ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

Patchwork Youths 2009コミュのインドネシア基本情報

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
たぶん各自で調べたりしているかもしれませんが、せっかくなのでここを利用して、インドネシアについての情報等を共有していきたいと思います。

僕もどんどんインドネシアについて調べて、メルマガという形で情報を流していこうと思っているのですが、僕一人の検索能力には限界があるので、知っている情報をどんどんここに書き込んでくれたら助かりますわーい(嬉しい顔)

コメント(16)

とりあえず、今回はインドネシアの情報とまではいかないんですが、友達に大工やっているヤツがいて、そいつにガテン作業の心得を聞いてきたので共有しようと思います。


インドネシアは赤道にかなり近く、2月でも日中はかなり日差しが強いことが予想されます。
その友人曰く、夏場の作業で最も怖いのが熱中症とのこと。

?@服装はどんなに暑くても長袖でいること。理由は以下の通り。

・素人だから、絶対腕を切っちゃったり擦りむいたりする。

・日焼けは普通の人が考えている以上に体力を奪う。

・水分も奪われ、熱中症になる。


?A必ず頭にタオルを巻くこと。
頭に熱が行くと熱中症や頭痛、立ちくらみになるなどいろいろ厄介。
紫外線で髪の毛痛んじゃうしね(-_-)

?B首の後ろにタオルを巻くこと。
首の後ろを焼くと、もの凄い勢いで体力が奪われる。
そりゃもう、スポーツドリンクと強い酒を同時に飲むぐらい。


水分を取りながらじゃないと熱中症になるから、必ず水を用意しておくこと。

だそうです。
ひょっとしたらみんな知っていることかもしれないけど、万が一知らないと致命的なことになりかねないので、念のため共有して起きました。

まずは、インドネシアという国についての概要を調べてみました。

インドネシアは島国ながら、2006年の統計では2億2千2百万人、世界第4位の人口を有する国です。
ただし、発展途上国における統計データに関する信憑性は薄く、後に話していこうと思っていますが不法出入国などの問題もあるため実際の人口はこの数値通りとは限りません。あくまで「人いっぱいいるぞ〜」という参考として捉えてください。
ちなみに、この発展途上国における最大の問題点の一つに人口問題が挙げられるが、インドネシアはまさにその典型と言える。この話はまた今度……

民族としては大半はマレー系だが、中国系の金持ち、いわゆる華僑と呼ばれる人が5%ほどいる。(ちなみに華僑と原住民との経済格差もインドネシアが抱える社会問題の一つ。)


基本的には公用語はインドネシア語だが、島国の宿命か国内で使用されている言語は多岐にわたり、インドネシア語だけではなく、タガログ語や各民族特有の言語をはじめとする様々な言語が使用されており、583言語もの種類の言語が国内で使用されていると言われている。
ただし、言語に関しては、日本人の多くが第二外国語として英語を学んでいるのと同様に、一応はインドンネシア語を学んでいるということになっている。
実際の習熟度は不明だが……
ただし、出稼ぎ労働の際にはインドネシア語は必須なので、地方の人でもしゃべれる人は多いらしい。

言語に顕著に表れているように、文化に関してもかなりの多様性があり、「これがインドネシア文化だ!」というのは難しい。
そもそも『インドネシア』という区切りができたのは歴史上ごく最近であり、島国の多い東南アジアにおいては、例えばインドネシアの一部の文化がマレーシアに類似性があったりする。
文化については、もうちょっと詳しく調べてから加工と思う。

宗教は、他民族国家ゆえ様々な宗教が存在するが、外務省の統計では88.6%の人がイスラム教徒とあるので、基本筋はイスラム教と考えていいだろう。(ちなみに国教というわけではない。)
ただし、先にも書いたが発展途上国における統計の信憑性は薄いということを断っておこう。
イスラム教はなかなかタブーが多い宗教。特に女性に対してなかなか締め付けが多いので、向こうに行った際はいろいろ注意を払わなければいけないだろう。
イスラム教のタブー等については調べ次第メーリスなりこのトピックなりに書いていくつもり。

ところで最近イスラエルでイスラム教関係がなかなかアツいことになっているけど、インドネシアに何かしら影響はないのかねぇ……

不安を煽る意図はないが、インドネシアは東南アジアを代表する発展途上国であり、そこにNGOとして活動する以上そういった問題も目をそらさず知っておく必要があると俺は思っているので、今後インドネシアの負の側面を提示しても受け入れてほしい。


