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武蔵野火薬庫★ぐゎらん堂コミュの■C■中期

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■C■中期 1973年×月〜1976年5月
長井勝一氏登場〜『深夜少年』発刊までの期間

 そして、「モーゼルの勝っちゃん」がやってきた。交通ゼネストの夜には、阿佐ヶ谷から下駄を鳴らしてやってきた。「青林堂」と「ぐゎらん堂」──2つの「堂」の出会い。 ぐゎらん堂のもう1つのエンジンに火が点いた。ジーンズの尻のポケットの財布の中に、1万円札の代わりにココロザシを突っ込んでいた若者たちが大勢やってきた……。

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●[1st☆contct] 1973.某月某日 長井勝一さん登場!

* 正確にはいつだったのかな? みんなで考えましょう!(ハルキ)

■[data]

1993年7月号『月刊漫画/ガロ』
 特集「70年代フォークとガロ」
    * この企画、あのとき、《やまじゅん》さんが担当していたわけです。

□巻頭「'70年代 吉祥寺・伝説のライブハウス-ぐゎらん堂の時代」
〈ぐゎらん堂主人/村瀬春樹氏&ゆみこ・ながい・むらせ氏インタビュー〉
1993.4.28 神保町「いろは」にて  

 見出し紹介
-青林堂との出会い
-「日本のフォークとの出会い」
-下駄を鳴らして……
-漫画とフォークが一番面白かった頃
-「零円札」は流通していた!?
-盟友(!?)呉智英のこと
-そして元気がなくなった
-「狂乱の夜」

□「長井勝一インタビュー/ぐゎらん堂は憩いの場だった」1993.5.11

□「対談・高田渡×シバ(三橋乙揶)」1993.4.22新宿・じゅらくにて
〈僕らのフォークはルーツが違うんだよ〉

 見出し紹介
-フォークはリアルな表現形態
-「何でも来い」だったぐゎらん堂
-シバのマンガ修業時代
-吉祥寺芸術家列烈伝

□「深夜対談・友部正人×鈴木翁二」1993.5.8 吉祥寺「いせや」にて

見出し紹介
-「ラムネ堂早く来い」
-記憶の中にだけ残っている人

●[1st☆contct] 《翁二》(同上『ガロ』より)
 編集部「翁二さんがぐゎらん堂に行くようになったきっかけは何だったんですか?」
 翁二「安倍(慎一)と宮谷(一彦)さんがぐゎらん堂に行って雑記帳(「几帳面」だと思う:ハルキ註)を呼んでいたら「ラムネ堂早く来い」とか書いてあって(笑)。その頃おれは金が無かったから、どこかタダ酒か後払いで呑める店が欲しくてしょうがなかったんだよ。だから「これは行かなければなんないなぁ」(笑)と思って、それで行きだしたのかなぁ。あの頃ぐゎらん堂は景気良かったのかな?」
 友部「良かったんじゃない。活気もあって一番良かった頃かもしれない」
 翁二「シバも友部もぐゎらん堂で働いていたというか手伝っていたよな」
 友部「シバは従業員としてけっこう長く働いていたよ、僕は1日でクビになった、無愛想だったから(笑)。水の出し方と注文の聞き方が悪いとか言われて」
             (クビを言い渡したのは私です:ハルキ)


□「加川良インタビュー」1993.4.24 渋谷「東急イン」にて

見出し紹介
-高田渡の衝撃
-「加川良の手紙」秘話〜ガロのこと

□「あがた森魚インタビュー/放り出されても何かを投げ返しているんだ」
オートバイ少女スタッフルームにて


■[who]《ぐゎらん堂水曜コンサート・出演者》ほか

1973.03.27(水)13:00〜14:00 横山和明
1973.04.04(水)13:00〜14:00 ボロ 14:00〜16:00 Elisha

1973.04.06(金)タブテ、日赤保育園初登園
1973.04.07(土)大町「ブルーローズ」単車隊、吉祥寺に来る。
1973.04.18(水)〜20(金)19:00〜21:00
「日本流行歌特集レコード・コンサート」
SPレコードによる蓄音機再生を含め、「ほるぷレコード」など、
ぐゎらん堂コレクションによる明治〜昭和の流行歌歴史をたどった
(司会:ハルキ)
1973.04.25(水)20:00〜22:00 友部正人

