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THE 感動する話コミュの【コピペ】あのナイフとの別れ

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はじめましてw
長文コピペですが暇つぶしに使ってください
個人的にはいい話だと思うのでw


221 :187:2009/02/05(木) 23:14:45 ID:gYAKYin+
洋楽ブーム絶頂期の、1980年代中ごろ、ヨーロッパというバンドの「ファイナル・カウント・ダウン」が全英大ヒットしている頃、自分はカワサキの750ccで、シュラフと簡易なキャンプ道具を荷台に各地をツーリングする、暇な人生を送っていた。

当時は今ほど街中に大型バイクは溢れておらず、まして外車の二輪を転がすなど、贅沢な道楽であった。

当時オートバイは、自分の乗っているような旧型モデルは振動が多く、「朝は(ナットやボルトの)増し締めから始まる」と言われる程、連泊のキャンプツーリングには、大小工具類が不可欠だった。

旅とはいえ、キャンプツーリングなどしていると、行く先々でのその日の宿は、自然と決まってくる。

ユースかキャンプか、その程度の選択肢から、天気と財布と行き先で、夕食と寝る場所を決めるのだから、自由気ままと言えば聞こえは良いが、要するに、行き当たりばったりだった。

その場所で知り合い、すぐに十年来の知友となった人や、そうなれなかった人、そんな出会いが、楽しかった。

調理道具は、シンプル一筋だった。バイクの燃料タンクから直接燃料供給可能なガソリンストーブと、アルミのコッヘル、流行りつつあったシェラカップ、それで何でも調理した。

ランタンなど持たずにマグライトをヘッドバンドで固定しての調理と就寝、日が暮れてからは実にシンプルだった。

清流のほとりのキャンプ場にその日の宿を決めて、偽コンビーフとボキボキに折ってから茹でたスパゲッティでシンプルに夕食を済ませたあと、一人酒を燗にかけているときに、キャンプ場に入ってくる大型空冷二気筒のエキゾーストとヘッドライトの明かりに顔を起こした。

愛用ストーブのホエーブス725が照らすほのかな明かりの中、ただ一人の先客である自分に、挨拶代わりにぬっと顔を出した男。

その人懐っこくも貫禄のある、年上の男性の笑顔に、自分は一目で好感を持った。

それが、W氏だった。

続く、というか長文すみません。嫌いな人はスルーしてください。

225 :187:2009/02/07(土) 00:00:52 ID:Kow+X7Sf
W氏は、こちらを気遣っていたのだろう。

挨拶もそこそこに、すぐに一人用テントを張って、就寝してしまった。

うる覚えだが、テントは当時最先端の、モンベルのムーンライトではなかったか・・と、記憶している。

W氏のバイク、キャンプスタイルに興味を持った自分は、明日の朝に詳しくW氏の素性を尋ねてみようと、早速晩酌を取りやめ、床に就いた。

だが、当時からの酒好き、悲しいかな月や星を眺めながらシュラフの中でちびちびやる酒もまた格別で、何時もの事ながら、「明日は彼と何を話そうか」なんて考えるうちに、ついつい夜更かしをしてしまった。

