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街山荘・よしおの著作コミュの【連載小説】思春期・番長 4

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 ペンギン前回http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=48901643&comm_id=3930952


夫の征信は弟と自分の間をずっと疑ってきた。
 征信が召集された昭和17年。荷馬車屋を生業にしていた征信の元に兄
弟達が頼ってきて、兄弟たちの子供達は夫の先妻の落し子の孝司と同年代
の少年。更に若い衆が数人と男ばかりが寄宿する大所帯だった。
 千代はたった一人で大勢の男達の世話をやり続けていた。
征信と所帯を持って悩みの種は酔うと暴力を振るう。
 男気あって他人には慕われるが妻である女はまるで所有物で意にそぐわ
ないと殴る蹴る。髪の毛を掴んで引きずり回す。征信の末の弟、徹が居れ
ばいつもそんな兄を遮り千代を庇ってきた。
 大阪空襲で何もかも失い千代は孝司、正信、歩き出したばかりの征生男
を連れて一時故郷の徳島の母の近くに身を寄せていた。
 土間の台所と一間だけの一軒家。そして敗戦。
 敗戦間もなく呉の海軍に居た征信は復員してきた。征信と連れ添って心
底歓喜したのはその時だけだった。
 出征中に生まれた征生男を当初こよなく愛した。
 ところがある日、酒に酔った征信は征生男の顔が弟徹(とおる)とソック
リだとわめき出した。出征時と微妙な妊娠時と、征信の暴力からいつも庇
っていた徹とを重ねて、あらんことか疑いだした。
 兄弟で征信も徹もソックリな位似ていた。
「コイツは俺の子と違う。俺が居らんのをエエ事にお前等が生んだ子や。」
 その度に征信は千代に暴力を振るう。
 手紙で征信にこの子は貴方の名前の一字をつけると、征信は喜んで返事
して来たのに、以来、征信は征生男に対する愛情を消していった。
 征生男が中学校、高校に上がっても征信は一切小遣いを与えるのを禁止
した。兄の正紀や妹達には千円札を惜しげもなく与えていたのに。
 千代はそっと時々、征生男に小遣いを与える。千代に許されている家計か
らは百円札しか与えられなかった。
 何も知らない征生男はそれが当り前で、中学の時から色々なバイトをし
て自分の小遣いは稼いで、妹達に時には買い与えていた。
 征信の千代への暴力は変わるコトなく、征生男が小学高学年になった頃
から身を挺して征信にしがみつき必死で阻止するようになった。
 高校にもなると、両親の間に入り身構えて征信に打って出るような態度
に「お前の教育が悪いからこんなガキになったんや」と捨て台詞を残して
きびすを返すに止まるようになった。
 千代は征生男にふと、徹の後ろ姿を見た。そして、ハッとする。
 何度かあった、この人が夫であったならと思った時が。一瞬の心の揺らぎ
は確かにあった。征信に立ち塞がる征生男は父の征信より背丈も伸び、そ
の後ろ姿に若かった徹の頼もしい背中が甦り、自分でも徹の子と錯覚して
しまいそうな。そんな訳がない。
 父に冷遇されているのを受け止め、いつも弱い側に立つ征生男が学校の
勝手な方針で犠牲になるのは絶対させてなるものか。この子が今退学にで
もなったらどうなるのだ。グレるのは由としても、本当は繊細で弱い。
それを隠すタメに虚勢をはっている。何か恐ろしいコトが待っているかも。