1973.05.01(火)16:00〜18:00/20:00から22:00
「懐かしの紙芝居大会」(昭和10年代の紙芝居を中心に)
司会:ハルキ
1973.05.02(水)鳥井ガクと暴れ馬

* このあたりから「水曜コンサート」の客の入りの記録が残されている。ご存知のように、ぐゎらん堂はわずか12坪程度の狭い店。常識的にいえば30〜35名が最大キャパの空間である。このことを念頭において、以下の数字をご覧になっていただくと当時の賑わいぶりがおわかりいただけるかもしれない。ちなみに、最大動員記録は友部正人のBC105名(有効BC数=バンド・チャージ数)。入れ替えなしだったのに、どうやってこの人数が収容できたのか、ぼくはいまだにわからない。一方、あまり人が入らなかったケースの出演者の方はがっかりすることはない。ぼくも身にしみて経験しているのだが、客商売は水物。天候や給料日(懐具合)、他のイベントの動向でに大きく左右されるものなのだから。1973年、ぐゎらん堂のこの時期のBC料金は50円だった。

1973.05.16(水)20:00〜22:00 品川寿男(BC34名)
1973.05.17(木)「懐かしの紙芝居大会・アンコール」
紙芝居のオジサン:なぎら健壱/司会:ハルキ
(なぎらクン、はなからべろんべろんに酔っぱらっていたような
 気がする。なぎら、覚えてる?)
1973.05.23(水)20:00〜22:00 ボロ(BC21名 )
1973.05.30(水)20:00〜22:00 中塚正人/ペケ(BC68名)

1973.06.06(水)13:00〜15:00 細谷一郎/萩本文夫(BCなし)
1973.06.13(水)13:00〜16:00 林宏/大塚和夫/横山和明(BCなし)
1973.06.23(土)「恐怖のサタデー・コンサート」
* ……とあるのだが、なんだったのだろうか? なぜか、やたら疲労感がよみがえってくるのだが、「タンポポ団」を中心とした面々が深夜までデスマッチ・セッションを繰り広げたのだろうか? 小斉氏(加川良)のゴリラ踊りもこのあたりで見られたのだろうか?

1973.07.11(水)18:00〜20:00 大塚和夫(BC56名)
1973.07.18(水)17:00〜18:00 安倍慎一
18:00〜20:00 シバ(BC50名)
* アベシンとな? なんなんだろう? 前週にもぐゎらん堂に呑みに来て、この日にシバがライブをやることを嗅ぎ付けて、気の弱いマスターを脅迫して割り込み出演の約束を取り付けたにちがいない。ぼくは全く覚えていないのだが....。

1973.07.25(水)18:00〜20:00 品川寿男(BC30名)

1973.08.01(水)15:00〜16:00 たか&ガクブルースバンド(BCなし)

1973.08.06(月)モリ、誕生日
1973.08.06(水)16:00〜17:00 いふ(BC20名)
1973.08.22(水)18:00〜20:00  JAM&ジョイントセッション(BC86名)
1973.08.29(水)18:00〜20:00  ペケ(BC記録なし)

1973.09.05(水)17:00〜19:00  ジミー矢島(BC11名)
1973.09.12(水)18:00〜20:00  シバ(BC78名)
1973.09.19(水)16:00〜18:00 岡田光夫/1973VWブルースバンド(BCなし)
1973.09.26(水)17:00〜18:00 藤田司(BCなし)

1973.10.10(水)18:00〜20:00 ガン(BC32名)
1973.10.17(水)18:00〜20:00 ペケ(BC33名)
1973.10.24(水)16:00〜17:00 ももやBAND(BCなし)
18:00〜20:00 シバ(BC47名)
1973.10.31(水)16:00〜17:00 1973VWブルースバンド(BCなし)

