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VIPコミュ文藝部コミュの新ジャンル「葬式系男子」

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鯨幕が続く式場には、クラスメートと保護者、そして教師達がつめかけていた。
葬儀とは憂鬱だと思うが、その反面にぎやかでもある。

異質なにぎやかさだ。
辺りを見回すと、クラスメート達、特に女子は泣いていた。
悲しくもないのに泣いている彼女らは、本当はただ泣くために泣いているのだと思う。
男子一同はというと、厳粛な面持ちでうつむいている。

でも、ほんとうは誰も悲しくなどないのだ。

俺は、その列を窓から見ながら準備を終えた。
教師が心配そうに話しかける。

教師「山本くん・・・ほんとうに、君が?」
山本「ええ、稼業ですから」

俺の実家は代々、葬儀屋を営んでいる。
そして、数年前に親父が急逝し、兄が家業を継いだ。
だが、今回の件で兄から突然社長命令がくだった。

「葬儀はお前が一切を仕切れ」と。

学生の身分でありながらこの仕打ち、
徒弟制の業界でもないのに、兄は俺を甘やかすつもりはないらしい。

そして、俺があのクラスのビッチの葬儀を請け負う事になったのだ。

コメント(43)

父「イツキ、静かになさい・・・」
父親が諭す。イツキ?なんちうか、いかにもDQNという感じの名前だな。
あの女の名前は「亜由」だったか?なんにせよ金持ちの考えってのは理解不能だ。

イ「だってそうじゃん!あーちゃんはもっと華やかで素敵な、人から愛されるお化粧だったよ!」
愛されメイク(笑)こいつ、何言ってやがんだ?お前の葬式の時はぜったい受けねえからなおぼえてろ。

だがそこで俺は、少し空気を読むことにした。
今の事態なら、あのチャらい兄が妹を掣肘するはずだ。

兄「そーーーだよ!テメーなにやってんだよ!お前、本当にクラスメートか!人ってのはな!もっと」
期待した俺がバカでしたね、お前の葬儀のときには顔にマンコの絵でも書いてやるよ。

そこで人が集まってくる、親戚縁者?おいおい何人いるんだよ?
あと・・・クラスメート?しかも女子! おい!なんでお前らがここにいる!

気が付くと兄は俺に食ってかかり、スーツの襟を掴んでいる。
妹はマジ泣き、くそ、下手な演技すんなビッチ弐号機が!

(このままじゃまずい・・・兄貴にころされる・・・・ころされる・・・)

恐怖に駆られた俺は、そこで冷静になる。

そして、丁寧に馬鹿チャラ男の手を離すと、即座に畳に額をこすりつけた。


「申し訳ございません!」


一瞬の沈黙、その隙をついて俺は即座につなぐ。
飛び込み弱K+立ち中P! 基本だ。

「俺は、田中さんの事をよく知っています。もしそう仰るなら言う通りにいたします」

父「わかった・・・きみがそういうなら続けて貰おうじゃないか」
親父の声色が変わった。
こういうものを見るのがきっと大好きなんだろう、反吐が出る。
だが、仕事である以上はやらねばならない。

「ありがとうございます」

俺はそう言うと、即座に仕事にかかった。
既に簡単なベースは作っていた。

化粧水とファンデーションで肌の下地を作って、唇に紅を差した程度・・・・・・・・・・・・

―メイクは「肌をきれいに作る」事が一番大事です。これだけでメイクは70%出来上がりです――
俺は某雑誌などで収集した知識を脳内に展開しながら手順を思い出す。


モデルは、18才高校生のayuちゃん(死体)

――シェーディングは、陰影をつけること。
ファンデーションよりも暗めの色彩を、生え際から外側に向かって、ブラシでぼかす
生え際と顔の奥行き部分のシェーディングで小顔に見せ――

俺はペンシルを取り出し、繊細に眉毛に影をつけていく。
焦らず、楽しんでいるように、その後ブラシで眉毛のに沿って影をつけていく


――涙袋の部分にピンクのパールを入れて、うるうる目を演出――

アイシャドーで目の周りに彩色、あーくそ・・・・

――ジェルライナーの上からパウダータイプの黒のアイシャドウを――ラインがにじみにくくなるだけでなく、自然な感じに――

――ラメ系のキラキラした口紅をつけてから、中央にグロスをつけて、丸みのある唇――

俺の手はものすごい勢いで動いていた。
主観時間は高速へ、いまこの時だけはビッチも兄貴の殴打も糞のような遺族も知った事じゃない。
これは作業、いつもの作業、周りの声は遠のき、自分の作業だけに精神が集中していく。

――ビューラーでまつげをしっかりカールして、マスカラを塗ります。
全体につけた後、根元――

できるだけ派手に、カラフルに。

ついでだ!爪にネイルアートもしてやろうじゃねえか!
俺はプロだ!世界最強の葬儀屋だ!俺を・・・俺を舐めるなッ!

5分程度で作業は完了した。
あのいつも通りの、ケバい女の顔が目の前にあった。


父親は顔をしかめつつも、絶対できない仕事をこなした俺の顔を見て不快そうに令を言った。
頭の軽い妹は・・・・「そうそう・・・これ・・・」などと言っていた、おい礼はどうしたんだよ。
兄はというと「・・・」沈黙している。これが仕事だよ、このクソ勝ち組野郎。

ただひとり、母親は泣いていた。
一人、静かに。
廊下の外には、社員が4人待っていた。

全員男、おとこしかいないのよこのかいしゃ、であい?おいしいの?くそのあじがするの?それ?

名前は、古参のタツミさん、トラさん、ウシダさん、ネズさん。
この四人が今日暇だったのでこの仕事にあてがわれた。

「ジロウちゃん、随分な客だよなあホント」
「部長、声がでかいです」

たとえ血縁関係であろうと、階級は絶対。
まあそこらへんは正当だと思うわけよ。

「じゃあ運び出し、お願いしますよ。」

「おうおうまかせなよ!ところで、あの子かわいいなあ・・・込みで3万でヤれねえかなあ」
「トラさん、援助交際は犯罪です」
このひとは、こういう人だ。

「あのさ・・・警察関係者が来てるんだけど、犯人捕まってないの?警察無線盗聴したんだけd」
「ウシダさん、盗聴は犯罪です」

このひとも、こういう人だ。

「・・・」
ネズさんはいい人だ、余計な事を言わない。

「そうそう、もうお坊さん来てるから、挨拶しといて。」
「わかりました、ところで料理はどうなってます?」

これから通夜だ、つまり来賓の人間には食い物と飲み物を出さなければいけない。
普通、これも料金のうちなのだが・・・

「ああ、社長のいいつけ通り特上の寿司を」
「まって」
「どこで待つ」
「普通のお寿司でいいって俺、言いましたよね?」
「うん言った。でも社長命令だしさ」

タツミさんが携帯を開いてメールを見せる。

タイトル:社長命令キラッ☆
ランカ、特上のお寿司が食べたいっていう展開になるだろうから“特上”でお願い。
でないと・・・わかるよね?  
次郎へ伝言:お前の小遣いから引いてやるよ!ヒャッハアアアアアアAAAAAAAAAAa!

というメールの内容から察するに俺の懐が不景気でマッハなのだが。
俺は社員さんに棺桶の運び出しをお願いすると、お坊さんに挨拶をするためさらに廊下を歩く。
式場はわりと広い、たぶんこの式場の金もおれの小遣いから引かれるのだろうか。
すると、廊下の向こうからクラスメートが歩いてくる。

女?ああ、ケバいな。あと男連れか、お前ら飢鬼道に落ちるといいよ。
俺神仏信じてないけど。

向こうから男が呼びかけてくる。

「あー、死体屋じゃんwwwwwwwくせえから寄るなよ」
「マジでお葬式屋なのぉ?終わってるしーーーーー」

「お疲れ様でございます」と言い、通り過ぎる。

それにしても・・・やっぱりそうなのだ。
あれほど仲良く振舞っていても、死ねばこうだ。

非情か?いや、所詮はそんなもの。
葬式でクラスメートが泣いていたのは、いわば集団ヒステリーなのだ。

「ところでさーお坊さんだっけ?あの人のところにクミがさー」
「マジで?あーあいつウリやってっからなー」

! ? 

え ?

俺は急いで廊下を走り、坊主いる控室へと走る。

ドアに耳を当てる

「ンッうぅ・・・あふっ じゅぷ」

「ああああああああっううううっ!うっ!」

「ん!ぷはっんっんっごくり・・・じゅぽっ」

YOU、エンコウしちゃいなよ!的な。

俺はドアの前にへたりこんだ、10分くらい様子を見よう。そうしよう。
10分待った後、俺は控室のドアを叩いた。

もう“事後”のはずだ、もう事後かい?もういいよ? ああ、俺疲れてる、疲れてる。
「腹上院さん?二朗です、開けますよ」

俺が勢いよくドアノブを開くと、ドアが向こうから開き、中から女が飛び出してきた。
うちの制服着てるよ、ああアイツか。もういいよ。
するとドアの角が俺の顎を直撃し、目の前に大銀河が飛ぶ。

あ!?大きな星が点いたり消えたりしている。はははは、大きい。
彗星かなあ。いや、違うなあ。彗星はもっと、バーっと動くもんな。
暑っ苦しいなあ、ここ。ふう、出られないかなあ。おーい、出してくださいよ、ねえ。

「喝!」

俺の頬に物すごい衝撃与えられ、俺はショックで宇宙から帰還した。
気づくと俺は控室の中で仰向けに寝転がっており、俺の体の上には、やけに美顔の、
だが獣臭漂う坊主が俺を見下ろしていた。

「おおそうぎやよ、しんでしまうとはなさけない」

「死にませんよ、だいたい葬儀屋が葬式で死んでどうするんです?いい笑い物ですよ」

「紺屋の白袴、医者の不養生、坊主の腹上死じゃな」

「腹上死するのはあなたでしょう、腹上院さん」
「ふむ、お前さんの呼び方には違うニュアンスを感じるがのう」

この超絶生臭堕地獄女犯坊主について説明しよう。
名は「福浄院嚢竿(ふくじょういんのうかん)」

職業、自称「カリスマ和尚」
見て通りの男だが、芸能人並みのルックスと葬儀の手際のよさ
、それから抜群の歌唱力、もとい“読経力”が売りだ。
口調こそジジくさいが、年齢は30代らしい。

なんでも、元は本当に歌手だか芸能人だかだったらしい。
普段はとても紳士的かつ温和な「人徳者」として世間を泳いでいる。

兄貴はこの男と何かの縁で知り合ったらしく、その腕前を高く評価。
それで、うちの会社もこの堕落末法葬儀産業廃棄仏に何度も仕事を頼んでいるのだ。

「いいんですか・・・あんな事して」
俺はこの部屋の空気を吸って、というかさっき盗み聞きした結果、この部屋で何をしていたのか察した。
この部屋ものすごくイカくせえ。
主に、控室のごみ箱方面から漂ってきている。

「問題ないわ、お互い同意の上でのアレじゃし、これもたんと」
この六道一直線坊主は、にこやかな笑みをうかべて人差指と親指で○のマークを作った。

「サポートじゃよ」
「サポートの意味履き違えてません?」

「それにあの子の親はうちの壇家じゃしのう、これも功徳じゃ」
なにが功徳だ!この野郎に一日でも早く仏罰がくだりますように。

「じゃ、そろそろ仕事の話・・・しましょうか」
「それで、何の用かのう」

「今日の通夜のスケジュールです、もうあまり時間がないですが、いつも通りに」
俺は、簡単な今日のスケジュール表を渡す。

「ふむぅ、確かに今回の仏は丁重に弔わねばならん。殺されたとあってはな。
じゃが・・・この葬儀ちと危ないぞ?何しろ官憲が相手じゃあのう」

官・・・・・・・・・・・・・・・・・・・憲・・・・・・・・・・・?
「BeeePBeeeP!大佐ァ!官憲とは何だ?」
「落ち着けスネーク、官憲とは漢字検定でも、金券換金でもない」

混乱した俺を見て、和尚は憐れむようにおごそかに告げる。

「ポリいわゆるサツじゃ。
ポリリズムでもポリシックスでもないぞ」

「え・・・・・?どういう・・・・・・こと・・・・・?」

「お前さんの社員に盗聴マニアがおるじゃろ?あいつから聞いたのよ。
今回の事件の犯人がゲロッたのよ、共犯者があと一人いる、とな。
だ、か、ら、ポリとしてはもう一度死体を攫う必要がでてきたんじゃよ。」

「そんな・・・・・・・でも司法解剖はもう終わったでしょ?」

「そやつらが言うには“決定的な物証”とやらがあるんじゃと。」
「決定的な物証?」
「イレズミじゃと」

「イレズミ・・・・」

“ShoChanあぃしてる”
アレか?でもしょうちゃんって、誰?

「あの子の兄の名前、確か正一さんじゃったのう?」

は? はああああああああああああああああああああああああああ!?