「確かに学校の方針に私も矛盾を感じています。ですから職員会議でも息
子さんの退学は何とか阻止しました。」
「そうですか。別の先生のお話では貴方が息子の誹謗の中心と聞きました
が。」
「いや、それは誤解です。確かに息子さんの危険さを説明しました。それ
故に教育指導のあり方を今後の課題として定義して、息子さんは条件付進
学に何とか取り付けたのです。」
「詭弁です。ウチの子が具体的に何をしました。ケンカの多いのは確かで
す。でもそれも上級生に一人だけで立ち向かったのでしょう。その上級生
にそんな処分はあったのですか。何もないでしょう。執行猶予付で進学さ
せるなんて、子供に対する脅しです。絶対納得いきません。」
「すみません。もう決定されたコトです。先日のお母さんの抗議を真摯に
受けて私は会議で退学だけは何とか阻止するコトが出来ました。後は彼が
どう立ち直るかです。」
「横溝先生。私は貴方と言う人を恨みます。一番弁護して当り前の担任が
自分で指導できないからと率先して息子を窮地に追いやってるのですよ。
 私は別の先生とも懇談させてもらいましたが、先生が征生男の危険性を
煽り立て大多数の先生方が退学処分に回ったと聞きました。確かに先日の
私のお願いを先生はもう一度職員会議に諮るコトを約束してくれましたが
、その席で一番尽力されたのは平川先生と聞いています。」



 岸和田は遠かった。
 ナンバから南海電車に乗って岸和田駅。
 駅から10分以上歩く。学生帽は被っているものの坊主頭に冬の風は殊更
寒い。
 しかし、征生男の心は弾んでいた。。
 平川教諭の家は新興の住宅地、府営住宅。同じ形の平屋の一戸建てが整
然と並ぶ中にあった。初めて見る岸和田城は大阪城に比べると小さく平地
に建っていて可憐にさえ思えた。
「コレにはお酢を少しかけると美味しいの知ってる。花田君。」
「ええ、知っています。オフクロもよくこんな風にアジを揚げて料理しま
す。オレは酢が好きです。」
「そうかなあ。俺は酢が苦手やから要らんワ。」
 その日のメイン料理はアジの揚げ物だった。
「そうやねん。これは本当は南蛮漬けにしたら美味しいのに、この人は酢
が嫌いでしょう。」
 どう見たって新婚ホヤホヤ。そして何と綺麗な人なんやと、征生男は平
川の妻に眼を合わせるのが怖かった。
「先ず、お前に謝っとくワ。俺の力がなかってこんなコトになったのを。
そやけどな、ま、何とか退学は免れた。とに角二年になったら少し大人し
くするコトや。花田もそうして頭を坊主にしたからチャンと覚悟している
のは俺にはよう分かってる。」
「そやで、花田君、負けたらアカン。ホンマに勝つと言うのは辛抱が要る
ねん。この人から君の話はよう聞いてるねん。私は君が立派と思うの。
ケンカしても君に悪いトコは全然ない。そやのに学校って卑怯やな。出る
釘は打つしか能がないのかしら。そんな学校に負けたらアカンで。」
「ま、そう勝った負けたの話ししたらアカンな。勉強はチャンとやらなア
カン。好きなモノだけやっとったらエエちゅうのとチャウンやから。それ
でなお前も色々悔しいのは分かるが、やっぱり横溝先生には逆らうな。
それと英語の松田先生やけど、二年になったら変わる。あの先生も怒らし
たな。
それに同調する先生も何人かいて俺もタジタジやったな。お前にとっては
一々兄貴と比べられるのが腹に据えかねるやろうけど、それもしゃないと
ガマンするのやど。優秀な兄に比べてただの暴れ者としか皆思とれへん。
それを巻き返すのはな成績を上げるコトや。中学校からずっとお前を見て
いる俺は、あの頃の勉強への意欲がない。お前なやったら出来るんや。」

