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belzinaspirit in mixiコミュの#6 有刺鉄線のアンクレット

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夏の陽光が悪魔のように降り注ぐアルプスの山中、ガリビエ峠の頂上を目指し、黄色いジャージを着た直志とプロトン(集団)は半ば嫌がらせのような急勾配を競り合いながらゴールを目指しひた走る。
直志の後ろでは、ランス・アームストロング、ヤン・ウルリッヒ、、ミゲール・インデュライン、ファウスト・コッピなど、そうそうたるスター選手が直志をマークしている。直志はファウスト・コッピが何故現代のプロトンにいるのか疑問に思ったが、あまり深く考えないことにした。そもそもそんなことをぼんやり考えている余裕が無くなった。ランスがアタックを仕掛けたからだ。反応できたのは直志だけで、ウルリッヒは苦しげな表情でじりじりと後退している。インデュラインもコッピも二人に追いつけない。
「トガワ、ランスの好きにさせるな、マイヨジョーヌを守り切れ」
監督から無線を通して檄が飛ぶ。解るも解らないも無く「人喰いランス」の通り名にふさわしいキラーマシーンのようなダンシングに直志は本能的な走りで必死に喰らい付く。しかしその距離が徐々に開きだした、カッと目を見開き、激しい心臓の鼓動が回りに聞こえるほどもがき走るが、ランスの背中がどんどん遠のく。
「トガワ、ペースを上げろ! ランスにやられてもいいのか!」
イヤホンが割れるくらい監督が叫んでいる。頭が痛いし目も眩む、死力でスパートしているからか脳味噌の中でベルが鳴っているかのようだ。次第にその音が大きくなる。次の瞬間、何故かハリセンチョップが飛んできた。
「ハリセン? 痛っ!」

「直志! いつまで寝てんだよとっとと起きろ!」
「んなぉぁ……まだ朝の5時じゃないか、何なんだよ……」
いつもなら寝ている時間に叩き起こされた直志はまだ寝ぼけながら不満を口にする。
「言っただろ、あたしが今日から直志のコーチだってね。ほらぐずぐずしてないで着替えなよ」
ベルヅィナはそう言いながら直志にウェアー一式をほいと投げて渡した。靴下を履く時、両足首に変なものが付いていることに気が付いた、それはまるでビジュアル系バンドが付けていそうな有刺鉄線を模した足環だった。
「ベルヅィナ、これ何なんだ? 俺パンクロックとか趣味じゃないんだけど」
ベルヅィナが薄ら笑いを浮かべながら指をパチンと鳴らすと、直志の両足を高圧電流を流されているような激痛が襲った。
「痛痛痛いたい! なんなんだよこれ!」
「あたしの特製アンクレットよ。もし直志が練習中に手抜きをしたら、さっきみたいに激しい痛みに襲われるわよ」
直志は、
(コイツやっぱり悪魔だ)
と思った。
「あら、あたしは悪魔じゃないわ、ツクモガミよ」
ベルヅィナはまた指をパチンと鳴らした。
「痛い痛い痛い! わかったからやめてくれよ〜!」
「直志! あんたこんな朝から何やってるのよ?」
余りに大きい声で叫びすぎたせいで、母が一階から文句を言っている。二人は母をこれ以上刺激しないように、こっそりと一階のキッチンに降り、カウンターの上に無造作に置かれたスーパーの袋の中からあんぱんを2つ取り出し、それをそろってくわえながらこっそりと練習に出発した。
桜の季節が終わり、今の時期は日中の春の陽差しの下では少し汗ばむくらいだが、今のような陽の昇り切らない早朝の時間帯はまだまだ寒い。体を徐々に暖めるように直志はじっくりと走る。30分も走れば体が暖まり、寒さも気にならなくなった。
その間にベルヅィナが今後のトレーニングのメニューについて説明をした。
「基本は今日みたいに5時半起きで練習スタート、午前中はLSD(持久系練習)5時間、その後休憩を挟んで指定心拍数強度での練習かインターバルトレーニングを2〜3時間、こんな感じて行くわ。ここまでで何か質問ある?」
この想像を絶する練習メニューを聞いて、直志は恐る恐るこう聞いた、
「休みはないんですか?」
すると直志の足に電流が流れた。
「そんな最初から休みの事考えてるから強くならないんだよ、まず限界まで体追い込んでから言いなよ!」
早速ベルヅィナの檄が飛んだ。
(まるで鬼軍曹だよまったく)
さらに説明は続く。
「そして今の直志にとっての最重要課題、ペダリンクの改善! これは午前中のLSDトレーニングと平行して行うわよ」
「ペダリングの練習って、一体どうやるの?」
直志は自分のペダリングの問題点がまだ良く解っておらず、改善の方法も良く解っていなかった。
「じゃあまずは回すペダリングのやり方を教えるわよ。まずペダルの上死点から摺り足みたいなイメージで足を前に向けて力を入れてみて」
直志は力の入れ方を解りやすくする為にギアをいつもより重くし、クリートの真上の位置に当たる母子球に力を込めながらペダルを前に押し出すように踏み始める。
「足が時計盤の2時の位置に来たら、4時ぐらいの位置まで最大の力で弧を描く事を意識しながら踏み込むの。」
ここまでは順調だったが、
「それで、足が4時半ぐらいの位置に来たら力をある程度抜いて円運動を意識するのよ、間違っても今までの直志みたいに空き缶を踏みつぶすように力を掛けてひねり潰すような動きはしたらダメだからね、っってお前なぁっ!」
慣れと言うものはなかなか抜けないもので、直志はついついいつもの癖で踏み込むペダリングをやってしまう、当然アンクレットから激痛が走った。
「痛い痛いイタイ!」
「そこでいつもの踏みつける悪い癖出したらせっかくペダリングの練習してるの意味ないだろ??今までのやり方はきれいさっぱり忘れて、あたしが教えたことをしっかり意識してやりなよ!」
直志はベルヅィナに言われた事を頭の中で反芻するように意識しながらペダリングを続ける、
「今までのことは……忘れる……ペダルは……回す……回す…………」