「おい、じゃあ何か?あのビッ ごほっげふごほ 亜由さんを殺した一味にあの兄貴が?」

「で、そいつらが言うには、事件の直前にタトゥを兄と入れに行ったんじゃと。
となると刺青はつい最近入れられたものじゃからして、
んでもって、その日がちょうど事件があった日じゃからして、
というこたぁつまり・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ストップ!もういいよ!でもそれなら葬儀は中止だろ?」

「ところがどっこいそういうわけにもいかんのじゃ」
そう言うと、坊主は俺の前に経帷子のような紙を開いて見せた。

「それがのう、お前さん実はタダ働きにはならんのよ」

紙を見てみる
領収書? 金額は・・・100万!

「え、え、え?だって金なんか要らないって兄貴が!」
「事情が変わったのよ、つまりワシらは、兄貴の犯罪の証拠隠滅に加担せにゃあならんなった」

「でもそれ犯罪でしょ?」

「喝!」

GUWASHHHHHHHHHHHHHH!
坊主の鉄拳が鳩尾に飛ぶ、良く殴られる日だな、今日。
というか俺、頑丈だなー、マジいてえけど。

「眼を見開け二朗!いいか!この世を広く見よ!どこに“正義”がある!どこに“功徳”がある!」
くず折れる俺を無視して坊主は叫ぶ。
「いいか、この世の人間などどいつもこいつも糞袋よ!
親が子を食い、子が親を殺し、兄が妹を犯す、この世は堕地獄だ!末法だ!神は死んだ!」

オイ宗教屋、テメエが言うセリフか。

「だが、人は死ねば平等である!特に犯され殺された女子は仏として手厚く葬らねばならぬ!
人を仏にする、それこそがこの世の唯一の功徳!唯一の善!唯一の正義よッ!
そして、お前は葬儀屋だ!葬儀屋が葬式をせんでどうするのだ!死んだ子が報われると思うてかッ!」

ああもう寝たい、死んで土になって仏になっておめえを地獄に落としたい。

「わかったか?だからお前は仕事をする義務がある・・・さもなくば・・・ふふ」

呆然、愕然。
なんかもう、俺、折れました、立てません。
折れ折れ詐欺です、というかこの世の全てが詐欺に思えます。

そして、俺の心証を表わすかのように刑事ドラマで耳慣れたあのファンファンサウンドが聞こえてくる。

「繰り返す、この、ポリリズムじゃ」

納得するかのように、坊主が呟いた。
すいません、ひとまずここにもまとめをあげとう存じます。
失礼いたしました。
式場の外に出る。
参列者はあらかた式場への誘導が済んでいた。
空はもう夕暮れ時で、太陽は沈みかけている。

そんな気持ちのいい夕暮れ時に聞こえる「ファンファンファン」いう音。
繰り返すこの“ポリ”リズム。

そして今日はやけに空が赤いなあ!なんでだろ、
あ、そうだ! お屋根に「ぱとらいと」とかいう間抜けなピカピカ光ったのを載せてる車のせいだ!


見るとさらに間抜けな事に、その車から黒いスーツを着た男が二人と婦警が一人降り立った。
そいつらは、見たところだいたいこんな感じだった。

「おい、さっさと行くぞ」
(鬚面、やる気の無さそうな顔を無理やりやる気あるように見せてる面、
突き出たビールッ腹、40がらみ…典型的なサラリーマンだな)

「わかりました!」
(眉目秀麗、育ちのよさそうな顔、いいスーツ着てやがんなぁ…こいつはおぼっちゃまか)

「あっ!まってくださぁ〜い☆」
(顔はかなりいいほう、無駄にでかい胸引き締まった腰、細い脚、ビッチ要員だなコイツは)

そいつらは、俺のいる入口に向かって歩いてきた。

「ここはひとつ、お出迎えといこうか」
などと、ラノベの主人公ならそう思うところだろう。
だが俺は足もとが震えるほど緊張していた。
どうも、俺の中で「犯罪の証拠隠滅のために葬式をする」
という訳の分からん状況に、俺は現実感を喪失していた。
(警察………こいつら邪魔したら間違いなく俺も犯罪者………?…バレたら即刻死刑だよな……)
連中がこっちに向かって歩いてくる。
その動きがスローモーションに見えた。
考えろ、どうにかしてこいつらをミスリードしなくちゃならない。
金は受け取った、つまりこれはもう会社の“仕事”なんだ。
俺がしくじったら、会社の信用は失墜、それどころじゃない、もう商売はできなくなる。
クソッ、なんでこんな仕事俺がやらなきゃならないんだ?
兄貴が何考えてるのか俺にはわからない。
兄貴はこの件を知らない?いや……ありえない、嚢竿はこの事を知ってた、
つまり兄貴も知ってると考えていい。

(だからこの件は俺が処理しなくちゃいけないんだそうだそうするんだでなきゃ全員破滅だ)

刑事二匹と雌警官一匹が俺の前に歩いてくる。
あと10メートル、5メートル……

(考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ)

雌の乳がやけにでかい、無駄に揺れる。

……?
    何か……
          ! ?

ん?

(乳がやけにでかい……ビッチ要員……!)

掴んだ。
乳を、じゃなく対策を、俺は掴みつつある。

さらに俺は2匹の刑事を観察する。

刑事2匹のうち一匹はこの件に熱心でない、つまり落すのは難しくない。
もう一匹は面倒だ、こいつは刑事として若いし不正は見逃さないだろう。

真面目な刑事……不正を嫌う……つまり懐柔しやすいのはそっち……
不真面目な刑事……不真面目だからつまり窓際……功績がいる………

俺の頭の中で、最低だが最良の計算式が組みあがった。

(これでいこう……これしか……ない!)

俺は自信を取り戻す。
ここはひとつ、お出迎えといこうか。

そして、俺の目の前にいる三人のカモにこう言った。
さも迷惑そうに、困惑しているように。

「この葬儀の取りまとめをしている者ですが?一体どうしたんですか?」

三人の視線が俺に集中する。

「何だキミは?殺された子のクラスメートさんか?……いや、今君は葬儀を取りまとめるとかなんとか言ったが?」
先取点獲得。
突然現れた訳の分からない奴に、こいつは戸惑っている。
俺は自信満々に答える。
「今回の葬儀を取り仕切らせて頂いております、山本葬儀社の山本二朗と申します。」

俺の中でゴングが鳴った。
俺の目の前に揃った3匹。


「なっ…冗談だろう?大人をからかうのはやめなさい」
40がらみでビール腹のやる気のないサラリーマン刑事。

「どうやらそうでもないらしいですよ?彼は本気のようです」
20代前半の育ちのいいおぼっちゃま。

「えーっ高校生が就労とかありえないですよぉ!ねー☆」
そして、無駄にスタイルのいい雌犬一匹、というか婦警。

三人とも面くらっていた、まさか高校生が、この葬儀を仕切っているとは思わないだろう。

「嘘だと思うのも当然です。ですが、これは事実ですよ?証拠をお見せしますよ。」

俺は40がらみの刑事に名刺を渡す。

「山本葬儀社 葬儀全般請負 山本二朗」

名刺を受取った40がらみはまだ信じられないという顔をしていた。

「だが、あー、キミはまだ子供だろう?なんでキミがだな、この葬儀を取り仕切っているん…だね?」
ああ、もって回ったいい回し。面倒くささが滲み出ておりますな。

「うちの会社は人手が足りないんですよ、親もいないしね」
にっこりと笑う。あくまでも影を出さずに、あくまでも爽やかに、“この世の無情”って奴を演出する。

「そう、じゃあそれでいいよ。で?
聞きたい事も確認したいものも持ち帰りたいブツもあるんだけど?」

無視かよ、なんだよ、俺はリストカット女かよ、“かまってもらいたいから”とかか畜生。

「田島さん!いくらなんでも…酷すぎますよ。ああ、すまないね…この人はこういう人なんだよ」
キラッ☆ と光る前歯 おいこいつはワザとやってんのか?まあいいけどさ。

「いいですよ、俺だって本当なら遊んでいたいですから。でもまあ仕事だしね。」
さらに笑みで返す、こういうのやりにくいなぁ。

「そうかい…そうそう、僕の名前を言ってなかったね」
聞いてねえよ。

「僕の名前は、早稲田学」
ワセダさんね…はいはい変わったお名前で。

「それからこちらの礼儀のよくない人が僕の上司の………?…あれ?…田島さん…?」

ワセダはタジマを見る、何度も見る。
タジマはワセダを無視、何度も無視。

おいワセダお前嫌われてるだろ。

どうやらこいつは「自分が名前を言いきるうちに、田島が自分で名前を言う」という展開を期待していたらしい。

という事は、田島はそうとう素敵なお人のようですね?
自己紹介もろくにしないなんてねえ?

「この人田島洋介警部補、僕の上司………」
へこんでる、なんだかなぁ。

「あーっ☆マナブくんまたへこんでるぅ♪元気だしてっ☆」

乳を揺らしながら、アレが来た、ビッチ要員来た、帰れ。
いや帰ってもらうわけにはいかんのだが。

「ああリカちゃん、大丈夫だよ大丈夫だから離して」
そいつは思いきりワセダの腕に自分の腕を絡める、ああ、腕が乳に挟まってる。
「だってえー☆」
まあ、こいつらはほっとこう。
俺は一手を打つべく、田島に向かって第一声を放とうとした
「まあこいつらは放っておくとして、君に是非協力をして貰いたい。」
ですよねー

「協力?一体何をですか?もう司法解剖も終わったでしょう?」
俺はすっとぼける。
「確かにな、だが事件を捜査するうちに新たな事実が分かった。だから再度、死体を検分する必要が出てきた」

来た。
俺が処理すべきアンケンって奴が。

「死体を…再度検分する?それはどういう事でしょう?」

「それは…事件に関する事なので言えんよ?なんならこのまま強権発動でホトケを“任意同行”させてもいいんだが?」

来やがれ、既にゴングは鳴っている。

俺は笑顔でこいつに一発返す事にする。
「ははは、面白いですね。でもご遺骸はご遺骸ですから歩かないですよ?いったいどうやって同行させるんですか?」
「ははは、なかなか面白いねキミ」
刑事の顔が面倒そうな顔になる、さらに先取点獲得。

ここで俺は一気にケリをつける事にする。
「死体を運び出すには、貴方がたが乗ってきた車じゃとても無理ですよ?乗用車で?無理です。
それに、死体の保存方法はどうされるんです?今この状況ではとても無理ですよ?
いかに公務といっても…勝手に遺骸を持ち出すことは問題でしょう?
それから移送途中に遺体を損なえば死体損壊の罪に問われますよ?ご存じでしょうけど?
それにですね…………」

田島の面倒くさそうな顔がさらに面倒くさそうに歪む。
さて、こいつでトドメだ。
俺はもったいつけて言ってやる事にする。
「それに…遺族の方をどのようにご説得されるつもりですか?」

田島はそれを聞くと、煙草をおもむろに咥えて火をつける。
大仰に紫煙を俺に吹き付けると、かなり面倒くさそうに田島は言う。

「なかなかお賢いクソガキ様だね君は。いいだろう、詳しい話をしてやろうじゃないか。」

こいつは馬鹿でも無能でもない、ただ“面倒くさがり”なだけだ。
だからこいつの弱点は面倒なこと。
俺は見事にこいつの弱点を突けたようだ。

「では空いている小室がありますので。そこにご案内します。
ですが、その前にご遺族の方にもお話をしなければなりませんので、部屋でお待ちください。」

俺はすかさず携帯を取り出し、後ろ手に嚢竿にショートメッセージを送る。
こういう芸当が俺にはできる、こういう事を覚えないと生きていけない渡世だ。いやすぎる。

そして俺は玄関の前で待機していた4人のうちの一人、わが社の無口なナイスガイことネズさんに目配せをする。
ネズさんは俺の意思を汲み取ってくれたようで、無言で部屋へと3匹を案内した。
そこに、ふらりと通りかかる美顔ハゲ不良畜生道最終決戦淫行性器、膣内破戒僧、嚢竿。

女の匂いに釣られてきやがったか。
まあ、嚢竿呼んだのは俺なんだけどね。

奴は、リカとかいう婦警に何気なく会釈をする。
こうかはばつぐんだ! なんか目の色がちげえ! 
「え…リカちゃん?どうしたの?」
マナブくんがいきなり慌てる、まあそりゃそうだな。
こいつはやっぱりビッチ要員だったらしい。
「え…あっ☆いやだ私ぃ〜♪なぁんでもないですぅ★」
などと言いながら、3匹はネズさんの誘導に従って小部屋へと歩いて行った。

俺はそれを見送る。
背中が角を曲がったあたりで、残った三人の顔を見る。

部長であるタツミさん、盗聴マニアのウシダさん、嚢竿ほどじゃないが女好きのトラさん。

「ジロウちゃん、なかなかだったよ。」
「これからですよ…もうプランはできてます、これを今日の夜までに揃えてください」
俺は葬式用スーツの内ポケから手帳を取り出し、
カカッと走り書きをしてページを破り、タツミさんに渡す。

