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語部夢想〜語部夜行別館〜コミュの倉の沢―暗卿語り―【語部草子】

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「いやあ、それにしても暑いですねぇ」
京一郎は枯れ枝の様な手に持った扇子をはさりはさりと扇ぎながら言った。
「そうだねー」
テーブルの向かいに座った美珠の返事は、暑さのためか普段の元気を欠き間延びしていた。
「おやおや、これは相当参っているようでございますねぇ」
京一郎は美珠に向かって扇子を扇いでやったが、何せ力の無い彼のことである。
始めこそ気合いを入れてそこそこの勢いで扇いだものの、少しもしないうちに蝿も止まろうかという動きになった。
それでも健気に扇子を振ろうとする京一郎を見かねて、美珠は京一郎の持つ扇子に手を伸ばす。
「ちょっとかして、今度は僕が扇いであげる」
「はい?いえ、私は…」
京一郎は断りかけるが、美珠は京一郎の言葉を待たずに扇子を取ろうとする。
と、その拍子に偶然美珠の手が京一郎の手に触れた。
「うわっ、京一郎さんの手冷たーい!」
美珠は思わず扇子ごと京一郎の手を両手で包み込んだ。
「ああ…それはそうでしょうねぇ。つい私まで暑い様な気がしていましたが、私に気温の変化何て関係ないのでございました。いやぁ、うっかり忘れていましたよ。ははは…」
京一郎は笑って空いている方の手で頭を掻いた。
「けれどあまり触ると夏風邪を引いてしまうかもしれませんので、私で諒をとるのは止めた方が良いでございますよ」
そう言って京一郎はやんわりと美珠の手をほどいた。
「えー」
「まあまあそう言わず…代わりにこんな話はいかがでございましょう」





そうですねぇ…あれは五歳位の時でしたか。まだ私が病弱ではなく元気に遊び回っていた頃の話でございます。

私の友達の一人に、家に倉を持っている子がいたのでございます。
その倉は古くて鍵も壊れており、中にあるのは掃除用具などの雑用品が少々あるばかりでございました。
そんな訳で、倉の中は子供には十分な空きスペースがあり、私と倉持ちの子を含めた仲の良い友達5人で度々中に入り込んで遊んでいたのでございます。
危険な物や貴重な物が無かったお陰で、大人に見つかってもあまり煩く注意されることもございませんでした。まぁ当然あまりいい顔もされませんでしたが、そこがまた適度に子供の冒険心をくすぐり、私たちにとっては格好の秘密基地でございました。

特に倉の中は不思議と夏でも少しひんやりとしていたので、今時分のような暑い時期にはよく入り浸っておりました。
裸電球を消して暗闇で鬼ごっこをしてみたり、適当に考えた妖怪を呼び出す儀式をしてみたり、子供の思い付く限りふざけあって遊んでおりました。

そんなある日のことでございます。
いつもどおり私たちが倉の持ち主の子―当時は皆こうちゃんと呼んでおりましたが―そのこうちゃんの家に集まると、その日はこうちゃんの様子がいつもとまるで違ったのでございます。
いつもは先ず家に上げてもらって、蒸かしたお芋などのおやつを頂いて一段落したらか、おやつを持って倉へ行くのが常だったのです。しかし、その時のこうちゃんは何やら興奮を隠しきれない様子で着くなり倉へ急き立てたのでございます。
皆はおやつがもらえないことに少し不満そうでしたが、こうちゃんがあまりに興奮しているのでしかたなしに倉へ直行しました。
皆が首を傾げて顔を見合わせるなか、こうちゃんは「きっと、おどろくぞ!」と前置きして倉の扉を開けました。
すると、そこはいつもの倉の中ではありませんでした。

そこにあったのは――

沢、でございました。

昨日まで私達が遊んでいた、薄暗く埃っぽい倉の面影は何処にもなく。苔むした岩の転がる間を、水面から川底まで見通せるような恐ろしく奇麗な水がさらさらと流れているではありませんか。
さらにその周囲には木漏れ日を零す緑の木々が囲い込む様に重なり合って、どこまでも続いている様に見えたのでございます。
まるで倉の扉が何処かの沢へ繋がる入り口であるかの様な…世にも奇妙な空間がそこにはありました。

