ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

語部夢想〜語部夜行別館〜コミュのシュレディンガーの兎

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
10月も半ば、銀木犀の花が甘く香り、鈴虫が歌う晩。
旧暦で数えれば9月13日の夜空に浮かぶは明月。

そう、今宵は十三夜。

語部館でもノリと勢いと幾ばくかの情緒で月見が行われる事になった。

中庭にテーブルと人数分の椅子。
花瓶にはススキの穂が銀色に揺れている。
そして湯気のたつ紅茶のカップと……月見団子山盛り。

「夜子さん……まだ、駄目?」
「駄目」

テーブルにだらしなく顎を乗せる湊。その腹がぐうぐうとなる。
見れば団子だけなく、月餅や仙台名物『萩の月』や竹田市銘菓『荒城の月』もあって、統一感があるのかないのかわからない。
しかし、ここ最近小麦粉と水だけで餓えをしのいでいる湊の食欲をこの上なく刺激する眺めであった。

旧暦8月15日の十五夜では団子の他に芋を供える事から『芋明月』というのに対し、十三夜は栗や豆を供える事から『栗明月』『豆明月』とも呼ばれている。

彪に何やら耳打ちされたシーナが、湊の目の前に差し出したのは銀のフォークに刺したマロングラッセ。
修道院で作ったものらしい。

シーナがフォークをついっと動かすと、湊の目もそれにあわせてきょろっと動く。

ついついつい
きょろきょろきょろ

――カッ!

一瞬の隙をついて湊はフォークにかぶりついた。

「……獣(ケダモノ)ですか」
「いぇぁ。ケダモノ上等」

「手ぶらで来たの湊さんだけだし」

フォークをガジガジ齧り続ける湊をつつきながら彪が笑う。

「はー…私も男衆とススキ刈りにいっときゃよかった」

今夜は皆、何かしら持ち寄ってきた。
何も持ってきてないのは湊だけ。

「何も持ってないなら、形のないモノをだせばいいじゃん」

彪の言葉にピンと来た湊は、にっと笑う。

「あまり怖くはないんだけど、こんな夜にはぴったりかな……」



+++++++++++++++



二ールは夜店で兎を買いました。

真っ白で目が赤くて、ふわふわもこもこのとても可愛い兎です。

空気穴を空けた紙箱に入れて両手に抱いて、大事に大事に持って帰ります。

「念願の兎を手に入れたな!?」

突然、大きな蟹が現れて道を塞ぎました。

「か…蟹さんには関係ないでしょ」
「ゆずってくれ、頼む!」

蟹はぶくぶくと泡を噴くような声で言い、大きな鋏をガチガチと鳴らしました。
二ールは首を振りました。
大きな鋏を見せ付ける怖い蟹に、大事な兎は渡せません。

「そうか……ならば殺してでも奪い取る!!」

蟹は鋏を振り上げて二ールに襲い掛かりました。
だけど蟹は蟹なので前に進めません。
左右に軽快なフットワークを見せる蟹を尻目に、ニールはすたこらさっさと逃げました。



兎の箱を抱えて逃げていると、今度は大きなヒキガエルが現れて道を塞ぎました。

「坊や。兎を。持って。いるね」

ヒキガエルの喉は大きく大きく膨らんでいて、その中に金貨がぎっしりと詰まっていました。
途切れ途切れに喋るたび、口から涎塗れの金貨がじゃらじゃらとこぼれています。

「それを。売っておくれ。金貨。あげる」

ニールは首を振りました。
お金で人が何でもいう事を聞くと思ってる強引なヒキガエルに、大事な兎は渡せません。

「兎。おくれ。大事な。兎。金貨。あげる。全部」

ヒキガエルが口をがばっと開けると、たくさんの金貨が滝のようにあふれ出しました。
きらきら光る金貨は次から次へと押し寄せて、あっというまに物凄い濁流になってニールを押し流してしまいました。