次回は……スラバヤのことにもちょっと触れてみたいかな。
インドネシアの料理。(wikiのコピペ)
ナシゴレン - 日本でいうチャーハン、焼き飯。「飯を炒める」の意。

ナシチャンプル - 直訳すれば混ぜご飯だが、日本のそれのように混ざって供されるのではなく、韓国のビビンバのように食べる人が混ぜる。

ナシウドゥッ - ココナッツミルクで炊いたご飯。

ミーゴレン - インドネシア風焼きそば。

サテ - インドネシア風焼き鳥。羊肉の場合もある。カレー味の牛ホルモンはサテパダン。

ガドガド - 温野菜やタフ(厚揚げ豆腐)をプチェル (pecel) というピーナッツソースであえて作るサラダ。「ごちゃ混ぜにする」の意。

ソトアヤム - スパイスで煮込んだチキンスープ。

イカンパカール

グドゥッ (Gudeg) はジャワ島中部とジョグジャカルタの伝統的な料理で、ジャッ
ク・フルーツ、鶏肉、卵、タピオカの葉、筍、豆腐、テンペなどを黒砂糖で煮込
んだもの。白米に添えたものをナシ・グドゥッという。ナシ・グドゥッ・アヤムはさらに鶏肉を添えたものである。

レンダン - パダン料理で、牛肉や水牛をココナッツ、スパイスで煮込んだもの。

チャプチャイ - 中華風野菜炒め。

テンペ - 椰子の葉に蒸した大豆を入れて発酵させた食べ物。インドネシア風納豆。幼児食に使われることもある。

クルプック - エビや魚の粉をまぜて揚げたせんべい。料理の付け合わせやおやつとして食べる。

アヤムゴレン - 鶏肉を炒めた料理。インドネシア風フライドチキン。
【インドネシア料理を食べに行こう】
今回はいつもとはちょっと路線を変えて、都内で食べられるインドネシア料理のお店を調べてみました。
ひょっとしたら日本人向けに味が調整されている店もあるかもしれないけど、まぁ肩慣らし、もとい舌慣らしだと思って行ってみてはいかがでしょうか。

【アジアンキッチン】
タイ・ベトナム・インドネシア・韓国・中国などアジア各国の代表的な料理と、創作アジアン料理のチェーン店系のお店。
場所は新宿に4店舗あるほか、銀座・渋谷・上野・池袋・横浜に出店。

【旅人食堂 バックパッカーズカフェ】
場所は吉祥寺駅北口から徒歩5分程度のところ。
インドネシア料理だけでなく、アフリカ料理などとにかくエスニックな感じの古民家風一軒家ダイニング。

【タイ市場食堂 タラート】
場所は下北沢駅南口から徒歩1分。
タイ市場って書いてあるけど、タイだけでなくインドネシアやベトナム料理もあるらしい。
タイ市場風居酒屋って感じだけど、ランチもある。しかもランチメニューは997円で食べ放題!!

【カンボジア】
場所は高田馬場駅から徒歩10分ぐらい。
名前はカンボジアだけど、タイ・インドネシア・ベトナムなど東南アジア系の料理の店。
この店の何よりの魅力は「現地で食べたそのままの味を再現!」ってところ。
一度行ったことがある人は、その国の味を思い出させてくれるそうです。

【インドネシア料理 Surabaya】
場所は横須賀・調布・豊洲・浦和・横浜・お台場など、山の手線沿線からはちょっと遠いところに展開中。
まぁ、店名を見れば一目瞭然ですが、スラバヤです。
ホットペッパーでスラバヤお台場店の写真を見てみると、陽気なインドネシア人のスタッフ達がでてきます(笑)


だいたいホットペッパーなどに載っている店だとこんな感じです。

「e-food」というホームページを見ると、もっと詳しくいろいろな店が紹介されているので、もっと家の近くにある店などを調べたい方は利用してみるといいでしょう。
また、このe-foodのホームページにはインドネシアの料理について詳しく書いているページもあるので、もし興味のある方はパソコンで見てみてください。
以下、e-foodよりコピペ。


赤道をまたいだおよそ5000kmのエリアに1万7500の島(うち人の住む島は約3000あり、うち3島は世界の面積の大きな島ベスト10に入る)を擁する国インドネシア。中国とインドをつなぐ中継貿易の拠点として古くから栄え、その後はムスリム商人の到来、また16世紀にはスパイスを求めて、スペインやポルトガルなどのヨーロッパ人がこの地を訪れました。
18世紀からのオランダの統治時代を経て、1945年に独立。現在は、大多数を占めるマレー系の住民のほか、約300の民族と中国系らによる2億4千万人もの人口(世界第4位)をかかえ、うち1億7000万人はイスラム教徒という、世界でもっともイスラム教徒の多い国として知られています。