私たちは余りの光景に暫く呆然とし、それから歓声を上げてこうちゃんに詰めよりました。
「すごい!なんだこれ!?こんなのどうやってつくったんだ?」
「川!水流れてるよ!どうなってんの!?」
「俺がやったんじゃないよ。さっき見てみたらこうなってたんだ」
「こうちゃんじゃないの?」
「じゃあ…家の人かな?」
「違うだろ。俺たちが倉に入るの嫌そうにしてたのに、こんなことするわけないよ」
「そうだよ。それに…どう見たって無理だよね、これ。こんなの作れるわけないよ」
「……」
私たちは暫く何も言いませんでしたが、やがて顔を見合わせると軽く頷き合いました。

―これは、私たちだけの秘密にしよう。

特に、大人には言ってはいけないような気がしました。これは子供だけの物で、大人に知られたら幻のように消えてしまうのではないか…そう思ったのでございます。



「っひゃー!冷たい!」
「あ、沢蟹!」
「本当!?どこに?」
「魚も泳いでるぞ!」
「すごいすごい!」
沢の水は驚くほど澄んでいて、その中には沢に生息する様々な生き物がおりました。
皆、夢中で遊びました。
この辺りの川は深くて流れも速いので、私たちは今まで川へ入ったことがなく感動もひとしおでございました。

たっぷり遊んで、さてそろそろ帰る時刻になろうかという頃。扉の部分だけがぽつんと立った奇妙な出入口から沢を後にしようとしたとき、私たちはあることに気づきました。

「これ、どうしよう…?」
私たちはびしょ濡れの服の端を摘まんで顔を見合わせました。
上手い言い訳を探さなければなりません。
しかし、この近くの川は入ってはいけないときつく言い含められているし、そもそもずっと倉の中にいた子供たちがずぶ濡れで出てくる何てどう考えてもおかしなことでございます。
私たちは頭を捻りましたが、どうにも良い言い訳が浮かびませんでした。
そうこうしているうちにも時間は過ぎて行きます。余りぐずぐずして大人が倉へ探しに来てもいけません。

「とりあえず…出る?」
「うん…」
私たちは一先ず言い訳を考えるのは後回しにして、倉を出ることにしました。
すると、また不思議なことが起こったのでございます。
倉から出ると、先ほどまであれだけ濡れていた服がすっかり乾いていたのでございます。

私たちは驚きましたが、何となく倉が気をきかせてくれたような気がして嬉しくなりました。
私たちは倉の扉に向かって、
「ありがとう、楽しかったよ」
「また明日も来るね!」
などと囁いて笑いながらそれぞれの家に帰りました。

それから暫く毎日倉の沢で遊びました。
沢は一見どこまでまも続いているように見え、それが何となく怖く感じた私と他三人の友達はいつも入り口近くで遊んでいました。しかし、こうちゃんだけは沢を探検したくて仕方ないようでございました。自分の家の倉だと言う事で、私達の感じている様な怖さはあまり感じていなかったのでございましょう。
こうちゃんは入り口近くで遊ぶ私達を置いて、次第に一人で探検に出る様になってしまいました。


そして、遂に恐れていた事が起こってしまったのでございます。

…そうです、こうちゃんは蔵の中で行方不明になってしまったのでございます。

夕方から姿を見ないまま、何時までたっても帰ってこないと、大騒ぎになりました。
こうちゃんの親御さんは真っ先に私達の家をたずねて回ったので、この事は直ぐに私達の知るところとなりました。

こうちゃんは私達が帰った後一人で倉に入ったに違い、私たちは直ぐにそう思いました。

しかし、まさかそんなお伽噺を大人達に話す訳にもいきません。

結局、私達は翌日まで待って、倉に集まったのでございます。
こうちゃんは近隣住民の力を借りた必死の捜索にも関わらず今だ見つかってはおりませんでした。
やはり、倉の沢の奥にいるに違いありません。私たちはいよいよそう確信したのでございました。

私たちは恐る恐る倉の扉を開けました。
沢はいつもと変わらず、穏やかに流れておりました。

「おーい!こうちゃーん!?」
「聞こえたら返事しろー!」
試しに入り口から叫んでみましたが、返事はなく。
沢を囲む木々の間に虚しく吸い込まれるばかりでございました。
こだまが消え、さらさらと水の流れる音だけが辺りを覆ったとき、私たちは急に恐ろしくなりました。
今まで親しんで来た沢が、途端に恐ろしいものに見えたのでございます。