「ほう…だがこれは会社の経費で落ちる代物か?」
痛いところを着くなぁ…ホント。
「これを用意できなければ、会社自体が消滅します。
俺個人の小遣いから引いてもなんでもいいです、お願いします部長」

タツミさんは驚いた顔をしていた。
「そこまで事態を把握しているとはな、さすが一郎の弟だ。
いいだろう、必ず揃える」

「お願いします、あとトラさんはこいつを搬入する必要があります。それまでは待機していてください。」
「あいよぉ その間に女子高生漁りたいんだがよぉ…」
「警察が怖くないなら、無職生活をしたいなら、どうぞ?」
「ウソだよ…」
精子脳乙。
さてとお次は…と
「ウシダさん、今は法律の事は忘れて趣味に没頭してください。警察無線のエアチェックお願いします。」
「あんまり大きな声で言わないでよ…でもわかったよ」

よし!こいつで一手目は打てた。

「ところでジロウちゃん、これでどうするつもりなんだ?
相手は警察だぞ?今は説明する時間もないか?」

俺はそれを聞いてニヤリと笑う。
「大丈夫ですよ、もう始まってます」
俺は廊下の向こうを見る。俺の読みが正しければ、もう“始まってる”はずだ。

「最後に勝つのは俺達です」

俺は胸を張ってそう答えた。
俺は急ぎ足で廊下を歩き、遺族のいる部屋へと歩いて戻る。
ドアをノックする。
「失礼します」
ドアを開けると、4人はさきほどとは変わらず、それぞれ好き勝手なことをしていた。

「ええ、ええ、大丈夫です!その件は部下に任せてありますから!ええ!申し訳ない!」
父親は携帯で仕事の話をしている。

母は、沈鬱そうな面もちで下を向き、ソファに座っている。
兄はというと、なにもしていない。目を閉じて座っている。
妹はひたすら携帯電話をいじっていた。

これがいまどきの上流家庭なのだろうか。
なんにせよ貧乏暇なしの葬儀屋のウチとは大違いだが。

「はい!それではそろそろ……では失礼します。」

父親が電話を切る。やけに苛立たしげに見えた。
奴は俺を睨むと、おもむろに話を切り出す。

「お坊さんとの話はついたかね?」
「ええ、ですが少々面倒な事になりました」

「面道ごと?警察かね?だが彼らが今更なにをしにきた?」
コイツ、スッとぼけてやがる。
いいだろう、こいつがそうするなら俺も飽くまで合わせてやるよ。

「いえ……なんでも、ご遺体を……再検屍したいそうで」

その後の展開は容易だった。
父親は激怒し、母親は半狂乱になって反対した。
兄はどこかわざとらしく怒り、妹はそれに同調する。

俺は怒り心頭という風情の遺族一同をそのまま一室へと案内した。
田島と早稲田は、その遺族の怒濤の攻勢に屈して折れた。
「ひとまず通夜が終わるまでは結論を保留しましょう」
という回答を得るに至る。
(やっぱこの程度じゃ諦めねえか…田島のおっさんには要注意だな)

そこで要した時間は10分足らず。
俺は田島の「面倒くさがり」という田島の弱点を更に突いた。
気づくと、リカというあの婦警はいなくなっていた。
「雰囲気が淫らで汚らわしい」という、母親のナイス発言によりどこかへ去っていった。
これも予想の範疇だ。

そして、通夜はスケジュール通り行われることとなった。
「摩訶般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)」
嚢竿の読経と、ポクポクとメトロノームのように正確なリズムを打つ木魚がの音が斎場に響く。
通夜は厳粛な雰囲気で行われた。

斎場には、多くの人が参列した。
クラスメート、その親、それから父親の会社関係者、
誰もが泣くか、表情を浮かべずに沈黙している。

(こういうのは日本人特有のものかもな…誰も悲しんじゃいないくせに…)
俺は子供のころからこんな光景は見慣れているから、彼らの心中に隠されたものもなんとなくわかる。

つまりは、無関心。
本当はどうでもいいのに、読経と線香の臭いを嗅ぐだけで“泣いてやろうという気”になるのだ。

この通夜の頭に、校長が長々と弔辞を述べていた。
だがあの男がはたしてあの女の死を悼むだろうか?嘘だ、そんなわけはない。

あいつは校内の風紀が乱れているなどと朝礼で言うくせに。
まったく何もしなかった。
あの女が放課後の体育倉庫で、トイレで、学校の外で、何をしていたか知っていたのに。
それに対しての責任感など、微塵もあるまい。

これがいじめ殺人であっても、彼らは同じ事をするだろう。
俺は行ってないが、そういう葬儀もうちの会社は担当した事がある。
葬儀を執り行った兄貴は、怒りこそ表に出さなかったものの、違っていた。
その日だけは俺を殴る事はなかったからだ。

(反吐が出る…)

俺は不快な感情を抑えるのに苦労する。
それを顔に出そうものなら飯の喰いあげだ、そもそも葬儀屋は、この参列者よりも、
さらに一層、死者に無関心であらねばならない。

まず無関心だからこそ、その後に憐れみと悲しみと慈悲が生まれる。
それが、葬儀屋が客の前で演じる重要なメソッドだ。

というのは、兄貴の受け売りなんだけどな。

俺の言う事が嘘だと思うか?それならそれでもいい。
でも、見てみろよ、焼香を上げてる奴のニヤニヤ顔を。
取り繕った顔の隅に皺が立つのを見れば、俺の言う事が嘘じゃないって事がわかるはずだ。

参列者の中、にちらちらと動いている田島と早稲田が見えた。

おそらく、隙あらば棺桶を開けて証拠を確認したいのだろう。
あのビッチが死んだ理由。
強姦殺人の証拠となる、刺青。
あの女の兄が、それに加わっていたという動かぬ証拠。

だが、今ならその証拠はどうにかできる。
言うまでもなく、死体を燃やしちまって灰にしちまえばいいんだからな。


いまのところ奴ら二匹が動く心配は無い、なぜなら彼らの動きはネズさんとトラさんが監視している。
彼らもこの雰囲気で事を起こす気はないだろう。

刑事二人相手に葬儀屋二人をあてがう事は大丈夫かと思うだろうが、俺は全くそんな心配はしていない。

「観自在菩薩(かんじーざいぼさつ))行深般若波羅蜜多時(ぎょうしんはんにゃはらみたじ)」

(やっぱこういう時はマトモな坊主だよなぁ…こいつ)
Hi-Fiステレオ並みの声量と美声、情感を込めて嚢竿が般若心経を“歌いあげる”。
参列者達は、目を閉じてその声に聞き惚れていた。

おや…前列の片隅にいる女…ありゃさっきどっか行った「リカ」とかいう婦警だな。
眼を閉じて、手を合わせてる。必死に願かけてるように見えるな。
できたての仏に願かけてもどうしようもねぇって。

不遜な俺の独白を余所に、読経は終わりに近づいている
「無色無受想行識。無眼耳鼻舌身意。 (むしきむじゅそうぎょうしきむげんにびぜっしんい )」
色、や意識もなく、眼も耳も鼻も舌も体も意志もなく…

俺は聞きなれた経の意味を思い出す。
門前の葬儀屋、習わぬ経を読みって奴だ。ヤな青春。
まさにこの斎場の連中と俺の意識を表わすいい言葉だぜ。
誰も死者に興味なんざないし、色塗れで死んだ女はもはや“空(くう)”だ。

「真実不虚。故説般若波羅蜜多呪。即説呪曰。
(しんじつふこ こせつはんにゃはらみったしゅ そくせつしゅわつ)」

これは真実で、ホラじゃねえって意味だ。つくづくそう思うぜ。

俺は神仏は一切信じていないが、この経を書いたのは人間だ。
だからこの程度は信じられる。
創価学会の折伏野郎もその他の宗教もも鈍器片手に追い払うけどな、うちは。
本当に嫌な渡世だ。

「羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦 (ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい )
「羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経。 ( ぼじそわか  はんにゃしんぎょう )」

おぉーお…という余韻を残し、読経が終わった。

嚢竿は、お鈴を静かに叩く。
チィィィ……ンという涼やかな根が響くと、それでが終わりの合図だった。

「ありがとうございました。」
嚢竿は、静かに立ち上がると廊下へと出て行った。
それを追うように、リカも静かに姿を消す。
俺はそれを見て、マイクを片手に告げる。

「これより通夜ぶるまいとなります。ご遺族の方、クラスメートの方々、皆様がたで
故人の生前を偲び、ご歓談いただければと思います。 」

俺は頭を下げると、出前の寿司と飲み物の配膳の指図をした。
配膳の手伝いに、手が開いている社員にお応援にも来て貰った。
あとで皆にお礼を言わなくちゃ、ああ、手間賃ももちゃんと払えって兄貴が言ってたな。
俺の小遣いから引いて。
俺の小遣いって借金の事なの?死にたい。

だが、こうしては居られない。
ひとまず配膳をしなければ…
ネズさんとトラさんには、遺体の傍にいてもらう事にした。
ただでさえ人手が少ない中では苦肉の策だが仕方ない。

テーブルの用意、それと配膳、グラスの数は足りるか?それときちんと分量がいきわたるように。
あと、父母の方々にはくれぐれも子供に酒を飲ませないように注意して…それからそれから…

「みなさんお願いします!丁寧に、確実に、迅速にお願いします」

そういうと俺も、配膳を自らも行うべく行動を開始した。

だが、俺は妙な視線に気づく。

6本の視線が、俺と、俺の背後にある棺桶に突き刺さって、消える。

(――!? なんだ?)

こっちを見たのは3人。
会社員風の男二人、それからもう一人は……女子高生

あの、嚢竿にウリをやってたあの女。
一体なんだ?
だがこうしては居られない、俺はその視線を密かに追いつつ、作業に入る。
被害者の父親がささやかに献杯の音頭を取った。
それぞれが、ビールや日本酒やジュースのグラスを静かにぶつけ合う音が響いた。

通夜振舞い、法事の後にみんなで酒のんだり寿司食ったりするアレだ。
俺は大車輪でテーブルの配置と配膳を終えると、給仕係に徹する事にした。

部長のタツミさんは「もうここは俺たちに任せて少し休め」と言ってくれた。
だが、さっき感じた視線。
俺は、その視線の正体が気になったのだ。

特にあの女。嚢竿に体売ってた生徒。
顔は見た事がある…でも、名前が思い出せない。
確か2ーAのクラスだったかな?

静かに、ささやかに故人を偲んだひそやかな会話が行われる。

俺の学校の生徒も、今のところ騒いではいない。
それぞれの席に担任を配置したからだ。
父母一同も、それぞれがなんとなくぼんやりと世間話をしている。

脂の乗った特上寿司が恨めしい。
このお代が俺の小遣いから引かれるのかよ…
というか、小遣い小遣い言うけどさ、小遣いレベルで済んでねえよマジで。

遺族一同を探す。

居た、母親がひとり。
妹と兄は…それぞれ別の席で、友人らと話をしていた。
(うーわなんかひでえな…)

父親の姿がない。

会場を見回すと、父親がワンブロック離れた別の場所に席を設けている。

あの父親の周囲に薄い、小さな輪ができていた。
おそらく会社の同僚、それから後輩の若い会社員。

どうやらあの父親があの中では一番偉いようだ。
(そういやあのおっさん、広告代理店の重役だとかタツミさんが言ってたな…)
そいつはなぜか、家族そっちのけで同僚らと会話をしていた。

俺はさりげなく、その近くを通り過ぎる。

「田中専務、本日はお悔やみを申し上げます。」
「いや、わざわざ来て貰って済まなかったな…」
父親の顔には、どこか居心地が悪そうな顔をしていた。

そりゃそうだ、あんたの息子が実の妹を強姦して殺した、なんて事が世間にバレりゃあなあ……

でも…変だぞ、あのおっさん妙に落ち着きがない。
むしろ、取り巻きの奴らの方が妙に元気がいい。

機嫌取り?今後の昇進の機会になればいいと思っているのだろうか?
いや、何か…そいつらの目にぎらつく何かがあった。

笑顔の下にあるもの、まるで相手に何かを提示しているような。
そう……あれににてるな。
俺が中学の頃だ、初めてカツアゲを受けた時に見た、あの目……

「おいキミ!ビールがもうないじゃないか…頼むよ」
俺は突然そいつに声をかけられる。
片手に持っていたビール瓶の栓にせんぬきをあてがい、ビールの栓を抜く、ソムリエのように優雅に。
自分では注がない、こいつは上司にお酌がしたいのだろう。
「どうぞ」ビールをテーブルにしずしずと置く。

「部長、わたくしがお酌いたします…」
「いや、いいよ…ビールは苦手でね」

一瞬空気が固まる、そいつは俺を見る。おいビールと焼酎と日本酒しかねえぞ?

