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belzinaspirit in mixiコミュの#30 姫路勢、虎視眈々

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 美土里山果樹園の管理棟の前に設置された大会本部。横付けされた軽トラの荷台のアオリを外しただけという、間に合わせのようなステージの上で、太ったハゲオヤジが何やらマイクに向かって喋り始めた。
「え〜皆さん、おはようござ……」
 ハウリング。スピーカーから流れる耳障りな音が、大会本部前に集合した50人の選手達を不快な気分にさせる。
「え〜皆さん、本日はお日柄も良く晴天に恵まれ…………」
「どこかお日柄も良くなのよ! あっついし、うざいわねぇ。こんなオヤジの挨拶なんて要らないから、さっさとレースを始めなよ」
 直志の横で体育座りをするベルヅィナが、汗をだらだらと垂らしながら扇子で胸元を扇ぐ。
「仕方ないだろ。こういう大会実行委員長の挨拶を聞かされるのは、お約束なんだから」
「くっだらないお約束ね。それにしても長ったらしい挨拶だわ。さっさと終われよ」
 太ったハゲオヤジ、いや、大会実行委員長は、「スポーツマンシップに則り」だの「爽やかに風を切って」だの、スピーチ実例集に書かれた例文のような事を、だらだらと喋り続けている。
「……であるからして、え〜選手の方々は頑張って頂きたく思い、え〜これにて挨拶とさせて頂きます。」
 白いYシャツが汗だくになり、素肌が透けている大会実行委員長の挨拶が終わると、審判長を務める竹井が、審判団を代表して壇上に上がった。
「選手諸君、おはよう。大会のパンフレットは読んでもらっとると思うけどな、一応おさらいしとくわ。まずは……」
 スタート後はパレード走行とし、次の周回からローリングスタート形式でレース開始。
 レースは美土里山周回コースを10周。途中、5周目にKOMルートを経由し、最高地点に山岳賞を設定。
 6周目には南ストレート、みどり荘前に補給地点を設定。
 優勝した選手の所属するチームに、チーム優勝を授与。
「……だいたいこんな所やな。あと、優勝した選手にはうちの自転車店竹井から商品を用意しとる」
 選手達から歓声が上がる。それを聞いた竹井は、ステージの裏から黄色いアルミフレームを取り出す。
「どや、ジャイアントのTCRフレームセットや」
 それを見た帷子が、何かを思い出した。
「あのフレームさぁ、竹井さんの所の在庫処分品だったんだよね」
「ああ、よく見たら赤札がぶら下がってるな。あのオッサンここで不良在庫を捌くつもりか」
 竹井が自慢げに掲げる商品のフレームには、韮山が言う通り、「在庫処分品 75%OFF」と書かれた赤い札がぶらぶらしている。フレーム自体も数年前のモデルとあって、歓声を上げていた選手達のボルテージも、若干下がっているようだ。
「一応、三位までは商品は用意してるでぇ」
「……チネリのスピナッチとか、600アルテグラのフルセットとか出てきそうだな……」
 韮山が思い浮かべたのは、競技規則の変更で使用禁止になったものや、世代交代で旧型になったパーツで、貰ったとしても役に立たず、かなり微妙なものばかりだ。
 竹井は咳払いの後、スピーチを締めくくる。
「最後に選手の皆には、今日はビッグレースへの前哨戦やっちゅうことを忘れんようにしてもらいたいんや。来週は鈴鹿ロード、それに乗鞍に行く選手もおるやろ。今日頑張り過ぎて、落車して怪我なんてせえへんように。以上、頑張ってやぁ!」
 選手たちから拍手が沸き起こる。竹井は一礼し、ステージを降りていった。
「この後10時より、スタート地点への招集を行います。選手の皆さんは、それまでにゼッケンを付けて、ウォーミングアップを終わらせて下さい。繰り返します、この後…………」
 女性の大会スタッフの案内がスピーカーから流されると、集まっていた選手たちは一斉に立ち上がり、それぞれのチームの基地へと戻り始める。
「こうして見たら、結構人集まってるんスね」
 稲田は物珍しそうに、よその選手達を見回す。
「まあな。うちや神戸異人館レーシング、それに白鷺レーシング、西播大学自転車部、チームCCO、他にもいる。ここら一帯のチームが全て集結してるわけだからな。油断したら、すぐに喰われてしまうぞ」
 駐車場へと帰る選手達の流れ。様々な選手が見てとれる。直志と同じか、より若い選手。古めかしいジャージを着た年配の選手。足が細くて色白な、華奢な選手。鍛え抜かれた太い脚を持ち、日焼けで肌が黒光りする選手。
 彼ら全員が自分に向かって来る事を想像した直志は、少し不安な気持ちになる。
「本当に、連覇なんて出来るのかな。俺たちより強い奴がいても、おかしくないしさ」
「お前は自分の力を信じて、全力を出せばいいのよ。余計な事考えてるんじゃないわよ!」
 直志の不安を追い出すかのように、ベルヅィナが後頭部を思い切り殴った。


