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一法庵コミュの仏教を解体すること、あるいはブッダになること

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山下良道先生の1/31の法話は、比喩的な法話であり、とても興味深いものでした。

そこでは台湾の仏教事情を紹介する中で、山下先生が台湾でのリトリートで質問された
2つの質問と、師(ラマ)と信者の不健全な関係をエピソード的に語ったものでした。

先生の法話は、仏教はいろいろなアスペクトで語られるため、言葉の形式そのままの形で
捉えると混乱する場合がある。、つまり、1つのアスペクトを抽出して極論に走る危険をどこか
で常に注意して、全体としてひとつのまとまりで学ぶ必要があるというものでした。

さらに言えば、仏教は全体としてひとつのまとまりで学ぶ方向にしか、未来の道は開かれて
いないと言っていると理解しました。

それでは、仏教をひとつのまとまりで学ぶとは、どのようなことを言うのでしょうか。

私は次のように理解しました。

・仏教を内面の構造から理解する。 
  ・・テラワーダ仏教と大乗仏教の境目まで論理的にさかのぼり、両方を一気に内面的に
    理解する。
  ・・両方を内側から理解することで、テラワーダ仏教を解体し、大乗仏教を解体し、特別の
   仏教用語を使わずに、仏教をひとつのまとまりとして語る。

・そして、ひとりひとりがブッダとなる道を目指す
  ・・仏教が始まる前の仏教が指した真理を学ぶことによって仏教を解体する。
  ・・師にべったりと寄りかかることをやめる。

このような方向性にしか未来の仏教、あるいは人類の未来の宗教はないと思います。
また、宗派あるいはセクト、ひいては仏教全体を解体していくことによって、自分の学んで
いる宗教が一番すぐれているという感覚(一番強い執着心)を取り除いていけるのだと
思います。

こうした志の大きさをもった師匠であることに改めて実感し、敬意を表す次第です。

コメント(1)

大乗仏教と南伝上座部仏教を単に対立的に見るのではなく、それらが真に豊かに生かされるところの仏教というものを、しっかりとした概念的分析的考察と本源的究竟的覚醒の両方を大事にしながら明らかに学びたいものですね。

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