2時間位経った頃には、ベルヅィナのしごきと直志の頑張りの甲斐あって、最初の頃と比べてかなり良くなった。しかしその間に直志は何度も何度も電流を流された。
「回すペダリングは結構マシになったから、次は第2段階、回転数の改善よ」
少しいやそうな表情をしながら直志はベルヅィナに尋ねる、
「まだ何かあるの? それに回転数の改善ってどういうこと?」
「一般的にはロードレースに最適な回転数は90〜100rpmと言われてるんだけど、今の直志のペダリングの回転数は70rpmあるかないかぐらいなの、んで何が悪いかって言うと、直志の低回転数ペダリングは重いギアを力押しで踏み付けているから、力を使いすぎて消耗するのが早くなるし、この低回転ペダリングだと瞬間的な加速が鈍いし、これからのことを考えたらいいことはないわ」
直志は正直な所ベルヅィナの説明を聞いてもまだあまり理解していなかった。しかしそんなことをベルヅィナに気付かれたらまたアンクレットから電流が流れて来そうなので分かったようなふりをした。
「よし、わかったならこれから一時間高回転練習よ、120rpm以上で回してよ」
直志はとりあえず言われた通りにギアをいつもより落し、120rpmに達するまでペダルの回転速度を上げる。100rpmを超えたあたりで直志は先程安請け合いした事を後悔した。
「ペダルを高回転させるのって、こんなにきついもんなんだ」
「きついのは直志にそれの能力が足りていないからよ、いやでもじきに慣れてもらうから大丈夫よ。ほら102rpmに落ちてるわよ、もっと回して! 100rpm切ったら……」
直志は裏声で叫びながら必死でペダルを回した。

その日からベルヅィナ主導の過激な練習が雨の日も休まずに毎日のように続いた。練習以外にも厳しい食事制限を課せられ、直志がお菓子やジャンクフードに手を伸ばそうとしたら酷い目に遭う為、恵子がくれたケーキを食べられないので彼女をかなり怒らせてしまった。
最初の数週間は練習が辛すぎて気が狂いそうだったが、慣れてゆくにつれて直志は少しづつだが自分の成長を感じられるようになった。

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