そこへ無策で挑むのはあまりに無謀のように思いました。
そこで、私たちは一旦倉を離れ作戦を練ることにしたのでございます。



「紐を巻いて行けばどうだろう?」
「そんなに長い紐あるかな?それにもし切れたら…」
「砂を持ってきて埋めたらどうかな?」
「沢を埋めるなんて無理だ!そんなに運べないよ」

色々な作戦が上がったり却下さたりして議論を重ねた結果、確証は無いながら最も簡単で希望のありそうな方法を試そうかという事になりました。

それは、沢にお酒を流したらどうか?と言うものでございました。

昔話のように酔ったモノノケが正体を現すかも知れない、と考えたのでございます。
何者かの力で現れた謎の沢。そんな得体の知れない沢の中に入り込んで探すより、それを作り出した、あるいはそれに化けているナニかに仕掛けた方が良いのではないか…まあ、言ってしまうと皆沢の奥に入りたくないというのも多分にありましたが、不可思議な現象には一種儀式めいた方法がもっともらしく思えたのでございます。

「でも、どうやってお酒を持ってくるのさ?」
「そうだよ、家から黙って持って来たら怒られる!」
「神社のおじさんに話したら分けてもらえるかもしれないよ」

神社のおじさんとは近くの神社の神主さんのことでございます。そこでお神酒を分けてもらおうと言うのです。
望みがあるとすればそこしか思い当たりませんでしたし、神主さんであればあるいは不思議な話も真剣に聞いてくれるかもしれません。

私たちは早速神社へ向かいました。

しかし――

「親父なら、今はいないぞ」

神社には神主さんの息子さんしかおりませんでした。
私たちはどうもこの息子さんが苦手でしございました。単に年上と言うこともありますが、皆から信頼の厚い神主さんの息子と言う事を傘に着て威張っている様な所があったのでございます。

「何か用か?俺が聞いといてやるぞ」
彼はそう言いますが、私たちは困ってチラチラと顔を見合わせました。
するとその態度が気に入らなかったらしく、イライラと持っていた箒で地面を引っ掻きました。
「なんだよ、何こそこそしてるんだよ!早く言えよ!」

ここまで来たら適当にごまかすのも苦しい状況でございます。私達は迷いながらも正直に白状することにしました。
怪しい謎の沢の事や退治のためにお酒が欲しいと言う話を聞き終えると、彼は「ふうーん…」と言って少しの間私たちが嘘をついているのではないか探るような顔つきをしておりましたが、やがてニヤリと笑いました。
そして私たちの一人にずいっと箒を押し付けると、「ちょっと待ってろ」といって神社の中へ歩いて行きました。
戻ってきた時、彼はその手に一升瓶を抱えおりました。
「そんなもん、俺が退治してやるよ」




私たちは神主さんの息子さんと倉へ戻りました。
神主さんの息子さんは一升瓶を、私たちはそれぞれ箒や熊手などもって倉と対峙しました。
倉の戸を開くと、神主さんの息子さんは沢を見て「おぉっ!?」と声を上げて驚愕しましたが、私たちの手前臆したと思われたくなかったのでございましょう。
「いくぞ」
と言うとさっさと倉の中へ入って行きました。

私たちは神主さんの息子さんにすっかり仕切られて沢の縁に並びました。
「いいか、いくぞ」
幾分緊張した声で告げられ、私たちも息を飲んで手にした武器をかまえました。
それを確認した神主さんの息子さんは頷いて、静かに一升瓶を傾けお酒を沢に注いだのでございます。
とくとくと音をたてて注がれた最後の一滴が川面に落ち、一秒、二秒…せせらぎを聞きながら動けずじっと待つ事暫し。

――何事も起きないのではないか

そう思いかけたその時、突如として沢の水が沸いた様にぼこぼこと膨れ上がったのでございます。
そればかりか、木々や岩さえもゆさゆさと揺れ動き、崩れ、溶ける様に姿を変えだしたのでございます。
ある程度予想していた事とはいえ、周囲が崩壊していく様に私たちは大いに狼狽えてしまいました。
神主さんの息子さんがなにか怒鳴っているようでありましたが、中身の無い虚勢のようで私たちを落ち着かせる効果はサッパリでございました。

木々や岩などは直ぐに溶け消え、遂には轟々と流れる水のみが辺りに溢れておりました。
しかし、それは只流れているのではなく、次第に水かさを減らしながらある一点に向かって流れ込んでいると見て取れたのでございます。
神主さんの息子さんはいち早くそれに気がつくと、それを指差し大声で号令をかけました。
「そこだー!叩け!叩け!」
私たちは半ば恐慌状態に陥っておりましたが、神主さんの息子さんの声で慌ててそこへ飛びつき、箒や熊手を我武者らに打ち下しました。