翌朝、地響きのようなエキゾーストで、ようやく目を覚ました。

時既に遅し、W氏はキャンプ場を立ち去るところだった。

”ドゥカティ900MHR”・・・・

当時珍しいフルカウル、しかも赤と緑のロケットカウル。

それは強烈な印象として、目に焼きついた。

W氏は、あっという間も無く、キャンプ場から消え去った。

今でもそうだろうが、キャンプツーリングにおいては、「あとで、そのうち」と言う単語は、無粋になることが多い。

話がしたかったら、相手がむさいオッサンだろうと若くて綺麗な女の子だろうと、とりあえず話しかけてみる。

さもないと、結局後日あれこれ思い悩むことになる。

もちろん、この理屈は相手の迷惑にいたっては考えの及ばない、自分勝手な理屈だが、とりあえず話しかけてみれば・・と言う後悔は、いつまでも付き纏う。

だが、話してみて相手の雰囲気や態度から玉砕したとしても、それはそれでいい思い出となると、少ない経験からは学習した。

そして、この日は早速、キャンプ場を出発してからの最初の信号待ちから、思い悩むことになる。

だが、しばらくするとそれも徒労に終わった。

今思い返せば、それが良かったのかどうかは分からないが。

走って一時間もしない頃、大衆食堂の砂利敷きの駐車場に、赤と緑の目立つマシンと、そこに屈み込む一人の男を発見した。

嬉しさのあまりすぐにバイクを寄せて、今度こそ声を掛けようとした。

だが、彼のマシンの周囲がおかしい。

彼は、まるで整備士のごとくマシン周辺にあらゆるパーツをばら撒き、その中央に鎮座していた。

その彼の手に、当時では珍しいツールナイフが握られていた。

それは、ラジオペンチのようであり、だがグリップからは様々なツールが格納されている様がうかがえる、始めてみるナイフだった。

レザーマン、ポケットサバイバル。

その名前を知るのは、後のこととなる。

235 :187:2009/02/08(日) 16:54:34 ID:NmHalTxh
二輪に詳しい人には口幅ったい説明になるが、ドゥカティというバイクはイタリア製で、主にL型空冷二気筒エンジンのスポーツバイクを生産することを得意とする。

日本の4大バイクメーカーのように、スクーターから大型バイクまで造るのではなく、同じエンジン使い回しで各モデルを製作するのが、海外二輪製造業のスタンダードと言ってもよいと思う。

要するに、資本からしてさほど大きい会社と言うのは、あまり無い。

今はだいぶ信頼性も向上したらしいドゥカティも、当時は「納車された新車を、自宅に乗って帰る間に故障する」などと揶揄されるくらい、何かとトラブルの多いマシンだった。

「エンジンが急に不等間燃焼を起こしてね、やっとここまで乗ったけど、とうとう止まっちゃったよ」

挨拶もそこそこに、彼はあっけらかんとそんな台詞を言った。

トラブル慣れでもしていないと、この手のマシンとは付き合えない。

彼は器用に、レザーマン一丁で外装部品を外してゆく。

丸見えになってゆくエンジン関係の簡素な構造は、日本車に見慣れた目には新鮮だった。

プラグを外し、圧縮、混合気は出ていることを確認、プラグに火花が飛んだり飛ばなかったりで、点火系のトラブルと判断、だがそこからがよく分からず、あれでもないこれでもないと食堂駐車場に二人で座り込み、

結局ディストリビューターからの接続器具に濃い緑青が発生していることを発見、

「鑢で磨けば直るでしょう」と自分が言うや否や、彼はレザーマンから板鑢を引き出して、すぐに器具を磨いた。

念のため器具から一度コードを切断し、レザーマンのワイヤーストリッパーで被覆を脱がし、ペンチ部分で金具を装着しなおした。

ようやく力強いエンジン音が目覚めたので、外したカウルの装着にかかる。

しかし、これが上手くいかない。

「脱がすのは楽なのに、着せるのは難儀だね。女の子も、こうならいいのにね。」

軽い冗談を飛ばしながら、彼は楽しそうに作業をした。

「お陰で助かったよ。もう昼だし、駐車場を借り逃げするのもなんだから、食堂で食べてゆこう。奢るよ。」

すっかり組みあがったマシンを背に、食堂に入り、親子丼を奢ってもらった。

236 :187:2009/02/08(日) 16:57:54 ID:NmHalTxh
その日は行き先が同方向ということもあって、キャンプ場を決め、そこまでワインディングを楽しんだ。彼はかなりの腕があるようで、限定解除から日が浅い自分は、見る見る引き離されていった。その日は、焚き火と酒で、日がとっぷり暮れるまでいろいろな話で盛り上がった。