 駐車場の奥まった一画に、三つのチームが固まって、それぞれの基地を展開している。
 白鷺レーシング、西播大学自転車部、チームCCO。彼らは「姫路勢」と呼ばれ、毎年美土里山の覇権を狙って、このレースに参戦している。しかし、過去7年間は優勝どころか山岳賞すら獲得できていなかった。
 ボディに「西播大学」と書かれたキャラバンの横で、各チームのエース格が集まって車座になり、美土里山の覇権奪取に向けての話し合いを行なっている。
「今まで我々は七年もの間、辛酸を舐めてきた。だが、それも今年で終わりだ!」
 白と黒の市松模様のジャージを着た、白鷺レーシングのリーダー、坂梨康司が気勢を上げ、アスファルトを叩く。
「その為には、我々姫路勢が一枚岩とならないといけないんだ」
 坂梨のチームメイトの忠岡亮が、紫色のジャージを着る西播大学自転車部の部長、小田大紀に目を遣る。
「協力しろって事ですか。美土里CCと神戸異人館レーシング、そんなに怖いものですか」
「お前等は奴等の強さを知らんのだ! 舐めて掛かれば恥をかくぞ」
 小田はバックポケットに丸めて指していた出走者リストを取り出して広げる。
「野嶋、広島、西角は30代。帷子と韮山に至っては40代。もう歳でしょう。オッサンに負ける程、西播大学自転車部は弱くありませんよ」
 坂梨と忠岡の眉間に皺が寄る。彼らも小田の言う「オッサン」の域に入るのを自覚しているからだろう。
「だが小田君、どちらのチームにも有望な若手がいると聞いたぞ」
「有望……ですか。外川は前年度DNF(途中棄権)、一年でそこまで強くなれるとは思えませんね。稲田というは今年初めて見ましたが、自転車がOCR-2ですよ? あの安物で速いわけないでしょう。岡之上に至っては女子でしょ、蚊とも思えませんよ」
 発言からして、小田は美土里CCと神戸異人館レーシングを過少評価しているようだ。彼は去年の大会に出場しておらず、卒業した先輩たちの残した情報と、今年の出走者リストなどのデータしか判断材料を持っていない。
 また西播大学自転車部は、春先のレースで好成績を収めている。チームの調子は良く、自信もあっての事だろう。
「協力するのか、しないのか、どっちなんだ!」
 坂梨が小田に向かって、苛立ちをぶつける。
「協力して頂けるなら、喜んで。このレースはうちが勝ちますから」
「もういい、勝手にしろ!」
 小田はヘラヘラとしながら会釈をして、踵を返した。どうやら西播大学自転車部とは、交渉が決裂したようだ。
「CCO、お前等はどうなんだ!」
 「Cycling Club Ohshio」と筆記体で書かれた灰色のボーダー柄のジャージを着用し、黄ばんだ歯を見せて、チームCCOのエース、真殿美智男がニヤリと笑う。
「うちか、うちは……、俺が逃げるだけだ。俺しかまともに勝負出来んのでな……」
 チームCCOは、真殿以外のメンバーの高年齢化が進み、彼らは勝負に絡む力を持っていない。実質、真殿一人の為のチームと言える。
「うちは千葉と鳥谷を逃げに出す。協調してもらえれば有り難いな」
 真殿の眼球が動き、忠岡を捉える。
「……来るのなら、悪いようにはしない」
 レース直前だと言うのに煙草に火を点ける真殿。遠回しな台詞だが、協力する気はあるようだ。
「向こうは若手が来るはずだ。奴らに出し抜かれないように、頼むぞ!」
 歯と歯の隙間から煙を漏らしながら、真殿は坂梨に薄気味悪い笑みを返してみせた。


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