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マフタージュのスクラップコミュの砂嵐(仮題)2

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       小柳 由貴  1


 今日の日射しも、薄暗い。厳かな鉄門と大理石の表札が並ぶ高級戸建て住宅街の特徴である、煤けたレンガが敷き詰められた道路を、泥に塗れたローファーでそれをなすり付ける様に、摺り歩く。鞄に詰め込まれた何かの残飯はさっき捨てた筈なのに、鼻を突く匂いが辺りに漂っている。もう染み付いてしまったのだろう。家までの道のりは変わらないのに、ここ数ヶ月、私はいつもそんな姿で帰っている。
 玄関の戸を開け、無言で靴を脱ぎ上がる。室内は外より暖かい筈なのに、湿り気もない乾いた窒素と酸素だけの気がする。
 「ただいま」を言わなくなったのはいつからだろう。返事が無いのを気にしていたのは最初だけで、いつからか言う必要がないことを知り、また必要とされていないことも感じた。理由は簡単だ。私のような人間は学校だけでなく、家庭でも目障りな存在だということだ。
 私は進学校の入試に落ちて、偏差値の低くも、高くもない高校に入学した。その受験失敗以来、家族の私を見る目が変わった。電柱から鴉がゴミ捨て場を見るそれのように、鋭く、横に長い眼。人を見下した眼だ。
 母は司法書士として弁護士の仕事、いわゆるキャリア組と言われる仕事に結婚前までついていた。父は東京大学を出て、同じく法律を武器にする裁判官である。その二人から産まれた子供が、まさか高校受験の段階で、キャリアへのステップを踏み外すとは思っていなかったのだろう。現実に、姉はその高校へ進学した後、やはり東京の一流と言われる大学に進学した。
 そして母は私に夕食を配膳するだけの人間になった。朝食と昼食はここずっと通学途中のコンビニで買っていく。私を見る時はいつも顎を突き出し、頬を動かすことなく、上からゆっくりと、やはり鴉の眼を向ける父とは、いつから喋らなくなったか、覚えていない。
 つまり私は誰からも必要とされていない人間だ。
 大理石の手すりを片手に、フェルトの敷かれた螺旋階段を昇る。そこから右手に進み扉を開く、小柳の部屋だ。鞄を無造作に放り投げ、テレビの電源を付け、力尽きた戦士のように膝から折れ、ベットに横たわる。
「もうそろそろ死のうかな」
 弱く小柳は呟いた。

 薄明かりの中、テレビは午後のニュースを映していた。横に長いガラスの机に左からよく見る司会者と、よくみる批評家とコメンテーター。毎日同じようにつけているのだからよく見るのは当たり前だが。いつもと違うのは、小柳がそのテレビに耳を傾けているということだ。
「どう思いますか?もはや子供といえど、やることは子供ではなくなっています。私達が子供の頃はそんなことありませんでしたよ」よく見る司会者が言う。
「今の子供達は、現実耐性が無いのです」よく見る評論家は手を組んで、続けた。「ゲームと同じ世界のように、気に入らなければリセットするんですよ。それを何もおかしくないと思っている、思うと通りにいかないことが現実なのに、です」
 右上のスーパーには[15歳少年の動機。「ついカッとなった」]と云ったスーパーが出ている。男子中学生がいじめを受けた屈辱から、カッターナイフでその主犯者を学校内でメッタ刺しにした事件の特集だ。
「その子供を作り上げた親の責任とも言えないでしょうか?」コメンテーターは矢継ぎ早に捲し立てた。「モンスターペアレントと言う言葉をご存知でしょうか?親が子供を過保護なまでに甘やかすから、子供の自立精神や、規則やモラルを奪うのです。実際に校内では教育のあり方が多様化しています。少し何かすれば暴力とみなされ、少しきつく言うと我が子だけえこひいきだと親が」
 そこまで聞いて小柳はリモコンに手を伸ばし、そのコメンテーターの顔を画面の奥に消し去った。
「ばっかじゃないの」小柳はそのままリモコンを力任せに放り投げる。
 誰からも愛されないから殺すならまだしも、親に愛されすぎて人を殺すなんて、ばかじゃない。そもそも論点が事件と全くずれているし。そして腹いせにその人間を殺そうとした男にも腹が立った。なんで殺そうと思ったの?そんな元気があるなら違うことに向ければいじゃん。そんなの後々、社会的に不利なのもわからないの?ばかじゃない。
 私は違う。そんなばか達とは違う。みんな存在主張がヘタなんだ。
 自分が消えればいい。無くすんじゃなく無くなればいい。それもなるべく無惨な死に方で、それでいいんだ。極めつけはこう。
「私はいいの、けど、みんなは幸せにね」この決め台詞。それで同情を誘えばいい。すると心に私が残る。私はどんな方法よりも存在する。
 だから死ぬ事は平気。けど
「死ぬまでに彼氏ぐらい、欲しかったなあ」小柳はそう考えた。
  伊藤裕也の顔が浮かんだ。そういえば今日も彼を見た。いつも少し悪いグループとツルんでいる。今日も廊下で上田と一緒にいるのを見た。というよりも半ば強制的に参加させられているように見える彼が、気になる。本当は自分と同じように居たくないところにいるんじゃないのだろうか。類は友を呼ぶという言葉が、浮かぶ。別に呼んではいないけど、同じ種類の人間は、少し眺めていれば、不思議とわかる。
 ぼおん、と低く音がなった。これは昔からあるアンティークの古時計が、十九時を教える音だ。それは同時に味のしない晩餐の開始を告げる音でも、ある。
 母は決まってこの時間に晩飯を食べる。ので、私は下の大広間に降りなければならない。苦痛の時間だ。
 昔に、あまりにも嫌だったので、その時間に行かなかったことがある。心配を誘う意図も、正直言えばあった。が、翌朝、大広間に降り、玄関をくぐっても、心配の兆しどころか目も合わさず、ただニュース番組をつけて、新聞を広げ座っているだけだった。
 とりあえず、食べ物があるなら、それを食べるのが礼儀な気もして、今日も胃に入れるためだけに、腰を上げる。
「まあ〈生活〉なんて楽しいものではないしな」とリビングと言われる意味を考えながら、その場所へ、足を進めた。

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