だけど、ニールは兎の箱をけっして手放しませんでした。



気が付くと、ニールは豪華なお城の中にいました。

たくさんの赤い柱にエメラルドの屋根で出来た外国のお城でした。
外国のお城には、外国のお姫様が二人いました。

「兎を持っていますね」

お姫様たちはそう言うと、ニールに兎を渡してくれるように頼みました。

「兎をくれたら、あなたの妻になりましょう」

そう言ったのは長い黒髪のお姫様でした。
まるで光り輝くような、とてもきれいなお姫様です。

ニールは首を振りました。
お嫁さんをもらうにはまだ早過ぎるからです。

「兎をくれたら、不老不死の薬をあげましょう」

そう言ったのはひらひらしたドレスのお姫様でした。
手には宝石でできた瓶と、小さなカップを持っています。

ニールは首を振りました。
不老不死になったら大人になれなくなるからです。

がっかりするお姫様たちにさよならと言って、ニールはお城を出て行きました。



お城の外は深い深い森でした。
森の真ん中で、大きな斧を持った木こりが木を伐っていました。
とてもとても大きな木です。
木こりが斧をふるうのと同じ速さで、切れ目が塞がっていきます。

木こりは延々と同じ木を伐っていました。

「坊主、兎を持っているな」

木こりはニールに背を向けて、木を伐り続けながら言いました。

――どうしよう。

ニールは困りました。
この木こりも、蟹やヒキガエルやお姫様たちのように兎を渡せというでしょう。

しかも木こりは腕も脚も太くて強そうです。大きな斧も持っています。
蟹と違って縦にも斜めにも走れるでしょう。
追われたらきっと逃げ切れないでしょう。

『兎をよこしたら、お前を真っ二つにしないでやる』

とか言われたら……

ニールの手は小さく震えました。
寒いわけではありません。掌はじっとりと汗ばんでいます。

その掌に、小さな兎の小さく震える感触が紙箱ごしに伝わってきました。

「おい、坊主…」
「兎は渡さないからっ!」

木こりが何か言うより先に、ニールはきっぱりと言いました。
何があっても兎は誰にも渡せません。

「この道を真っ直ぐいけば、森の外にでる」
「えっ?」
「気をつけて帰れよ」

それだけ言うと木こりは、また木を伐り続けました。
狐につままれたようなニールがどんなに話しかけても、黙ったまま木を伐ります。

仕方ないのでニールは木こりに言われた通り、真っ直ぐに森を出ることにしました。

ざわざわと、風もないのに森の木が揺れ動きます。

「よくも裏切ったな木こり」

森はそう言って木こりを叱りました。

「兎を取り返すどころか、そのまま逃がして」
「諦めろ、覚悟を決めた男は誰にも止められない」

ニールは森を出る瞬間、木こりがそう言って笑ったような気がしました。



暗い夜道をひたすら真っ直ぐに歩いていると、ようやく見覚えのある場所に出ました。

それからは、変な生物や不思議な人に会うことはなく、ニールは無事に家の前まで辿り着きました。

「おや、ニール。兎を持っているね」

声に振り向くと、庭でおばあさんがランプを灯して編み物をしていました。

「あったかい手編みのマフラーをあげたいんだけど」
「兎はあげられないんだ。ごめんね」

「でもね、ニールや。その箱は決して開けちゃあいけないよ」
「なんで?」

それにどうしてみんな兎を欲しがるのか、ニールが聞こうとした瞬間、おばあさんはどこにもいなくなっていました。



こうしてニールは家に帰り着きました。
変な事がたくさん起こって、ニールはもうクタクタでした。

兎もきっと疲れているだろうから、大きな籠に移してご飯をあげようと思い、ニールは箱を開けようとしました。

その時です。

「開けないで」

箱から小さな声がしました。

「兎…なの?」
「うん。兎だよ。ニール、お願いだから開けないで」
「でも、開けなきゃ外に出られないよ?ご飯も食べられないから……死んじゃうよ」
「ううん、ニールよく聞いて。箱を開けたら僕は死んじゃうかもしれないんだ」
「死なないかもしれないよ。いや、このままだと確実に死んじゃうってば」
「開けないで!箱を空けたら僕は死ぬ。きっと死ぬ」