1973.11.07(水)16:00〜17:00 喜平次(BCなし)
1973.11.14(水)17:00〜18:00 鳥井ガク(BCなし)
1973.11.21(水)16:00〜17:00 MOTHER HOUSE(BCなし)
17:00〜19:00 ジミー矢島(BC29名)
1973.11.28(水)16:00〜17:00 須田優(BCなし)

1973.12.05(水)16:00〜17:30 ももやBAND(BCなし)

1973.12.07(金)18:30〜御苑スタジオ
 ……って記録があるけど、ひょっとしたらシバのアルバム『コスモスによせる』のレコーディングのこと? or not ? You Are My Sunshine……。(ハルキ)

1973.12.12(水)17:00〜19:00 なぎら健壱(BC51名)
1973.12.19(水)17:00〜19:00 シバ(BC47名)
1973.12.26(水)17:00〜19:00 JAM(BC76名)


■[who]ぐゎらん堂ギャラリー「店内展示」

1973.4月 藤井田くんほか二人展
1973.5月  角文子・彫金七宝展
1973.6月 星孝司・リトグラフ展
1973.7月 原田久子・七夕によせる織物展
1973.10月 野津手重隆展
1973.12月 鈴木翁二展





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1974年
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●[1st☆contct]《尾城夏人》
`70年代初期、吉祥寺はボクにとって”聖地”とも言うべき場所でした。`73年に上京してのですがなかなか行く機会がなかった。初めて行ったのは、`74年の秋。ヨメとの初デートでした。井の頭公園で待ち合わせしてボガでコーヒーを飲み芽瑠璃堂でレコードを見て、ぐゎらん堂へ行きました。ビールが大瓶だったのがとても嬉しかった記憶があります。

1974.2.27 13:00〜
●ぐゎらん堂&『詩と批評・うむまあ』
 (ゆみこが参加していた金子光晴さんの同人誌)共催による詩人たちの座談会

「フォークソングから人類滅亡まで」
  出席 金子光晴  坪井繁治  佐藤英麿 
     高田渡   村瀬由美子 村瀬春樹
     梅田智江  堀木正路
     そのほか、いっぱいの若い人

●[epi]《ハルキ》
 光晴さんが、着流しで、下駄を履いて、あの急な階段を上ってきたわけ。坪井さんとヒデマロさんを伴って。後日編まれた『うむまあ』8号に「そのほか、いっぱいの若い人」とあるわけだけど、あのときこの場にいた若い人、手を挙げて!
 megも中坊もいて、きゃあきゃあいってたような気がするけど。(ハルキ)
 
「フォークソングから人類滅亡まで」見出し紹介

 ○フォークってのは、何?
  金子光晴「なんですか? フォークってぇのは?」
  高田渡 「フォークダンスじゃないです(笑)」
 ○作曲家はふてえやつだ!!
  ──韻律のモンダイを中心に──

 ○詩を唄にすること
  ──金子光晴の詩の場合──
 ○明治のフォークソング?
  ──唖蝉坊的世界──
 ○人間なんてなくなったほうがいい
  ──未来は地獄のコミューン?──
 

●1974.3.13
 林亭・自主制作盤『夜だから』発表即売会

●[epi]《ハルキ》
 ぼくの1973年の手帳の末尾に「3/13 17:00 林亭レコード即売(1500円)」とある。73年8月6〜8日にかけて録音され、12月1日にリリースされたこのアルバムは、ぐゎらん堂では上記のように、翌1974年3月13日の水曜コンサートで本格的にデビューした。
 しかし、佐久間順平と大江田信の歌声がぐゎらん堂のスピーカーから初めて流れたのは前年の暮。ある晩、高田渡が例によってレコード室の小扉をニヤニヤしながらくぐり抜けていわく「ちょっと、面白いレコードがあるんだけどさ」。

