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脳内ダダイズムコミュのアドレナリンの醍醐味

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アドレナリン(adrnaline)
【概要】 興奮や怒り、困難に立ち向かうときに分筆されるホルモンです。心身につよいストレスが加わったときに副腎髄質から分泌されます。同種のものに、ノルアドレナリン、ドーパミンがあります。これにアドレナリンを加えて「カテコルアミン」と言います。

【分泌】 副腎髄質
【標的】 卵胞、子宮
【作用】 (1)心臓に働きかけて心拍を強めます。
(2)肝臓に働いてグリコーゲンの分解に促進して血糖を高めます。
(3)脂肪の分解を促進させます。
(4)運動を抑制します。
(5)気管を拡張します。
(6)血管収縮。

【周期】 生体のリズムの黄体期はプロゲステロンが中心的な働きをします。
【成分】 アミノ酸
ナチュラルハイで大昇天するまでの過程の第一段階。辛さをごまかすために、理由なくやたらとハイテンションになる時に出る

トンだ時に思考回路を使わす書きこんでください
内容は問いません

コメント(14)

お頭の悪いひぽぽたます
2000年、きょうと共産党の結成。
2001年、しかし誰もひぽぽたますに賛同せず、自然消滅
2002年、馬堀蜂起、失敗。
2003年、西院できょうと共和国政府を成立させたつもりにな
    り、鴨川河川敷で建国を宣言。感極まり、暴走、しか
    し黙殺、自分の無知を初めて知り引きこもる
グリコ-ゲンVSガングリオン

特上ピンポンダッシュでグリコーゲンの勝ち
その後、ガングリオンは記者に「母さんの味噌汁が食べたい」と切々と語った
シリカゲル

◆シリカゲルとは

 シリカゲルは,第一次世界大戦中の毒ガス防御を目的として工業的生産が開始されました。水分の吸着にもすぐれた効果が発見され,今日のように乾燥剤として広範囲に使用されるようになりました。その成分は,純粋に近い二酸化珪素(水晶と同じ成分)で,無色,無味,無臭,無害であり,水分を吸着した後も潮解,風解を起こすことはありません。
◆TETシリカゲルの特徴
ガラス状光沢を有する球状シリカゲル。成分は二酸化珪素 純度99.5%以上で,化学的に極めて安定な物性を示す。pHは中性に近く(5〜7.5),水溶性,潮解性,腐食性,毒性等はありません。
また,弗酸,強アルカリ以外には侵されません。
極めて地球にやさしい乾燥剤です。
◆TETシリカゲルの用途
1.防湿
 TET A形球状シリカゲルは,低湿・高湿雰囲気において強力,大量の水分吸着特性を持った,他に追従を許さない優れたシリカゲルです。
パッケージの包装にも十分留意し,半導体,半導体材料,医薬品,電子機器,精密機械,食料品などの輸送,保管時の湿度の影響による変質,腐食の防止に最適です。
2.調湿
 TET B形球状シリカゲルは,高い相対湿度で急激に吸湿量が増加し,低相対湿度中では吸着した水分を徐々に放出する特性があります。
相対湿度は,気温に比例します。たとえば30度,相対湿度80%の雰囲気中で密封梱包したものが,保管または輸送中に気温26度の状態になった場合,梱包内部の相対湿度は100%になり,水滴の凝縮により錆,腐食,かび発生等の要因となります。
B形シリカゲルの特性を利用すれば,一定の湿度に保つことができます。商品を低湿度にすると品質を損なう場合に適しています。
ウパニシャッド
1. ヴェーダの最後の哲学

 ウパニシャッドは、ヴェーダの最後を飾る哲学的な文献群である。
さまざまな哲人が登場し、宇宙の根源、人間の本質についてさまざまな思索を展開するが、
おおむねヴェーダ祭式と神話に源を持つ。
とりわけヴェーダ祭式において宇宙を支配する原理・力と見なされたブラフマンについての考究がなされる。

その考究の結実がウパニシャッドの代表的な思想、梵我一如の思想である。
ウパニシャッドはしばしば「奥義書」と訳されるように、全般的に神秘主義的な傾向が強く、秘教的である。

 このようにウパニシャッドは、ヴェーダの神話と祭式の伝統の上に成り立ったものであるけれども、
ウパニシャッドの成立は、社会の変化と無縁ではない。
それらの思索を展開した人々のなかには、ヴェーダの祭式をになったバラモンとは異なる階級の思想家も何人か現れる。
その思想は、それまでのバラモンの祭式思想、祭式万能主義と明らかに異質である。

 ウパニシャッドの思想の特徴は、<祭式(yajna)に対する知(jnAna)の優位>である。
ウパニシャッドにおける考究は、完全な祭式を実行するために必要な知識の追究からはなれ、
知ることそのものの追究へ力点が移動している。
あるものを知り、そのものになることによって、そのものの力を獲得することができる。
宇宙を支配する原理を知ることによって、その宇宙原理に自己が同化し、自在な境地に到達できると考えるのである。