 社会科を受持つ平川教諭は中学校から征生男を、と言うより全員を見守
って来たたった一人の教諭だった。
 平川は教諭になってこれ程悔しい思いをしたのは初めてだ。
 学校はあからさまに人員減らしの方針を打ち出し、いや、初めから数だ
け取って一年後に整理する方針だった。何でも良かった。チョッとした理
由で退学処分者を多く出し、不良たちをはじき出す。
 恐喝、万引き、不順異性行為、校規を守らない反抗者。少しでもそれに
引っかかる生徒を対象にした。
 横溝はそのリーダー格を処分しないコトには真の整理が出来ないと花田
を名指しに熱弁を振るった。しかし、それには明確な理由が無い。
 ケンカ騒動は多いが外部から入ってきた不良を一人で相手にして従え、
極めつけの二年生を相手にこれも一人で向かったものの暴力沙汰には至っ
ていない。授業放棄にも、それを訴える横溝や松田の言に釈然としないも
のが誰しも感じた。
 殆んどの教諭の一致するのは花田が生徒を引っ張っていると言う事実。
 それが今後どう悪く展開するのかを恐れていた。
 花田は優しくて正義感に満ち溢れているから強い者が弱い者を苛めるの
に向かって行くだけで、授業の殆んども真面目に受け、風紀も乱していな
い。彼は彼なりに必死で前に進もうとしているのを私達が強い指針をもっ
て望めば良い方向に必ず向く。教育は可能性のある少年にこそ正面から取
り組んで指導していくモノでしょう。
 平川の懸命の訴えで、とに角様子を見よう。適切なのは条件付進学。
 何か少しでも不遜の事態が起れば即刻退学処分にと体勢は固まった。
 その結果を敗北とするのか、一つの成果とするのか、隠しきれない無力
感が重いしこりとなった。
 平川に出来るコトは可能な限り花田を引っ張り支え無事に卒業させるコ
トだった。
「ユックリ話がしたい。遠いけど俺の家に来るか。」
「オレなんか行ってもエエんですか。行きます。」
 花田の一瞬輝いた瞳が平川を勇気付けた。

「花田、ケンカは好きか。」「イエ。」
「ケンカは楽しいか。」「イエ。」
「お前をケンカに駆り立てるのは何やと思う。」
「、、、、。」
「怖いと思ったコトは無いんか。」
「怖いです。」
「ほんだら何でケンカするんや。」
「男は負けたらアカンのです。逃げたらアカンのです。」
「そうか、今度のケンカの相手は誰か分かるか。」
「誰でも挑んで来たら相手になります。絶対に逃げません。」
「そうか。今度のケンカの相手は学校や。お前は今、学校にケンカを売ら
れてんねん。勝てるか。逃げへんか。闘えるか。」
「どう云うコトです。学校の誰とドツキ合いするのです。横溝ですか。」
「違う。学校側全体や。ドツキ合いのケンカちゃう。そやけど立派なケン
カや。やるかやられるかや。妥協は無いねん。これからお前に何か悪いコ
があったら学校は直ぐ退学させると脅してきてんねん。」
「そやったら、オレは何処で暴れたらエエんですか。」
「違う。このケンカは暴れたら負けや。逃げたコトになる。学校の狙いは
お前を退学させるコトや。退学になったらお前の負けや。絶対勝つねん。
お前がな立派に卒業して、お前を退学させようとした人達を見返すねん。
それが、このケンカに勝つコトや。逃げたらアカンねん。」
「、、、、。」
「花田君。私も悔しいわ。ケンカ、ケンカって言い方好きちゃうけど。ホ
ンマに負けたらアカンで。勝って卒業するんや。」