インドネシア料理として有名なのは、ごはんと具を炒めたナシゴレンや麺を炒めたミーゴレン、スパイシーな串焼き肉のサテ、ピーナッツソースで野菜を和えたガドガドなど。お米が主食で、食事の際は、サンバルと呼ばれる赤いとうがらしペーストを添えたりします。それらの料理は今日では、およそ2世紀の間、統治を続けたオランダや、南米のスリナムなど旧オランダ植民地の家庭料理としても定着しています。

しかしながら実際のインドネシアは、それぞれの島ごとに文化や宗教に複雑な特色を持ち、料理も島ごとに少しずつ違います。では、それぞれの島ごとに料理の特徴を見ていきましょう。


ジャワ島の料理
ジャワ島は首都ジャカルタのある島で、 インドネシア全人口の半分以上が集中し、人口密度が世界一高い島でもあります。ジャワ島の料理は島のエリアによってさらに地方色がうかがえます。

ジャワ島は、西ジャワ、中部ジャワ、東ジャワ、バンテンのほか、ジャカルタのある首都特別区域、世界遺産のボロブドゥール遺跡があるジョグジャカルタ特別地域という6つの州・区域に分かれています。おおまかには、一般にジャカルタを含む西ジャワでは甘味が少なく、スパイスやハーブもあっさりめ(また、この地域のスンダ地方にはジャワ人とは異なるスンダ人が多く暮らし、あっさりとしたスンダ料理が発達している)、中部ジャワは甘味が好まれ、東ジャワでは甘さと辛さが強い味が好まれているようです。東ジャワでポピュラーな料理は、カレ・ラジュンガン(カニのカレー)です。


バリ島の料理
イスラム教徒が大多数な中にあって、唯一ヒンドゥー教徒が多いバリ島。高度な文化が発達したこの島の料理も独自の発展を遂げてきました。「ヒンドゥーの神々に最適なもの」と考えられているバリ料理は、インドネシア全域でよく使われる"サンバル"というとうがらしの調味料や、多用したスパイスの味付け、祭礼の料理などが特徴的です。インドのヒンドゥー教徒よりも食の戒律はゆるいようで、鶏肉や豚肉を中心に肉食もポピュラーです。

たとえば、お祝い事には、ラワールと呼ばれる肉料理、お祭りには、バビ・グリンと呼ばれる子豚の丸焼きを食べます。アヒルのミンチ肉をバナナの葉で包んだトゥム・ブブックなどという珍しい料理もあります。

内陸のウブドゥをはじめ、バリ島の中でも地方色がうかがえ、たとえば海岸地域の魚のサテ(サテ・リリット)など、地域によっていろいろな郷土料理があります。ぺリプラス社の「アジア食文化紀行 バリ島」によると、サテ・リリットは"世の中で一番おいしいサテ"とのこと。


スマトラ島の料理
スマトラは大きな島ですが、熱帯雨林が広がっており人口はジャワ島ほど多くありません。マレーシアに近いため、マレーシアと共通の料理が多いようです。

広大な島の中でも地域によって料理に特色があり、特に有名なのは西スマトラのパダンの料理です。商売を重んじ、自立と個性を誇りとするミナンカバウ人によるパダン料理は、ジャワよりもはるかに辛い味付けと白いご飯、スペインのタパスのような小皿料理(お客は好きな料理を選んで代金を払う)が特徴的。インドネシアのあちこちの島にパダン料理のレストランがあります。

代表的なパダン料理は、スパイシーな肉をココナツミルク煮込んだレンダン(ルンダン)や、牛の胃袋などを具に使うカレーのようなグライ、スパイシーな牛肉スープのソト・パダン、非常に辛い串焼肉のサテ・パダンなど。また、スマトラの食事にはサンバルが必需品です。