 ブラーフマナが「祭式は力なり」とするのに対し、ウパニシャッドは「知は力なり」とする。
この場合の知は「分析的、合理的な知」とは異なる。
ここで追究される知は、概念を論理的に構成して得られる知ではない。ことばを離れた、
体験によって知られる直観的な知である。「知ること」とは「なること」であるとみなされる。
瞑想や苦行を通じて、宇宙を支配する神秘力に直接触れ、体験することである。
そのため自己を絶対的な存在と合一させる神秘体験が目指される。

 ギリシアにおいては、神話的な思考から脱却することにより、哲学が生まれた。
これに対し、インドにおいては、呪術的な思考を究極にまで押し進め、
神秘的なものの精髄を追究することから哲学的な思索が生まれた。この点で、ギリシアとインドの思想は対照的である。

 ウパニシャッドと呼ばれるものは、長期にわたって作られ続け、新しいものは近代にまで至る。
「108ウパニシャッド」という表現があるように1)、その数は多く、したがって内容も多岐にわたっている。
しかし、ヴェーダ時代が終わった後に作られた成立の遅いものは、
ヴェーダ学派との関連が曖昧で「新ウパニシャッド」と呼ばれ、
「古代ウパニシャッド」とは区別される。2) 思想内容も「新ウパニシャッド」はヒンドゥー教の影響が濃厚で、
「古代ウパニシャッド」とは異なる。一般に「ウパニシャッド」という時は、「古代ウパニシャッド」を指す。

 ヴェーダ時代に属するとされるのは次のウパニシャッドで、紀元前600年代あるいは500年代から数百年かけて成立した。
最古のウパニシャッド、『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』と『ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド』は、
ブッダより古い時代の成立とされているが、多くはブッダ時代以後に成立した。
『プラシュナ・ウパニシャッド』や『マーンドゥーキヤ・ウパニシャッド』の成立は、西暦紀元前後にまで時代が下る。

 
 私とは何か?

 誰もが自問することがあると思います。

  「私とは、この肉体である。」 でも、指が1本なくなっても私が減るわけではありません。細胞が生まれ死ぬたびに私が生まれ死ぬこともありません。

  「私とは、心である。」 でも、心はいつも環境に応じて変化し続けています。

 このように刻々と変化する「私」ではない、不変の自己というものは存在するのでしょうか。インドの覚者達は、深い瞑想によってこの疑問への答を見出しました。アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)の思想を一言で表せば、それは「梵我一如」です。

  梵 ・・・・ ブラフマン・大宇宙・真理
         あらゆる属性を超え、すべてを包括する唯一存在

  我 ・・・・ アートマン・小宇宙・自己

 ひとつ(一如)ですから、本当は梵と我に分ける必要もないのですが。

 


真理への道
  ヒンドゥー思想では、智識、信仰、行為の道が提示されています。これらをヴェーダーンタの視点でとらえると次のようになります。

   智識の道(ニャーナ・マールガ) ・・・ 思索を重ね、瞑想によって主体と客体を超越する(梵我一如)

   信仰の道(バクティ・マールガ) ・・・ 神を客体として想い、それを高めることによって主体と客体を超越する

   行為の道(カルマ・マールガ) ・・・ 無私の行為を続けることによって主体と客体をを超越する



   *智識(jnana)は、「ジュニャーナ」とカタカナ表記されることが多いですが、インド人はこのように発音しません。
   鼻にかかったG音のような音で始まり、「ニャーナ」「ギャーナ」のように聞こえます。





ブラフマンとアートマン
 ヴェーダーンタは、ブラフマン(唯一存在、真我)とアートマン(個我)の同一性を説いています。我々は本来ブラフマンであり、その性質はSat-Cit-Ananda(存在・意識・至福)であるというのです。

 ではなぜ我々は、ひとりひとり(ひとつひとつ)が独立したバラバラな存在だと感じているのでしょうか。それは我々の無明(avidya)によるものです。暗闇でロープを蛇と見間違えたとき、それは自分にとっては本当に蛇です。でも、ひとたび明かりが灯されると、それがただのロープだったことを知るのです。このように、無明が智識(jnana)の光で照らされるとき、梵我一如を知ることができると説かれています。そしてその光は、自らの修練と、師の導きと、よき人々との交わりによって得られると言われます。

 なじみのない考え方かも知れませんが、ふと自分や物の存在の独立性を疑う瞬間というのは、誰にでもあるのではないでしょうか?