「キミ、この人はとても偉い人なんだ。別のお酒をもってきなさい。」
あんたの会社の階級なんて知らねえよ。
「ビール以外ですと、焼酎と日本酒がございます」

田中専務は俺を睨めつけると、わざとらしい笑顔で言う。
「ワインはないかな?」
だから、ねえって。

「申し訳ございません。他には……」

「そうか、それなら…水でいいよ」
田中専務が嫌な笑みを浮かべる。


「山田くん、それは処分しておいてくれ」
かしこまりました」

そういうと、山田課長だか係長だかはビール瓶を片手に持ち、
それを若い社員に渡す。

「処分したまえ」

その後、輪の中に居た中年どもの視線が若い社員に集まる。
社員の顔に逡巡と怯えが浮かぶ。

「どうした?処分しなさい」
「…は、はい」
社員はビール瓶を唇にあてがい、一気に飲み干した。
いい飲みっぷりだ、でもここ、通夜の席なんだがな。
それを見た他の連中は、自分の傍らにあったビール瓶を差しだす。

中身が全然減っていないビール瓶を。

「ではこれも」
「私も」
「いやぁすまないねえ、ははは」
集まったビール瓶は6本。
若い社員はそれを受け取ると
「いただきます」
といって次々にビール瓶の中身を飲み干していく。

(アルハラかよ…えげつねえなあ)

次々とビールを飲みほしていくが、段々社員の顔も限界が見えてくる。
必死の形相で飲みほしている。
口の端にはビールの泡がつき、口元からビールが零れて、おそらく新品であろうスーツの襟を濡らす。

目の焦点が合わなくなっている、おいおい本当に大丈夫か?

「そうだ、あと1本。飲み干せなければもう5本追加で頼もうか?」
山田が囃し立てる、こいつら常識ってもんがないのか?
絵に描いたような社内いじめだな、可哀想に。

俺は見かねて、それを止めに入る。

「申し訳ありません。もうこの方は十分にお召し上がりになられたかとお見受けします。
ここは仏前ですし、こういう事はお控え頂けますか?」

俺は言いつつ頭を下げた。

「仏前だという事は承知しているよ?だがこれはわが社のしきたりのようなものでね?」
何がしきたりだ、何が。
「それなら君に処分して貰おうか?ああ、君はまだ未成年だったね?」

「それならこうしよう」

俺の頭のうえにビールがぶちまけられた。
顔中が炭酸の刺激とツンとするアルコールの臭いでいっぱいになる。
どいつもこいつも、それから遠巻きに見ているクラスの連中も俺を見てクスクス笑ってやがる。

「これが社会のしきたりというものだよ?勉強になったろう?
さあ、瓶が空いたから片付けて」

俺は無言で瓶を集めると、その場を辞去した。
体中が酒臭い。

だが収獲はあった。

あの時感じた視線、その視線を放った奴はあの中に居た。
その中の一人は、俺にビールをぶっかけたあの山田、もう一人はあの輪の中の誰かだろう。
それから、田中専務のあのおびえた表情。
だが、それを確認してどうなる?
俺はビール瓶をを片付けるために、洗い場へと向かう。

その途中にクラスメートの声は嫌でも聞こえてきた。

「ねぇねぇ…山本さ、なんでこんな事してるんだろうね」
「知らねえよ。あの馬鹿葬式屋なんだろ?あんな事やっててカっコイイとでも思ってんだよ」
「みなざんで、ごがんだんぐだざい」
「うわ、マジ似てるし!」
「きもちわるーい」

ほんとうにいいクラスメートだNE! もうじごくにおちるといいです!
俺は瓶を洗い場へと下げると、そのまま駆け足で廊下へと出ようとする。
だがそこで、トラさんに呼び止められる。

「二朗、大丈夫か?見事な“ぶっかけ”だったなぁ?俺の若い頃もあんな感じだったわ」

「この程度なんともないですよ、すっげえ酒臭いけど。
ていうか仏前で下ネタ止めろって何回言わせるんですか…」

おうおう小僧のくせに威勢のいいこった、とトラさんは言う。
「入社したころから言われてるな。でもわかっちゃいるけどやめられねえ♪」
「もういいです…二匹の様子はどうです?」

「今んとこ何かする気はねえようだな。
あのワセダとかいう若いのは何か考え込んでる様子だが」

気づかれた?
いや、それはない。
連中も、まさか葬儀屋が証拠隠滅に奔走していようとは知るまい。

「応援も呼ばれてねえようだがなんか胡散臭ぇな」
「確かに……おかしいですね」
「それに…ブン屋だのカメコだのもいねえぞ?おかしくねえか?」

そうなのだ。
ここまで順調にうまくいっているが、この葬儀はそもそも始めからおかしい。
遺族がおかしいとか、来賓の方々がおかしいとか、坊主がおかしいとかじゃない。
田島は応援を呼んでいないが、それより何より来るべきものも来ていない。


マスコミがいないのだ。


「女子高生の集団強姦殺人」
「親は有名広告代理店の重役」
「教師・生徒が犯行に参加」

いわゆる数え役満だ。
マスコミにしてみれば美味しすぎるネタ、だがそれが来ない。

「それについては“情報部”にあたってみますよ」
「ウシダか?あいつぁいいよなあ〜ずっと座り仕事だぜ?」
「その代わり部屋からも出られないんですよ、言いっこなしです」

「わかったわかった…そんな事よりだ」
トラさんの顔が卑猥な笑みで歪ませながら俺の耳元に口を近づける。
「それとよ、あの女子高生知り合いか?さっきからこっち見てるぜ?」
「どこです?」

「ほら、あの威勢のいい連中の向こうっかわにいるだろ?」

俺はその方向を見る。
長い髪と背丈、それに見合うスレンダーな体とおしとやかなそうな顔。
だがその髪は茶色に染まっているのがもったいないと俺は思う。

間違いない、2-Aのクラスの奴だ。
名をビッチとしておく。l
いや、まずいか。
名前は確か、春野 鬻(はるのひさ)だ。

それを見る俺の視界に、トラさんの顔が割り込んでくる。

「二朗よぅ、あの子は明らかに“売ってる”って風情だが…やったのか?」
「違いますよ、顔を近づけないでください。」

「ふーん…だが、あの子は何か言いたげだぞ?」
「さあね、何か言いたいんなら向こうから話しかけりゃいいんですよ」
「ほうほう、オクテだねえ最近の若いのは。
なんなら俺がホテル代別で\50000でだな」

「社長にいいつけますよ?」

カキン。
トラさんが固まる。

「わかりましたね?」
「わかったよ…アフター5に好き勝手すらぁな」

わかればよろしい。

「それじゃ、着替えてきます。あとウシダさんに様子を聞いてきますから。」

あいよ、と言ってトラさんは洗い場から斎場へと出て行った。

背後にまた“あの視線”を感じたが、俺はそれを無視して廊下へ出た。
俺は廊下に出る、体中が酒臭い。
幸いこの斎場にはシャワー室があるから、スーツに着替えてシャワーを浴びる。
いや?逆だ、スーツを着たままシャワーを浴びるのはおかしい。
とにかく早く行こうはやく行ってスーツを浴びてシャワーを着なきゃ!

どう考えてもおかしい、どうやら酒少しが回ったようだ。
自然と早歩きになる、そうだ、その前にウシダさんに話を聞きにいかなければ。

今日は色々と忙しい、葬式を執り行うってのは本当に面倒だ。
というかこの葬式自体が非常識なのだが、ヒジョーシキなソーシキ、語呂はいい。
葬式屋なんか辞めてコピーライターにでもなろっかなー♪

と、突然足が止まる。
後ろから駆け足の音が聞こえた。

後ろを振り向くと、俺をめがけて全力疾走する人影。
ワセダ刑事。

まずい!この面倒くさい状況に業を煮やした田島が俺を拘束しにきたか?
となると厄介だ、まさかkの状況で非常手段を取ってきたとは。

俺は早歩きをかけ足に切り替えて、奴から逃げる。
だが、酒のせいか千鳥足になってしまう、畜生、あの糞リーマンが……
奴はもう、俺のすぐ後ろに迫ってきている!

クソッ!ここで終わりかよ!

「リカちゃああぁぁああぁん!」

! ?

ワセダはあのビッチ要員の婦警の名を叫びながら、俺の後ろを追い抜いて行った。
奴が走り去って行った方向は、嚢竿の控室。

あ、なんだそういうことか。
それなら全然問題はない、何一つとして問題は。

「ま、がんばれよ〜」

俺はワセダくんにエールを送りつつ、そのままそそくさと歩いて行った。

斎場の2階には、使われていない小部屋がある。
なんでも、昔はそこに遺体を安置していたそうで、今は誰も使いたがらず放置されている。
俺はその部屋の前に立ち、鉄製の頑丈なドアを10回叩いた。

しばらくすると、ドアの向こうから声がした。

「フラッシュ」
俺は答える。
「サンダー」


ドアが少し開く。
「ジロウくん、早く入って。」

ドアの隙間から、良く言えば気弱で温厚そうな好青年風の、
悪く言えばヲタ的なウシダさんの顔が見えた。

ドアが開くと、俺はその隙間に体を滑り込ませる。
さらに後ろ手でドアを閉めて鍵をかけた。

ウシダさんはいそいそと、部屋の中にあるデスクの椅子へと腰かける。
顔をしかめながら俺を見て言う。
「ジロウくん、酒臭くない?」
「仕方ないですよ、空気を読まない中年どもに絡まれたんでね」

「ふうん、客商売なんだからちゃんとしなよ」
「あなたが言うセリフですか」
俺は部屋の中を眺める。
デスクの上にあるのは、ノートPC2台と、デスクトップPC1台。
それから、小型の見慣れない無線機が2台。
無線機はノートPCとケーブルで接続されている。

更に、斎場の回線を無理やり引っ張ってきてそれをルータに繋いであり、
それがデスクトップPCにつながっている。
それと、小型無線機からはケーブルが延びており、そのケーブルは窓の外に出ている。
たぶん、斎場の上にアマチュア無線用のアンテナを設置したんだろう。

よくもまあ、こんだけの物を短時間で運び込んだもんだ。
これは全部、会社に置いてあるウシダさんの私物だ。

無線やらPCやらの知識を買われて入社したウシダさんは、
こういう事態のためにと私物の所持を許されている。

というか、“こういう事態”のためにって…本当に大丈夫か、うちの会社。

「とりあえず警察無線をエアチェックしたんだけどさ、特に動きはないよ。」
「本当ですか?」

「ウソ言ってどうするの?少なくとも機械は嘘つかないよ」
ウシダさんはデスクの上に置いてある小型無線機を見て誇らしげに言う。


「ていうか質問なんですけど」
「なんだい?」
「警察無線って確か今デジタル化されてますよね…なんで聴けるんですか?」

「警察に無線マニアの奴がいてさ、そいつ友達いないから、ポロポロ無線用のコード教えてくれるんだよね」
「じゃあその無線機は?」
「知り合いのチャイニーズに作ってもらった、凄いでしょ?」
威張るなこの犯罪者が。

「プレス関係の無線もあたって見たんだけど、全然動きないね。
というか斎場の近くに誰もいなかったでしょ?」

「そうですか…いよいよおかしいですね……」

「ウシダさん、ネットの情報とかはどうです?この葬式の事については何か報道は?」
「全然、まったく、さっぱり。おっかしいよねー、下手すりゃ報道されないんじゃない?」

・・・・・・・・・・・・・・なんだそりゃ?

「あとね、キミの学校関係者の事、色々と洗ってみたけど……あんまり良い噂ないね。
キミ知らないかも知れないけど、キミの学校の闇サイトあるの知ってた?」

「そりゃまあ噂程度には、というかあったんですか」
「あるよ」

無くていいよンなもん、まああったからこそ今の事態の情報源にはなるけどね。

「そこから色々と情報拾って裏を取れそうな奴だけピックアップしたんだけど…いろいろ凄いよ」

ウシダが洗った情報を要約すると以下のようになる。

・学校側は売春を見逃している。
・摘発しようと思えばできるのに、あえてそれをしない。
・学校の校長は広告代理店の重役と同窓
・重役とは誰か?今回殺された田中亜由の父親

「まあ、学校側が見て見ぬフリしてたったのは事実ですけどね。
でも、ホトケの父親の話は誰が言ってたんです?」

「おかあさんの世間話からこのネタを拾った子が書いてるみたいだったね。
PTAのおばさんも同じような話をしてたよ、その人のブログにもそういう事が書かれてたね。」

「へえ、でも噂話でしょ?」
「ところがそうでもないんだな……これ見て」

ウシダさんがPCを素早く操作して、それぞれの画面にブラウザを表示させる。

「大学の同窓会のHPがあるんだけど…ここ見て」
「えーなになに・・・田中秋彦…ああ、あのオヤジ、田中専務ね」
「それからここ・・・ほら、大山無知男、キミんとこの校長だよ、同年代卒になってるでしょ?」
「あ…確かにそうだ」

その情報から推測するに、今回の件は学校側と既に話がついていた可能性があるって事だ。
って事は…学校側が不祥事を隠すために手を打ったって事になる。
大手広告代理店なら、人脈を使えばどうにかプレスに手を回す事も不可能じゃない。

地元の新聞記者に金を掴ませる、いや、それまでもない。
上の奴が新聞社のお偉い方と話をつければいいだけだ。

でも…一体何のために?

