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belzinaspirit in mixiコミュの#27 美土里山カップ

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#27 美土里山カップ

 緑地に白のストライプ、肩には葡萄をあしらったイラストが入ったレーシングジャージ。美土里CCのチームジャージを着込んだ直志と稲田は、美土里山果樹園へと続く上り坂をゆっくり登ってゆく。すると、「美土里山カップ ロードレース大会」と大書きされた横断幕が、果樹園の入口に掲げられているのが見えて来た。
 直志は稲田と共にその下を抜けて、駐車場に入る。いつもは閑散としている駐車場だが、今日に限っては様子が違い、レース参加選手達の車がひしめく様に止まっている。日除けのテントを設営し、バーベキューセットの準備をしているチームも見られる。
 韮山のステップワゴンの脇に、バイクスタンドに掛けられたテスタッチ アルテック2とコルナゴ マスターXライトが、朝日を反射して輝いている。ここが美土里CCの基地だ。
 直志と稲田はそれぞれの愛機をバイクスタンドに掛けると、丁度車から出てきた帷子と韮山に挨拶した。
 「おざーっす!」
 気合いが入っているのか、稲田の声がが余りにも大きく、直志の声は掻き消される。
 「おう、朝からうるさいなお前らは」
 「韮山さん、うるさいのは稲田君だけだと思うよ」
 美土里CCの基地の隣には、駐車スペースを一つ挟んで二台のハイエースが並んでおり、オレンジ色のチームジャージを着た西角が、車に立て掛けられた愛機、エディメルクス チームSCの空気圧をチェックしている。野嶋は地べたに胡座をかき、スポーツ新聞を読みながら赤飯おにぎりをかじっている。広島は車の中にいるようで、恐らく着替えでもしているのだろう。
 「ディフェンディングチャンピオン、美土里CCの若手諸君、おはよう!」
 西角に大袈裟な肩書きを付けて呼ばれたので、直志は苦笑いしながら会釈を返した。
 「その肩書きも今日が最後だ。レースが終われば俺たちがチャンピオンだからな」
 スポーツ新聞の裏から聞こえる野嶋の言葉には、棘のような意思が感じられる。いつもの合同練習では、神戸異人館レーシングのメンバーは、良き自転車仲間という感覚だった。だが今日に限っては、倒すべき宿敵として意識しているのだろう。辺りには張り詰めた空気が漂っている。
 「さて韮山さん、外川君と稲田君が来た事だし、そろそろ試走にでも行くかい?」
 「そうだな、そうするか。お前ら行くぞ」
 韮山に促されて、二人は愛機に跨がる。
 「そっちは行かなくていいのかい?」
 西角が首を横に振る。
 「俺たちはまだ行かないよ。まだ全員集合してないからね」
 「そうかぁ、じゃあお先に行かせてもらうからね」
 帷子と韮山はその言葉を気に留める様子はなかったが、直志と稲田は顔を見合わせる。
 「神戸異人館レーシングは三人じゃないんスか?」
 「そのはずだけど、新人でも入ったのかな」
 「韮山さん、何か知らないっスか?」
 稲田が伺うも、韮山は何も答えてはくれない。
 「行くぞ、ぐずぐずするな」
 帷子と韮山は走り出し、コースに向かう。後を追うようにして、直志と稲田は二人に続いた。

 南ストレートの沿道にある温泉旅館の駐車場では、補給所の設営作業が進められている。「天然温泉みどり荘」と書かれたテントの下で、テーブルに並んだボトルに次々と水か注がれる。それが済んだボトルは、次々と氷が入ったクーラーボックスに放り込まれていく。初めて補給を手伝うボランティアだろうか、ボトル渡しの練習をしている人達も見られる。
 その傍らを、緑色のチームジャージを纏った四人の選手が駆け抜ける。美土里CCのトレイン(隊列)だ。
 「どうだい稲田君、デュラエースは快調かい?」
 「絶好調ッスよ。これならぶっちぎりで優勝出来るッス」
 どうやら稲田のメンタルも絶好調のようだ。
 「デュラエースに換えただけで強くなったと思うな。調子に乗るとケガするぞ。今のうちに、操作感を体に叩き込んでおけよ」
 「大丈夫ッスよ。今までより性能が上がってるんスから」
 韮山は調子に乗っている稲田に一喝してやろうと思ったが、ふと考えて止めた。いいパーツを付けた時の気持ちの高揚感は、自分も感じた事があるのだろう。それに、韮山が考えているチームオーダー(作戦)の事もあり、思い留まったのだ。
 トレインの最後方を走る直志の横で、ベルヅィナが真紅の翼を広げて滑空している。
 「稲田君、岩谷峠のダウンヒルで直志にぶち抜かれたのを、ブレーキのせいだと思ってるのね」
 「だからフルデュラエースに換装したんだ。でも間違いってわけじゃないと思うんだけど」
 「正解でもないわ。ブレーキの性能だけが勝敗の鍵じゃないしさ。責任を押し付けられたOCR-2がなんだか可哀想だわ」
 ベルヅィナは哀れむような目で、最初の登りを走るジャイアント OCR-2を見つめている。
 「いいパーツを付けてもらったら、自転車も嬉しいと思うもんじゃないの?」
 「そうねぇ、理由にもよるわ。自転車の性能を限界まで引き出した上で、どこかが不満だって言うんなら、嬉しいわよ。あたし達自転車も、速さを求めてるからね。だけど、そうじゃなきゃ、なんだか微妙な気持ちよ。例えてみたら、一生懸命オシャレして頑張ってるのに、こういうファッションの方が似合うよ〜って、自分の趣味じゃない服を押し付けられた時のような気持ちね」
 ベルヅィナは自転車の九十九神故に、他の自転車の持つ魂や気持ちが解るのだろう。稲田のOCR-2の気持ちを知らされた直志は、複雑な気持ちになった。嬉々として変速を繰り返す稲田の表情が、残酷なものにすら見えてしまう。
 「まあでも、OCR-2は悲しんでるだけじゃないわ。稲田君はあのフレームを大切に思ってる。だからあの子は稲田君を見捨てはしないわ」
 それを聞いた直志は、少し安心することが出来た。ベルヅィナと出会ってから、自転車と心を通わせる事の大切さを知った。自転車を悲しませ、怒らせる事の辛さも経験している。それ故に稲田君とOCR-2の事が、他人事とは思えないのだった。