カリマンタン島(ボルネオ島)の料理
島の北西はマレーシアと国境を接する世界で三番目に大きな島(「ボルネオ」はマレーシアでの名称)。焼いた骨付きの鶏に甘く塩辛いソースをからめたアヤムパンガンなどがポピュラーです。
スラウェシ(セレベス)島の料理
南スラウェシ州の州都の名前を冠した、チョト・マカッサルという牛肉と牛内臓のスープ料理が有名です。馬肉を使うことがあるよう。北スラウェシのマナドでは、ティノツアン(Tinotuan)というお粥がポピュラー。またスラウェシ島は、日本でも有名なトラジャコーヒーの産地でもあります。


ロンボク島の料理
ジャワ島の隣の島だが、アヤムタリワンという鶏料理や、プルチンカンクンという激辛の空芯菜のサンバル炒めが名物。 全般的に辛い料理が多いよう。ちなみに「ロンボク」とは、ジャワ語でトウガラシのこと。


マルク(モルッカ)島の料理
古くから香料諸島と呼ばれ、ポルトガル、オランダといった欧米諸国の憧れの(そして奪い合いの)的だったスパイスの特産地。 クローブ(丁子)やナツメグ、メースなどが収穫されています。現地ではケナリと呼ばれるアーモンドに似たナッツが郷土料理によく使われ、これをひいて、酢やとうがらし、たまねぎ、塩を混ぜ、炭火焼きの魚にかけたりして食べます。チョロ=チョロという料理は、ポパラという魚にケナリ入りソースをつけて丸焼きにしたもの。また、サゴやしの幹の髄からとれるねばり気のあるでんぷんのサゴの粉を練って、1種の野菜スープに加えたポペーダという料理もあります。


ティモール島の料理
西半分がインドネシア領。東部は東ティモールとして独立国となっています。ティモール人の庶民の主食はとうもろこし。ジャゴンボセという、とうもろこしの粒にパパイヤの葉や豆を加えて煮込んだおかゆのような料理があります。


ニューギニア島の料理
インドネシア国内では「パプア」、「イリアン」などと呼ばれています。東半分は独立国のパプア・ニューギニアです。 高地にはダニ族などの部族が暮らし、豚や、焼畑農業によるタロイモ、サツマイモ、バナナなどの素朴な石蒸し料理などを食べています。また、海岸地域では、タロイモ・ヤムイモやバナナ、パンの実、サゴヤシ、ココヤシといった食材がポピュラーです。

以下、ちょっとアカデミックなことを載せていく。

正直自分たちの活動には直接的に関わってこないし、必ずしも知っていなければいけない情報というわけではない。

しかし、同じ事象でも知識があるのと無いのでは全く見え方が違ってくるし、知識がないと見落としがちなさまざまなことも、ある程度の前提知識があれば、それを拾い上げることができるはず。

その方が僕はこの活動をより楽しめる、よりいい経験にすることができると思っている。

かなり長いし、退屈かもしれないけど、せっかく行くからには一読しておく価値はあると思う。




【インドネシアの概要】

 東西5.120キロにわたる群島国家で、面積は日本の四倍相当。人口は2億3480万人。1601年から1942年にかけてオランダによる植民地支配を受ける、その後1942年3月〜1945年8月まで日本軍による植民地支配。1945年8月17日に独立。

 文化的特徴としては、他民族・多言語国家で300種以上の種族があり、独自の言語・文化を持つ。重層的な文化構成で、土着の文化や信仰の上にヒンドゥー化・イスラム化・西洋化したもの。文化的多様性から政治的統合は難しく、大統領以下要人の人種的バランスが必要となる。国家のスローガンとして「多様性の中の統一」を掲げている。

 世界最大のムスリムを擁する国で、「国家に容認された宗教に限っては」信仰の自由が保障されている。統計上イスラム教徒が人口の87パーセントを占める。共通語はマレー・インドネシア語で、日常的にはそれぞれの種族の言語を使用する。

 現在の元首はスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領。今年で任期満了。議会制民主主義を採用しており、総選挙は5年に一回。内閣の位置づけは大統領の補佐機関。外交基本方針としてはASEANとの連携と非同盟・積極自主外交。兵役は志願制。主要産業は石油やアルミ、錫などの鉱業、米・ゴム・パーム油の農業、木材製品・セメント・肥料の工業。2001年から経済成長率は年々上昇している。インドネシアの最大の輸出相手国は日本。輸入相手国の2位も日本。
【華人問題】

 華人の現状として、アジア各国に世界の80%の華人が集中。発展途上国においては、彼らが経済の中心を掌握していることが多い。インドネシアは主に福建省出身の華人が多く、またインドネシアのプランテーション農場では客家も多い。基本的に植民地時代に移住してきた華人が多く、オランダ植民地時代には、初期においてはカピタンを任命し中国人の自治も認めていた。