それぞれがめちゃくちゃに寄って集って打ち付けたので、誰かの箒等がこちらをかすったり引っ掛けたりもしましたが皆それどころではありませんでした。
あまりに夢中になっていたので神主さんの息子さんの喚き声で、はっと気がついたときには辺りはすっかり水気が失せ、元の倉の硬い気の床に戻っておりました。
寸の間呆然としていると神主さんの息子さんに「やったか!?見せてみろ」と声をかけられました。

皆が箒などをどけるとそこには、砕かれた小さな沢ガニが泡を吹いてひっくり返っておりました。

「これが、化け沢の正体…?」

そのあまりに小さな姿に、私たちは何だか申し訳ないような可哀想な事をしたのではないかと言う様な気持ちになり、思わず黙り込んでしまったのでございます。
神主さんの息子さんはなんだか気まずそうに目をそらし、そちらを見て「あ!」と声を上げました。

釣られて振りかえると、そこにはこうちゃんが薄汚れた埃除けに包まって寝息をたてていたのでございました。









「その後、意識の無いこうちゃんをなんとか引きずって倉を出たのでございますが…そりゃあもうしかられましたよ。何しろ、私たちは倉でこっそりお酒を飲んでいたと思われてしまった訳でございまして。こうちゃんは少し衰弱した様子ながら無事でしたが、行方不明になった夜からの記憶が無いと主張した事で酔っぱらって倉で隠れて寝ていた事になってしまいました」

「あはは。つまり、京一郎さんたちは倉にこっそり集まってお酒を飲んで、一人酔いつぶれちゃったこうちゃんの扱いに困って一旦放って帰ったけど、思いの外こうちゃんの酔が深くてお家に帰れずに大騒ぎになっている事に気づいて、慌ててこうちゃんを倉から出して妖怪のせいにして丸く納めようとした、って感じ?」

「ふふふ。正にそんな感じでございました。一応名誉の為に言い訳は致しましたが、全く取り合ってはくれませんでしたね。それから直ぐに倉には新しい鍵がかけられて二度と遊べなくなってしまいました」

「それは言っても信じてもらえないよね」
「ええ。神主さんの息子さんなんかはそれでも強硬に主張しておりましたが、唯一の証拠の沢ガニは見た目は至って普通に見えるので全く信用しては貰えなかった様でございました」

「その沢ガニはどうしたの?」
「あの沢ガニは皆で埋めました。果たして悪意があったのか、結局あれが元凶だったのかも分からないままでございますが…。それからも時々何かの拍子にあの出来事を思い出して、その場所へ行ってみたりしましたが…時が立つに連れて目印もわからなくなってしまいました」
そう言って京一郎は懐かしむ様に眼鏡の奥の目を細めた。

遠い、遠い思い出が過っているのであろう瞳から視線を外し、美珠は行った事の無い沢に思いを馳せた。

「沢か〜行ってみたいなぁ。海は行ったけど…沢かぁ」

真夏の茹だる様な熱を退けてくれる流水はきっと素晴らしく気持ちいいに違いない。




その冷たさに奪われて行くものにも気がつかずつい、長いしてしまうくらいに。

コメント(3)

暑い夏に涼しい沢の出る話を書きたい…そう思い立って幾星霜、ようやっと書き上げました。

倉の沢の正体は作中では謎ですが、設定は考えてあります。
長く生きた沢ガニが沢に化けて生き物をおびき寄せ、長居した者から生気を奪う妖怪となったモノ。それがたまたま倉に迷い込んで…言うお話でした。

そして、今回は美珠ではなく暗卿が語る話です。
暗卿初登場時、美珠が暗卿口調で間接的に語りましたが今回は正しく暗卿語りです。
ちょっと【語部草子】と付けるか付けないか迷ったのですが、語ってるのが暗卿自身の過去話なので草子としました。
これからも―暗卿語り―【語部草子】でちょこちょこと暗卿の体験談の語りとか過去とか書きたいな…という妄想。
倉を開けたら涼しげな沢
映像で見てみたいです。

小さい沢蟹かわいそう……じゃなかったー?!
悪いクラムボンだったのですね。
子供の頭蓋骨が川底ころころ転がっり、かぷかぷ笑ったりしなくて良かった。

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