彼は、関東の県内に事業を持ち、自宅兼会社には奥さんと長男、長女がいるらしい。

長男は中学生だが、全くバイクに興味が無いとの事で、

「まったく、つまんないよね。かみさんも、バイクなんて危ない、危ないって。でも、こうして一人旅を許してくれるんだから、まだ俺なんか、恵まれているほうだよ。」

そんな事をひとしきり話した後、何れ長男がバイクに興味を持ってくれた時、共にツーリングしたいんだ、などと夢を語った。

ご長男にこのドゥカティを譲るんですか?と聞くと、

「いや、それだけは嫌だよ。これは、俺が事業で苦しんだ時期からようやく開放されたときに、記念として買った
マシンだからね。」などとうそぶいた。

翌朝、朝食をご一緒してから分かれましょう、と言うことになり、互いにテントにもぐりこんだ。

キャンプツーリングで、食パンを潰さずに持ち歩くのは、結構難しい。

だが、飯を焦がさずに炊き上げるのも、また難しい。

幸いこの両方に心得があった自分は、翌朝彼の淹れてくれた美味いコーヒーと引き換えに、トーストとハムエッグを渡し、楽しい朝食タイムとなった。

これからは、互いに方向が違うので、彼とはこれで別れとなる。

「また、どこかできっと遭うことになるだろうね。ご馳走さん!美味しかったよ!」

コーヒーポットを洗った彼は、愛車に荷物をくくりつけながら、こう言った。

連泊ツーリングでは、こんな挨拶の一つや二つは、珍しくない。

自分は、こういう出会いが好きだ。で、こんな別れの挨拶の30分後、見晴らしの良い展望台で、ばったりと出くわしてしまったときの気まずさも・・

かれは、気難しい愛車のエンジンをとりあえず温めておいてから、手回り品や装備を整えようとしたらしい。

ライディングブーツを突っ掛けると、愛車のステップに跨り、チョコチョコとキックペダルを踏んで圧縮上死点を探し、そこから一気にキックペダルに全体重を乗せた・・かに見えた。

彼の短い叫び声に顔を上げると、彼のブーツが、キャンプ場の木の梢ほどの高さまで、跳ね上がるのが見えた。

そのまま彼はバイクから転げ落ち、マシンもゆっくり、彼の落ちたほうに倒れていった。

全てが、スローモーションの様だった。

238 :187:2009/02/08(日) 21:12:32 ID:NmHalTxh
4気筒以上の多気筒車や、小排気量車にはあまり縁のない話だが、シリンダー径の大きな、または圧縮比の高いマシンにはそのキック始動時に常に付き纏う、恐怖の単語「ケッチン」。

恐らくキック動作中最後のところで、ライディングブーツをいいかげんに履いていたツケが廻ってしまったのだろう。

大排気量で、かつ圧縮比の高いドゥカティが、彼に手痛い仕打ちを放ったのは、明らかだった。

「大丈夫ですか!!」あわてて駆け寄り、彼に圧し掛かるマシンを起こす。彼はマシンの下敷きになっていたように見えたが、幸いにも荷物が挟まって、マシンの全重量を受けなくても済むような形で、地面との間に挟まれていた。

「だ、大丈夫、大丈夫・・・」彼は青白い顔をして起きようとしたが、すぐにギクッと驚いたように肩を震わせて、すぐに右脛を両手で押さえながら、横になった。

見る見る脂汗が額に滲み、ただ事ではない。

時はそういうわけで、当然携帯電話など遠い未来の話し。

落ち着くんだ・・こんな時こそ、どこかに知らせる前に自分が事故してしまえば、元も子もない・・

気ばかり焦るが、救助を呼ぶ為に自分のバイクのキックペダルを踏み込む・・

なんだ、エンジンがかからない!そうだ、キーを挿さなきゃ!慌てるな、慌てちゃいけない。

W氏の容態から、骨折なり大怪我をしていることは、明らかだった。

結局、テントもそのままにバイクに跨り20分、ピンクの公衆電話を見つけるが、そういえば現場の詳細な住所を示す地図を、現場に放置したままだった。

そんなこんなで、W氏の元に救急車が到着したのは、事が起こってより実に1時間以上が経過していた。

救急隊員到着まで、ひたすら川の水を汲んだビニール袋で患部を冷やし(あとで救命士の友人に聞いたが、幹部を冷やすか暖めるかは、素人判断では無謀と聞いた。)、救急車の後をバイクで追った。

W氏は、脛の骨を綺麗に折っていた。

粉砕骨折で無いだけ、マシだと後で聞いた。

とりあえず、W氏の口から、家族の連絡先を聞き出し、事の顛末と入院先、保険証を持参する旨伝え、気が付いたらとっぷり日が暮れていることを実感した。

氏のバイクが気になり、明日また来ることを伝え、家族とすれ違う形でキャンプ場に戻る。

W氏の、「スマンね、情けない。迷惑掛けて、スマンね」と語る口調に、なんだか自分のほうが悲しさを覚えた。

その晩はとにかく何か食べ物を口に運び、主のいなくなった高級外車と自分のバイクを並べ、ひたすら酔えもしない杯を口に運んだ。

チェックしたところ、バイクにはダメージらしいものが窺えなかった。

240 :187:2009/02/08(日) 23:11:25 ID:NmHalTxh
二日酔いっぽい頭が、ぼんやりと赤と緑の車体を認める。

最近有名な本ではないが、「そうか、彼はもう、ここには居ないのだ」と、実感する。

昨日彼に焼いたトースト、ベーコンエッグは品切れだったので、ご飯を炊いてボーっと不味いコーヒーと共に胃に流し込む。

魚肉ソーセージを口にして、とりあえず病院に行かねばならないことを思い出す。

眠れない夜と寝坊した朝が、結果午前11時を廻っていた。

面会時間は確か午後1時から。

またここに戻ってくるであろうから、とりあえず彼のテントをドゥカティに被せて、目立たないようにしたり今晩の焚き木を調達したりと、ちっともツーリングをすることなく、正に現場に張り付いて警護に当たった。