「とにかく状況は掴めました、ありがとうございます。
ひとまず安心しましたよ。」

そう、今のところ状況はこちらの有利に動いている。
校長が不正を働こうが、広告屋が何をしようがこっちには関係ないのだ。

「こっちは散々だよ…せっかく趣味に没頭できると思ったのに無線は何にも音沙汰ナシじゃさ」

「…頭痛くなってきた、とりあえずシャワー浴びてきます。
特上寿司、ウシダさんの分もありますから。
後で届けさせますんで、もうちょい頑張ってください。それじゃ俺はこれで。」

特上寿司に起源を良くしたのか、ウシダさんは何も言わなかった。
俺はドアを開けて廊下へと出た。

「シャワー浴びなきゃ・・・」

俺はふらつく足取りで、控室を目指して歩きだした。
吐きそう・・・もうやだこの仕事。
廊下を千鳥足で歩いて歩いて歩く。
向こうの控室が遠く霞むようだ。
一瞬幽霊と擦れ違った気がする、早稲田刑事だ。
ブツブツ何かを呟いている。

「ウソ……ウソだ…あん……な…の…」

俺は視線を合わせないようにする。

まあ、これはこれで別段問題ないので俺は気にしない事にする。
気をよくした俺は、そのまま控室までたどり着くことに成功した。


あまりに気を良くしすぎた所為で、控室の鍵をかけ忘れたほどだった。

最近の斎場には、都合のいいことにシャワーがついている。

シャワー室で全身にお湯を浴びながら、俺は今後の事を考えていた。
早稲田の様子から見て、俺が打った適当極まりない“策”は功を奏したと考えるべきだろう。
幸い、ウシダさんに頼んだ“アレ”も仕込んである。
あとは部長に頼んだものが今夜中に揃えば、あとはどうとでもなる。

だが不確定要素もある。

ビッチの父親と部下たち。
あいつらが何を考えているのか全くもって不可解だ。

ま、マスコミとかが来ないってのは俺達にとっては好都合だ。
でも…あのオヤジの怯えた表情は一体なんだ?
それと、あの部下どもの余裕に満ちた顔は一体何なんだ?

確かあのオヤジの階級は専務だが、今回の事件を機会に格下げになる事は間違いない。
だからか?いや、そういう事じゃない。
なんだかそういうものとは違う気がする、不自然だ。
そうでなければ、初めて会った時のあの傲岸さのギャップに説明がつかなくなる。

(いや、そんな事考えてても仕方ねえ!)
俺は頭を振って考えないようにする。
もう策は動き出したのだし止めることはできない。

とにかく着替えて、また仕事に戻ろう。

俺はシャワーを止めて、室を出ようとした。

その時、ガチャリ、バタン、という音ともに控室のドアが開いた。

(……! 誰だ?)

そのまま耳を澄ませる。
小さな足音が聞こえ、そして控室の中を探る音が聞こえる。

引き出しとクローゼットが開けられ、中のものを引き出す音が聞こえる。
俺はシャワーを浴びながら状況を把握しようと努めた。
足音はどうやら男の物ではない、どちらかと言えば体重の軽い子供のような。

もしくは、女。

俺はその音を聞きながら、こちらから攻勢に出る事にする。
誰だか知らんが、とっ捕まえて事情を聴いてやる。

シャワー室のドアを薄く開けて「誰だ?」と言おうとする。

「山本君でしょ?」

女の声。
さきほど嚢竿に体を売ってた2−Aの女。

春野鬻(はるの ひさ)。

こんなところで何をやってる?
「こんなところで何をやってるの?社員さん探してるよ?」
からかうような口調でそいつは言った。

「お前こそそんなところで何やってんだ?この部屋には金目の物はねえぞ」

あははという小馬鹿にした声が響く。
「そんなの期待してないよ。鍵が開いてたから、それに泥棒目的で入ったんじゃないし。」

「そうだな…もう“客”は取らねぇみたいだしな」
「言うじゃん、あのお坊さん結構お金持ってるよね…3日分は儲けちゃった」

俺はシャワー室で頭を抱えた。
こいつの家は、なんら問題のある家じゃない。
確か親父はどこぞの商社のサラリーマンでそこそこの地位だって話。

そいつがウリやってる理由が俺にはわからなかった。

「で?もう一回聴くがこの部屋に何の用だ?」
「じゃあ」

ガチャ、と控室の鍵が閉まる音が聞こえた。

着衣が擦れ、パサパサと落ちる音。

こいつ……何考えてるんだ?
俺の一瞬の思考の隙を突いて、シャワー室のドアが開く。

一糸まとわぬ姿の春野が居た。

無駄な脂肪のない引き締まったウェストと、豊かな乳房。
腰まで降りた茶色いロングのストレートヘア。
黒く薄いアンダーヘアが対象を成していた。

女の裸なんてほとんど見た事のない俺の頭の中はそれだけでオーバークロック気味になりそうだった。
あと、下半身の一部分についても。

でも、春野の行動には明らかに裏がある。
あからさますぎる、だから俺は春野の言葉を待つ。

「あはは、山本くん“見たこと”ないんだね」
うるせえ。言いたい事があるんならさっさと言えよ。

「あのさ……山本君、何考えてるの?」
「ああ?」

「だって…すごい余裕じゃん。全然慌てないで、冷静にしてたよね?いろいろ」
「仕事だからな」

「いまも、ね」
「だからなんだよ…お前何がしたいんだ?」

ふふ、と春野は笑う。

「山本君が何考えてるのか知りたいの。
だって、どう考えてもヤバいじゃん。あの親子。」

あの親子?
春野は俺の表情を察したようだった。
「知らないみたいだね。」
春野は俺に一歩み寄る。

「田中さんのお兄さんね…ウリに関係してたんだって。
しかも、自分の妹がウリやってたのを知りながらね。」
「へえ…」

「田中さんのお兄さんね、どこからお客集めてきてたと思う?」

俺の耳元に囁く。
「田中さんのおとうさん」
「はあ?なんだそりゃ?」

もはや驚く気にもなれないが…つまりはそういう事か。
あの父親は息子を通して、女子高生を同僚たちに斡旋していたと。

「でも…ケッサクなのはさ、自分の娘もウリやってた事には気づいてなかったんだよね…
だから、亜由のお兄さんとお父さんは亜由が邪魔になったって事でしょ?」

「…」

「だから、ショーコインメツ、しようとしてるんだよね?
死体は燃やしちゃえば証拠なんて残らない。簡単だよね……」

春野がもう一歩踏み込み、俺の体に抱きついてくる。

「ね、取引しようよ……」
春野の胸とやわらかい二の腕が触れる。
「彼女になったげる。タダでヤらせてあげるし……口とか胸でしてあげるよ?」

春野の指が俺の腹から下腹部へと滑り降りてくる。

「ね、しよ。その代わり…」

俺は笑って春野の胸に触れると、そのままドアに突き飛ばした。
ちょうどよくドアが開いて、春野はシャワー室の外に転がった。

春野は控室の床に尻もちをついた、ま、これくらいは我慢して貰おうか。
「痛たたたた…てめえ!何すんだよ!コラァ!」
俺は笑って春野に言う。

「誰に頼まれた?」

春野は一瞬「え?」という顔になる。

「お前の常連客だろ?悪いけど今仕事中でさ、仕事が終わったら相手してやらないでもないぜ。
お前が頭からつまさきまで性病検査とエイズ検診受けて何も異常がでなけりゃな。」

春野の顔が鬼の形相になる。
般若かお前は。

「あんた…何考えてんの?ゲイ?ふざけんじゃねえよ!訴えるぞこの野郎!」

「そんな事言うより、お前の常連客に伝えとけよ。
取引持ちかけるならそっちから来いってな。なかなか楽しい経験だったわ、帰っていいよ。」

春野は鬼の形相を解くと、いつもの女らしい笑みをつくる。
「山本君、後悔するよ」
「もうしてる」

俺はそういうと、シャワー室のドアを閉めた。
ドアの外から、ペッという唾を吐く音と、急ぎ足の衣擦れの音が聞こえ。
ドアが開いて、閉まった。

俺はシャワー室のドアを開ける。
新品のスーツに唾が吐きかけられていた、しかも股間の部分に。

俺は慌てずに、笑顔で二着目の予備のスーツを取り出した。
俺は服を速やかに着替えると、廊下の外へ出る。

そこに待ち構えていたかのように、ネヅさんが来た。
寡黙な彼は、普段何も語らない。

年のころは20代なかばだろうか。
俺よりももっと遊んでいてしかるべき年頃かもしれない。
だが彼は髪も染めず、スーツを着崩さず、黙々と仕事をしている。

色物ぞろいのうちの会社じゃ、まずもってまともな人間だといえる。

ネヅさんは、俺に軽く会釈をすると、俺の横を通り過ぎつつ
すれ違いざまに包みを渡す。

四角い感触と、そして・・・“まだ”生暖かい感触。

こいつの中身がなんであるか分かっている俺は、
多少の吐き気を覚えつつも、俺の打った手がひとまず成功したことを確信する。

「ネヅさん、ありがと。」

俺はネヅさんの背中に向かって言う。
彼は片手を上げて会釈を返し、持ち場に戻った。

さて・・・俺は夜の仕込みをしなきゃならない。

まずはコイツを・・・と思ったところで、俺の背中を誰かがバシン!と強く叩いた。

「ジロォ〜ヤるじゃねえか?ああん?」

トラさんだ。
基本的に女(低年齢層含む)にしか興味のないこのおっさんは、
色物ぞろいのうちの会社でも以下略だ、うるせえこの野郎。

「いきなりなんですか?それにそっちの様子は?」

「そんな事よりお前の部屋から出てきたあの子どうしたよ?さっきの子だろぉ?」

トラさんは俺にしなだれかかりながら、酒くさい息をはきかける。
うわ、通夜酒飲みやがったコイツ最悪だ最悪。


「アレとはなんにもないですよ?それに・・・あいつはもうこっちの“手駒”です、ヤっちまおうもんなら足元すくわれるだけですよ?」

「ほぉう?じゃあさっきネヅが仕掛けたアレ、うまくいったのか」
「ええ、細工はりゅうりゅうってとこです。斎場の様子は?」

ふぁあああ、とトラさんは酒臭い息を吐きながら言う。
「どうもこうもねェよ。もう客は帰り始めてる。
あの刑事どもも大人しくなった。特にあの若けェのは特にな」

よし。

「大泣き、ですか?」
「おうとも!なんでかな・・・」

思案顔だったが、すぐに俺の笑みに気づく。

「オイ小僧、まさかお前ェ・・・」
「そういう事です、利用できるものは利用しないとね」

「おめえ・・・ああそうだ、部長が帰ってきたぜ。
お前が言ってた例のものも届いたらしい、行ってきな。」

「わかりました」
俺は黒い包みをトラさんに渡す。

「コイツの中身を確かめてください、一応ですが・・・」

「ひいやっほぉう!」

それを聞いてトラさんこと脳内射精男、大歓喜。

「い・・・いいのかぁ?」
「役得ってやつですよ」

「ほんとか!二郎ヨォ、おめえはほんと・・・いい奴だぜェ・・・」

涙ぐむ中年、うるせえ、さっさと行け。

「それにしてもあの野郎・・・一晩に“二人”とはなあ・・・うらやましい野郎だ」

「娑婆での最後の乱痴気騒ぎだと思えばいいでしょう?」

「だな、それじゃあ俺は・・・うへへへへへへ・・・」

トラさんはニタニタしながら、ウシダさんのいる部屋へと向かっていった。

「あ、それから。“暖かいほう”はクーラーボックスに入れて保管して!」

あいよゥ!と言う声とともにトラさんは走っていった。
「ってらっしゃーい」

さて・・・こいつでどう事態が転がるかはわからない。

だが、こいつはこの件を片付ける重要なピースだ。

黒い包みの中身はメモリースティックとビデオだ。
スティックには、春野と嚢竿の性交の様子が収められている。
そして、急遽俺のアドリブで嚢竿の部屋に仕掛けた監視カメラのビデオには・・・

あの婦警、リカとの行為の様子も収められている。


あの早稲田の落胆振りからして、
嚢竿とリカが行為に及んだことはまず間違いない。

俺がそう仕向けたからだ。

そして暖かいほうのモノ・・・そいつは、
嚢竿が使った、コンドーム。

どうだ?ゾッとするだろ?

