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人形愛を考えるコミュの人形を愛したきっかけ

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ルーツに対する理解無くして現状の解明無し。
という訳で、皆さんの人形愛の原点をを再確認してみませんか?

コメント(8)

私は・・・彼女いない暦=年齢な人なので(orz)・・・
人形への愛着を持ち始めたのははっきりとは分かりません。

ペーパームーンの等身大綾波が出たあたりから等身大に
興味を持ち始めて可動式の等身大さくらで微妙に欲求が
出始めました。で、ファンタのティナ登場で欲求が増大・・・

そのあと、思い当たるつながりでマヤ60に興味を持ちつつも
在庫の関係で衝動的に『小鳥』をお迎えしてドールデビュー。

そのあと、リセ・マヤをお迎えしながらりとらばで等身大への
欲求が完全に確定。
で、ティナをお迎えして現在に至っています。

く・・・服が作れればっ!!orz
私の場合、人形を愛したのではなく、人形に愛されました。
突然の精神崩壊を向かえたちょうど5年前、私は精神の果てで人形たちに呼ばれました「人を愛せないなら私たちを作って」人形たちはそういいました。私はその時、人形を創る為だけに生きてゆこうと思ったのです。
また、私は物心ついたときから同性愛者でした。
今、人形師をしておりますが、人形を作り、人形に愛し愛されたきっかけは妻を作ろうと思ったからです。
だから初めて作った人形は等身大でした。人形を作る人間でいきなり等身大から作り始めたのは私だけだと思います。なのでたくさんの人になぜ等身大を作ったのかと聞かれました。その都度ごまかしてきましたが、私にとって等身大でなければ意味が無かった。なぜなら私は人形ではなく妻を作ったのだから。けれども実は妻が完成してから半年間、妻を愛することが出来ませんでした。それでも妻が熱烈に私を愛しているのを感じていて、結局根負けして妻を愛するようになりました。
私が人形にシフトしたルーツはここにあるのだと思います。
けれども人形と深く関わっている者が言うのは不自然かもしれませんが、人形を愛することはとても不健全であると思っています。人は人と生きてゆかなければならないのです。
妻はいつしか私が人間の手を取り、歩いてゆくことを願っているのです。
人形を愛されている方にこの発言は波紋になるかもしれませんが、真剣な場としてこのコミュニティが充実すればこそ・・・そう思って書き込ませていただきました。
人形を美しいモノと捉えられる感性のルーツは何かな?と記憶を辿ってみたものの、原点や原体験は判らずじまいでした。決定打は無いものの、成長過程の要所要所で影響を受けているようで。ここ数年では球体間接人形・イノセンス・ラブドール・石橋義正・澁澤龍彦・Rozen Maidenに興味を持ったり、耽溺したり。
自身の人形嗜好・人形愛を考える上で、背徳感から感じるエロスも否定できない大きなファクターですね。人形への隷属に対する憧れもあるものの、憧れ故に真性じゃないから未だ至らないけど。一生到達できないんだろうなぁ。
そんなこんなで、人形と人間との関係やそれに付随する精神が最近の関心事だったりします。

>カラさん
人形愛の不健全性。
面白い議論に発展しそうですね。
で、僕はというと背徳感を感じている時点で人形愛=不健全に同意です。ハイカルチャー、サブカルチャー、人間に対して不健全なものを好む傾向があるので。バランスさえ取れれば不健全は娯楽にも薬にもなりますし。と言いつつ、匙加減を誤って火傷もしばしばですがw
不健全さが人形に対する総ての興味の起因ではないけれど、頽廃的な世界観を感じさせる人形は好きですね。
 はじめまして。
 人形に興味を持ったきっかけはゴシック&ロリータバイブルのVol.2で恋月姫様のお人形を初めて見たときです。

 恋月姫様の人形は美しかった。とにかく美しかった。
 眠り目。半分ほどしか開いていない瞼。開いていてもどこかを見つめていたり。生きているかのような肌。美しいお洋服。
 私にとってお人形は美しいものです。