 誰とも一緒に居たくなかった。
 勝之は当分帰ってこない。本当は征生男も一緒に行きたかった。
 山奥だろうと何だろうと勝之や修平達と塗装のバイトはいつも何処でも
楽しく、しかも良い小遣いも稼げた。
 学校なんてどうでも良いと言う思いと、どうしてもこのままではダメと
言う思いが交差していた。学校の仲間は自分を頼りにして来る。
 考えたら、それはケンカと言う暴力への一方的な依存があるだけ。
 条件付進学。もし今後何か問題があれば即退学。
 退学がイヤでもない。
 母が泣いて「ユキオちゃん。頼むからこれからは大人しいしてや。ケン
カ一つもアカンねんで。分かる?」分かっていた。と言うか征生男自身そ
んな状況になっていくのに疑問と不快さえ覚えるようになっていた。
 それは学校の仲間には理解できないコトだった。
 切ないと思えば負けなんや。踏ん張る。
 勝之が居れば、勝之がいれば、揺らぐ心にもう少し強靭な何かを得られ
るはず。まだ、一週間は帰って来ない。
 学校が終わり、地下鉄をナンバで降り路面電車に乗って大正区の奥まで
3、40分かかる。電車の駅を横目で見て御堂筋を渡り心斎橋から道頓堀
に出た。夕暮れ時、商店街の明かりは煌々として原色の派手なネオンが所
構わず浮かび上がっている。
 道頓堀を東に折れて堺筋の少し手前に征生男達がタムロする玉突屋があ
る。既に数人の配下の仲間が来ていた。
「チョッと待ってや、もう直ぐ終わるで。」北村が寄ってきた。
「そやけどこんな冬に坊主にさせられて外に出たら寒うてしゃないわ。」
「ああ、今日も花田に持って行かれるんやな。」
「エエわ。お前等やっとけや。見てるさかい。」
「何でや、何で一緒にせえへんねん。」コイツ等はまだ何も知らん。
 知らせる気にもならかった。
 仲間がローテーションに昂じるのを壁にもたれただ眺める。
 やっぱり一人になりたかった。
「オレッ、先にいぬわ。」どうしてんとの仲間の声を背中に聞きながら玉
突屋のドアを押して外に出た。

 学校に勝つ。暴れたら負け。
 先公の殆んどを殴り倒して暴れまくりたい衝動を思考の中で駆け巡
らせトレンチコートのポケットに両手を突っ込み夜の道頓堀を歩く。
 勝之に会いたいなあ。
 平川先生夫妻は「このケンカはお前一人とチャウ。俺等がついてる」
それは嬉しかった。そやけどドツキ合いのないケンカ。しかも聞いて
いたら辛抱するだけのコトやないか。
 孤独感が影のようについて来る。勝之さえ居たら。
 ドンッと右肩に衝撃があった。
「アホンダラ、何ボケーッとさらしとんじゃい。」
 征生男は振り向き立ち止まり、相手を見る。高校生らしい二人。
 こんなことは今まで無かった。ある事を想定して絶えず身構えて歩
いていた。今夜の自分は身構えも忘れて切なさだけが全身を被ってい
た。
「おっ、何ややるちゅんかい。」二人は正面で体を仰け反らせてきた。
 威嚇だけで征しようとしていて、まるで隙だらけ。征生男はただじ
っと睨み据えた。母の言葉、平川先生夫婦の言葉が頭の中で繰り返さ
れる。
「何や、コイツ等。お前らイテまうど。」後ろで北村の声がした。
「ええ根性やんけ。相手したるど。来んかい。」瀬田の声も。
 振り向くと玉突屋にいた全員が出てきていた。
 7人対2人。こんな勝負は嫌いや。
 弱い北村が自分が居るのと数の差で息巻いている。
 既に前の2人は腰が引けていた。恐怖が表情を作っている。
「何でもない。チョッと話してたトコや。お前等も帰れや。」
 征生男の一言で2人は走って言った。
「なんや、ケンカ売られたんチャウんかい。」北村。
「アホンダラ。余計な口出しすんなボケ。一人やったら何も出けへん
やろう。弱い相手やと分かったら息巻く奴は大キライや。」
「何、怒ってんねん。俺はそんなんチャウど。そうか、花田は俺をそ
んな屁タレに思おてんのか。」
「オレのケンカに口出すな。それに人数を頼んでオレはやらへん。」
「分かった。俺と勝負せえや。」花田と同格の体格。配下の中では根
性があった。
「何やと。何でお前と勝負せなアカンねん。」
「屁タレ扱いにされて黙ってられへん。花田が強いのは分かってる。
そやから俺が何も出けへんと思われるのが腹立つねん。俺は負けるの
ん分かってる。そやけどサシで勝負してくれ。」
「エエやんけ。仲間で揉めんとこうや。」北村。
「そうか。分かった。明日でもエエか。今夜は一人になりたい。」
「明日の昼二時。映画館の裏の墓地や。」


 
ウマつづきhttp://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49645788&comm_id=3930952

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