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武蔵野火薬庫★ぐゎらん堂コミュの■E■晩期

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■E■晩期 1979年9月以後、閉店までの期間

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1980年
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* この時期以降は、若干の資料はありますが、ゆみこもぼくもほとんどわからない時期。どうぞ情報をお寄せください(ハルキ)


●ぐゎらん堂10周年記念/熱烈デスマッチ・ライヴ開催

■[who]《10周年記念ライブ出演者》


 たとえば、いきなりですが、今回は「ぐゎらん堂10周年記念/熱烈デスマッチ・ライヴ」。これは定点になりそうです。
 このイベントは、いまから25年前、1980年11/1(土)〜11/8(土)まで、休演日を1日挟んで、連続8日間敢行されたという資料が残ってます(写真=その時のポスターの表・裏。裏の広告にも注目!)。
 その時のプログラムは次のとおり......。

   前半=PM4:30〜5:30/後半=PM6:00〜7:00

11/1(土)青木ともこ/友部正人
11/2(日)津和のりこ/ちゃんがら
11/3(月)あがた森魚/なぎら健壱
11/4(火)...休演日...
11/5(水)田中研二/三上寛
11/6(木)ラリー・フラムソン/古川豪
11/7(金)佐久間順平/中川五郎
11/8(土)4:30〜5:30=佐藤博/6:00〜7:00=シバ/7:30〜8:30高田渡

 いや、どうにも、すごいメンバーですな。
 このときのポスター・デザインは、ぼくが平吉さんのお弟子さんに指定した記憶があるけど、ぐゎらん堂は下条えみにバトンタッチした直後かな? だよね、中坊? このメンバー構成は中坊が骨を折ってくれたんじゃなかったっけ?

 ところで、megから「コンサート(ライヴ)はなぜ水曜日に?」という質問でしたが、土・日は客が入る稼ぎ時だし(ライブをやると客が動かず、たくさんの人が入れない)、火曜日が定休だし(開店当初は年中無休だったけど、途中から)、じゃあ、まあ、定休日の翌日に「水曜コンサート」を……といった即物的な理由からじゃなかったかなと思います。



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1981年
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1982年
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1983年
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1984年
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●1984年3月11日 吉祥寺バウスシアターで
「武蔵野フォークジャンボリー’84 吉祥寺発ぐゎらん堂EXP」開催 《meg記》
出演者は
斉藤哲夫、電気ブラン、ながさわみきお、サスケ、佐藤GWAN博、森千代子、友川かずき、英浩ブラザース、深コージ、敦賀隆(元ボブズフィッシュマーケット)、高田渡、シバ、武蔵野タンポポ団 《meg記》

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1985年
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●1985年 10月  ぐゎらん堂☆閉店
(15年の時を経てぐゎらん堂閉店。 空っぽになってしまったぐゎらん堂を、最後に出たのは「ちゅうそつ」レコードを殆ど引取ってくれたのは、国分寺のほんやら洞、備品を引き取ったのは秩父のホンキートンク)《meg記》




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↓↓↓ 書き込み欄にどんどん書き込んで、絵巻物を延ばしていきましょう ↓↓↓
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コメント(22)

【ぐゎらん堂の考古学 INDEX】より移動・編集

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2005年12月10日 22:57 5 Cheepon

こんなものも、あります。
ずっと、大切に持っていました。
ぐゎらん堂のお宝を皆でわけた日があって、じゃんけんかクジか何かで手に入れました。
帰りの電車の中で、時計の中身が、ゴワンゴワン響いていました。
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2005年12月11日 21:08 6 ハルキ

cheeponさま

 いやいや、横っ面を張られたように、突然記憶がよみがえりました。あの古時計の件です。まあ、ちょっと話をお聞きください。

 (1)は、「ぐゎらん堂・前期=1972年前後(服装=長袖の冬服から見ると、71年冬〜72年早春頃)」のぐゎらん堂店内の写真です。ぼくが「新譜ジャーナル」に連載した『ぐゎらん堂日記』のタイトルまわりに使われたものです(「■B■前期」のトピック欄参照)。