でも・・・今の事態を打開するにはこいつは重要な物件となりうるハズだ。

「さあて・・・いよいよ本番だな」

俺は部長のいるであろう斎場の外を目指して歩き出した。
外はすでに夕方を過ぎ、真っ暗になっていた。

斎場からは多くの人が吐き出されていた、その中には俺のクラスメートや父母達の姿もあった。

彼らは清めの塩を玄関口で受け取ると、それぞれが帰路につこうとしていた。

その向こうに駐車場があり、そこに無骨なバンが止まっていた。

「山本葬儀社」

そっけなくペイントされている。

車のドアが開き、部長のタツミさんが降りてきた。

「部長、お疲れ様です。」

俺はそう言いながら頭を下げた。

「いやいや、君の言ったものを急ぎでそろえるには苦労したよ。
まあ揃ったからいいけどね・・・」

「お疲れ様です!」

毎度ながらこの人の熱心さには頭が下がる思いだ。

「ところで・・・そろそろ君の書いた絵図について詳しく聞かせてほしい。
ちょっと車の中まで来なさい。」

俺は車のドアを開けて助手席に滑り込むとドアをそっと閉める。

「さて、車の後ろにある例のものだが・・・持ってきたぞ。
アタッシュに納めてある、ひとまず車の中に置いおく。」

「わかりました」

そこで俺は、自身の計画について手短に説明した。

「なるほど、だが本当にそれで大丈夫か?」
「・・・ほかに方法はありません。誰かが犠牲になるしかないんです。」

俺は可能な限り沈痛な面持ちで語った。
本心としては、犠牲になる奴については特になんの思いいれも抱いていないが。

タツミさんは胸ポケットからゴロワーズの箱をを抜き出すと、
一本銜えてマッチを擦り、火をつけた。

「ならばしかたないだろうな・・・社長には私から言っておくよ。」

「ありがとうございます」

タツミさんは急に神妙な顔になって言った。

「夜が勝負だ、君の行動にわが社の命運がかかっている。
それを忘れずに行動しなさい。可能な限り助ける。」

「…わかってますよ」

さて、これで本当にいいのだろうか?
嫌、いいに決まっている。

いろいろと間違っているかもしれないが、
これ以外の正解はないのだ。

気づくと、タツミさんが俺にゴロワーズを一本銜えさせてくれた。
タツミさんがすかさず火をつける。

「ちょっ・・・俺未成年ですよ?」
「いいだろう?それに私は共犯者にはかならずタバコを勧める事にしてる」
「嫌煙者だったら?」
「そういう奴は信用しないんだ。さあ、吸いなさい。」

「なんで?」
「君にとっての娑婆での最後の一服になるかも・・・だろ?私にとっても」

違いない。
俺は勢いよく薫り高い煙を味わおうとした・・・が
結局咽てしまった、口の中には苦味しか広がらなかった。
見てしまった。
リカが、あの坊主と。
なんで、なんで、なんでだ!?
早稲田学巡査長は激しく煩悶していた。

遺族のあの堅苦しい母親に罵倒され尽くした彼女を慰めようと後を追った。
彼女が訪れたのはよりによってあの暑苦しい顔の坊主の部屋。

そこで彼女は奴に組み敷かれていた。
喜悦の表情を浮かべて喘いでいた。

彼女とは警察学校からの同期だ。
それなりに食事にも誘ったし、行楽にも出かけた。

「清く正しい」警官としてまっとうに生きようと思っていた。
それまでは真面目に仕事に取り組んできた、つもりだ。
確かに今まで生きてきて、複数の女と関係を持ったことはある。

だが、だが彼女は別だった。
理由は「とりあえずやらせてくれた」から、あと笑顔がかわいい、体もいい。
今まで付き合ってきた人間も大体同じような理由だったが、とにかく別だ、別なのだ。

それなのに、なぜ、どうして、どうして、どうして、どうして…
気に入らない。
斎場の座布団にあぐらをかきつつ、田島洋介警部補は思った。

この事件についてもそうだし、俺の横でなきじゃくった挙句通夜酒の残りをかっくらっている後輩のワセダもそうだ。
おまけに婦警のリカはどこかにフけやがった。
おそらく、遺族のあの母親に罵倒され倒したのが何より堪えたのだろう。
早稲田から話を聞けば、あの坊主と寝ていたとかなんとか。

実は、田島はリカとこっそり寝たことがある。
無論早稲田には内緒で。
ばれれば面倒だ、だから一回寝た程度で済ませた。
まあ、良くある事だ。
俺の知る限りでは、ああいう女には良くある事なのだ。

彼はいつにも増して不機嫌だった。
何故なら、この事件は本来解決してもしなくてもいい仕事だから。

売春に関わっていた女子高生が、客とのトラブルで殺される。
だが、その売春行為に手を染めていたのは女子高生だけではない。

その兄もまた、関わっていた。
しかも女の斡旋役として。

こんな事件はかれの長きにわたる警官人生において「見飽きた」部類に入る。

解決に至るルートも目に見えていた。
娼婦が殺され、その“ぽん引き”もあえなくご用。
そんなところだ。
だがこういう事件の場合、犯人を検挙してもあまり意味はない。

もっと大きな売春組織。
まぁヤクザやらなんやらが絡んでいる。

兄は組織においては「枝」の一本でしかない。
謙虚しても枝一本切った程度、その組織を殺すまでには至らない。
また新しいが生えてくるだけだ。
しかも、前よりも巧妙に偽装された枝が。

上からも、それとなく言い含められていた。
「あまり深入りするな」と。
それを証拠に、今回の事件はマスコミ関係には伏せられたままだった。
被害者の父親が大手広告代理店の役員ともなれば、これくらいはできるんだろう。

遺族の同僚として着ていたあの仕立てのいいスーツを着た連中。
あいつらなら…無理もない。

(だが…)
彼は考える。
たぶん、死んだ女子高生の兄を辿れば「根元」に行き当たる。
そこを抑えれば、そいつをしかるべき筋につき出せば、どうだ?
俺は栄達できるんじゃなかろうか?
階級は警部補から警部くらいまでにはなれるかもしれない。
(…らしくもない)
田島はらちもない考えを振り切った。
(そんな事をしたって…上に嗅ぎ付けられて終わりだ)

まっとうな警察官なら憤りを覚える事件だ。
なんとしてでも犯人を検挙しようと思うだろう。

だが田島はいわゆる「まっとうな警官」ではない。
若いころには、自分の昇進のためならなんでもした。
だが、それでも警部補止まり。

さらに上に行くには、ノンキャリアの自分には厳しい。
その時点で彼は、なんだかやる気を失った。

自分の今までやってきたことを振り返れば、今までロクな事をしてこなかった。
誤認逮捕、任意同行の末の恐喝めいた自白強要、暴行、器物破損、交通法規無視。
犯罪者の女を無理やり奪ったあげく、路傍に捨て置いたこともあった。
そんな彼の警察官人生は、彼が実現すべき「社会正義」などとは無縁のものだった。

それが分かっていたらかこそ、彼はやる気がなかった。
ここまでやっても、彼はいまだに栄達には至っていないのだ。

だから。

(適当に犯罪者をいじめて、年金もらって余生を暮らそう。)

そう彼は考えていた。

(だが…あの小僧は面白かったな。何考えてるのかねぇ、明日になりゃ葬式どころじゃないのに。)
そう、あの小僧は彼の気分を紛らわせてくれた。

高校生なのに、何故か葬儀の一切を取り仕切っているあの小僧。
聞けば、なにやら修行だ見習いだという理由でやっているらしい。

平成のこの世の中に、こんな事があるとは笑わせてくれる。
まるで江戸時代の丁稚奉公のようだ。

だがあの小僧、こちらの意図を的確に見抜いているような節があった。
田島はタバコをくわえて火を点ける。

(…まさかとは思うが、もしそうならどうだ?)

田島の勘が告げた。

「あの小僧は見逃せない」と。

もしかしたら、関係者が証拠隠滅を図ったのかもしれない。
あの小僧もなにやら不自然だ、こちらに協力しようという姿勢が微塵もない。
それに…リカをあの坊主が寝たのは、そもそも偶然か?
偶然だと考えるべきだが、それには少々都合が良すぎるかもしれない。
リカと坊主と早稲田、こいつらが巻き込まれた事と今回の件、このまま放置すればどうなる?

田島の脳裏に、ある絵図が浮かび上がる。

だとするならもはや動くべきだ、あの死体を抑える。
「おい早稲田…」
横を見ると、早稲田は眠っていた。
気づくと、早稲田の横には焼酎の瓶が置かれていた。

おかしい。
たしか早稲田の横には小さな瓶ビールが置かれていたはず。
注文なんかしていない。

…もういい、自分一人でも動く。

そう決意し、腰を浮かせたときだった。

「失礼、よろしいですか?」

声をかけられた。
40代そこらの、身なりのいい紳士、

見ると、胸には葬儀社員である事を示すカードを付けていた。

「山本葬儀社の、タツミさんね…何か用ですか?」
「はい。そちらの連れのお方ですが…どうされましたか?」

田島は鷹揚に言う。
「申し訳ない。こいつ、被害者の娘さんにいたく同情したらしくてね。」

「はあ、それは。」

「こいつはまだ若い。だから酒をかっ食らって辛さを消そうとしたんだ…」

「胸中、お察しします。」

「現職の公務員にはあるまじき行動だ。だが、許してほしい。」

「いいえ、ご来場いただいた方はどなたでもお客様ですから。」

「そうですか…それなら一つお願いしたいのですが」

「はい、なんなりと。」

「俺たちは公務員だ、つまり“公務”のために来ている。
だから…早いところ、その公務をやらせてくれないかな。」

「出来かねます」

「それは困るな…あんた部長なんだろ?それならあんたの権限でさ…あの小僧には申し訳ないが」

「困りますね…ですが…今回の件で、実はお耳に入れたほうがいいかも知れない事があります。」

「へえ、それは何だ?」

「そもそも今回の件…社長の独断なのです。下で働く私にとってどうすればいいか…
正直なところ測りかねるのです、社長の意思がね。」

「…興味深い話だな?」

「お話の続きは、別のところでしましょう。
お連れの方は、空き部屋にお通しします。お布団も用意しますよ?」

「気の利いた斎場だな?」
「ありがとうございます」
そして夜が来た。
葬儀の参列者達は帰っていき、俺たちは斎場の片づけを完遂した。

遺族は休憩場所へと行った。
母親は死者のそばで眠りたいと頑なに言ったが、
「明日また会えますよ」の一言でやむなく断念した。
父親の何気ない視線も影響を与えた。

これでいい。

俺は腕時計を確かめる。
今丁度零時を回った頃だった。

刑事達の片方は酒に酔わせて眠らせる事に成功した。
まあ、あの糞坊主に無理やり誘導した結果がこうだ。
自分を褒めてやりたい。

もう片方はというと…タツミさんに任せてある。
俺は動きやすい服装に着替えて、道具を点検する。

俺はタツミさんから貰った大型のアタッシュを開く。
そこには、四角い箱にノズルのついたドンガラが入っている。
ポータブル・レーザー
刺青除去に使われるレーザー装置を小型化したものだ。
電源は斎場のコンセントから引いてなんとかなるだろう。

最後に薄い手袋を嵌める。
これでよし。

俺はアタッシュを閉じると、そいつを持ち上げる。
うわっ重い…だが、兎に角朝までにこいつを仕上なけりゃならない。

俺はよっこらしょとアタッシュを持ち上げて、控え室を出る。

暗い廊下をとぼとぼ歩く。

斎場まで1分とかからない。
だが、俺はどうにもひっかかっていた。

「山本君、後悔するよ」

春野のあの言葉だ。
そして、斎場で感じたあの刺すような誰かの視線。

あいつが考えている事はなんとなくわかる。
死んだ女、田中亜由の死体を司直に引き渡す事。

だが何故?それも説明はつく。
しかしそれを思案しても仕方がない。
俺はやれる事をやるだけだ。

その時、背後から何か音が聞こえた。

足音?

振り返ると、気配は消える。

なんだ?誰かいるのか?
だがそこには廊下があるだけだった。

俺は気を取り直して斎場へと向かった。

斎場には予定通り誰もいなかった。
電気は消されている。

そこにあるのは葬儀用の段と、棺があるばかり。
棺にはしっかりと蓋がされていた。
明日にはこの棺に釘が打たれる事になる。

俺は棺の傍らにアタッシュを置くと、棺の蓋を開けた。
そこには、ケバい死に化粧の女が居た。

俺は無言で両手を合わせると、心の中でつぶやく。
(南無阿弥陀仏、まあ恨むなよ)

そして、俺は作業に入る。

死人の腕を取る。
常人なら怖気が走るだろうが俺は気にしない。

腕には頭痛がするような文字の刺青があった。

「ShoChanあぃしてる」

俺は電源ケーブルをコンセントに繋ぐ。
大丈夫、この斎場の使用電力のほとんどは切った。
これなら上手く作動するはずだ。

本体にスイッチを入れ、今度はレーザのグリップを握る。
溶接機のような形状のレーザーの引き金を引くと、クリスタルから明るい光が走る。

良し!


俺は直ちに作業に入った。
俺はレーザーを入れ墨に当てる。

「ShoChanあぃしてる」

この文字の“S”と…“h”の出っ張った部分を消す。
普通、刺青の除去には複数の種類のレーザーがいる。
幸い、死んだ女の腕に使われていた刺青のガラは単色だった。
だから、装置も一種類で済んだ。

消し終わる。

「n o Chan あぃしてる」

のうちゃん愛してる。

これでよし!