 坂を登り切り、コーナーを曲がった所で、先頭を走る韮山が右手を後ろに突き出し、掌を開く。「止まれ」の合図だ。四人は一斉にペダルから足を外し、路肩に停止する。
 「この先にKOMルートへの分岐がある。外川、稲田、ゆっくり走って進入ラインと路面状況を頭に叩き込んでおけ」
 このレース本番の五周目は、山岳賞が設定されている。その周回のみ、特別なルートを経由する。
 「韮山さん、ケーオーエムってどういう意味ッスか?」
 「キング?オブ?マウンテン、山岳の王者って意味だ」
 「まじっスか! 熱いッスね。俺山岳賞とか懸かったら燃えるッスよ」
 腕を振り上げながら興奮する稲田に、帷子が釘を刺す。
 「言っとくけどさぁ稲田君、僕は今まで七年連続山岳賞取ってるんだよね。取るなとは言わないけどさぁ、本気の僕とやりあって勝てるかい?」
 稲田はパンクしたタイヤのように、一気にに萎縮してしまう。今まで散々と帷子の能力を間近で見てきたのだから、無理もないだろう。
 「わかってくれたみたいだね。まあ、そういう事なんだよね」
 帷子は大きな欠伸をして、ハンドルを握り直した。
 「さて、今年も壁とご対面するかな」
 「ああ、行くか」
 四人は再びペダルに足を嵌め、韮山を先頭にゆっくりと走り出した。
 下りのコーナーの途中に、取って付けたような分岐が、直角に伸びている。
 「道幅が狭くなる、集団が団子状態なら焦って突っ込むなよ」
 分岐を曲がり、KOMルートに入るとすぐに強烈な登り勾配となる。直志は素早く手元のシフターを捻り、ギアを落とす。
 「マジッスか、これってまるで壁じゃないッスか!」
 稲田が驚嘆の声を上げる。距離にしてざっと500m程だが、勾配は17%はあるだろう。登り口で正面を見れば、荒れ果ててあちこちにひび割れが走ったアスファルトの路面が、壁のように視界を埋める。
 「さあ壁ちゃん、今日も僕を喜ばせてちょうだいよ」
 鼻歌を歌いながら、帷子がすいすいと激坂を登ってゆく。それほど力を掛けていないようだが、それでも速い。
 「さすがは美土里CCのエースクライマー、まるで化け物だわ」
 帷子の走りを目の当たりにして、ベルヅィナは目を丸くした。直志も稲田も、韮山ですら余裕はなく、嫌でも力を使わされる。三人共止まらない程度の非常にゆっくりとしたペースで、なるべく筋肉に負担を掛けないように坂を登ってゆく。
 激坂の頂上、「KOMポイント」と書かれた横断幕が吊るされている下で、帷子がこちらに向かって手を振っている。
 「楽しいねぇ〜、みんな早く登っておいでよ」
 「どこが楽しいのよ! 頭どうかしてるんじゃない?」
車体を蛇行させながら登る直志の後姿を眺めながら、ベルヅィナは帷子に向かって叫んだ。

 三人はやっとの思いでKOMルートの激坂を登り終えた。出来るだけ抑えて走ったものの、皆息が上がっている。
 「ここからが、一番気をつけなければならないポイントだ」
 韮山が下りの路面を指差す。それまでの登り同様に勾配は急で、路面は荒れ果てている。左手の斜面は地肌がむき出しのままで、雨で流された土砂や石ころが、あちこちに見られる。
 「ホントにふざけたコースだわ。まるで落車してくださいって言ってるようなもんじゃない!」
 ベルヅィナが憤慨するのと同様に、直志と稲田も一様に愚痴をこぼした。
 「この道はこのレースの時しか使われていないから、荒れるのは仕方ない。それに、これでもマシな方だ」
 「韮山さんの言う通りさ。去年は雨が降ってたから、ひどい落車が起きて、集団はここで大きく遅れたんだよね」
 これほど酷く荒れた道を下るだけでも、かなりのリスクがあるのに、雨が降った時の事を想像したら、ぞっとする物がある。
 「外川、稲田、無理はするな。本番でのラインを考えながら、ゆっくり行くぞ」
 帷子と韮山が下り始める。
 「大丈夫、これでもまだ、マシな方なんだ」
 直志はそう自分に言い聞かせて、ブレーキを握りながら、慎重に激坂を下って行った。

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