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ガンスリンガーガール二次創作コミュの『 きのうとあしたと 』 ?

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 食堂の入り口で所在なげに立つエルザの前を、人々が通り過ぎていく。
 エルザはしきりに廊下の様子を気にしていた。
 廊下の突き当たりの角から人影が現れる。
「あっ」
 杖をついて歩くシルエットはラウーロのものだ。たとえ杖がなくても見間違うはずもない。
 エルザは頃合を計り、カウンター手前でメニューを選んでいる風を装う。そしてラウーロが入ってくると、
「あ、ラウーロさん」
 まるで偶然であるかのように声をかける。
「おう、エルザ。おまえもメシか」
「はい、ちょうどいま来たところです」
 この茶番劇が毎日繰り広げられていた。
 ラウーロは気にするでも咎めるでもなく、メニューを眺め注文する。エルザも「私も同じものを」
 出てきた二人分のトレーをエルザが持ち、杖をつくラウーロにあとに続く。
 ラウーロが無造作にテーブル席につくと、エルザは向かいではなく右隣に必ず座った。まだギプスの取れない不自由な腕の側である。
 まだ入院中の身であるラウーロは病室にいても食事は配膳されるが、歩けるようになってからは食堂に足を運んでいる。「食堂のメシのほうがうまい」が理由だった。それなら自分が運びますからとエルザは申し出たが、気分転換にもなるからと却下し、病院側も適度な歩行はリハビリにもなるため、この件について異論は挟まなかった。エルザにとっては蜜月のような時間がなくなるのは残念でならなかったが、これ以上は何も言えない。
 それに代わって生まれたのがこの茶番劇だった。初日など、病室でしていたようにエルザの手で食べさせようとすると、「ば、ばか。自分で食えるって!」と、フォークをひったくられた。寂しくもあったが、ラウーロから冷たい感じは受けなかった。不器用に左手でフォークを使いながら、恥ずかしいじゃねぇか、と微かに呟いた声を確かに聴いた。寂しさは密かな喜びに変わる。あれは私とラウーロさんの秘密なのだ。ふたりだけの秘密なのだ。
 今日のメニューはチキンのグリルだった。
「あ」
 ラウーロの左手が止る。両手が使えないと肉を切り分けられない。いっそかぶりつくか。そう考えたとき、隣りのエルザがさりげなく自分の皿と取り替えた。肉が食べやすく切り分けられている。
「お、おぅ。すまねぇな」
 エルザは微かな笑みだけで返す。
 そんな様子を、少し離れたテーブルから見やってる少女達がいた。トリエラは呆れ顔で、リコとクラエスは無関心、ヘンリエッタは羨望の眼差しで。
「いいな・・・」
「ラウーロさん、なんか雰囲気変わったよね」と、頬杖をつきながらトリエラ。
 ヘンリエッタはそんな言葉も耳に入っていないのか、ふたりのほうを見つめたままだ。
「そんなに不躾に見るんじゃないの」と、クラエスがたしなめる。
「だって・・・」
「このタルト、おいしいね」
 クラエス謹製のデザートを食べながら、満面の笑みのリコ。
「ヘンリエッタ、食べないの? 食べていい?」
「あー、だめリコ。これから食べるんだからぁ」

 その日もエルザは待っていた。
 だが、いつもの時間になってもラウーロは姿を見せない。迷ったがこちらから様子を見に行くことにした。
「あっ!」
 段差に座り込むラウーロがいた。
「どうしたんですかっ、大丈夫ですかっ!?」
「そこでコケちまってな」
 あー痛て、と身体をよじらせる。幸い大事はないようだった。
「そこの杖、取ってくれるか」
 数メートル先に杖が転がっている。それをラウーロに渡し、気遣わしげに肩を貸そうとする。
「立てますか?」
「よっと」
 ひとたび立ち上がってしまえば、エルザはラウーロの支えになれない。身長差がありすぎた。気遣わしげに寄り添うのみである。
「今日は病室に戻ったほうがいいと思います。食事はわたしが運びますから」
「そうだな。そうするか」
 心もとない足取りで病室に戻り、ベッドにラウーロを落ち着かせる。
「お食事、なにがいいですか」
「うーん。まあ任せる」
「わかりました」
 食堂へ向かうエルザの足取りは、どことなく軽かった。


                          4

 とうとう右手のギプスが取れた。左足のギプスも、来週には取れる予定だ。
「せいせいするな」
 右手の感触を確かめるように、手のひらを握ったり開いたりしてみる。ちゃんと動くが違和感がある。何週間も固定されていたのだから無理もない。
「エルザ、おれの銃と工具をとってきてくれ」
 しばらくして戻ってきたエルザから、愛用の銃と分解手入れ用の工具を受け取り、ベッドのテーブルに並べる。
 手馴れた手つきで分解していく。
「こういうことは身体が覚えてるのかな」
 バラバラの部品の群れに成り果てたものを、今度は組み立てていく。
 最後に弾倉をガシャリと装填し、何かを確認するように右手で何度も握り直す。
「なあ、エルザ。おれはここに居たんだよな?」
「え?」
 質問の意図がわからず戸惑うエルザ。
「いや、いいんだ。気にするな」

 足のギブスが取れてからは、リハビリの日々が始まった。ストレッチ、歩行運動、筋トレと、ステップを踏み、ついに射撃訓練ができるまでに回復し、退院の日取りも決まった。
 ついてくるエルザを伴い、室内射撃場に入ると先客がいた。マルコーとアンジェリカだった。
「よう、アンジェリカ。具合はいいのか?」
「ええっと・・・」
 困ったような戸惑ったような表情を浮かべるアンジェリカ。そんな様子をみて、顔を曇らせるマルコー。
「ハハ。ラウーロだ」
「すいません、ラウーロさん」
 申し訳なさそうにしているアンジェリカに「気にすんな」と気さくな笑顔を向けた。エルザはライフルを抱いたまま憮然としている。
「じゃ、いっちょおっぱじめるか、エルザ」
「あ、はい」
 銃に弾を込めながら「思い出せないものは、また一からはじめればいいんだ・・・」と呟いたラウーロの独り言を、レンジの仕切り越しにエルザは聴いた。仕切り一枚挟んだ向こうにいるはずのラウーロに意識を向けると、続いて聞こえてきたのは、ラウーロの放つ銃声だった。
 エルザもライフルを構え、標的を見据えた。

 休憩にベンチに腰掛けるふたり。
「ちっ、すっかりまなってやがる」
 以前に比べ命中率は格段に低下し、的に当てても中心部を射抜くことは稀だった。
「ラウーロさんの分まで、わたしが頑張りますから!」
「まあ、もうちっとどうにかしねぇとな。ヘタすりゃ命に関わる。・・・さて、もうひと踏ん張りするか」