 中央でギターを弾いているのが若林くん、その右でハモニカ・ホルダーをつけている横顔はシバでしょうか。左側の2人の人物は、タイトルに隠れてしまっているのでよくわかりませんが、太い4本弦の楽器であることから考えてエレキ・ベースのマサミ? ざっくりしたセーターの背中を見せているのはワタルかもしれません。つまり、33年以上前の、懐かしき「武蔵野タンポポ団」の面々の演奏風景(開店前の練習風景?)ですね。

 さて、注目していただきたいのは、この写真の背景です。古い掛け時計(柱時計)をはじめ、インドの手風琴、SPレコード、左側のショーケースにも人形やらなにやら値札が付いたアンティークやブロキャント(古いがらくた品)がいっぱい並んでいます。これは、そのころぐゎらん堂店内で開いていた「我楽多市」の即売・陳列品です。

 特に注目すべきは写真の右上、掛け時計が3台並んでいますね。(2)がその拡大写真ですが、よくご覧ください。

 左端にある時計が──これは、ぐゎらん堂マスターとして、井の頭公園に祀られた弁天様にかけて誓いますが──(3)のちーぽんのお宝と同じものなのです。
 単に似たものということではなく、そのもの、同一のもの!(1971年、ゆみことぼくが九州へ行ったおりに長崎で仕入れてきた品です)。これは間違いのないことです。

 では、なぜ、(1)(2)の写真と(3)の「ちーぽんの『お宝』」写真とでは、掛け時計の文字盤が異なるのか? それは、次のような歴史的背景と理由があったからです。

 (1)この時計は、ぼくが一番気に入っていた時計だった。
 (2)それだけに手元においておきたかった(つまり、売りたくなかった)
 (3)そこで、後日(確実にいえるのは、(1)の写真が撮影された後のことだが)、ぐゎらん堂を特徴づける装飾品の1つとして、この時計をアート化して「人面時計」にしまおうと考えた。
 (4)だけど、ハルキ、絵が描けない。
 (5)そうだ! と思い出したのが、ちょうどその頃、人形作家として大好評を博していたデコ(出合五百美さん)のこと。デコに、彼女の人形の顔をモチーフにして「人面時計」の文字盤を特注することにした。
 (6)すなわち、この掛け時計は1971年〜72年の「我楽多市」のときに仕入れたものだが決して売れ残ったものではなく、あのデコさんの手に寄ってアート作品として昇華して幾星霜、ぐゎらん堂のダークなセピア色の壁に掛けられつづけてきた。
 (7)やがて、1985年、命運つきたぐゎらん堂の閉店時に、ふだんから心がけが良く心映えが正しかったちーぽんのもとへ身をあずける運命となり、安住の地を見つけたのでありました。

 と、そーゆーことなんですね。この場合、「ぐゎらん堂・前期(1972年ころ)」〜「晩期・閉店(1985年)」まで、ぐゎらん堂店内では多事多彩な由無し事──些細な出来事、劇的な事件、愛憎こもごものじつにいろいろなことが発生しきたわけだけれど、このぐゎらん堂の壁に掛かった「人面時計」は、じつは止まっているように見せかけながら、そのあらゆる出来事に立ち会い、その目撃者として時を刻んできた生き証人なのであります。

 もし、いずれ、「'70年代──ぐゎらん堂回顧展」なるエキシビションがどこかで開催されるおり(大いにありうる)には、この時計も重要な展示物の1つとなるので、ぜひ大事に手元に保存しておいてくださいね。例の「細長B4ポスター」の資料と一緒にね! よろしく!

P.S
 この記憶はあまり定かではないが、あのデコの「人面文字盤」は、もともとあった文字盤の上にかぶせたような気がするな。つまり、顔の文字盤の下に、もう1枚、時計の文字盤があるんじゃないかな? ちーぽん、ヒマなときに調べてみてくれる?

 それと、<帰りの電車の中で、時計の中身が、ゴワンゴワン響いていました>とのことですが(すごくリアルで伝わってくる表現!)、これは、「振り子」が木製のケースに当たる音ではなく、ゆるんだゼンマイが揺れる音なのかな? ちーぽんの写真では振り子が見えないけど、振り子は付いていましたか? それとも、ガラス越しにうっすらと影のように見える物体が振り子なの? ゼンマイをまく「ネジ巻き」は付いていましたか?
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2005年12月12日 12:01 7:meg

人形作家として大好評を博していたデコ(出合五百美さん)さん!
前期のぐゎらん堂で印象的だったのが彼女の人形なんです、どこかに書いたけれどわたし一つ買いました、でも日本を離れるときに手放してしまったけれど。
その時計覚えてる、チーポンの所にぐゎらん堂の一部が今も存在してるなんて嬉しい話だね。

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2005年12月13日 06:29 8:カワムラ

チーポンの時計には驚きました。

この時計を大切に保存してくれていたチーポン。
一緒に大切にしていたのは、〔あの頃〕なのでしょう。

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2005年12月13日 08:34 9:麿

時計の音がゴワンゴワン....
雰囲気が否が応でもイメージできる表現ですねー
.....いいなあ

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2005年12月18日 16:20 10:Cheepon

皆様、
いつかこのはるばる長崎からやって来たという時計が、本当に皆様の目に届けられるその日まで、大切に持っています。楽しみです。
ハルキさま
時計、振り子ははじめからついていませんでした。ねじ巻き、は行方不明。なくしてしまったのか、もともと無かったのか、記憶が曖昧に、、。
人面文字盤は2ミリ位の厚紙に描かれていて、元の文字盤は無し。
その裏側、背板側に歯車が組み合わさっていて、、ゼンマイの姿、無し。その下、〈小さめのお皿の上にひっくり返したお椀が乗っている〉様な形の黒っぽい金属板、まわりにTOKYO /JAPAN/SEIKOSHAの文字あり。
その金属板の、ひっくり返したお椀のてっぺん、から太い針金状の物が、蚊取り線香のごとく、5重位の、直径10cm位の渦巻きになって浮いています、、ぼよよ〜ん、と。
時を知らせるためなのか、針金の先に小さなボタンみたいな物がついた物
。振り子を引っ掛けるためらしき鍵針状の針金、等など、これらがゴワンゴワンの音の正体だった様であります。

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2005年12月19日 22:33 11:ハルキ

Cheeponさま

 詳しい調査、ありがとう! 詳しい説明、ぼよよ〜んと50%くらいわかりました。

 よく考えたら、少年少女の小さな胸をめいっぱい感動させているこのちーぽんのエピソード、ぐゎらん堂閉店のときの形見分けの話だよね。だとしたら、それに、もしちーぽんさえよかったら、年表の「■E■晩期/1979年9月以後、閉店までの期間」があまりにも寂しいので、そっちのほうへゴワンゴワンと移動するってぇのはどうでしょうか?

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2005年12月20日 13:14 12:meg

帰りの電車で、時計はチーポンの膝の上で響いてたのかな
なんか絵になる光景、何線?

ハルキさん、雇われママさんなのに話題なくてすみません。
それでもみなさま、気楽に書き込んで行ってくださいね。

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2005年12月20日 19:33 13:カワムラ

megさま

チーポンは浜田山のお嬢様。
古時計をオーバーオールの膝に抱えて乗ったのは、井の頭線ではないでしょうか。

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2005年12月23日 17:31 18:Cheepon

(【ぐゎらん堂の考古学 INDEX】と重複)

ハルキさま
ちょっと久しぶりに、ここへ来てみたら、話しがとんでもなく面白い事になっていました。
あの、おまると同じ形の物、チャンバーポットといってホーロー製のもの、家のお子達、使っていました。なつかしいな。母から貰ったもので、今は行方不明です。
でも、とりあえず、11のハルキさんへのお答え
もちろん、よいですとも!よろしくお願いします!って、あれ?移動させるってどうやって?どの部分から?やっぱりよろしくお願いしまーす!

Megさま、カワムラさま
帰りの電車は、東横線です。静かな車内で電車が揺れる度に、音が響いて,少々焦って、ぎゅっと抱き締めても、ゴワワワンでした。

では、メリークリスマス*イヴ、イヴ*
中坊さま

いよいよ「晩期」の写真がたくさん出てきたみたいだね!

<我が輩は今「尻」どころではない!
 喜ぶほどヒマではない!
 それより、あの娘の写真が出てきた>

......とのことですが、ヒマを見つけつつ、「あの娘」の写真も含めて賑々しく写真をご開帳し、このいかにもさみしい、昨年のクリスマス以来打ち捨てられた「晩期」のトピ欄を活性化させてはいただけませんでしょうか? よろしく!
82年10月27日の「おっぺけぺコンサート」
出演 桜井敏夫、都家歌六、なぎらけんいち  B.C¥1,200

左 都家歌六
中 西洋ノコギリを弾く歌六師匠
右 ホラも吹くがノコギリも弾くなぎら
同じく

左 桜井敏夫
右 なぎらけんいち
資料が散逸する前にその壱

1981年
この頃から、水曜コンサート他の曜日にも広がっていった?

1/6(水) シバ          PM7〜   BC¥700
1/13(水) 吉田たかし             BC¥600
1/20(水) 青木とも子、ガンさん        BC¥800
1/22(金) いとうたかお            BC¥800
1/27(水) 内山明inサスケ           BC¥800
1/29(金) 田中チム、田代友也         BC¥700
このあとしばらく記録がない



6/24(水)中川五郎       PM7〜9    BC?
6/28(日)ガンさん、下路    PM7〜     BC?
(下路とはマイミクの1年3組のこと)
7/1(水) 斉藤哲夫       PM7〜9    BC¥700
7/8(水)PM7〜中村順一
     PM8〜シバ              BC¥700
7/10(金)小林万里子      PM7〜9    BC¥700
7/15(水)須田優        PM7〜     BC¥500
7/17(金)金沢栄東       PM7〜9    BC¥500
7/29(水)友部正人       PM7〜9     BC¥700
7/31(金)ラリー・フラムソン  PM7〜9     BC¥500

                    
あおちゃんさま、はじめまして貴重なチラシありがとうございます♪

素敵なチラシですね、どなたのデザインでしょうか。
字が小さくて出演者がいまいち読めないけれど
大塚まさじさんや加川良さんも出たんですね。
あおちゃん
アリガトウ!

meg☆
ポスターはボクが持ってるから、
近い内に詳細をupします。

さて
資料が散逸する前にその弐

1981
8/5(水)  田代友也   PM7〜
      なぎらけんいち  8〜     BC¥700

8/19(水) 渡辺勝     PM7〜     BC¥500

8/21(水) 伊藤たかお   PM7〜     BC¥700

8/26(水) 岩崎永人    PM6:30〜   
      高田渡     PM7:30〜   BC¥700

9/2(水) 吉田たかし    PM7〜
     ラリー・フラムソンPM8〜     BC?

9/4(金) 茂木建      時間、BC?

9/9(水) 長沢幹夫
      青木とも子    時間、BC?

9/11(水) シバ       PM7〜    BC¥700

9/30(水) 田代友也     PM7〜
      ガンさん?            BC¥700

10/7(水) 斉藤哲夫     PM7〜    BC¥700

10/9(金) ?        PM7〜
      須田優      PM8〜    BC¥500

10/21(水)なぎらけんいち   PM7〜   BC¥700

10/28(水)ガンさん      PM7〜   BC¥700

11/11(水)大塚まさじ     PM7〜9   BC¥1000

12/24(火)斉藤哲夫、なぎらけんいち、吉田たかし
      田代友也、サスケ、シバ
                PM?    BC¥1000

ちなみに
この年の「おでん太郎」の忘年会は
12/16(木)のPM6〜       
    
膨大な眠る資料の発掘ありがとう。
ちゅうそつには副管理人になっていただきました。
これでわたしになにかあってもこのコミュも安泰だね。
もっともぐゎらん堂コミュ管理はこれと言ってやることないですが、トピ立ては自由です。
最近はなにやらコミュ乗っ取り事件が相次いでるそうですね、暇人もいるもんだ。

ところで水曜コンサートを始めたのはいつからなのですか
ハルキさんがどこかで書いてくださっているかな。
資料が散逸する前に その参

1982

1/13(水)
吉田 たかし                 BC¥600

1/20(水)
青子 とも子
ガンさん                   BC¥800

1/22(金)
伊藤 たかお                 BC\800

3/24(水)
志賀 圭二郎
サスケ                    BC\?

3/26(金)
岩崎 永人
プロフェッサー佐藤              BC\?

3/31(水)
なぎら けんいち               BC¥?

4/7(水)                   
友部 正人                  BC¥?

4/9(金)
友川 かずき                 BC¥?

4/28(水)
長沢 幹夫
サスケ                    BC¥800

5/3(月)
桜井 敏雄(73才)
石田 梅林(57才)
なぎら けんいち(30才)           BC¥1、200

5/5(水)
高田 渡                   BC¥1、000

5/7(金)
中村 順一
ジミーYOTA BC¥600

5/12(水)
田中 知向
ゲスト 吉田 たかし             BC¥800

5/19(水)
ガンさん
ゲスト 中川 五郎              BC¥1、000


 
 

  
資料が散逸する前に その四

1982

5/21(金)
アリババ                 BC\800

5/26(水)
サスケ
ゲスト 金沢 栄東            BC\1,000

6/2(水)
斉藤 哲夫                BC\1,000

6/9(水)
中村ブン
鶴田照夫                 BC\1,000

6/11(水)
吉田たかし
玉丸                   BC\800

9/26(日)
古今亭志ん八        PM6:00〜  BC\1、200

9月26日、
この日は晩期「ぐゎらん堂」に於ける落語会最初の日。

出演は、当時二つ目の古今亭志ん八(のちの古今亭右朝)

当時まだ田島道寛と名乗っていた志ん八と、
ちゅうそつが初めて出会ったのは、
1969年9月、武蔵境北口の武蔵高校文化祭で。
 
当時「フォークゲリラ西部戦線」の一員であったちゅうそつが
武蔵高校へヤマハのFG-230(12弦のフォークギター)を抱きかかえて殴り込んだ時のこと。
中庭でフォーク集会(当時はそう呼ばれていた)を開いていた
在校生と卒業生のグループ(のちに分かるのだが、その中にムジナもいた)の仲間入りをしてイワユル反戦フォークを歌っていたところへ、着物姿の田島君(のちの古今亭志ん八)が、
うるさい!落語が語れないじゃないか!と怒鳴り込んできたのであった。
これが、ちゅうそつの、志ん八とムジナとの出会いであった。
たしか彼ら2人は「中山ラビ」の同級生ではなかったか?

古今亭志ん八(前座名、二ツ目名共同じ)
本名 田島 道寛
1948年11月2日 東京・国分寺に生まれる。
都立武蔵高校、日大芸術学部(落研の同期に立川藤志楼、またの名を高田文夫がいる)
のちに寄席文字の橘右近師匠に弟子入、橘右朝の名をもらう。
サラリーマンを経て、1975年古今亭志ん朝に入門。
77年2月「志ん八」で初高座、80年6月に二つ目。
88年5月に『古今亭右朝』を襲名、真打ち昇進。
持ちネタは、古典を中心に200席以上。

20世紀の終り頃、会社近くの飲み屋で偶然会ったのだが、
その時は客がボクラ2人だけだったので、
15年振り位だったがゆっくり話すことが出来た。
と云ってもそんなに話題は無かったのだが、
気遣いの細やかな人であった。

2001年4月29日
肺ガンの為、逝去。52歳
その半年後、
師匠である名人古今亭志ん朝が、弟子のあとを追う様に亡くなる。



1970年代半ばにべ平連が解散したのちの市民団体は、
『世直し』と書いた筵旗(むしろばた)を先頭に、
デモ隊を組織するようになるが、
この『世直し』の字が寄せ文字の師匠としての橘右朝の手によるもの。
このために、右朝は数年の間、橘右近師匠から破門される。
   
資料が散逸する前に  その伍

1982

9/29(水)
爆発もじゃもじゃコンサート
ガンさん
村瀬雅美               ¥1,000

10/9(土)
伊藤たかお       PM7〜     ¥1,000

10/13(水)
田代友也        PM7〜     ¥?

10/20(水)
おらび芸 漂泊 日振島
志賀けいじろう             ¥1,000

10/22(水)
森千代子
三木陽子                ¥800

10/27(水)
オッペケペコンサート
桜井敏夫
都家歌六
なぎらけんいち             ¥1,200

10/31(日)
金原亭駒平               ¥1,000

11/2(水)
都筑雄二BAND
ラリー・フラムソン           ¥800

11/4(金)
サスケ                 ¥1,000

11/9(水)
○○ダ&アサミ
ヲがたけんじ              ¥700

11/11(金)
安田雅司郎
ぼちぼち                ¥800

11/16(水)
さかうえけんいち            ¥800

11/25(金)
敦賀隆&日暮俊郎            ¥?