 「夜だから/なにも見えない/さわるだけ……」最初のフレーズが耳に届くやいなやその場にいたぐゎらん堂の青少年は林亭の虜(とりこ)となった。ぼく自身も彼らの音と歌詞を初めて耳にしたとき、この知的なデュオの音楽センスとその才能に新鮮な驚きを覚えたのをいまでも覚えている。
 当日の有効バンド・チャージ数43名とある。立ち見が出た数字である。


●1974.5.4〜5
 第2回「春一番」コンサート(大阪・天王寺野外音楽堂)

●[epi]《ハルキ》
 青林堂の長井さん、「春一番」に参加!

 *詳しい内容は追々に……。

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1975年
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●[1st☆contct]《かし》
僕が初めてここへ来たのは75年でしたが、開店後5年しか経っていないとは思えない時空を越えた佇まいがありました。
当時高1の僕には見るもの触れるもの全てが不思議な世界だったことを思い出します。その頃渡さんは木製のギターケースを使っていましたよね。

●1975.6.30
 金子光晴さん、気管支喘息のため自宅にて急逝。81歳だった。



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1976年
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●[1st☆contct]《oom175こと「タヌキ」》
同級生に連れられて、初めて「ぐゎらん」の急な階段を登ったのは1976年。高校一年生の初夏だったと思います。
店員と常連の見分けがつかない雰囲気のなかで、初めこそオドオドしていましたが、そのうちに、高校に行く前の開店時間に立ち寄る毎日になりました。
昼間いたのは、ゆきえさん、シモエミ、りえこ。meg。タカシ。春樹さん。ゆみこさんのカレーが美味しかったのを忘れられません。ちゅうそつの名刺も貰いました。夜には、ゲタさん、スケベー、先生かな。
同学年が多かったのも、よく通った理由だったかも知れません。脳天破、ナターシャ、ホームズ、直角なんて名前に覚えのある方、おいででしょうか?ヨッコ、やよいちゃん、(ふるかわ)けいこなんかもいました。
Cheeponの姿、はっきり覚えています。



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↓↓↓ 書き込み欄にどんどん書き込んで、絵巻物を延ばしていきましょう ↓↓↓
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コメント(220)

鳥井学、井の頭公園はこれでいいのかしらなんて歌を歌ってた。中期夜番も経験したはず。
同店内、学、矢島君、本屋さん、ほてからに、チキン、きよし。
ゆみこさん、ストロボの光が強すぎて透けて怒られた。
鈴木翁二とシバ。
珍しい席にいる渡、シバ、きよし、周りの椅子が片付いているので、閉店後、ねばってるのかな?
松村さん、削除希望がくるかも・・・・。
松村さん。
のーてんぱ、本人がとてもお気に入りだった写真。
仲がよかった頃のふたり・・・。
四畳半グループの彼女だったと思う。四畳半ってもっとかっこいい名前だった気がするけど、中野公会堂で前座やらされた苦い思い出がよみがえる。
チコ、後ろにタカシ、下條エミ。
下條エミ。
夜番の相方、清水。
昼番、狂子。
たぶん中大付属、坂田。
よく出るね、チキン。
左の方、いせやの写真におられたような、エミ、びっくりした顔のゆみこさん。
ちゅうそつ。
謎の外人@はなめがね、あんまりかわらん。
一番好きな写真です、メグ。
ゆみこさん。
ゲバ。
きよし?
キャロル、シェーキーズ、インデペンデントハウス、デイリークイーンなどの外食産業が花盛りだった。
たぶんこの年までピザは食ったことがなかった。
けいこ。
シバ。
青島幸男、よってるが連れてきたなんて、知らなかった。
みんな無鉄砲だったんだな。
お京、謎の外人2。
忠治。
ふみさんと漣、あごだけでごめんなさい、ふみさん。
飛礫。
翁二と格闘するシバ。
シバと格闘する翁二。
鈴木さん。
大塚@休憩中。
大塚@食事中。