ニールには兎の言ってる意味がよくわかりません。

大変な目にあって、やっと兎を持って帰れたのにこのまま死んでしまったら。
そう思うとニールは悲しくなりました。

だけどニールは箱を開けたくて開けたくてたまらなくなりました。

「開けないで」

「お願いだから開けないで」

「見ないで」

「開けないで」

「ごめん」

ニールは箱を開けました。





中には……






「船長、時間です」

クルーの声で、ニール・アームストロングは自分が今まで眠っていた事に気づいた。
仮眠をとってはみたが、とても眠れる状況ではないと思っていたのに、案外眠れてしまうもののようだ。

おまけに夢まで見た。

とても奇妙な夢だった。

夢の中の自分は小さな子供で、それから……

「うーん?」

奇妙であるという事は憶えているのに、細かい部分を思い出そうとすればするほど、その記憶は失われていく。

「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」

体調不良を匂わせるような事を口走って、管制センターに知られたら面倒な事になる。
今日のミッションほど重要なものはないのだから。



1969年7月16日。

ケネディ宇宙センターから打ち上げられたアポロ11号は、四日後の7月20日に月軌道上に到達。

司令船コロンビアから切り離された、月着陸船イーグルは月面に向かって降下。

コロンビアにはマイケル・コリンズが残り、イーグルにはニール・アームストロングとバズ・オルドリンが搭乗していた。

午後4時17分。

いくつかのトラブルに見舞われながらもイーグルはついに月面に到達。

「接触ライト点灯」
「ヒューストン、こちら静かの海基地。鷲は舞い降りた」

人類が始めて月面に降り立つのは、この6時間半後の事だった。



++++++++++++++++



「夢オチの話?」

美珠はきょとんと首を傾げた。

「シュレディンガーの猫って知ってる?」

もふもふと月餅を頬張りながら湊は言った。

シュレディンガーの猫というのは、物理学者のエルヴィン・シュレディンガーが提唱した、量子論に関する思考実験だ。

蓋のついた箱に、猫と毒ガス発生装置を入れる。
毒ガス発生装置が作動する確立は完璧にランダムで、一時間後、猫が生きているか死んでいるかは箱を開けて確認するまでわからない。

――いや、猫の生死は箱をあけた瞬間に決定するのだ。

「それまでは、箱の中に『毒ガスが発生して猫が死んでる状態』と『毒ガスが発生しなくて猫が生きてる状態』が重なりあって存在してるんだってさ」

「動物実験ってのは感心できないな」

ぼそりと呟いたのは神宮寺。
ハードボイルドは弱いものに優しい。

「いやまさか、思考実験って言ったら物の例えだから、マジで猫と毒ガス発生装置を箱詰めにはしないと思うけど」

「でも、アームストロング船長は箱を開けてしまったんですね」

幽寺が夜空を仰ぐ。
その視線の先には、満月に少し足りない十三夜の月。

真珠のように柔らかく、銀よりも温かみのあるその輝き。
古来より人はこの衛星に様々な夢を見ては、物語を託した。

曰く、月には兎が住む。
蟹が住む。
蟇蛙が住む。
五人の貴公子を惑わせた美しい姫君がいる。
不死の霊薬を飲んだ女がいる。
再生する桂の木を伐り続ける男がいる。
編み物をする老女がいる。

