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胸キュン高校文芸部コミュのJUMP 後半

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【母と子】
良くなるためにする習慣を実行し始めてから、多くは無いにせよ私にはとても嬉しい事が起こり始めた。徐々にっていうのがまた悪くない。そう思っていた矢先、娘が泣いて帰ってきた。普段、健気でハツラツした彼女はそんなそぶりを見せた事は無い。当然心配になった私は娘にどうしたのかを尋ねた。
「お母さんには関係ないよ」
子供部屋の向こうから声だけが帰ってくる。このドアを開けるにはとても勇気がいる。
「じゃあ、お父さんには関係あるの?」
私はピントのズレたことをわざと聞いた。
「お父さんにも関係ないよ」
娘はイラつきを隠さずに声をあげた。
「じゃあ、誰に関係あるの」
更に私は聞いてみる。
「わたし」
娘はちゃんと質問に答えてくれる。いい子だと少し笑える。
「泣いていて解決するの?」
この問いはとても面倒だろう。間違ってやっていると自覚したうえでやってしまっている事を平然と質されるのは気分のいいものでは無い。
「するわけないじゃん」
「じゃあ、どうするの?」
「うるさいよ、いいじゃんちょっと泣いたって」
「いいと思うけど、大丈夫なの」
「わからない」
私はこの問答を止めた。いま整理できていない状態で娘の感じている何かを掬い取るのは難しい。その上、私にはやることが別にある気がした。
作りかけの餃子のタネを冷蔵庫にしまった。これは明日のご飯でもいい。私は「ちょっとスーパーにいってくるね」と娘の部屋に投げかけ、家を出る。こういうときは肉だ。自転車を走らせて五分。スーパーに着いた私は精肉コーナーに直進した。そして国産牛の前に立った。しかし私は対峙した国産牛にたじろぐ。ここに来てまだ躊躇する自分が可笑しい。主婦感覚がすっかり根付いていてなかなか清水の舞台から飛び降りることができない。ただ、泣いて帰ってきた娘を思い返すと私の背中を泣いている娘が押してくる。手強い。そう何度もあることではない。旦那も今日は帰りが遅い。軽い晩酌が待つのみだ。二枚でいい。本当は1枚でいいかもしれない。でも、それは少し変なので二枚。心が決まって精肉コーナーのおばちゃんに声をかける。
「これ、二枚ください。ステーキ用に二百グラムと百五十グラム」
サシが多くて綺麗な国産牛を指さした私は、さっと財布を用意する。心変わりをする前にやり切る必要があった。
「はい。ちょっとまっててね」
おばちゃんはそういうと手際よく切り取ったお肉を包んで会計を済ませた。
特別なものを手にして自転車に跨る。母親という興奮と冷静の間はなかなか楽しいものだ。
家に帰ると娘はテレビを見ていた。私はまだ部屋で泣きじゃくっているものと思っていたので拍子抜けする。娘の気持ちを引きだすために手にした武器も、威力を発揮することなく咀嚼されそうな勢いだ。そんな気持ちを知ってか知らずか、
「夜ご飯まだなの?」
と言ってくる。その憎まれ口には餃子がお似合いだと私は意地悪く思う。愛する旦那と国産牛を食べてやろうか。その時は私が二百グラム、旦那が百五十グラム。きっと外で少し食べてきているだろうから。
「じゃーん」
想いとは裏腹に私は手に入れてきた国産牛を娘に披露した。
「え?今日、ステーキ?」
娘の目は解りやすく変わる。
「国産牛。お父さんには内緒よ」
秘密を共有することで人は仲良くなれる。母娘の関係も例外ではない。
「え? なんで? 泣いてたから?」
「元気になる為に一番手っ取り早いでしょ」
単純な娘の笑顔が可笑しい。
「え? でもお母さんには関係なくない?」
冷静な娘の意見が憎らしい。
「へぇ〜。そんなこと言っちゃう?」
私は武器を使う。使用目的は違ってきたが威力は十分に発揮してくれるだろう。
「いいえ。焼き上がりをお待ちしております。レアで。」
案の状効果はてき面で私は満足する。娘の泣いた理由は気になるが、元気を取り戻すことが先だ。
「また泣いて帰ってこようかな。」
そんなことまで言いだした娘はきっと大丈夫だろう。作戦は成功だ。
「お給料日に合わせた方がいいわよ。」
そういって私は炊事場でフライパンを温め始めた。
付け合せの野菜が貧弱でステーキの主張が激しい食卓になったが、娘は嬉しそうに肉を平らげた。その様子を見ながらそういえば、最近食べる量が少なかったかもと気が付く。きっと彼女なりに暫くの間悩んでいたものがあったのかもしれない。
「あのね。」
肉の証拠が旦那にばれない様、早めに皿を片付けていた私に娘は喋りかけてきた。麦茶を飲みに冷蔵庫に近づいてきたついで…といった体裁で。
シンクを叩く音が邪魔だったので水を止めた。すると、何気なさがそこで終わり真剣な空気が漂った。