きょうはここまで・・・
30年以上も前の記録です。
笑って流してください。
どうしてもという場合は削除します。
no.179
真ん中の写真は、
朝比奈逸人と結婚する前の「ミチル」
わ〜〜!!おおつかくんご苦労さんん、ありがとう!!
心臓ばくばく
いまから出勤なのであとでゆっくり見よう。
今日は渡ちゃんの命日だね〜
こっちは雨。
青島幸男は、相当酔っぱらっていたらしく、
留辺蘂(ルベシベと読む。現在北見市内)のキヨシにつまみ出されたらしい。
ピザ屋でピッチャを数杯飲んだからなあ。

その頃のピザ屋さんにバンドが入っていた。

むちゃむちゃ ビールを飲んだ記憶だけある。

初めは青島さんグループとは別々に飲んでいたのだけど
なんでか知らんが 声かけてしまい。
一緒に飲んだ。

たぶん
「ぐ」に連れて行ったときは もうべれべれだった。
当然 僕も。
なぜか1枚忘れてた。
外人ゲットーの親分格マイケル。
うゎ〜、今から34年くらい前の自分だ!
すごい若いし(当たり前だ)、なにより、あんなに小さかったという事実に驚いた!

「ぐゎらん堂」のカウンター前のあたりから入り口方向に向かって撮ったのかな?
画面右側に写っているのは、ドアから入ってすぐ左にあった腰壁(ベンチの背もたれ?)だと思うし。

当時は、自分の周りにいる年上の人は一様に「大人」として認識していたけれど、よく考えるとみんな20代そこそこの若さ。
あの頃の大人たちが、現在の自分よりも年下だったという事実にまた驚いた!

Tabute
タブちゃん、腕になに縛り付けてるの?覚えてないか。
この人たちがタブちゃんの大人だったんだものね^^
子供は育つ!

思いつくままコメント。

しかし・・わたくし、くそ生意気な顔しちゃってね〜うちの子19歳になってますます偉そうな顔つきしてるけど納得。

りえこってそう言えばよく眼帯してたね。

けいこちゃん、こんなボーイッシュな頃もあったんだねかわいいな。

のーてんぱ、かわらないな〜!脳内の記憶とぴったし。

大塚くんの食事している写真はとても懐かしい、美少女にエミちゃんはどうしてるのかな。
たかしとの公園の写真、二人の服装覚えてる。

お京!

オウジとシバっていつもこれだね、絡み合い。

ジェントルマンの鈴木さん。

まさこさん、アフロ名古屋。

よってるさん、青島さん連れてきてたなんてそんなこともあったんだね。当時の吉祥寺の夜はだれもが知り合いみたいな空気あったよね。

チキンなつかし〜

アリちゃん、今のが若くな〜い??

フータなんで角刈り・・
ハルキさんとゆみこさんがお揃いだったのは土曜日だったのか。
まだハテナくんは出現してないのかしら。
それにしても満員だね、渡さんこのなかで熟睡できる術を身に着けたのだろか。
>タブちゃん、腕になに縛り付けてるの?

言われるまで気がつきませんでした。
う〜ん、なんだろ?

写真から見るにバンダナっぽいけれど。
そういや70年代は「バンダナ」って言わなかったような気がするので「ハンカチ」かな。
時代的には、むしろ「ネッカチーフ」!?(腕に巻いてるけど)

ハテナは76年生まれなのでもう少し後に登場する予定。

“あの頃は四頭身だった”Tabute
184:代表取締役様

四畳半は世情半でした。
写真の彼女はマーチン。
車の免許を取り、しばらく赤いシビックを乗り回していたが事故を起こして入院。
お世話になった看護婦さんに感激して彼女も看護婦の道に入ったがその後はどうなったんだろうか?

200:よってる様

シェーキーズだね
僕、キヨシ、珍太、、、etc.でバンジョー弾きのアルバイトをしていた。
覚えたての4弦バンジョーでデキシーなんぞを奏でていました(笑)


お京
何年か前に(もう10年以上たってるかも?)
代々木で会ったな(見た)
バンダナって言ってたよ〜!
村瀬家ではネッカチーフ、ありそう!