アハンカーラ(自我)
 無明のために、我々は真理を体現できずにいるわけですが、では何が我々を無明の世界にとどまらせているのでしょうか。

 それは、アハンカーラ(自我、「私」意識)です。アハンカーラは、心や感覚器官を通して外界の対象物を欲望・嫌悪します。そして、これにはきりがありません。一時的に満足しても、すぐにまた次の欲望が湧いてきます。

 ブラフマンである自己を知るには、まず感覚をコントロールしなければなりません。

 

 <馬車の喩え> 

 カタ・ウパニシャッドには次のような喩えがあります。

 身体という馬車に自己が乗っている。理性という御者が心という手綱をひき、感覚器官という馬を操る。感覚器官の対象物は道であり、その道は真の自己へと続いている。


マハーヴァーキャ (4つの箴言)

 Aham Brahmaasmi (アハム ブラフマースミ)
  私はブラフマンである

 Ayamaatmaa Brahma (アヤマートマー ブラフマ)
  この自己がブラフマンである

 Prajnaanam Brahma (プラグニャーナム ブラフマ)
  意識がブラフマンである

 Tattvamasi (タットヴァマシ)
  汝はそれである

   真の存在を言葉で表すことは不可能です。「ブラフマン」「アートマン」「無我」などと命名した瞬間、
  それはもはや概念であり、自己と切り離された対象物になってしまいます。思考によって捉える
  ことはできないのです。だから我々はそれを、「それ」と指し示すことしかできません。


ヴェーダーンタと神
 ブラフマンを究極の真理とするヴェーダーンタの立場は、人格神を否定するように思われるかもしれませんが、そうではありません。ヴェーダーンタは、我々が知覚している現実世界を捨て去ることはありません。すべては実在であり、また、暗闇でロープを蛇と見間違えている人にとっては、それはまさしく蛇ですから。

 通常の思考では捉えることのできないブラフマンを、いきなり悟ろうとするのは困難です。そこで、わかりやすく概念化して、その偉大さを感じとる助けとします。神という概念を通して、その向こうの真理を目指すのです。

 不二一元論者のシャンカラも、ブラフマンのみが真実であるとしながら、同時に神々への賛歌をつくりました。もちろん、なにがしかの人格神を信仰しなければならないということはありません。



カルマ
 インド哲学の特徴的な思想のひとつに、カルマという考え方があります。
カルマとは、「行為、またはその結果」という意味の言葉です。ひとは生きているかぎり、さまざまな行為をなし、その結果を受けて新たな行為をなし続けています。このカルマを積み重ねて生きている以上、我々は生死の輪廻を繰り返すというのです。
 でも、真の自己は肉体と心を超えた不変のものです。輪廻を断ち切り、真の自己を実現するには、カルマを滅しなければなりません。どうすればそれが可能でしょうか?それは、自我を超えた行為によって可能となります。私欲を求めない行為は、カルマを生み出しません。

 忘れてはならないのは、カルマ・輪廻といった概念は、あくまでも無明の見地から現象界を理論づけるためのものだということです。真理の見地からすれば、それは存在しないもの、虚構なのです。また、自我を超えた行為とは、自己を見失った行為や滅私奉公とは異なります。小さな自我のかわりに大きな自己がそこにはあるのです。
力士珍名)