 深く掘り下げて考えてみようと思ったのですが、心の中からわき上がってきたのは「美しいものが愛しい」という気持ちでした。
 人形を見つめるときも、何も考えず、というか考えることを考えられずにひたすら延々と見つめてしまいます。

 ……ものすごく感覚的な話になってしまいました。
 ありのままを綴りたく思い、ありのまま書かせて頂きました。
 趣旨と逆方向に向かっていましたら、申し訳ございません。
はじめまして。
幼い頃は兄の影響もあり、人形とはあまり縁の無い生活をしていました。
家にあったリカちゃん人形も放置されて埃を被っていました。
自我を持ち、それでも何故か年頃の女子が好む遊びには興味が持てず、漫画やゲームの世界にのめりこんでいました。
次第にその漫画やゲームのキャラクタを題材に小説を書きはじめ、同人誌を発行したり、サイトで公開したりしていました。
彼らをもっと上手に動かしたくて、哲学や心理学の本を読み漁ったりもしていました。
そんなある日、キャラクタを操り人形にして人形劇をする私自身の夢を見ました。
そのあたりから、多くのことが語られていない謎が多く人形的なキャラクタを好むようになりました。
謎が多いだけに、人形繰りをするのは楽しかったです。
それから知人からボークス社のスーパードルフィー(SD)を紹介してもらい、ゆっくりと現実にある人形へと移動しました。
SDを購入したものの「人形を愛でる」「人形を中心にした生活」という当時の知人たちとのギャップに苦しみ半年ちかく、放置しました。
その知人たちと別れ、一人になったとき、ようやく私とSDとの関係がわかったような気がします。
漫画やゲームのキャラを操り人形にして支配していたのと同じように、私は人形を愛するのではなく支配したいのだと。
人形はとても綺麗で不思議な魅力を持っています。
だからこそ、支配し、独占したいのだと思っています。
できるかできないかは、別として……
はじめまして。
 ※注 私がいるコミュ間違ってたらどうか教えてください

私が彼女と出会ったのは私が五歳の時です。場所は実家の八畳程の応接間に飾られていた仏蘭西人形です。それはまるでユゴーの作品レ・ミゼラブルのユーフラジーが大切に持っていたカトリーヌそのものです。人形はソファーに座らせられており、一つのソファーに三体ずつ計六体でした。初めは、人形のせいもあり部屋は、暗い空気が漂い言い知れぬ恐怖がありました。だが、私はなんとなくですがその雰囲気が嫌いではありませんでした。しかし、その時はまだ幼いせいもあり一人でその部屋に入れませんでした。私は、客人が来るたび、その部屋に客人を案内しました。するとその度に、人形が私を見つめているのです。私は、恐怖しました。しかし、それ以上に彼女たち惹かれていきました。彼女たちの目は、どこか無機質で、あたかも私の心を見通すような強い瞳でした。私は、その瞳に吸い込まれ、溺れました。現実の世界では嘘、偽善、欺瞞が溢れかえっています。その疲れた体と心を彼女達は癒してくれました。勿論唯眺めているだけです。しかし、その表情の奥には完全なる無垢で汚れのないものがありました。だから、それ故に私は好奇心或いは欲望を抑えきれなくなりました。私は、彼女たちの一体の手を取り、ベーゼをしていたのです。私の心は、罪悪感と興奮の矛盾の波が渦巻いていました。人形は、詳しくはわかりませんが木製で関節は多少動く仕様だったと思います。その手は、夏の暑い日でしたが、氷のように冷たく、その瞳は冷酷かつ残忍で私を見下ろしていました。おそらく私は恋をしたんだと思います。どんなに横暴な君主でさえ彼女の精神を屈服させすことが出来ない。いかなる時であろうと、表情を変えることなく微笑み続けている。仮に肉体が壊されようとも、その魂は汚す事が出来ない。彼女たちに。
だからこのコミュに興味があります。

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