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belzinaspirit in mixiコミュの【改稿版】 #7 国道2号線のギャンブラー

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国道2号線のギャンブラー

 「最近雨降らないっスよね」
 「まあ僕たちは晴れたら練習できるからいいけど、お百姓さんは苦しんでるんじゃないかな」
 稲田君と帷子さんが、退屈そうに今年の空梅雨について語り合っている。とある日曜の早朝、美土里山ではいつものように練習が始まろうとしていた。
 「神戸異人館レーシングのやつらまだ来んのか? やつらびびって逃げたんじゃないのかよ」
 今日は神戸異人館レーシングとの合同練習会なのだが、彼らは集合時間を15分も過ぎても現れない。韮山さんは少しいらついているように見える。
 直志は遠くの方からこちらに向かっているオレンジ色のジャージの3人を見つけた。神戸異人館レーシングのものだろう。彼らがこちらに近付いてくるにつれ、その一人に妙な違和感を覚える。
 「おかしいな、ホイールのサイズがいつもより小さいみたい」
 直志が違和感を覚えた張本人、西角さんを筆頭に、神戸異人館レーシングのメンバーがやっと集合場所にやってきて、遅刻したことを詫びた。
 「ごめんごめん、ちょっと……何て言うか自転車の用意に手間取っちゃって」
 「別にまあそりゃいいけどさ、なんでそんな自転車で来てるんだよ」
 西角さんは愛車のエディメルクスではなく、26X1.0という極細のスリックタイヤを履かせたXCレース用のMTB、スペシャライズドS-works m4に乗って来ていた。
 「西角、賭けに負けてエディメルクス取られたらしい」
 野嶋さんが口をはさんだ。西角さんは黙って頷く。
 「昨日の夕方、六甲山からの帰りに2号線を走ってたら、パールブリッジのあたりでズノウのフレームに乗った変な奴に、50万賭けてバトルしないかって話を持ち掛けられたんだ。バカバカしいと思ったけど50万を現金で見せられたら、欲が出ちゃって話に乗ったんだ。それで結果は…………見ての通りだよ」
 西角さんは大きな溜め息をついた。愛車を取られた悲しみは計り知れない程だろう、新車だったら尚更だ。
 話を聞いた美土里CCのメンバーは、それ以上その話題には触れないようにして、静かに自転車に跨がり走り出した。

 田植えを終えたばかりの水田の水面に、カラフルなレーシングジャージを反射させながら、七人の集団は南ストレートを駆け抜けていく。
 「外川さん、今日の夕方暇ッスか?」
集団の最後方で稲田君が直志に話しかけてきた。
 「まあ別に何もないけど、どうして?」
 「一緒にあの西角さんのエディメルクスを取った奴をやっつけに行かないッスか?」
 それを聞いて、ベルヅィナが喜々とした顔をする。
 「面白そうじゃない、直志行こうよ!」
 直志は乗り気がしない。スプリントでは結構強い西角さんを、平地で打ち負かした相手の力を考えると、容易に手出しするのは考えものではないだろうか。
 「俺たちで勝てる相手じゃないんじゃないか?」
 「そいつをやっつけて、俺たちの株を上げたいんスよ、これはチャンスッス!」
 「勝てるかどうかじゃなくて、勝てばいいのよ! あたしはその話乗るよ!」
 「もう仕方ないなぁ」
稲田君とベルヅィナの無鉄砲とも言える前向きな発言に流され、直志は、ちょっと嫌そうに答えた。
 「おい外川! 何後ろでべらべら喋ってんだ? 喋るくらい心拍数余裕あるんだったらアタックの一つや二つ仕掛けて来い! 稲田、お前もだぞ!」
 韮山さんがいつものように檄を飛ばして来たので、直志は仕方なくアタックを開始した。
 ここ数か月のベルヅィナ指導による猛練習のおかげで、直志の実力は帷子さんや韮山さんに引けを取らない程に成長していた。いつもラスト2周で繰り出すエスケープアタックは、今では集団全員で力を合わせなければ吸収出来ない程である。
 ……しかし今日はゴールの50m手前で韮山さんに捕まり、そのまま振り切られてしまった。