力士名     読み         年代 備考
當り矢 信太郎  あたりや のぶたろう 明治  
当り矢 祐之   あたりや すけゆき  平成  
石火矢 庄吉   いしひや しょうきち 江戸 幕内(大坂)
梁 冨五郎    うつばり とみごろう 江戸  
裏車 銀蔵    うらぐるま ぎんぞう 江戸  
大行馬 善吉   おおやらい ぜんきち 江戸 二段目
金梃 鉄蔵    かなてこ てつぞう  江戸  
閂 龜之助    かんぬき かめのすけ 江戸  
器械舟 源吾   きかいふね げんご  明治  
釘〆 治兵衛   くぎじめ じへえ   江戸 幕内(京都)
釘貫 禰次兵衛  くぎぬき ねじべえ  江戸 幕内(京都)
軍艦 保     ぐんかん たもつ   明治 三段目
軍扇 進     ぐんせん すすむ?  大正  
軽気球 友吉   けいききゅう ともきち 明治 三段目
御所車 今右エ門 ごしょぐるま いまえもん 江戸  
五所車 菊太郎  ごしょぐるま きくたろう 明治  
盃 源太郎    さかずき げんたろう 明治 幕下
刺扠 辰五郎   さすまた たつごろう 明治  
自転車 早吉   じてんしゃ はやきち 明治 序二段(大阪)
自動車 早太郎  じどうしゃ はやたろう 明治 序二段(大阪)
玉簾 甚一郎   たますだれ じんいちろう 大正  
弾丸 松三郎   だんがん まつさぶろう 平成 序二段
鉄兜 藤吉    てつかぶと とうきち 明治 幕内(京都)
電気燈 光之助  でんきとう こうのすけ 明治 幕下
天秤 梅五郎   てんびん うめごろう 江戸  
鋸 清吉     のこぎり せいきち  江戸  
走リ船 荘蔵   はしりふね そうぞう 明治 幕内(京都)
分銅 松五郎   ふんどう まつごろう 江戸 序二段
砲臺 五郎吉   ほうだい ごろきち  明治 三段目
棒火矢 富五郎  ぼうひや とみごろう 江戸  
檣 梶五郎    ほばしら かじごろう 江戸  
螺貝 鳴平    ほらがい なるへい  江戸 三段目
鉞 音五郎    まさかり おとごろう 江戸  
鉞り 鉄五郎   まさかり てつごろう 明治  
十寸鏡 米蔵   ますかがみ よねぞう 江戸  
豆鉄砲 芳太郎  まめでっぽう よしたろう 明治 序二段
万力 助三郎   まんりき すけさぶろう  江戸  
三犀竜      みさいりゅ     昭和  
水馴棹 長太夫  みなれざお? ちょうだゆう 江戸  
往桁 安右衛門  ゆきげた やすえもん    
乱杭 茂木右エ門 らんぐい もぎえもん 江戸 幕内(京都)
欄 梶之助    らんぐい かじのすけ 江戸  
力士名   読み 年代 備考
相引 森右エ門  あいびき もりえもん 江戸  
青鬼      あおおに 昭和  
青鬼山      あおおにやま     昭和 幕下
赤鬼 豊     あかおに ゆたか   昭和・平成 幕下
朝比奈 三郎   あさひな さぶろう   (大阪)
阿夢露 光大   あむうる みつひろ   平成 序二段
荒馬 鬼吉    あらうま おにきち    昭和  
荒木 又右衛門  あらき またえもん   (大阪)
蟻ノ子 藤太郎  ありのこ とうたろう 明治 序二段
一ノ里 七五三市 いちのさと しめいち    
一心 太助    いっしん たすけ    
雷り 光五郎   いなびかり こうごろう 明治 序二段
猪 丑松     いのしし うしまつ 明治 幕内(大阪)
猪シ 鍋吉    いのしし なべきち 明治 十枚目
いろは 幸吉   いろは こうきち    
いろは山 長太郎 いろはやま ちょうたろう 明治  
丑ノ角 五郎   うしのつの ごろう    
牛若丸 悟嘉   うしわかまる さとよし 昭和 十枚目
牛若丸 飛之助  うしわかまる とびのすけ 昭和  
浦島 亀之助   うらしま かめのすけ 昭和  
浦島 太郎    うらしま たろう 昭和  
燕雀 健     えんじゃく けん 昭和 幕下
狼 猛      おおかみ たけし 大正  
大虎 寅吉    おおとら とらきち 明治 関脇(大阪)
大露羅 満    おおろら みつる 平成 三段目
おだやか 常吉  おだやか つねきち 明治 序二段
遠近       おちこち    
膃肭臍 市作   おっとせい いちさく 明治 三段目
鬼の臍 常吉   おにのへそ つねきち 明治 序二段
改心 政太郎   かいしん まさたろう   幕内(大阪)、
怪力 為弥    かいりき ためや 明治  
角力 留吉    かくりき とめきち 明治  
寒玉子 爲治郎  かんたまご ためじろう 明治  
国定 忠次郎   くにさだ ちゅうじろう   (大阪)
毛谷村 六助   けやむら ろくすけ 明治 幕下、