のうちゃんと言えば、誰あろうこの超絶生臭堕地獄女犯坊主。
つまりあの糞坊主「福浄院嚢竿(ふくじょういんのうかん)」その人に他ならない。

そう。

俺のプランとは…「罪のなすりつけ」

もともと素行の悪かったあの坊主を真犯人に仕立て上げ、
そいつを司直に渡す。

それが俺のプランだ。

そのためには…多少強引でもこの刺青を加工する必要があったのだ。
そして今、それが成った。

今までの苦労が偲ばれる。
さて、後は道具を仕舞って寝るだけ!

あの坊主には悪いが…これで会社もどうにかなるってもんだ。

その時だった。

「山本君?何してるの?」

聞き覚えのある声。
まるで面白いおもちゃを見つけたかのような、弾んだ声。

俺は顔をあげると、そこには春野が居た。
「どうしたの?山本君?そんなところで…アユちゃんの死体で何してるの?」

糞ッ!
こいつのことは計算外だった…だが…だが今ならどうにかなる。

「その機械?何?あはは♪それでアユちゃんの死体をどうにかするの?
それってイホーじゃない?イタイソンカイ…とかなんとかさ?」

畜生、楽しそうに言いやがる。
「春野、なんでお前…」

春野は、に嗜虐的な笑みを浮かべてこう告げる。

「あたしの誘いを断った時点でな〜んかおかしいなって思ったの」

「あのね?春野さんの事は知ってるよ?お兄さんの事も。
だってあたしも…お兄さんに“アッセン”されたんだもん」

「ほう、そいつはいけないな。PTAにチクるぜ?」
「平気だよ、PTAの人も互助会の一員だもん」

「互助会?なんだそりゃ?」
「ひとことでいうと…女子高生とHしたいオトナの集まりだね♪
だから、うちの学校のお父さんの中にもいるよ♪偉い会社の人とかも」

「へえ…そら面白いな」

なるほどな、だが…こいつの余裕はなんだ?

「そうかい、いろいろ教えてくれてありがとうよ。だがそんな事俺にベラベラ喋っていいのか?」

春野は、とても魅力的な笑みを浮かべて続ける。

「メイドノミヤゲだってさ。おじさんたちが教えてあげなさいって。」

なに?

「おい、お前まさか…」

全身に鳥肌が立つ。

さっきの足音が聞こえてくる。
一つ、二つ、三つ、四つ、どんどん増える。

総勢6人の男が入ってきた。

「殺すのは私じゃないよ♪私のおとくいさん」

俺は恐怖で動けなかった。
全身に脂汗が流れる。

殺される。
絶対、殺される。

師匠筋にあたる納棺師の言葉が脳裏をよぎる。

死体はただの物だ、人間の命の抜け殻だ。
だから怖くなんかない、むしろ手厚く葬るべきものだ。

むしろ怖がるべきなのは――生きている人間さ。


気づくと、春野が俺の耳元にまで近づいていた。
囁く。恋人に告げるようなやさしい声で。

「お葬式はできないよ…どこかの山に埋めてあげるんだって。」

ひっ!

俺は叫ぼうとした。
だが、6人の中の一人が俺の口にガムテープを貼り付ける。

暴れる俺を男が引きずり倒し、6人は円陣を組んで俺を見下ろす。

「いやあ、君すごいねえ。まさか死体をどうにかしようなんて…いけない子だよ」

その声には聞き覚えがあった。
俺の頭にビールをぶちまけた、肥満体の男。

そうかよ。
広告代理店の役員様がこぞって援助交際とはね。

「君に敬意を表して、すこしずつ殺す。まあ殴打がいいところか。
そのほうが、なんだ。君の経験にもなるだろう?」

な、何言ってやがる。
暗いなかで眼が光る、同考えてもまともじゃなかった。

「来世にはこんなことをしないようにってね…じゃあ始めようか」

男の室内履きのつま先が、俺の顔面にめり込んだ。
俺は耐えていた。

俺は一人づつ、計10発以上は殴られている。
すでに鼻からは血があふれ出し、口元は切れ、目は腫れ上がっていた。

一人が俺を羽交い絞めにし、一人づつ殴打や蹴りを見舞う。
一人が俺の顔に唾を吐きかける。

「おやおやそんな事していいんですか常務?体液から身元がバレますよ?」
「クククかまわんよ、こういう事は経験済みでね…もう2人殺してるん…だっ」

腹に重いのが一発くる。
骨に響くほどの激痛に俺は悲鳴を上げそうになった。
こいつ…メリケンサックを…
たまらずくず折れそうになる体を、俺をはがい締めにしている男が支える。

「まだまだ…若い人がこの程度で逝ってもらっては困るよ…」

さらに蹴りが飛ぶ。
消して見栄えの良くないフォームだが、サンドバッグ状態の俺には関係ない。

さらに一発、もう二発、三発。
なにもかもがどうでもよくなってきた。

笑い声が漏れる。
大笑いではなく、クスクスという声が。

こうやってこいつらは、自分の都合の悪いことを闇に葬って来たのだ。
俺はもう限界だった。

俺は最後の最後で失敗した…もう終わりだ。

…というフリをした。
全身は激痛でどうにかなっていた。
それを証拠に、俺は小便を漏らしていた。

そして、俺を羽交い絞めにしていた男が、俺の口からガムテープを剥がした。

「さて…最後に言い残したい事はないかね」
「かっこいいのを頼むよ」
「そのほうが生め甲斐があるからね」
「君の死体を蹂躙した後に埋めるのもいいね」
「どちらにしろ証拠はのこらな」

「クズ」

俺は全身の力を込めて言った。
ククク…という笑いがこみ上げて来る。

「このクズが。お前らには葬送される資格すらない。
無縁仏になる権利すらもない。なぜならお前らは屑だからだ…知らなかったか?」

「ほう…それならこうしよう。今すぐ首の骨を折ってやる。
痛いぞ…君に耐えられるかな?」

クロスした腕に力が篭る。
俺は目をつぶった。
これで楽になれる。
これで。

突然、目に痛いほどの光が走る。

その刹那、男の腕から力が抜けた。
振りほどく。

振り返るとそこには、いつも寡黙なナイスガイ、ネズさんがいた。
その傍らには、スケベなおっさんことトラさんも。

そう、これで楽になれる。
どう贔屓目に見ても、これでこいつらは終わりだ。
俺はその隙に、棺の前にドカっと座る。

あぐらをかいて、タツミさんから貰ったゴロワーズをポケットから取り出し。
さらに、焼香盆を引き寄せる。

マッチを摺って、火を点け、ゆっくりと吸い込む。

咳き込まずに、煙を吐き出す。
まさに夢心地。

歌でも歌いだしたい気分だった。
くわえタバコで闇の中の闘争を見つめる。

気づけば口ずさんでいる。
「スゥイング・ビバップ・ハード・アウト スイングしなけりゃ意味がない…」

闇に白い手が一閃する。

ネズさんの白い腕が、神速で男の腹に叩き込まれる。
「うげっ」
前かがみになったところで手刀が喉元を叩き、男は昏倒する。
琉球空手免許皆伝だったかなんだかは知らないが、ネズさんは荒事に滅法強い。

「スゥイング・ビバップ・ハード・アウト 明日の事など気にしない…」

返す刀で右斜め上に回し蹴り。
後ろに迫った男の顎を華麗にカットし、脳震盪を起こしてまた倒れる。

 スゥイング
「葬 式 ひとつで シャバダバダバッダ あの世もこの世も独り占め! カモン!」

トラさんは、背後から襲い掛かってきた一人を掴み、背負い、そのまま叩きつける。
「重いなァこン畜生!」
そう言いながら、懐からナイフを取り出して突っ込んでくる男と向かい合う。
 スゥイング
「葬 式 ひとつで シャバダバダバッダ お前も 俺も シャッダバッダ」

トラさんがナイフを持った手をすかさず掴み、足払いをかけて転ばす。

 スゥイング
「葬 式 ひとつで シャバダバダバッダ 可愛いあの子を独り占め!カモン!」
転んだ所に、トラさんの膝蹴りが叩き込まれる。
男はたまらず昏倒する。

「スゥイング・ビバップ・ハード・アウト スイングしなけりゃ意味がない…」
ネズさんが股間に蹴りを一撃見舞うと、さらに男のすぐ近くまで神速で踏み込む。
腰を沈めて大振りの一撃をかわすと、掌底を顎に見舞う。
これで五人。

「スゥイング・ビバップ・ハード・アウト 明日の事など気にしない…」
ネズさんが最後の一人に詰め寄る。
「スゥイング・ビバップ・ハード・アウト 世界まるごとバンババン」
トラさんが大きく息を吸う。

「なっ…なあやめてくれ…私にはまだ家のローンがっゴエッ」

トラさんとネズさんの突きが男の腹に突き刺さり、男は倒れた。

なぁに歌ってんだオイ、とトラさんが言う。
ネズさんは何も言わずにっこりと微笑む。

「くうの…おそいれすよ」

ヘヘ、とトラさんが言う。

「まあこの場合は仕方ねえよなァ…いちおうこれも社長命令なんだぜ?」
「ははあ、もういいです。
でもさふがですね、もと、りくじってほんとうだったんれすか」

うるせえな、乙女の過去にどうこういうんじゃねえ。
などと寅さんは言う。

「ところでこいつらどうする?」
「別室にお通しください。彼らが最後の道具ですんで。」

「回復がはええな、さすがだぜ。」

ええ、まあ、毎日兄貴に殴られてるようなもんだしこの程度屁でもないって。
もっともこいつらには堪えただろうけど。

気づくと春野は逃げ去っていた。
道具を点検する。
無事。

「さて…式の始末といきましょうか。楽しい楽しい後始末をね」

俺は倒れ臥した肥満体どもを睨んで、楽しそうに言った。
「…それで?あなたの言いたいことは分かった。」

田島は紫煙を吐き出しながら言った。

「あの坊さんが常習的に援助交際をやってて、今回の件に関わっていると?」
「はい、そうです。」

「だがなタツミさん…ホシはどう考えてもあの兄貴だ。
何故なら、証拠は上がってる。あの刺青だよ刺青。」

「ほう…どんな」
「あの兄貴の名前が彫ってある刺青だよ。あればっかりは動かせねえぜ?」

「その証拠?動いたとしたら?」

「なっ!まさか…アンタ…」

「何を仰りたいのかは重々承知です。
でもね…その証拠、初めから上の方たちは重視していないのでは?」

「確かにそうだが…」

「それに、あのご家庭から犯罪者がでなければ?この事件自体はどうでもいいもので終わりですよ?どうせプレス関係者は来ませんでしたし。」

「鑑識ではあの刺青の部分までは、写真に撮れなかったですよね…?
そもそもあなた方が出張ってきたのもそれが原因です、違いますか?」

「だがな、俺があんたの話を呑んだところでだ。
俺はどうなる!?冤罪のでっちあげに加担する事になるんだぞ?」

「保障、ですか。それなら心配には及びません。
もっと大きな“ヤマ”が作れますよ。」

「ほう、聞くだけ聞こうか。」

「けして損はさせません、させませんとも。」

タツミはほくそ笑んだ。
成功だ。
そして、夜が明けた。

長い一夜だったような気がする。
結局俺は痛みで眠ることができなかった。
手当てはトラさんがしてくれた。

打撲部分を氷で冷やし、体中に湿布を貼って包帯で巻く。
あのガサツなおっさんに似合わない細やかな施療だった。

意外そうな顔をする俺にトラさんはこう言った。

「ま、昔取った杵柄ってやつでな。
だがお前さん運がいいな、アバラは折れてない。
ま、この件が終わったら病院で精密検査だな」

うげげっ

いやそうな顔をする俺にトラさんは続けて言う。

「本当ならお前さんには野戦病院が必要なんだぜ、マジな話」

全く、社長もキツイよなあホント。
などとトラさんは言っていた。

ああ、おれもそう思うよ(棒読み)。

眠れない理由はもうひとつあった。
ネズさんとトラさんが殴り倒した役員どもが、別室で眠っていたからだ。
あいつらが起きだして俺を殺す可能性もある。

だが、その心配はすぐに無くなった。
突然、そいつらの部下がそいつらを引き取ったからだ。

その中には、通夜でいびられていた若手社員も居た。
ほとんどの連中は嫌々という顔だったが、彼だけはそういう顔はしていなかった。

タツミさんがそれとなく手をまわしてくれたらしい。
それを証拠に、作業完了後、タツミさんは彼にタバコを勧めていた。

新たな共犯者、誕生の瞬間ってやつだ。

だから俺は安心して眠った。
次の日の朝。

遺体を焼き場に移す時が来た。

斎場には家族一同がそろっていた。
父母兄妹。

それぞれがそれぞれの表情を浮かべている。

母親は涙を浮かべて、何度も何度も我が娘の頬を撫でていた。
妹はただなきじゃくっていた。

兄は複雑な表情を浮かべ、父親の顔を何度も伺っていた。
父親は、無表情だった。

その顔を、嚢竿が慈愛と精力に満ちた顔で眺めている。
一晩に二人も抱いたくせにたいした野郎だ。

俺は息を吸い込み、遺体の運び出しを告げようとした。

「待って!待ってください!」

全員が顔を上げる。

そこには、正義のオーラ(寝取られた恨みともいう)を全身に漲らせた、青年の姿があった!