11/30(水)
英浩ブラザーズ
斉藤洋二+まっちゃん          ¥800

12/2(金)
ながさわみきおwith ? ¥?

12/7(水)
吉田たかし               ¥? 

12/14(水)
新人大会    

12/30
深コージ、ラリー・フラムソン
敦賀隆&日暮俊郎            ¥?


   
ありがとう、ちゅうそつ。
1982年、この頃はわたしの知らない名前が多いけれど、ぐゎらん堂のニューウェーブなのかしら。
そうだね。
この頃の出演者は、キャリアは有るけど
「ぐゎらん堂」には出演してなかった人が多い。

終電をホームから眺めていて、乗り損なってしまったので

記憶が散逸する前に その六

おっと
ここで間違いを発見!
記憶が散逸する前に  その伍は
10月31日の金原亭駒平までが1982年。

11月2日の
都筑雄二BANDとラリー・フラムソン以降は
1983年であった

改めて
記憶が散逸する前に  その六

1983

5/11(水)
寺島康夫
楠瀬隆之                ¥700

5/13(金)
須田優
大雄                  ¥700

5/27(金)
高田渡                 ¥?


9/21(水)
吉田たかし
敦賀隆&日暮俊郎            ¥800

9/25(日)
金原亭駒平               ¥800

9/28(水)
シバ                  ¥1.000

9/30(金)
渡辺勝
利根川明                ¥800

10/5(水)
ムーラン(パントマイム)        ¥500
この日は嵐の日であった
店にいたのはマサミちゃんと我が輩
それに渡氏の三名のみ、
しかもムーランは大遅刻。
結局中止になったが、ボクが記憶しているのはあと一回、
中塚正人が忘れてて穴を開けたのがある。

10/12(水)
長沢みきお                ¥?

10/19(水)
深コージ
坂田修                  ¥800

10/26(水)
高田渡                  ¥1,000

10/28(金)
ガンさん                 ¥1,000

10/30(日)
金原亭駒平                ¥800

1983年のこれ以降の記録は、手元にない。                



11/2(水)
都筑雄二BAND
ラリー・フラムソン           ¥800

11/4(金)
サスケ                 ¥1.000

11/9(水)
○○ダ&アサミ
ヲがたけんじ              ¥700

11/11(金)
安田雅司郎 
ぼちぼち                ¥800

11/16(水)
さかうえけんいち            ¥800

11/25(金)
敦賀隆&日暮俊郎            ¥?

11/30(水)
英浩ブラザーズ
斉藤洋二+まっちゃん          ¥800

12/2(金)
ながさわみきおwith ? \ ?

12/7(水)
吉田たかし               ¥?

12/14(水)
新人大会

12/30(金)
深コージ、ラリー・フラムソン
敦賀隆&日暮俊郎            ¥?

   
中卒へ。サンキュウだよ。
今年の初めから、なんか右朝を思い出しているのだ・・・。奴に書いてもらった千社札はほとんど使わずにしまってある。
中坊 おおきに!

所々でコメントがあって、そのコメントが大変面白いよ。
記録が散逸する前に  その七

1984

1/7(土)
シバ
高田渡                 ¥1,200

1/14(土)
友部正人                ¥1,000

1/19(木)
青木とも子
朝比奈尚行(ビビ)           ¥800

1/26(木)
なぎら建壱               ¥1,000

1/30(月)
古今亭志ん八              ¥800



ここで手持ちのコンサート資料は終わってる。
写真資料は、日時の特定は殆ど出来ないが、
春か夏頃から少しずつ出せるかも知れない。

但し写真資料は、色んな人が写っているから、
出されると困る者は、今から名乗り出て欲しい。
もちろん撮影者側の自己規制もある。
絶対出したくないヤツもいれば、
出すと我が輩の心が痛む写真もある。

コンサートのスケジュールを保存している人がいたなら、
是非とも公開してもらいたい。
大丈夫だよ!ボクは何とも思ってないから。 
心が痛む写真もある・・・気になるじゃん

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