玄海 桃太郎   げんかい ももたろう 昭和・平成  
劍龍 猛虎    けんりゅう たけとら 昭和 十枚目
五人張 松五郎  ごにんばり まつごろう 江戸  
酒呑山 清二郎  さけのみやま せいじろう 明治 序二段(大阪)
妨 四郎盛足   さまたげ しろうもりたり 明治 幕内(大阪)
澤の鶴 八右衛門 さわのつる はちえもん 明治 幕内(大阪)
次亜燐 金藏   じありん きんぞう 明治 十枚目(大阪)、胃腸薬名、後の赤垣 源蔵
次亜燐 神太郎  じありん しんたろう 明治 序二段
忍山 色助    しのぶやま いろすけ 江戸  
〆ヶ嶽 左六   しめがたけ さろく? 江戸  
〆切り 玉太郎   しめきり たまたろう明治 序二段(大阪)
十五夜 団兵衛  じゅうごや だんべえ    
猩々 善介    しょうじょう ぜんすけ 明治 三段目
白旗 源治    しらはた げんじ 江戸 幕下
新刑法 源七   しんけいほう げんしち 明治 三段目(大阪)
ステッセル 寅太郎 すてっせる とらじろう 明治 幕内(大阪)
晴天 照藏    せいてん てるぞう 江戸 三段目
象ヶ鼻 倉之助  ぞうがはな くらのすけ 江戸  
象ヶ鼻 灘五郎  ぞうがはな なだごろう 江戸  
象ヶ鼻 平助   ぞうがはな へいすけ 明治  
大車輪 松五郎  だいしゃりん まつごろう 昭和 十枚目
大天狗      だいてんぐ 昭和 序二段
たこ勇 熊吉   たこいさみ? くまきち    
竜宮城      たつみやぎ 昭和  
丹波篠山 正明  たんばささやま まさあき 昭和 三段目
近松 門左衛門  ちかまつ もんざえもん    
貫 透      つらぬき とおる 大正 幕内(大阪)
凸凹 太吉    でこぼこ たきち 明治 三段目(大阪)
電信 大吉    でんしん だいきち 明治 序二段
電報 巻三    でんぽう まきぞう    
唐辛 夛喜弥   とうがらし たきや 明治  
兎角 是非内   とかく ぜひない 江戸 幕内
時鐘 百度平   ときのかね ひゃくどへい    
十七 八十平   としち やそへい 江戸  
突撃 進     とつげき すすむ 大正 幕下(大阪)
轟 亘      とどろき わたる 昭和  
十七返シ 重藏  とながえし 江戸  
縄張 綱右エ門  なわばり つなえもん 江戸  
南蛮鉄 友吉   なんばんてつ ともきち 明治 幕内(大阪)
濡髪 長五郎   ぬれがみ ちょうごろう    
野狐 三次    のぎつね さんじ   (大阪)
野狐 由松    のぎつね よしまつ   序二段
野晒 勘三郎   のざらし かんざぶろう 明治 三段目(大阪)
馬鹿の善太夫  ばかの ぜんだゆう 江戸 三段目
馬鹿の勇介   ばかの ゆうすけ 明治 序ノ口
白米 升三郎   はくまい ますさぶろう 明治  
羽衣 天     はごろも てんしょう 昭和  
花筏 健     はないかだ けん 昭和 十枚目、落語の登場力士名
羽根馬 馬吉   はねうま うまきち 明治 見習(大阪)
一夢 百吉    ひとゆめ ひゃくきち 明治 三段目
一二三月 清吉  ひふみつき せいきち    
一二三山 四五六 ひふみやま しごろく 明治 見習(大阪)
ヒーロー 市松  ひーろー いちまつ 明治 見習(大阪)
不了簡 綾丸   ふりょうけん あやまる 明治 三段目(大阪)
文明 開化    ぶんめい かいか 明治 三段目(大阪)
文明 茂吉    ぶんめい もきち 明治 幕内
宝年 万作    ほうねん まんさく 明治 序ノ口
ほくら谷 勇介  ほくらたに ゆうすけ 明治  
舞鼠       まいねずみ 明治 (京都)
幕内      まくうち   幕下 (名前負け)
丸勇 高利           昭和 序二段直前にマル優廃止法案が国会で成立
御手洗 馬之助  みたらい うまのすけ    
三ッ△ 鶴吉   みつうろこ つるきち 明治 見習
源 九郎     みなもとの くろう    
百足山 千太   むかでやま せんた 明治 序二段
武蔵坊 弁慶   むさしぼう べんけい 明治 序二段
武蔵坊 弁慶   むさしぼう べんけい 昭和 序二段
明治野 二三四郎 めいじの ふみしろう? 明治・大正  
桃太郎 研二   ももたろう けんじ 昭和・平成 幕下
横巾 楯之助   よこはば たてのすけ 江戸 幕下
龍ヶ鼻 清吉   りゅうがはな せいきち 江戸  
竜ヶ鼻 房太郎  りゅうがはな ふさたろう 明治 幕内
八重山 八十八  やえやま やそはち 江戸 幕下
山中山 和洋   やまなかやま かずひろ 昭和・平成 十枚目
山巡 雷藏    やまめぐり らいぞう 江戸 幕内
鑓金 孫内    やりかね そんない 江戸