「いいよ。洗い物続けながらで」
照れもあるのだろう。
「そう」とだけ言ってまた洗い物を始める。
「私ね、今日、悔しくて泣いてたの」
と娘はいう。
「何が悔しかったの?」
私は娘がその先を言いやすくなればと思って言葉を投げかけた。
「だって、やっぱり、もっとやらなければいけないのに」
言葉は足りないけれど、きっと部活の事だろう。県大会二週間前になって、彼女は何か物足りなさを感じているのかもしれない。
「あなたも次は負けるよって言ってたじゃない」
知らぬ顔をして焚き付けてみる。
「あんなの保険よ。負けてかっこ悪いのとか嫌じゃん。勝ちたいのなんか当たり前じゃん」
「だったらそういえば言いじゃない。私がバレーしていた時なんかずっと格好悪かったと思うわ。ほんと負けるのって嫌だったから」
「え? バレーやってたの?」
娘は私がバレーをやっていた事すら知らなかった。私は言ってなかったっけという具合に応える。
「やってたのよ。バレー。ひたすらトスを上げたり相手のアタックを拾ったりするだけだったけどね。自分で点を決められないのがほんっと悔しかったから、負けたときは悔しくて悔しくてチームメイトにあなたがちゃんと決めなかったからとか平気で言ってた。」
「意外だね。運動とかしてないと思ってた」
麦茶を飲み干して娘が言う。
「そんで負けず嫌いも意外」
奇妙なものを見るように娘は私を見ていた。私が正体を現した化け物みたいに見えているのだろうか。
「遺伝だ。私も今日、華ちゃんに言っちゃったの。県大会で負けるの華ちゃんのせいじゃんって。まだ負けても無いのにそんなこと言っちゃったの。そしたら、急に悲しくなっちゃって部活終わっても、帰り道も、ずっと泣いてた。」
私は笑った。この子の感じている事が私の通ってきた反応の中にあって、愛おしい。
「それはまず華ちゃんに謝りなさい。私も私のお母さんによく怒られたわ。チームには役割があって、信頼していないと良くなるものも良くならないって。そして、人のせいにしない。自分のできる事を考えてそれを粛々とやっていくの。そうしていたらあなた自身が他の人の変化に気が付けて、何かを見つけたり形にできたりしていくようになるって。それが良くなるために最初にすることなのって。」
「深いね。それ。」
「深いね。未だにふっと思い出したりする。そして、あぁ今のままじゃ駄目だねって思ったりするの。」
「…。靴下が白くなってたのってそういうこと?」
「そういうことね。見習いなさい。私を」
そういうと、娘は
「電話してくるね」
と言って自分の部屋に戻っていった。私はそんな娘の後姿に私を見ていて、私自身に自分の母親を重ねた。娘の年頃に戻ったり、母の真意に気がづいたり、40代は本当に忙しい。
【ホウレンソウ】
ホウレンソウを茹でていたら、旦那が帰ってきた。二十二時。「おかえりなさい」と出迎えると冴えない顔をしている。肉がもう1枚必要だったかと思ったけれど今更スーパーに駆けだしても店は閉まっているだろう。
「なんだかなぁ〜」とため息をついている旦那にビールを準備して、ホウレンソウの白和えを出す。
「上手くいかないことでもあった?」
私は旦那に何が起こっているのかを知らない。娘の様に私の感覚だったものも旦那には無い。一緒に居て解ってきたことの中から想像するしかない。
「うん。まぁね。でも、それはそれでいいんだけど。なんかごめんね。暗い感じを持ち込んで。」
「たまにはいいのよ。」
「やっぱ家に帰ってくると家だな〜って思えるね。」
「何それ。」
「なんだろうね〜。整えてくれてありがとう。」
「いいけど。今日は早く寝たら?」
旦那は晩酌もそこそこに風呂に入って寝た。次の朝のこの人の背中を見て、いい男だと私は思うのだろう。
【私の成長】
娘は次の朝、ケロッとしていた。あの調子では仲直りも済ませ新しい日々に突入していくはずだ。旦那も昨夜の暗さを引きずらず、逞しく玄関を出て行った。私は二人が少し羨ましくなる。変化する日常を守りながら果たしている役割に不満は無い。が、一方で堆積してくるモヤっとしたものが無いわけではなかった。習慣に良くなる為にすることを含みながら徐々に変わっていく幾つかを見つめている間にも、それは溜まっていく。良くなる変化を感じれば感じるほど、この閉塞感は確実に私を追い込んでくる。周期的に起こってくる鬱蒼とした感覚。何もしたくなくなる数日。ただ、浮上のきっかけを探しながら過ごして、どこかのきっかけでこれを逃がしてあげる他、具体的な対処法を知らない。ただ待ち、前向きに捉えられる思考になるまで様子を見続けるしかない。
私はたまに訪れるこの落とし穴の様なものを克服したいと思い続けている。自身で抜け出せるような術を見つけたい。もう四十年以上、私は私の性質と闘ってきた。何時まで経っても人間として成熟しない欠陥の様にも思える。ぐるぐると同じサイクルを同じように回るしか、そして、いつしか訪れる浮上のきっかけに乗って一時的に楽になり、忘れた頃にまた同じ落とし穴にはまる。