面会時間に彼の病室に、見舞いに行った。

しかし、病室には身内の特権で、既に家族が長いこと入り浸っている様であった。

ここには初対面の自分が、入っては行けないような雰囲気が、場の空気から醸し出されていた。

それは、自分が初めてバイクの免許を取りたいと家族に相談したときと同様の空気であった為、自分にも敏感に感じ取ることのできるものだった。

誰かが、彼を、責めている。命と、遊びと、どちらが大切かという、男にとっては一生の命題である根本を、彼に問いただし、結論を迫っている。

しかも、今すぐ―。

―でも、こうして一人旅を許してくれるんだから、まだ俺なんか、恵まれているほうだよ。―

彼の一昨晩の言葉が、不意にフラッシュバックする。

わなわなと、肩が震える。いつの間にか、彼が置き去りにした、レザーマンを両手に握りしめていた。

そうだ、これを彼に、届けなければ。

今、自由の翼をもぎ取られつつある彼に、これを届けなければ。

家族か親族か、医師の説明を聞くために、とりあえず席を立つ機会があった。

それまで廊下のソファーに座っていた自分は、たまらず彼の病室に入った。

「やぁ。この度は迷惑を掛けちゃって、申し訳ない。今来たのかい?さっきまで家族が居たんだ。後で紹介するよ。」

彼は、相変わらずあっけらかんとそう言った。

いや、悪いけど、さっきの話し、廊下で聞いちまったよ・・・今となっては、あの時にそう言えば良かったのだと思う。

だが、若造の自分は、どうにも言葉が出なかった。

「やっぱり家族が色々言い出したよ。分かるだろ、なぁ、君。俺みたいにバイクで怪我しちゃぁ、やっぱりいけないんだねぇ。どうやら、バイクを降りることになってしまったよ。」

しばらく当たり障りのない会話の後、何の脈絡もなく、彼は重大発表を行った。

その台詞に、背筋が凍りついた。

そんな!

貴方の楽しみは?

貴方の将来、息子さんと走る夢は??

「弱気にならずに行きましょうよ。とりあえずキャンプ場に残した愛車は、無傷でしたよ。どこかに預かってもらえる心当たりがあったら、連絡しときますよ。あ、あとコレ」

胸の奥につっかえた何かを吐き出すように、自分は早口でそんな事を言った。

そして、レザーマンをベッドのサイドテーブルに置いた。

241 :187:2009/02/08(日) 23:17:16 ID:NmHalTxh
「その道具、便利だろ?俺も、取引先のアメリカの友人から、貰ったんだ。彼の仕事が行き詰まっているときにね、事業に協力したら、彼の事業がたまたま上向いてね。俺は結果として何もしていないのに、彼はいたく感謝してくれてさ。帰国の際に彼が最新のツールだってね。俺がバイク乗りだって知っていたから。…そうだ、それを君にやるよ。こんな物で悪いけど、たぶん俺にはもう縁のないものになっちまった。」

ついに聞いてしまった。

彼からの引退宣言。

涙が、ぶわっと出た。

何故だろう。

つい三日前までは顔も知らない、無関係な人だったのに。

何を言ったか、良く覚えていないが、ありきたりの慰めを言って、とりあえず彼の懇意にしているモーターサイクルショップを教えてもらった。

そこに電話し、経由でレッカー業者がキャンプ場に訪れた。

主の居ないドゥカティが、白いトラックの荷台に乗せられてゆく。

手回り品も一緒に。残されたのは、自分と、自分のマシンと、自分の手荷物だけ。

折りしも、夜は土砂降りになった。

あの夜、結局彼に押し切られるような形で、レザーマンは自分のものになった。

自分もその後、職を得、伴侶を得、子に恵まれた。その間、レザーマンはとても活躍した。

あれから15年以上、自分のバイクは変ったが、レザーマンは研ぎなおされ、ドライバー、ニードル、プライヤー、あらゆる工具が自分のマシンの調整に役立った。

W氏とは、あれから年賀状と電話程度のやり取りは行っていたので、彼の住所は知っていた。

昨年、偶然にも仕事の都合で彼の自宅兼会社の付近を、通りがかることとなった。

この際、サプライズで彼に顔を見せようと、企みつつ彼の自宅を訪れた。

相変わらずカワサキの、1500に跨った自分が見た彼の家は、その地域では比較的大きな敷地だった。

そして、ヘルメットのシールド越しに、開け放した門扉の中から、真っ赤な大型バイクを認めた。

「えっ!!ウッソー!!」

自分の顔がどんどんほころぶのを感じたが、もはやそれを止める事はできなかった。

なんだよ、結局またバイクに乗って居るじゃんか。

しかも、相変わらずドゥカティだよ。

断りもなく、門からどんどん、赤いマシンに向かって歩を進めた。

マシンに近づくにつれ、かつての感慨が蘇る。

ああ、紛れもないドゥカティ、しかも、このぶっ飛んだデザインは、1098S!!最新モデルだ!