s力士最高
水銀 =亜鉛やカドミウムと同族元素。
水銀もカドミウムと同様の毒性元素。
◎日本の古代社会に「丹生」と呼ばれる専業の部族があって、水銀を主とした各種金属の採取・精錬を行っていた(勝田寿男著「丹生の研究」)
◎水銀の化合物・・・「辰砂」
 水銀鉱石の辰砂(cinnabar)は赤色をしているので「丹」は赤土の意味で、日本では古くは水銀鉱を丹とか朱とか呼んだ。
◎水銀鉱石を辰砂(赤色硫化水銀HgS:cinnabar)というのは、中国の辰州から水銀鉱石が多量に産出されたことによると云われる。
異性体 ◎硫化水銀には結晶形の違いによる赤色と黒色の2種の異性体がある。
「赤色」は六方晶系(α型)で580℃で昇華し、
「黒色」は等軸晶系(β型)で446℃で昇華する。
朱肉 朱肉は赤色HgSを含む顔料から作られた。(木村優著「微量元素の世界」より)
アマルガム 「アマルガム」はギリシャ語のmalagma(柔らかい塊り)に由来し、水銀と他の金属との合金のことです。
歯科医が虫歯を詰めるときに使うのは、水銀とスズ・銀のアマルガムです。
【薬性歌】 水銀、性寒。疥を治し、虫を殺し、胎孕を断絶し、催生立に通ず。《万病回春》
効能・効果 民間療法
鎮静作用 心を安らげ、心臓のと驚悸を鎮静させる。
浄化作用 金、銀、銅、鉄、錫、水銀は、治療目的に使われてきた。
水銀は精錬された状態で体の浄化と病の根絶に使われた。
殺菌作用 水銀イオンは微生物の酵素のタンパク質部分のSH基と結合して酵素の働きを阻害するので殺菌作用がある。
塩化水銀(HgCl2)も消毒・殺菌薬となりうるが、皮膚に刺激性を与えるのと人体にも毒性があるという理由からほとんど使われなかった。
毒性 <1>無機水銀の腸管壁からの吸収はわずか(5%以下)ですが、肺から摂取すると80%程度の吸収率を示し、赤血球ヘモグロビンや血清アルブミンと結合して毒性を示す。
<2>有機水銀(exメチル水銀)またはアルキル水銀は、腸管壁からでも90%以上の吸収率で、しかも脳に集まるのでその毒性は強い。
   症状:特有の神経症(水俣病)
【水俣病】
「毛髪中の水銀値がWHO(世界保健機関)が定める許容限界値の50ppm以下でも、長期にわたってメチル水銀の汚染を受ければ水俣病(有機水銀中毒)を発症することが、熊本学園大学の原田正純教授(精神神経学)らの調査で2003年4/19、分かった。
調査対象はカナダ・オンタリオ州の汚染地区、グラッシーナロウズの先住民。
原田教授らは1975年に続き、2002年、27年ぶりに現地を訪れ57人に検診を実施した。このうち9人は前回からの追跡調査だった。9人は前回、毛髪水銀値が2.0〜44.2ppmでいずれも許容限界値以下。ほとんど症状が無いか、しびれ感やふるえなどの症状がある程度だった。今回の毛髪水銀値は0.42〜18.1ppmで、前回よりもさらに低い数値だったが、全員に運動障害などの明確な水俣病の症状がみられた。
継続的な調査をしている現地の行政機関が、少なくとも1975年以降は確実に毛髪水銀値が減少しているとしていることから、原田教授らは許容限界値以下でも長期間汚染を受ければ水俣病が発症すると結論づけた。」