 その日の夕方、直志と稲田君はパールブリッジに向かった。
 この時間の国道2号線は、上下線共に渋滞しており、路側帯しか走行するスペースがない。車と路肩に挟まれながら走ると、まるで細いシングルトラック(獣道)を走っているような気分にさせられる程だ。
 「本当に現れるの、その西角さんを倒した奴」
 直志が思うのも無理はない、昨日現れた奴が今日も現れるという根拠はどこにもない。
 「絶対に奴は現れるッスよ、間違いないッス」
 依然として前向きな稲田君ではあったが、パールブリッジに到着して2時間も待ち続けると、さすがに彼の顔に焦りが見えるようになる。
 夏至が近く、しぶとく顔を見せていた太陽がようやく西の空に沈もうとしており、辺りには夜景目当てのカップルが目立つ。その中に佇む二人のローディと一人(?)の九十九神、直志たちは明らかに周りと比べたら浮いた雰囲気だろう。

 ベルヅィナがこちらに近付いて来る一人の男に気がついた。
 「あいつはそうじゃないの? ズノウのフレームに乗ってるわ」
 なおも男はこちらに近付いて来る。
 緑色のウール製レトロジャージを着て、白髪混じりの茶色の長髪を後ろで纏め、丸いレンズの眼鏡をかけている。フレームは群青色のズノウのクロモリだ。そして何より目を引くのは、通常の物よりも大きい56Tのフロントアウターギア。
 直志はその男に見覚えがあった。
 「師匠だ…………」
 男に向かって、正義の味方が言うようなベタな口上をつらつらと言う稲田君を押し退け、直志は男と対峙した。
 「久しぶりだなボーイ、いや今は美土里ccの外川直志と呼んだほうがいいか」
 「師匠、一体あなたはこの2号線で何をしているんですか?」
 師匠は少し直志から視線を逸らす。
 「俺の仕事さ。賞金を餌にしてそこいらのローディを釣って打ち負かし、自転車を没収する。それをネットオークションで売り飛ばしてお金にするのさ」
 「それじゃあ西角さんのエディメルクスも売り飛ばしてしまったんッスか? ロード乗りの風上にも置けない悪党め、この美土里CCが誇る稲田卓が成敗してっ……」
 稲田君が言い終わる直前、ガラの悪い男が稲田君の首を背後から掴み、後ろに引っ張った。
 「この小僧、兄貴にでかい口叩くんじゃねえ!」
 「ミヤよ、手荒な真似はよしてやれ」
 激昂しているミヤを師匠はなだめ、稲田君の首を掴んでいるミヤの掌を解く。稲田君は舌打ちをして、師匠とミヤを睨みつけている。
 「ミヤよ、昨日手にいれたエディメルクスはどうなっている?」
 「兄貴、あちらに」
 ミヤは駐車場に停まっているハイエースを指差した、どうやらまだ転売されてないようだ。
 直志は師匠に一つの提案をする。
 「もし俺たちが勝った場合に、賞金50万じゃなくて、西角さんのエディメルクスを返して下さい」
 「いいだろう、こちらが勝った場合はもちろん負けた方の自転車をもらう、どちらが俺とやるんだ?」
ベルヅィナが直志に尋ねる。
 「稲田君を戦わせて、勝算何%あると思う?」
 「たぶん7%がいい所だと思うけど、何でそんなことを俺に聞くの?」
 ベルヅィナは稲田君の方を見ながら呟く。
 「彼、一人で戦う気満々よ」
 直志は参ったなぁという顔をして、稲田君に視線を遣った。
 「どうするんだ、どっちが挑戦してくれるんだ?」
 師匠が再び問う。稲田君が師匠の前に出る。
「お前は俺が倒……」
 言い終わる前に、稲田君の肩を、直志がぽんと叩く。
 「二人で倒そうぜ、チームだろっ」
 「ウッス、外川さんの援護があれば絶対勝てるッス」
 どうやら師匠と稲田君の、一対一の勝負は避けられたようだ。
 直志はベルヅィナに耳打つ。
 「これでOK?」
 「そうね、後は直志が負けなければね」
 ミヤが二人の自転車を舐めるように見る。
 「生意気な小僧のフレームはジャイアントのOCR-2か、大した金にならんな。もう一人のフレームはSPLか、見たことの無いモデルだな。これは何、プロトタイプか」
 「どうやらボーイのフレームはレアもののようだな、負けて後悔しても知らんぞ。さて、そろそろ始めようじゃないか」
 三人は、スタート地点のパールブリッジ前交差点に向かった。


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