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脳内ダダイズムコミュの視覚で語る

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量子力学の理論では、既に数式で証明されているのにこんなのがある。
「宇宙は不確定なカオスであり、観測者によって選択され、固定されている」
 表現はおおざっぱだが、大意は間違ってないと思う。人間は、見たい物だけを見て生きている。全ての人が同じ世界を見ている訳ではないのだ、実は。(この辺の理論について詳しく言うとシュレディンガーによる思考実験。ネコを箱の中に閉じ込め、観測器による電子の観測位置の結果よって致死性の毒ガスが発生するようにする。この場合、観測者が箱を開ける前のネコの生死は確率でしか述べられない)
 信じない人もいるだろう。だが、世の中には盲人もいれば色盲の人間も、弱視の人間もいる。動物の中には、人が認識できない波長の色彩を見る事が出来るものもいる。物理的にも同じものが見えている筈が無い。同じ物が見えている筈だ、と主張する方が非科学的で非論理的だ。
 生物学的には、脳の機能はソフトウェアに分類されている。視覚も聴覚も、実は育てなければ使い物にならない物でしょう

生物学の実験で、狭い円形の部屋を半分に区切り、片一方は自由に動けるようにして飼われている猫がいる。部屋をわたす棒にネコをくくりつけ、もう一方の端に、篭に入って自由に動けないネコを付けておく。エサやおもちゃは左右対称に配置され、篭ネコは自由ネコが御飯を食べたい時や遊びたい時にしか、餌を食べたり遊ぶ事が出来無い。自由に育てられたネコは普通のネコと同じだが、篭に入ったネコは、目が見えない。「見える」というソフトウェアが育たないからだ。同じく、縦縞の部屋で育てたネコは、机のヘリに頭をぶつけてしまう。横の物は見えにくくなる訳だ。
 これは人間でも同じで、盲人が白内障の手術をして物理的に目が見えるようになっても、すぐに健常者と同じ様に物が見えるようには、実はならない。盲人は目が見えない代わりに触覚のソフトウェアが発達しているので(盲人が良く時代劇などであんまをやっているのは、そう言う理由による)手の感覚を頼りに物の形をつかみ、視覚のソフトウェアと連動させて徐々に物が視覚で把握できるようになっていく。赤ん坊の時の記憶がないのは、忘れてしまったのではなくて、赤ん坊の時の認識が未分化過ぎて視覚や聴覚などのソフトが育っていない為に、現在の視覚や聴覚に変換出来ないでいるのだ。だから、もし赤ん坊の時の記憶があるとすれば、それは「苦しい」とかそう言う抽象的な感覚でしかない物になる筈だ。(光を認識するソフトがないのに「お腹の中は暗かった」とは認識出来ないだろう。光を知らないのに、闇が解ろう筈もない)
 つまり、生物は「見たい」と意欲しなければ、物を見る事が出来無い。地球上の人口47億も居れば、全ての人間が同じ尺度、同じ感覚で物を見ていると言うことは、ソフト上からもハード上からも有り得ない。無論向き不向きもあるだろうが、基本的には「意欲した物、望んだ物が、(観察者にとっての)世界には存在する」。ということで個人のの視点を共有し、新たな混沌を目指しましょう

要訳すると自作の画像をアップしましょうということです

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