Wさん、何がバイクから降りるだよ。

こんな若者チックなマシンに跨って、腰大丈夫か?一言連絡くれよな…

そのとき、全く気が付かなかった。不意に、横から声を掛けられた。

「あの、どちらさまですか?」

一人の中年の女性が、不審そうな表情を向け、そこに立っていた。

243 :187:2009/02/09(月) 07:36:24 ID:A96a4zVe
それはそうだ。

自宅敷地内に、ニヤニヤしながら進入してくる男なんて、不審者そのものだ。

W氏の身内であることを直感して、しかし、上手に言葉が出てこない。

あのときの、病室での重苦しいやり取りを思い出してしまった。

「Wさんに―あの、以前お世話になりまして…今日は偶々通りがかったもので―」

何を言ってるんだ、自分は。だが、下手な説明に、彼女はようやく警戒心を解いてくれたらしい。

とりあえず事務所に通してもらえた。

ソファに腰を掛けて、ドリップの美味いコーヒーをいただく。

この豆の香り、なんだか懐かしい。

もしかして―

事務所のドアが開き、男性が入ってきた。

W氏よりも随分若いが、顔立ちから、氏のご長男だとすぐ分かった。

そのご長男の口から、驚くべき言葉が、発せられた。

「どうも、お待たせしました。父が、生前お世話になったそうで。」

自分の表情が凍りつくのが分かった。

あれ?年賀状、新車のドゥカティ?そんな馬鹿な。

しかし、よくよく話を進めてゆくうち、W氏は、昨年の年明けに、二年に亘る闘病生活を経て、ついに帰らぬ人となったのだそうだ。

事業はご長男が継ぎ、先ほどの女性は母、つまりはW氏の奥さんだった。

そして、W氏の闘病生活中に、どういう風の吹き回しか、ご長男は急にバイクの免許に挑戦し、あの真っ赤なマシンのオーナーになったのは、昨春の事だと言う。

「そうですか…。」やっとの事で事態が飲み込めた。

「Wさん、いや、お父さんとは走ったことはあるのですか?いや、私は、お父さんとツーリング先で知り合ったので。それと、ご家族がよく、バイクを許してくれましたね。」

ただ頭に浮かんだ疑問を発しただけの、脈絡のない、無粋な質問だ。

だが、ご長男は気にする風でもなく、答えてくれた。

結局、闘病中の父とツーリングには行けなかった事。

しかし、闘病中の父が、バイクと風を切る楽しさを病床で語り、母は「あの時」に父に強く言った所為で父がバイクを降りたことを、後悔している様子だったこと、結果、家族の反対はなかったこと、だが、乗ってみてから父の気持ちが分かったこと。

そして、できれば父と走りたかったと、最近思うようになったこと、など。

夕方、事務所を辞すことになった。

そうだ、今日はバイクで来ているのだった。

「そうだ、Wさんから、貴方にコレを―」彼の手に、傷だらけのレザーマンを握らせた。

きょとんとしている彼に、

「ずっと預かっていたんですよ。四半世紀ほど。」良かったじゃないか、Wさん、これで、ご長男と一緒にツーリングする夢が、かなえられるじゃないか。

最初の交差点まで来たとき、ヘルメットの外の景色が、涙でぼやけて見えた。







以上です。長文お付き合いくださり、ありがとうございました。

コメント(5)

こういう話、大好きです!!

ありがとうございますぴかぴか(新しい)
感動しました(ノД`)・゚゚・。 ぴかぴか(新しい)

人間って、いいですね・・・。
とっても心の温まるお話ありがとうございます

私はバイクには乗りませんが、キャンプは好きなので、
そういう場所での出会いって良く解りますよ

Wさんの夢、かないましたね
なんなんすか、こんな素敵すぎる話は!!!!!
自分もカタナ好きで、マルチツールもこだわっててソグ使ってたりします。

そのあたりの価値観もすごくにてて、余計に感動でした。。。。

なんていい話なんだ。。。

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