 訓練を終えて、宿舎に戻る帰り道。遠くまで見渡せる高台で足を止めるラウーロ。付き従っていたエルザも立ち止まる。
 どこか遠くを見つめるラウーロ。その眼差しは景色を見ているようでもあり、そこにはない何かを見ているようでもあった。そんな、夕日に照らされたラウーロの横顔をただ黙って見上げるエルザ。
「おれは、おまえと任務をこなしてきたんだよな?」
 エルザが知るのは、エルザが義体を与えられフラテッロとなってからのラウーロだけだ。それまでのラウーロは知らないし、そもそも自分自身にそれ以前の記憶がない。
 だが、エルザははっきりと答えた。
「はい。わたしはラウーロさんと一緒にお仕事をしてきました」
「そうだよな。覚えてはいるんだ。ただ・・・実感がなくてな。まるで昔見た映画のような」
 どこか曖昧だが、なにが曖昧なのかよくわからない、他人事のような記憶。
「お前は標的を仕留めそこなったことは一度もなかった」
 そして、おれがそれを誉めたことも・・・。
 義体は仕事に必要な道具。ただそれだけ・・・。そう割り切らなければやっていけなかった。だからエルザとまともに向き合わなかった。
 事故の昏睡から目覚めてからわずかな時間、記憶が真っ白だった。寝ている自分と天井。それだけ。
 医師たちが駆けつけて、いろいろ質問されるうちに、それまでの記憶が流れ込んできた。蘇ったのではない、流れ込んできたのだ。真っ白な脳裏に。
 真っ白だった時間はおそらくほんの数分だったに違いない。その数分で世界が、いや、そのときには既に変わってしまっていたのだ。
「エルザ、お前は、」
 昔の自分が気にはならないか? と問おうとしてやめた。
 ふたたび夕日に目をやる。
 エルザもその視線を追って夕日を見た。
 ラウーロさんは確かに変わった。私にとって、いまのラウーロさんはうれしいけれど、以前のラウーロさんも大好きだった。たとえ冷たくても・・・。
 私は、いまのラウーロさんのかわりに以前のラウーロさんを失ったんだ・・・。でもそれはラウーロさん自身も同じこと。ラウーロさんは以前の自分自身をなくしたのかもしれない。
 沈黙が流れた。
「ラウーロさん」
「ん?」
「もうじき、退院ですね」
「ああ」
「ひとつ、お願いがあるんですけど・・・」

 翌日、早朝。
 ラウーロとエルザは、公社の近くの自然公園にいた。
 肩を並べて、というには身長差がありすぎるふたりだったが、小道を並んで歩いていた。ただ黙ったまま、ふたり並んで、ゆっくりと、歩いていた。
 エルザのすぐ横にはラウーロの手がある。手を伸ばせば触れられる距離。
 まだ朝霧が木立の間に立ち込めている。
「この公園・・・」
 沈黙を破ったのはエルザ。
 その一言を発してから、ふたたび沈黙が舞い降りる。
 ラウーロは聞き返すでもなく、沈黙の流れに身を置いていた。傍らのエルザの気配を確かに感じながら。
 聴こえるのは二組の足音だけ。
「・・・この公園で、わたしはラウーロさんから名前を頂きました」
 立ち止まるラウーロ。
「そう、だったか」
 エルザは目を瞑り、そのときを回想しながら「はい」と答えた。そして、ゆっくりと、深く呼吸してから、 
「ラウーロさん」
「ん」
「わたし、頑張りますから。ラウーロさんのために」
 ラウーロは、自分にそう告げた少女を見た。
 少女の澄んだ瞳が自分を見つめている。
 どこまでも真摯な、透き通った瞳。
「ああ、頼りにしてるぜ」
 口元から白い息がこぼれる。
「エルザ・デ・シーカ」
 名を呼ばれた少女のおさげ髪が揺れた。


                          終章

 人が十人いて、十人が仲良くできないのは大人も子供も同じ。条件付けされた私たちも同じ。エルザは寮にも一人で住んでいて、私たちともほとんど話さない。あえて、こちらから話し掛けようとは思わないけど…。
 ヒルシャーが講師を勤めるドイツ語の講義の時間、ヘンリエッタはぼんやりと皆を見回していた。
 トリエラが、リコにわからないところを教えている。
「ツヴァイフンデルと、ツヴァンツィヒ、ドライ……エウロ?」
「オイロ。ドイツ語の『eu』は『オイ』って読むから」
「うん」
「それで、この『23』は一の位から読むから、ドライ・ウント・ツヴァイツィヒ。数字は早く覚えないとね」
 トリエラはそこで言葉を切ると、エルザに視線を向けた。
 エルザは寡黙に黒板を見つめている。
「…エルザ、何かわからないところ、ある?」
 エルザはトリエラを一瞥して、
「…ないわ」
「そう…」
 トリエラが踵を返して自分の席に戻ろうとしたその背中越しに、確かにその一言は聞こえた。

「ありがとう」


                       = おわり =

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