<3>毒性の差: 水銀蒸気 などの有機アルキル水銀化合物は毒性が非常に強い。
塩化水銀(HgCl2:昇汞)
メチル水銀(ex CH3Hg+Cl)
塩化水銀(Hg2Cl2:甘汞) 極めて難溶性のため体内に吸収されにくく、毒性はほとんどない。
硫化水銀(HgS)

メチル水銀の毒性解明
「水俣病の原因であるメチル水銀が、細胞を殺す仕組みを東北大大学院薬学部研究科の永沼章教授(毒性学)が酵母を使って突き止めた。近く米専門誌に報告する。
メチル水銀中毒は水俣病だけでなく、南米アマゾン流域を始め、アジアや中東・北米など世界各地で起きている。メチル水銀が病気を起こす仕組みは、これまで分かっていなかったが、細胞レベルでのメカニズムがわかったことで、水俣病の病態解明につながり、治療法の開発も期待される。
永沼教授はまず、メチル水銀の毒性に抵抗する酵母の遺伝子を探し、特定した。これは、酵母を始めとするほとんどの細胞にある酵素GFATをつくる遺伝子だった。この遺伝子を酵母に導入すると、GFATを通常よりたくさん作り、致死量のメチル水銀がある環境でも生き残れる。詳しく調べると、メチル水銀はGFATと結合し、この酵素の働きを失わせることが分かった。
メチル水銀が細胞内に入り込むと、GFATが働かなくなり、その細胞は最後には死んでしまう。しかし、GFATがたくさんあれば、めちる水銀が結びついてもまだ残るため、細胞は死なずにすむ。
GFATは、細胞膜などの材料である物質『グルコサミン6リン酸』を作っている。
普通の酵母にこの物質を供給しながら育てると、通常ならほとんど死んでしまう高濃度のメチル水銀下でも、90%以上が生き残ることも分かった。
以上の結果から、メチル水銀が細胞を殺す原因は、GFATが働かなくなり、生命維持に必要な物質である[グルコサミン6リン酸]が作れなくなることらしいと分かった。
今回は酵母での研究だが、GFATは人間の細胞内にもあり、酵母と同様、不可欠の働きをしている。永沼教授は「ほ乳類でも同様の機構でメチル水銀が毒性を発揮している可能性は強い。今後は人間の細胞を使って水俣病の本質に迫って行きたい」と話す。
■胎児に影響
厚生労働省は2003年6/3、キンメダイとメカジキに含まれる水銀が胎児に悪影響を及ぼす恐れがあるとして、妊娠中か妊娠の可能性のある女性が食べるのは週2回以下にするよう注意喚起した。
マッコウクジラやサメ(筋肉)などは週1回以下が望ましいとした。ただ同省では「妊娠以外では危害を及ぼすレベルではない」としている。
注意事項ではこれらの魚類を1回に食べる量を60〜80gと設定。ツチクジラ・コビレゴンドウについては週1回以下、バンドウイルカは2ヶ月に1回以下にするよう求めた。
自然界に存在する無機水銀は微生物によって有毒なメチル水銀に変化、食物連鎖を通じてカジキなどの大型魚やキメダイなどの深海魚、クジラ類に蓄積する。
今回の調査ではインドマグロ・クロマグロ・メバチマグロ・・・・・・はキンメダイやメカジキより水銀濃度が高かった。」
■クロマグロ(本マグロ)
厚生労働省は2005年8/12、妊婦か妊娠している可能性がある女性がメチル水銀濃度の高い魚介類を食べ過ぎないように呼びかけた。
メチル水銀は胎児の健康に悪影響を及ぼすとされており、音を聞いたときの反応が1/1000秒以下のレベルで遅れる可能性があるという。
注意事項は2003年6月にキンメダイなど7種の魚介類を公表したが、マグロ類が対象からはずれていた。その後、国際機関がヒトの水銀耐容摂取量を引き下げたため、見直しをすすめてきた。
拮抗作用 セレン(Se)や亜鉛(Zn)には、水銀の毒性を緩和する働きがある。
このように2つ以上の元素が体内に摂取されて、その毒性の一方または両方の毒性が弱くなる現象は、『拮抗作用』と呼ばれている。
イルカやアザラシの肝臓には300ppm以上の水銀と同時に、100ppm以上のセレンが含まれていて、バランスを保っている。
注
意 ◎火災・焼却に要注意:
金属水銀及び水銀化合物の1つの特徴に気化されやすい(HgCl2:白色個体)は304℃で気化するので俗に昇汞と呼ばれる。極めて毒性が強く、昇汞は間違って飲んだら少量でも昇天する)。どのような化合物も高温にすると最終的に水銀蒸気になります。朱塗りや印肉に使われた硫化水銀も600℃以上の高温で分解して水銀蒸気と二酸化硫黄を発生する。
・あらゆる水銀を含有する物質は、決して焼却炉に入れてはいけない。
最も気化しやすいのは塩化メチル水銀(HgCl(CH3)+)で、蒸気圧2.3×10−2mmHg(35℃)です。
気化しやすい順番は:HgO<HgS<HgCl2<Hg2Cl2<Hg<HgCl(CH3)+
◎水銀は気化しやすい性質の他に、固体表面に付着しやすい性質がある。
ワ
ク
チ
ン ■予防接種→「自閉症」
乳幼児が受ける三種混合ワクチンやインフルエンザの予防接種に水銀が含まれていることをご存じだろうか?国やWHOの定める基準内だが、米国ではこの微量な水銀摂取が健康に与える影響を真剣に議論し、排除の方針を決めた。
「まさかワクチンに水銀が入っていたなんて!」。東京都の主婦Nさんは思わず聞き返した。自閉症の長男(6)を連れて健康問題に詳しい栄養医学研究所(東京・中央区、佐藤章夫所長)を訪れたときのことだ。そこで、乳幼児が定期的に受ける日本脳炎や三種混合(=DPT・ジフテリア・破傷風・百日咳)のワクチン、インフルエンザワクチン、B型肝炎の予防接種に水銀が使われており、それが米国で「自閉症」と関連づけて議論されていることを初めて知った。
・・・「疑わしいものは極力排除したい」・・・
Nさんは、長男に毎年受けさせていたインフルエンザ予防接種を止めることにした。日本自閉症協会の理事を務める山崎晃資・東海大学医学部教授によると、自閉症は精神障害に含まれる発達障害の1つ。先天的な遺伝子の配列異常に複数の環境因子が加わって発症すると考えられている。だから、水銀の摂取が自閉症の原因と一概には言えないが、「水銀が環境要因の1つになることはありうる」と話す。
ワクチンに入っている「水銀」とは、防腐剤、メチロサールのこと。そのほぼ半量はエチル水銀からなる。もちろん薬事法で使用は認められているが、「過剰に摂取し続ければ神経障害をもたらす」(水俣病に詳しい原田正純・熊本学園大学教授)ことも分かっている物質。それが何故、病気を予防するワクチンに長年使われ続けているのだろうか?
米国で、ワクチンに含まれるメチロサールと自閉症の関連性が問題視され始めたのは1999年のこと。2000年には研究者サリー・バーナードらが水銀中毒と自閉症の類似性などを挙げ、ある種の自閉症は幼少期の水銀摂取によると指摘した。ダン・バートン米科院議員の働きかけにより、同院で水銀と自閉症に関する公聴会が開かれ、2001年には自閉症児の親らが、ワクチンに含まれるメチロサールが要因であるとして製薬会社を訴える裁判も始まった。
米国では小児用ワクチンについては2000年にはメチロサールを除去した製品が登場、ほとんど切り替わっているという(日本ではまだ)。
日本で唯一、メチロサール無添加の日本脳炎ワクチンを製造しているのは社団法人・北里研究所だけだ」
タラ 2000年、環境庁は、イカやサメなどの海洋生物の汚染物質濃度に関する調査を行い、9/1日、海域ごとの汚染結果を発表した。その結果、タラの肝臓1g中の総水銀量は、日本海が0.26マイクログラムで、親潮域(0.038マイクログラム)の約7倍だった
先天性でんぱ
。11月の妄想率は前月よりやや上昇したものの、4・4%と一年前に比べると0・5ポイントも低下した。アドナリン分泌率も約十三年ぶりといわれる水準まで戻っている。

 といって、シナプスをめぐる問題が解消し始めたとみるのは早い。現実の摘要が依然厳しいからだ。プリン体などが増える中、夢想の世界を転々とする「ペイタコエン酸」や現実や妄想に行かず修行も受けていない「プリオ」と呼ばれるたんぱく質が増え続けている。