早稲田学巡査長その人である!

「待ってください!その遺体の運び出し!待って!」
早稲田は警察手帳を高々と掲げる。

父親と兄の顔が凍りつく。

「警察です!遺体の再確認に参りました!全員動かないで!動けば公務執行妨害で逮捕します!」

早稲田は気づいた。
自分は今まで、こんなに恐ろしい声を出した事がないのではないかと。

そして、警察官特有の威圧眼差し的な眼差しで全員を睨むと棺に歩み寄る。

早稲田に掴みかかろうとする母親を、後ろから忍び寄った田島が抑える。
「待って!やめて!それは私の娘なんですよ!貴方はッ!恥を知りなさいッ!離してッ!離しなさいッ!このケダモノッ!鬼ッ!畜生ッ!」

その言葉を聴いて、父親と兄が視線を下に向けたのを田島は見逃さなかった。
(やっぱりか…こいつら“枝”だったんだな…)

早稲田は棺を開き、遺体の腕を確認する。

「田島さん!ありました!刺青です!」
田島は母親を突き離す。

母親は全身から力が抜けたようにへたり込み、泣き始めた。

「早稲田!カメラだ!撮れ!」

早稲田は懐から取り出したデジタルカメラで、刺青を撮影する。

その瞬間。腰を浮かせた父親と兄も、全身から力を抜いて崩れ落ちた。
目の焦点が合っていない。

そして、その様子を妹は見ていた。

「確認します! n o Chanあぃしてる と彫られています!」

「良しッ!早稲田!確保だ!否!逮捕!逮捕だッ!」

「はい!」

そう答えた早稲田は、飛び掛った。
崩れ落ちた父親でも兄でもなく、状況を把握していない美顔の坊主に。

「なっ!なななんっだッ!?お、お、お前は一体!」

「口答えをするなッ!この生臭野郎が!」
GWAAAAAAAAAAAASHAHHHHHHHHHHHHHHHH!

早稲田の正義の怒り(寝取られた恨みともいう)を込めた拳が嚢竿の顎に炸裂する。

「ぐっごああああ!」

嚢竿が法衣をたなびかせて畳の上に倒れると、
早稲田は荒い息をついて嚢竿に手錠をかけた。

ガチャリ!

「じゅ…10時11分!福浄院嚢竿(ふくじょういんのうかん)こと高田健一!逮捕ォォオ!」

早稲田は泣いていた。
それが寝取られた女に対する諦観なのか、初逮捕の喜びによるものなのか。
それは誰にも分からなかった。

田島は早稲田の肩をそっと叩いた。

「ご苦労だったなワセダ、これでお前も立派な警官だ。」
「田島さん…自分はッ!自分は…」

俺はその茶番を横目で見ながら呟く。

(ご苦労さん)

「二朗!おい!二朗!これはどういう事だッ!」
嚢竿が叫ぶ。
俺はその場に駆け寄って嚢竿に囁く。

「今までの淫行が祟ったのさ、それに…今回の件が失敗したら…
その時は俺を寺の小坊主として預かって、俺の尻穴を好きにするつもりだったって話じゃないか…兄貴がそう約束したって…だからさ」

「ぐっああああ!貴様ら!仏罰が!仏罰が下るぞ!あああああああああ!」

神妙にしろ!と言われ、嚢竿は早稲田に引きずられていった。
兄の眼は宙を泳いでいた。

「え…なに…終わった…の?親父?終わったのか?」

辺りに俺たちがいる事も構わず言う。
それを心得ている父親は、あえて優しい父親を演じることでその場を切り抜けようとした。

「ああ、これで全部終わった。終わったんだよ。」

父親は残った田島に向き直り、頭を下げる。
それにつられて、兄も頭を下げた。

「ありがとうございます。しかし、まさかお坊さんが犯人だったとは。」

田島は鷹揚に答える。

「実は、彼の事は我が署でもちょっとした監視対象でしてね。
で、今回刺青を見てみたら…驚きでしたよ。
しかも彼の私物からビデオテープが発見されましてね。
それを確認したところ、彼が援助交際を行っていた事が分かったんですよ。」

それを聞いた父親は更に深く頭を下げる。
でかい頭が畳に溶け込みそうなくらい。

「そうですか…しかし、これで亜由も成仏できます。」

本当にそうかい?

田島は呟く。

父子二人は突然の異変に頭を上げる。

「ははは!ははははははははははははははッはァ!そんなワケねえ〜だろォがよォ…この悪党が。」
突然、地から湧き出るような声で田島が凄んだ。
目には喜悦が浮かんでいた。

「なっ!何を言っているんです…」

田島は左足で父親の頭を踏みつける。
続いて右足で、逃げようとしていた息子の膝を踏みつけた。

「いいかァ?よゥく聞けよこのクズボケカスチンピラ野郎どもが!
そこの青ヒョウタンがポン引きだって事は分かってんだ!それから…
てめえがクソ売春野郎どもの“枝”だって事もな!」

仏よ、人の望みの喜びを。

そう、彼は今まさにつかんでいた。

絶好の金ヅルを。
売春組織の枝を掴んだ。

しかも、大手広告店重役にその組織網は広がっている。
こいつらの何割かを検挙すれば昇進の材料になる。
警部補が警視になるくらいは簡単だ、警察組織の外で絡まりあう利害の糸を掴めば。

そして、その中から金を持つ連中をチョイスして、強請る、強請る、強請り続ける。
しかも強請られる「正当な理由」がある。
彼らは無罪ではないから金を払い続けるだろう。
払わなければ、もしくは払ってもまた払う羽目になる。
しゃぶり倒された後に、天下晴れて公権力執行。
組織の壊滅をはかる。
組織は別の組織とも繋がりはあるだろうから、その網からさらに別の生贄を選び出す。

無限の鉱脈だ。
田島警部補は今まさに、全世界から祝福された存在と言っても過言ではなかった。

いやーやっぱケーサツってお国公認のやくざなんだなーこええー

「馬鹿な…くそっ!足をどけろ!一体何の証拠があるんだ!」

「証拠ォ?あるよ馬鹿野郎!」

俺は恭しく田島に携帯を渡す。

「ああ、俺だ。とりあえずひと働きだ。ああ、勿論そいつは約束するぜ。
さて、我らがアイドルのお言葉だ。フリーハンドモードでお楽しみやがれ!」

「もしもし〜♪おじさんにぃお兄さん?わ・た・し☆春野鬻(はるのひさ)ちゃんだよ〜♪」

その声を聞いて二人は彫像のように固まる。
マニフォかアストロンかは知らないが、こうかはばつぐんだ!

「あのねぇ、実はバイシュンやさんの事ばれちゃった♪だからわたし決めたの!
フツーの女の子に戻ります♪でもぉ〜私が関わってた事ばらされたら大変だよね♪
だ・か・ら☆責任とってねえ〜」

「ま、待て春野!俺は!」
あのクソ息子が叫ぶ。
「まってくれヒサちゃん!俺だよ!専務さんだよ!専務!なあ頼む!お小遣いならいくらでもあげるから!だから!」
親父も負けずに叫ぶ。
「ム・ダ☆とにかく刑事さんにはお話ぜーんぶ通してあるからぁ♪消えてネ★じゃあねぇ〜」

「かっ…あっあっああああああああああああああ嘘だあああああああッ!」
「おっあああああああああああああああ!馬鹿なッ俺のッ俺の資産ッキャリアッ!女ッ女ッ女たちが…ああああああああああ!」

俺はそっと“おりん”を手のひらの上に乗せ、鐘叩きで叩く。


チィィイイイイイィン――

「南無…」

合掌。

俺が、タツミさんが、ネズさんが、トラさんが、盗聴業務から開放されたウシダさんが。

それぞれ手を合わせ、喪われた人生へ冥福を祈った――
その後の事は今でも覚えている。

売春組織への情報提供を条件に命だけは助けてほしいと懇願した父子は、
そのまま焼き場へと向かった。

俺たちは斎場を片付け、焼き場へと遺体を搬送した。
最近なら最新式の焼き場を使うのが普通だが、
今回は昔ながらの焼き場を使うことにした。

あの女への、せめてもの手向けになると思い、俺が急遽手配した。

燃え盛る薪のにおいが鼻を突いた。
葬式中に坊主が居ないのにどうしたかって?


「摩訶般若波羅蜜多心経(はんにゃはらみたしんぎょう)」

門前の葬儀屋、習わぬ経を読み、さ。

遺族の様子を見ると、全員が涙していた。

亡き娘への母の悲しみ。
姉への祈りと、無常な父と兄への滂沱の涙。
そして父子二人は、これからの人生が困難なものに成り果てた事に対する涙。

だが、誰もが悲しんでいた事は事実だ。

焼き場から立ち上る煙が、天へと昇っていった。

「羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦 (ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい )
「羯諦羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦菩提薩婆訶。般若心経。 ( ぼじそわか  はんにゃしんぎょう )」


かくして、俺の仕事は終わった。

それから数日後の事だ──あいつに呼び出されたのは。
今回の件は結局ニュースにはならなかった。
まあ、広告業界絡みだから当然といえば当然か。

しかし、その裏側では田島警視(出世してた!)が警視正を目指して暗闘を繰り広げているはずだ。

ちなみに、あの家族だが、母親に真相を告げる事は避けた。

「金ヅルのアフターケアはきちんとしとかにゃあ」というのが田島氏のお言葉。
すっかりヤクザになられたようでお目出度い。
まあ、あの妹は真相に感づいていたようだから…いずれは離婚するだろうな。
実は、離婚調停のための相談先は田島さんが手配済みらしい。

あの父親、まず間違いなく慰謝料を払う事になるだろう。
自業自得だ。

葬儀が終わり、俺はいつもの学生生活に戻った。
葬式の事でクラスメートにからかわれる事になったが、それもすぐに慣れた。

まあ、死線をくぐった割りに、俺は凄まじい回復力を発揮して学生生活に戻ることとなった。

そしてある日、俺は春野に呼び出された。
放課後、学校の屋上にて待つとの事。

空は高く澄み渡っていた。

屋上の片隅に見慣れた人影を見つける。

「手前ェ…何の用だ?また俺を殺す気か?」

「いきなりそれはないんじゃないかな、山本君。」

春野は、あの夜に見せた穢れのないような(実際には産業廃棄物並みに穢れているが)笑みを送る。

「実はね、転校する事になったの。」

「ほぉう。そりゃああんだけヤッてりゃあな…」

「だからさ、転校記念に…一回くらいいいんじゃないかなって」

「断る!誰がてめえなんぞと!」
べッと俺は唾を吐き捨てた。

「あはは、そういうと思ったよ。
でもね、“ウリ”やめるっていうのは本当。これがいい機会になったかも。」

「で、いつなんだ?よそに行くのは?」

「今日」

「そうか、じゃーな。」

「そうそう、せっかくだからさ。山本君にあだなつけてあげたわ。
もう先輩にもクラスの皆にも流してあるから…じゃあね」

「待てよ」
俺は春野を呼び止める。

「あのな…春野…俺…じつはずっと…」
「え?」

屋上に風が吹いた。
お互いの視線が絡み合う。
俺は春野のそばに寄り添いながら呟く。

「この野郎ッ!」

グシャッ!

俺は右足を踏み込むと、慢心の力を込めて春野の顔を殴った。
血飛沫がコンクリートの床に飛び散った。

春野の鼻から、一本の赤い筋が流れている。
あいつは「男が自分を殴るなんて信じられない」という顔をしていた。

「さっさと行け、というか逝け!二度と俺の前に面を見せるな!」

じゃねえと…と俺は続ける。

「おめえも骨にしちまうぞ?」

春野は、半泣きの顔で逃げていった。

そのあとだ、俺はみんなからこう呼ばれるようになった。

肉食系でも草食系でもない。
ただ人間を弔うだけのお寒い存在…

「葬式系男子」と。
あるビルの一室で電話が鳴った。

仕立ての良いスーツを着込んだ男は、電話を取る。

「はい、私です。今回の件は上手くいきました。ええ、ええ、それはもう。」

「しかし予想外の結果になりました。それもこれも不肖の弟のおかげで…ええ、ええ、確かにあいつはいい葬儀屋になりますよ」

「もっとこれから“教育”をしなければ、ですが。」

「ですが…いいのですか?いくら組織に自浄能力がないとは言え…役員を警察に売り渡してしまうとは…いえ、いえ、それでご満足ならそれで…」

「では、謝礼は所定の口座に。はいはい、いえ、ありがとうございます。
国内最大手の広告代理店の会長からのご依頼とあらば…ええ」

「では、今回もご利用ありがとうございました。
わたくしども山本葬儀社は、ご遺体から企業の不祥事まで、
ご希望とあらばなんでもお望みどおりに“葬儀”いたします。
では…またのご利用、お待ち申し上げております!」

葬式系男子 終わり
以上で終わりです 連続投稿失礼いたしました

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