浮上のきっかけを待つのではなく、みずからその閉塞感を破壊しに行く術を持てないものか。暗い雨雲に突如迷い込んだ時、それらを纏いながら明るく振る舞って、一人の時に謂れのない罪悪感を味わう。私自身の問題のコアはそのままなのだ。成長がない。このような状態で誰かに何かを言う立場をとっている事はおよそ健康的ではない。
そんなことを想いながら仕事に向かう。溜息の多い昼間。私はふと思った。今までしてきたことが効果を見せないなら、今までしなかったことで片付けにいくしかない。家族の成長や強さに負けないくらい、私自身をもっと良くする術。それはつまり何なのか。そう考えると、ミスプリントした裏紙に可能な限りで自分の外側に在る一番遠いものはなんだろうかと書きだしていた。解りやすい形で即効性のあるものがいい。
フラストレーションを吹き飛ばすような爽快な挑戦。ネットでよくみられるのは体を動かす事で対処するジム、ヨガ、バイク、マラソン、水泳。内的な充実を図る、お華、お茶、舞踊。目に留めメモをしていくがどれも私を躍らせるものでは無かった。悪くはないが求めているものとは少し違う。もっと、抜本的な触れていない世界。不倫なんていうのもあったが、それはもっと私を追い込む結果になるだろう。解決策を見いだせないまま、就業時間になり会社をでた。
夕食のメニューを考えながら自転車に乗ってスーパーに向かう途中、信号待ちで見上げた空。なるほど。と思わせるだけの説得力。これだ。
【克服】
その週の土曜日。私は置手紙を書く。朝5時。へそくりを握りしめ、娘と旦那が寝静まっている間に玄関を出た。一日だけ、私は今日を私の為だけの日にすると決めていた。歩き出す私はとにかくウキウキしていた。幼い頃に知らない隣町まで自転車で走るような感覚。後ろめたさがあるのがまたいい。自ら定めた習慣と言うやわらかい矯正を振り払う行為。勇気が充満する体は何にも増して気持ちがよかった。こんなものが私の可能性の中にあったのか。そんな気分だ。朝日が晴れ渡っている空を顕していく。迎え入れられているようで飛び跳ねる気持ちが落ち着かない。車を走らせる。そろそろ家では想いを閉じ込めた置手紙が意味を解放している頃であろうか。娘が旦那を起こして、旦那は当惑しているかもしれない。携帯電話を鞄の中に入れていて、私は着信を請け負わない。次に送るメールで彼らは仰天するに違いない。悪戯心もいい。とにかく今日は私の為に全てが協力してくれる。閉塞感をぶち抜く術を私は手に入れるのだ。そして、この行為を思い起こしながら、これから幾度も来るだろう閉塞感と闘って行けるはずだ。
目的地は但馬空港。予約は既にとってある。
受付を済ませて簡単な講習を受ける。ハーネスを付ける。私は人生の外側にあったことを私の人生に含もうとしている。経験の捕食。徐々に良くする日常にいては、時に跳んでみるのもいいだろう。インストラクターが盛んに掛け声やハイタッチを促してくる。私は少しそれらの客とは違うと思いながらも、応じる。直前で勇気が萎んでしまうなんてことの無いように。正直なところ、いざとなったら彼ら頼みだ。ここまで来たことで十分なガッツである。あとは、インストラクターに縛り付けられ放り出されれば終わり。それが楽しかろうが、苦しかろうが、結果は私の物に違いない。
エンジンが煩い。唸っているのは飛行機。これで上空三千五百メートル付近まで到達し、それから飛び出す。スカイダイビングをすると決めてから今まで何度も想像してきた。布団の上で何度も飛んだ。その度に四十代になってからのこの挑戦を気に入った。これを知った我がチームメイトはどう思うだろう。まさか自分の妻が、まさか自分の母親が、土曜日の昼下がりに空を飛んでいるなんて思っても見ないだろう。実現すれば、それはなんと愉快な現実だろうか!! 
その想像が中学二年生の私と結びつく。初めてレギュラーを言い渡された試合の前日。もう日付も解らないあの日の感覚がぴったりと重なる。明日、私がコートでどんなにいいプレーをするか想像もできないだろうと胸が膨らんだあの感覚と。
飛行機に搭乗する直前、携帯電話での撮影をお願いした。その分のオプションもつけてある。この写真、そして、飛んでいる動画。顔はきっと見れたものではないだろうが、残すことこそに意味がある。私は飛んだのだ。大概の事は出来る。そう証明してくれるものになるはずだ。
携帯を取り出すと着信が六件。娘と旦那から。それらを無視して私は飛行機をバックにジャンプスーツとハーネス姿で収まった写真を送りつける。題名には「JUMP」と書き込んだ。

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