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大宮化学コミュの世界を揺るがした10の化学!

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 これから世界の歴史を変えてきた10の化学的発見や開発を僕の独断で書いていこうと思います。
 まずはハーバー・ボッシュ法ですね。
僕の大好きなマンガ”栄光なき天才達”の第2卷にも載っています。

1800年代末期、産業革命以降増え続ける人口、そしてやせた平野のヨーロッパの土地の生産性の低さ、とくにドイツなどは氷河に浸食された地形で栄養分が少なく痩せているのでいかに食料生産を増やすかが課題でした。
 この頃流行ったマルサスの人口論でも、食料生産が追いつかないので人類は滅亡する、ような世紀末の風潮が起こりました。聖飢魔IIみたいな感じ(笑)。早稲田マンのデーモン閣下元気かな?
 
 そこで救世主足りえるのは人工の肥料の大量生産です。

 多くの人がこれにチャレンジしましたが、なかでも一番速攻なのが
N2 + 3H2 ⇄ 2NH3
 でした。だって空気中の窒素が原料でタダですから!!!水素は水の電気分解でいくらでもあるし!

 ところがこの反応N三Nの三重結合で不活性ガスな感じですよね。だって空気中に79%くらい残ってられるんだから。
 そこで当時発表された(1884年)ルシャトリエの原理を使って条件が探索されました。
 多くの研究者が、常識から見ても無理、さらに触媒とかが見つからないと断念して脱落していきましたが、カールスルーエ工科大学のハーバー教授は、卓上の小さな圧力容器で粘り強く実験を繰り返し、多くの犠牲を出した爆発事故にもさい悩まされながらも1908年には、発熱反応で気体の総分子数が減るアンモニア生成を起こさせるために、より低温、より高圧ほど平衡がアンモニア生成によることを理論的に解明、さらに共同研究を申し入れたドイツの巨大化学メーカーBASF(バーディッシェ・アニリン・ウント・ゾーダ)社が装置の開発と触媒の開発にエンジニアのボッシュとミタッシュらを研究チームに据えました。特に高圧の何百気圧という圧力容器は、人類がそれまで五気圧くらいの耐圧容器しか使ってなかった時代なので、空前絶後の困難な巨大プロジェクトになりました。
 触媒も、なにも理論的にわからないのでミタッシュが周期表にそって手当たり次第、なんと一年で不眠不休で実験しながら二万五千種類も化合物を試し、やっとAL2O+K2O+Fe3O4の組み合わせを見つけました。
 600℃、250気圧の条件で18%のアンモニアが合成できるようになりました。

 試験管レベルで成功しても、これを巨大な工場の規模にスケールアップするには、工学的な膨大な工夫が必要です。
 純粋な水素の製造というガスの生成プロセスや、空気の液化による窒素製造、ガスの圧縮やアンモニアの分離、パイプラインによる効率のいい輸送など、それまで人類がぶつかったことのない困難な新技術が山積みでしたが、エンジニア達は困難にめげず1つ1つ解決していきました。
 ついに1913年、ドイツのオッパウに直径45cm、高さ8mの合成塔を含んだシステムが稼働しはじめ、年産7200t、硫酸アンモニウムの肥料にして3万6千トンが合成されました。
 これは、現代のスケールの大きなコンビナートや工場などの巨大な化学工業の嚆矢ともいえる、まさに人類の月着陸と並ぶ偉業でした。

 無尽蔵の空気の窒素から肥料を作る、夢のような技術が誕生しました。
 さらにドイツのオストワルトが工業化に先鞭をつけた、アンモニアから硝酸を合成するオストワルト法と組み合わせて、硝酸まで作り出し、ニトロ化により空気から爆薬を無尽蔵に作り出せるようになったのです。
 この結果、資源が少ないドイツのヴィルヘルム皇帝が、無尽蔵な空気からの爆薬供給に第一次大戦を決意した、位のインパクトでした。
 1917年にはドイツのロイナにも年産10万トン規模の巨大アンモニア合成プラントが誕生しました。
 第二次大戦ではライン川沿いのロイナやルートヴィッヒス・ハーフェンの、こういったBASFの化学工場は戦略目標とされて、重点的にアメリカ軍の空襲にさらされて、連日数百機規模の重爆撃機によって空爆され、徹底的に破壊されました。

 ハーバー法によりやせた土地は耕作可能になり、人類の食料生産も飛躍的に増大し。さらにアンモニアを原料とする工業が飛躍的に発達しました。

 豆科の植物は根粒菌という根に繁殖する菌類を用いて、アンモニアを常温常圧で合成しています。ハーバー法の巨大な装置を使わずに、生き物はニトロゲナーゼ酵素を使って成し遂げているのです。
 窒素はニトロンがナイター”硝石”で、硝酸ナトリウムの鉱石、ゲンはサンスクリット語(北インドの言葉)から、東西に別れて西はギリシャ語” gen”生むもの、素、源 東に中国語で”ゲン・源”となりました。同じ発音ですね!

 ハーバーはその後、第一次大戦でドイツへの愛国心から、戦争を速く終わらせるために科学者が究極兵器を作り出して、それが抑止力にもなると全面的に戦争を終わらせるために、と戦争協力をして、毒ガスができればもう愚かな戦争はしないだろう、これが究極の抑止力になると、(まさにこの辺りは核兵器と一緒ですね)毒ガスの開発に没頭し、毒ガス作戦の立案者になりました。
 1915年、ベルギーのイープルでハーバーの立案した毒ガス作戦が敢行され、世界初の毒ガス、水酸化ナトリウムの電解製造の工場で陽極で発生して余った塩素ガスをボンベから垂れ流し、瞬く間に塹壕にこもっていたイギリス兵6000人が死傷しました。報復でイギリスもマスタードガス(イペリット)ClーCH2CH2−S−CH2CH2−Clを使い始め、毒ガスによる報復戦がエスカレートし数万人の兵士が戦後も後遺症に苦しみました。

 1918年に”空中窒素固定法によるアンモニア合成”によりノーベル化学賞をもらったハーバー(キューティーハニーの空中元素固定装置もここからか)でしたが、愛国心と、科学者が戦争抑止力になる超兵器で戦争をやめさせなければならない、と毒ガス戦争に尽くしたハーバーでしたが、それに反対する愛妻も自殺してしまい、ナチス政権下ではユダヤ人として迫害を受け、国を追われてスイスのバーゼルで孤独に1934年、客死しました。

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