 現在、オランダ独立時代に中層部としてインドネシア人よりも高い層に置かれていた歴史的なしこりや、華人の強い経済力に対する反発、宗教的文化的差異により反華人感情が高まっている。農村部では華人締め出しが起こるなど、現在でも華人居住区との住み分けが行われる傾向がある。

 反共(→反中国→反華人)を掲げるスハルト政権時代は、華人差別が進み、行政・政治部門からの華人締め出しや中国語使用の制限、中国人学校の廃止、インドネシア名への改名が行われた。しかしその一方で華人は、外資との合弁パートナーで引き続き強い経済力を維持していた。

 1998年には、反華人暴動も起こり、社会不安のはけ口として反華人暴動が起きる。スハルト政権崩壊以後は華人に対する配慮が行われるようになり、儒教の容認や中国語・中国文化の復活、華人の祝祭日を国民の休日にするなど、華人に対する締め付けは軽減した。


 注意しておくべき点として、華人が反発を受けている最大の理由は、中国が共産主義国だからではなく、彼らが金持ちで、国内での格差が激しいから。その点に関しては、我々も金持ち日本人であることには変わりはないし、むしろ日本軍政時代には路傍に餓死が転がるほどの厳しい食糧の搾取を行ったという点においては、歴史的なしこりも歴然として存在している、ということ。
【貧困問題】
インドネシアの首都はジャカルタ。面積は東京23区と同じくらいで、人口もほぼ同じ。東南アジアで最大の都市。ただし、同じ都市の中での貧富の差が激しく、ショッピングモールや高層ビルがある一方で都市型カンポンが広がっている。

 インドネシア人にとっての貧困者のイメージは、経済的ファクター以外に、低学歴・社会的活動をしない・宗教的実践が弱い・交際範囲が狭い・これらの結果、資源へのアクセスが限られているという点が挙がる。都市部と農村部を比較してみると、農村部の方が貧困の減少率は高く、都市部ではあまり改善が見られない。しかし、雇用を求め農村部から都市に人口が流入してくるため、都市の貧困増大と農村部の貧困減少は関連している。


貧困に関してはもうちょい後で調べようと思う。
【インフォーマルセクター】
インフォーマルセクターとは、フォーマルエコノミーが労働力の増加分を吸収できないために出現した労働セクターであり、より平等な所得配分に貢献している。1997年の経済危機の中で自立を可能にした。従来は失業者を吸収するスポンジであり、貧困問題軽減に貢献していると考えられていたが、実際にはインフォーマルセクターの所得は低くあまり貢献しているとは言えないのが現状である。
 
 農村部からの急激な人口移動や、都市でのフォーマルな経済活動の機会が制限されていること、このセクターが提供する直接的・間接的サービスに対する需要がある社会体系のため、インフォーマルセクターが存在し続けている。

 たとえばインドネシアの小学校では給食が無いことが多く、学校前に来る屋台で昼食を取ることが通常であったりする。その結果、長期間にわたって、合わせて全労働人口の65%が低収入であるインフォーマルセクターで就労している。
【ストリート・チルドレン】
インドネシア政府は長い間児童労働根絶に消極的であった。インドネシア政府は児童労働の存在を否定しているが、それはフォーマルセクターに関しての話であり、インフォーマルセクターでは多くの児童労働が行われている。インドネシア政府は1990年に国連の「子供の人権に関する憲章」を批准しており、最近だと2000年にILO 182号条例も批准した。1997年の労働力に関する法令25号では児童労働禁止を法制度化した。しかし「ある種の事情で労働を余儀なくされるときはその限りではない」と規定している。

 現在インドネシアには全国に約7万5千人ものストリート・チルドレンがいると言われており、2003年の社会省の正式なデータでも5万人いるとされている。基本的にストリート・チルドレンになった子どもたちの多くが、理由として両親の経済状況や離婚、また暴力から逃れるための家出などを挙げる。
【交通・環境】
インドネシアの家庭のうち、ゴミが正式な手段で回収されるのはわずか18%で、残りの約2億人が出すゴミは闇の中。この数でさえ、ゴミ集積場の処理能力を上回っている。その他のゴミはどう処理されているかというと、一般的にはインフォーマルセクターでごみ清掃人という職種が見られ、彼らが市の規定する最低賃金を下回った賃金で回収し、燃えるゴミ燃えないゴミ関係無しに燃やしている。ただし、基本的にあまりモノを無駄にしたりせず、使えるものはとことん使い倒しどうしても使えないようなものだけゴミとして出すという風潮がある。

 19.51%の人のみが公式の清潔を利用できる。スラバヤ市の例だと、水道局は一秒間にわずか9.030リットルの水しか生産できず、市民の需要の65%しか賄えない。3000万人のスラバヤ市民が清潔な水へのアクセスを欠如している。
国連の世界食糧機構のデータによると、インドネシアでは2000年から2005年にかけて2%にも上る森林が破壊され、インドネシアは世界で森林破壊の第一位にランクインした。おめでとう。

 自分たちが宿泊するホテルにはプールとかもあるっぽいけど、市民の65%はその水を飲むことすらできず、伝染病に感染する可能性もある井戸水を使っているということだけは留意しておくべき。
【イスラム】
インドネシアは世界最大のムスリム人口を有する国で、そもそもの母数が桁はずれではあるものの、単純に人口だけを考えるとイランやトルコの3倍近くのイスラム教徒がいる。(ただし、あくまで人口だけを照らし合わせただけの比較。インドネシアのムスリム比率は87%で、イランは98%)。イスラム国家の定義は「シャリア(イスラム法)を基礎とする法体系を持った国。したがって、インドネシアはイスラム国家ではない。近年インドネシアではますます若者の層を中心にイスラム教信仰が深まっており、イスラム教育やイスラム関連事業の台頭が進んでいる。
【教育】
インドネシアの義務教育は中学生までで、マサドラ初等部6年(小学校)・中等部3年(中学校)・高等部3年(高校)・大学4年と、日本とかなり近い制度。現在政府でドロップアウト児や社会人のための補習制度を実施している。就学率は、公式には小学校が100%であるが、ストリート・チルドレンとして就学しながらも働き、次第に学校に来なくなる児童などもおり、中学校になると就学率が53%にまで落ち込むところを見ると信憑性は薄い
【隣組】
 
 インドネシアでは現在「RT/RW制度」と呼ばれる、いわゆる「町内会・隣組制度」が敷かれている。もともとこの制度は日本軍政下において相互監視のために敷かれた隣組・字常会制度に起源がある。これがスハルト政権下で設立が義務付けられ、目的、形態、規模、活動内容も画一的に規定された。RTの任務及び設立目的は、相互扶助と家族主義に基づいたインドネシア社会生活の価値を育成・維持し、保存すること。町村レベルで行政、開発、社会活動の任務遂行を円滑ならしめること。人民の福祉向上のための努力の中で、社会の自律的な潜在能力を集積させること。となっている。

 実際の実務面を見ると、その役割は情報伝達・住民の人口動態の管理・共産党と無関係である証明書の発行・不穏分子の監視の4つが主にあげられる。基本的に回覧板は存在せず、ほとんど唯一の情報伝達手段はこの隣組制度に依存している。政府からの情報伝達やコミュニティー内の情報伝達は全て隣組を通して一人一人に伝達されるシステムとなっている。人口管理も隣組で調査したデータをもとに政府は人口統計を作っているため、重要な業務である。逆に言えば、特に都市部では人口移動が激しいため、ここがいい加減なせいでインドネシア政府の統計データは信用に足らない。また、婚姻登録や出生登録、死亡登録なども隣組で管理する。3番目と4番目の業務に関しては、多少この制度が導入された背景を説明しておく必要がある。そもそもこの制度を導入したスハルト政権は前任のスカルノ大統領を半ばクーデターによって失脚させた樹立された政権。その前任のスカルノ大統領の政力基盤の片翼であったのが共産党。当然スハルトは大統領就任後共産党を弾圧。彼は開発独裁による経済成長重視の政策を取っていたため、イデオロギー的にも敵分子であった。従って隣組制度を導入することで、相互監視を強め共産党をあぶりだすという裏目的があった。

 選挙もこの隣組単位で行い、かつては意図的に与党に投票しなかった人がバレるようになっており嫌がらせを受けるなど不正選挙の実行犯的な要素があったが、スハルト政権崩壊後、そのような傾向は見られなくなった。また、従来は政府からの情報伝達の役割が大きかったが、スハルト政権崩壊後民主化も進み、RTから道路舗装工事事業やごみ処理問題などボトムアップ的な活動も芽生えてきた。

ログインすると、残り1件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

Patchwork Youths 2009 更新情報

Patchwork Youths 2009のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。