珍太ってもう出没でしたのか、シャイボーイじゃなかった?

ナオヤっていたね。
すごい! こりゃすごい!

 いや、大塚商会代表取締役さま、お疲れさまでした。
 たいした作業量だ!

 この世のものとは思えないほど楽しそうな雰囲気だね。
 何人かは、すでにあの世へ行かれた方もある……。

 ゆっくり拝見します。この「中期」が一気に充実した感じ!
 感想があとからいろいろと湧いてきそう。
 ありがとう! 後ほど、コメントさせてくださいませ。

 ハルキ
お昼休みでまた遊びにきたよ。
ほんとに大変な作業だったでしょうね、バンバン続けて写真アップできないものね。
しかし、まだあるなら出せ!でもぼちぼち楽しみながらでもいいね。
書き込みで写真がだいぶ上に押されたけれど今来たかたは
155:から見てください。

基さんと八重さんの写真、とってもすてき。
代表取締役さま

写真、アップしてくれて有り難うございました。切なく見ました。
僕自身、忘れていた情景がありました。
一枚の写真で胸がいっぱいです。

<タヌキ>
一枚の写真で胸がいっぱいですのタヌキさん。
ぐっさりきましたか、どの写真だ〜!!
じっくり話し聞いてあげるよ〜!

BGMはなんでしょう。
megへ
タヌキの胸がいっぱいになった写真は
158の真ん中の写真だよ!
相談に乗ってあげて!

本当のナイショだけど
この写真の右側の人に騙されたタヌキは、
それ以降ぐゎらん堂に来られなくなる。
169 左の写真
ゆみこさんの左隣は和久井さん

170 右の写真左端の外人
当時東京大学大学院生のチャールズ

172 右の写真
キヨシ

178 右の写真
たぬきことroom175

188 真ん中の写真
キヨシ
たぬきの切ない写真を見て発見した!

切ない顔のタヌキの頭上には
野球大会のお知らせと、
北軍の練習日のお知らせが貼ってある。
北軍の監督はちゅうそつ。助監督はアバシリであった。
僕も発見

「空手の中川」の誕生日という記述を発見。
切ないタヌキの左下にも飛礫がいたね。
野球大会は発見できなかったな。
>のりむつ
ひさしぶり!そうか世情半だったか、もっとセンチメンタルシティロマンスみたいな名前だった気がしたんだけど、しつこいようだがほかの名前はなかったよね?
それからマーティンは何子ちゃんだったっけ?
>たぶて
バンダナとコーンポッパーのジーンズは必需品だったよ
何たって縫ってる糸が赤いんだから!!
>megさん
ま、いろんなことがありましたっけねぇ。
29日に話しを聞いてくださいね。
BGMは、エルトン・ジョンの“ハイアントンの想い出”。

>213のチュン坊〜〜
ナイショになってない!
電話で話したように、写真は1973年の秋に間違いない。
おまけに、騙されたワケじゃなくて、その後も、ぐゎらん堂には、
ときどき行ってました。

>217の代表取締役さん
飛礫くん、僕も気付いていました。
この横顔、そのまんま現在に至る、ですね。
34年後に相談のってもらってもちょい遅いよね〜 ^^;
それぞれの写真にそれぞれ切ない思いが詰まってるわけよね。
これが若さか、バカさか、怖いもの見たさ見たいけれども見れば見るほど戻りたくない70年代。
しかしまだ出てくるとはね、蔵だし画像。
のりむつくん、世情半のリユニオンはありえないの?
タヌキのよこの美少女、こころもち傾いてるよねクールな顔つきだけれど心はタヌキに向いてる。
これ以上この件に触れられたくないか ^^; 

ところで、ちゅうそつも胸がロープでぐるぐる締め付けられ
呼吸困難な写真あるって以前言ってなかった?
どこだ!!

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