それは伝説。
子供に聞かせる御伽噺。

そうわかっているけど、心の隅で『本当にいるかも』『そうだったらいいな』と思う。


だけどアームストロング船長は月に降りた。
その一部始終は全世界に生中継された。

そして世界中の人が見た月は。

荒涼とした死の世界。

灰のように細かな砂と石ころがどこまでも広がるその場所に、月の兎なんていなかった。
もちろん、蟹も蟇蛙も何もかも。


――いや、アームストロング船長が降り立った瞬間に、兎の死が決定したのだ。


「思うんだけどね」

月見団子を手にとったまま湊は言う。

「こんな風に、科学とか技術とかで何でもかんでもわかっちゃってさ」

「人智を超えた存在なんてものがなくなっちゃったりとか」

「それとも、神様も悪魔も妖怪も幽霊も何もかも、数字の1と0で置き換えられるような世界になるとしたら」









「ちょっと、怖いね」

【終】

コメント(5)

湊は『ちょっと怖い』と言ってますが、明らかにホラーではないので夢想の方にあげさせていただきました。

以下、おまけ。

全体的なバランスをみて、削った部分でありますが。


【おまけ1】

「生きた人間が月に行った事があるって本当でありますか!?」
「え?暗卿さん、知らないの?」
「月世界旅行……嗚呼、ジューヌ・ヴェルヌの小説が実現する日がくるとは」
「ちょっ…なんでそんなに目をきらきらさせて、つーか40年ちかくも前だよ月面着陸あったの」
「やっぱりコロンビヤード砲で、探検隊を乗せた弾丸を撃ち込んだんでしょうか」
「いや、アポロ計画ってのがあってさ」
「なんとも壮大な……弾丸が刺さったお月様もさぞや痛かったでしょうに」
「聞いてよ人の話;」


【おまけ2】

「アームストロング船長が開けた箱は、上げ底だったかもしれないよ」

道化師が、よくみてご覧と月を指差す。
夜毎、日毎に形を変え、場所を変える、月。

「私達が見ているのは、いつだって半分だけ」

地球から月の裏側は決して見えない。

「それにね、兎は地面の下に穴を掘って暮らしてるんだよ」

鷲が舞い降りたら、さっと巣穴に逃げ込むのは当然の事。

「月の兎絶滅説にはちょっと根拠が弱いね」

そう言って、道化師はシルクハットから兎を取り出して笑った。


【おまけ3】

「シーナさん来てたなら来てるって、教えてくださいよっ」
「原稿の〆切あるから、月見には行けないって言ってたじゃん……それに」
「それに?」
「私は、あんたと彼女が『君の名は』みたいにすれ違いにすれ違いを重ねて結局会えないってのに賭けたんだ」
「酷ッ!……ちなみに幾ら賭けたんですか?」
「この裏と表が逆の10円玉を一つ」
「あんたの血は何色だーーーーーーっ!?」


圭一ごめんたらーっ(汗)
感慨深いですねぇー、このお話凄く好きです!
宇宙に対する知識が薄いので、後半のオチにびっくりしましたが(笑

そして、まさかここで暗卿を使っていただけるとは!
人の話を聞かないメルヘンっぷりが最高ですw
面白かったです。

そっか、月の兎も言われて見ればシュレディンガーの猫と同じなんだな、
なんて感心させられました。
感心というのは少し違いますね、感動が正しいのかなぁ。
感想に何を書いてよいのか分からずぐるぐると頭の中を回りつづけて
今やっと感想を書いてますが、面白かったです!としか言えない
自分のボキャブラリーの無さに唖然とします…w

おまけも楽しかったです!w
楽しませていただきました♪

月は地球に対して常に一定の方向を向けて回転している。
なので月の裏側には軍(宇宙人?)の秘密基地がある。

そんなトンデモ話がまことしやかに囁かれてましたね。


私は基本的に目で見たものを信じます。
月に兎は物理的に存在し得ないでしょう。

でも確かめたわけではアリマセン。

もしかしたらNASAの人達がウソで固めているのかも
しれませんよ?

そう考える限りシュレディンガーの兎は存在するのです。
今も遥か天空の彼方でノンビリと餅をツキながら…。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

語部夢想〜語部夜行別館〜 更新情報

語部夢想〜語部夜行別館〜のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング