ブライアン・イーノ(Brian Eno 本名:Brian Peter George St. Jean le Baptiste de la Salle Eno, 1948年5月15日 - )は、イギリス・サフォーク州のウッドブリッジ出身の、男性音楽家。(イーノ本人は自らを「ノン・ミュージシャン」と呼んでいる) 作曲家、プロデューサー、音楽理論家である。ソロの音楽家としてはおそらく、「アンビエント・ミュージック(環境音楽)」の先駆者として知られている。
ロキシー・ミュージックを去った後は、「Here Come The Warm Jets」(1974年)、「Taking Tiger Mountain (by strategy)」(1974年)と独特なロックアルバムを出した後、前衛的な現代音楽、ニューエイジ的な作風を採用するようになる。後の「Another Green World」(1975年)、「Ambient 1 / Music for Airports」(1978年)に至っては、グラム・ロック的な派手さが影を潜め、それに換わって前衛音楽の影響やアンビエント的作風が強く見られる。
その後も同傾向の作品を発表し続けながら、80年代のロックの新たな動きにも関心を持ち、デヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズ、U2などのアルバムにもプロデュースや演奏などで参加、ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンのコンピレーションアルバム「No New York」をプロデュースするなど、その後のアーティストやシーンに影響を与える。その他にも、視覚芸術のインスタレーション作品などにも積極的にも参画している。21世紀に入ってからも、ポール・サイモンやコールドプレイのアルバム制作に参加した。
日本でもパソコンブームの火付け役となった、マイクロソフト社のオペレーティングシステム、「Windows 95」の起動音「The Microsoft Sound」は彼の作曲によるものである。「The Microsoft Sound.wav」のプロパティには彼の名が記されている。一般にはあまり知られていないが、世界中の多くの人々が知らず知らずのうちに彼の作品を聞いていたことになる。 「CHRONICLE POP MUSIC CRITIC」誌の1996年のインタビューによると、マイクロソフトからの依頼は「人を鼓舞し、世界中の人に愛され、明るく斬新で、感情を揺さぶられ、情熱をかきたてられるような曲。ただし、長さは3秒コンマ25」であったという。当時新しいアイデアが思い浮かばずに悩んでいた彼は、これを「待ち望んでいた課題だ」と快諾し、製作にとりかかった。最終的に84個のごく短いフレーズが製作され、その中の一つが「The Microsoft Sound」として提供された。ちなみに、親友ロバート・フリップは後年、Windows OSの後継ソフトである「Windows Vista」のサウンドを担当している。