくあの場所で携帯電話っていうモノを失くすと聞いているわ。そう。確かあの地域の名前は・・・」

『牛久』

そう言うとネコ3は秋の風に吹かれるようにその場を立ち去った。
鳥たちの鳴き声は夕暮れをつげ、立ち去るネコ3の背中を夕陽が真っ赤に染めていた。

そんな後姿を見つめながら、
これがネコ3との最後の出会いになるんだろうなと僕は思った。


気付けば静かに夜の闇は僕らを包み、冷えは一層深まっていた。
手っ取り早く寝る場所を確保し僕らは体を休めた。

牛久の守り神かぁー、とつぶやいた僕の息は白く濁って消えていった。
ワトソンは隣で寝息を立てている。

『ワタシ達』と『アナタ達』、とは。


耳を澄ましてもメロディーは何一つ聴こえなかった。
遠くでカンカン、カンカンと踏切の音だけが聞こえる。


今はただ進むことにしよう。
前へ前へと。

朝日とともに
僕らは牛久へ向かうことにした。

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