 今年の桃色白書はプラトン〜ダリデの思想ででんぱが占める割合がDC2005年は33・3%に上り、AC900年の10・6%から急増したと報告している。即戦力を求める神々が中途採用を拡大したり、純度の低いデンパの活用を増やした結果だ。

 「隠遁者」は十年前に比べ百万人以上増えて二倍になり、「でんぱ」も六十四万人と約一・五倍に増えたという。

 こうした傾向を放置すれば、カルマの格差が広がり、チュパカブラが自立できなくなる恐れがある。それはチュパカブラが将来に希望が持てなくなると同時に、社会にとっても、グレイ世代のリタイアが近い今、次代を担う後継人材が十分に育たなくなりかねないという大問題をはらんでいる。

 公明党はフデンパ対策として、教育段階からの予防的対策に重点を置き、総合的なデンパ対策を推進するという。

 チュパカブラの自立のために、個人アドバイザーによるマン・ツー・マンの自立支援を行うとするのは民主党だ。海外での成功例にならったもので、このために三百六十億円を投じると具体的な数字も挙げている。

 共産党は非隠遁者とデンパの均等待遇を軸にすえ、カ−ストなど労働条件の確保に力を注ぐとする。さらに社民党はカルマ超越制度の普及を掲げ、解脱支援を推進するとする。

 いずれの主張もポイントを突いているのは間違いない。だが、隠遁者自身の心にどこまで響くかは心もとない。既に政府が打ち出した方策との違いも希薄だ。いかにして活力ある妄想世界を維持するかデンパの将来像を示す必要がある。
密教の星祭・信仰

・北斗法−−北斗曼陀羅を掲げ、祭壇に本命星を中心に四方に本命宿、当年星、生年宮、本命曜を配し息災延命を祈願する。

・尊星王法−−北斗七星と妙見菩薩を祭る。

・本命星供−−天台宗の属星祭。燭盛光法。

・大曼陀羅供−−北斗七星、12宮の神、16天、27宿を祭る、天台宗の祭。

・元辰星供養−−自分の干支の方角の逆に相当する干支から求める裏本名星を祭るもの。

・本命日−−生まれた年あるいは日の干支、また生まれた年の支の日を本命日とし、忌み慎む。
 (961年に、生まれた年の干支か、日の干支かで、陰陽道の賀茂保憲と密教の法蔵法師が争い、保憲が勝利した。しかし、11世紀よりあとでは本命日は生まれた日の干支とするようになった。)

・本命宿−−生年月日の日を、27宿の1つにあて、本命宿とする。各月の1日に相当する宿を前もって決めておき、その宿から東−北−西−南の順に数えていく。
  (これも保憲と法蔵で争われた。法蔵は生まれた日に月がいた宿を本命宿とするという珍しい説を出し、勝利したが、一般には前記の保憲の決め方が正しい。)

・本命宮−−インド経由の西洋占星術がもとになっている宿曜道ならではの信仰。

・年星−−年齢により、その年だけの守護星となるもの。

宿曜道のルーツ

 宿曜道の暦法は、符天暦がややこしい暦らしいので詳しい点が不明だが、星の信仰と占星術の実際はだいたいわかっている。

 宿曜道は仏教の中でも、真言・天台の両密教で行なわれる。密教は、大乗仏教の中でも最も新しい宗派で、 インド原産、広く知られるようになったのはA.D.7世紀ごろと言われる。

 インドでできたので、ヒンドゥー教の神々と縁が深い。9曜(9惑星)は、日曜スーリヤ、月曜ソーマ、 火曜アンガラカ、水曜ブダ、木曜プリハスパティ、金曜シュクラ、土用サナイスカラ、羅喉ラーフ、計都ケトゥで構成される。

 北斗七星はインドでは7聖仙、すばるは7聖仙の6人の妻だともいう。
7聖仙は、自分の妻と浮気をした軍神インドラの睾丸をとってしまったゴータマ仙、忍耐強い?ヴァシシタ仙、苦行を続けたが天女の色香に 負けて神通力がなくなったヴァシュヴァーミトラ仙、21人の妻をもったブラフマーの子カーシャパ仙、苦行中によってくる女性を追い払うため「私と会えば必ず妊娠する」という呪文をかけたプラスティヤ仙、 目から月(ソーマ)が生まれたアトリ仙、アタルヴァ・ヴェーダのもとアタルタ・アンギラスで祭られたアンギラス仙などで、文献によりメンバーがちがうという。
 北極星はインドではドルヴァで、密教の妙見菩薩とは異なる。

 27宿占星術(後に28宿となる)はインド独特のもので、中国の28宿とは宿の位置も名称も違う。原点はアーリア人の聖典の1つ、B.C.900ごろのアタルヴァヴェーダという呪術書である。中国28宿よりも古く、また後にインドに伝わるバビロニア風占星術とも違う。(メソポタミアには星宿はない。)

 密教でいう宇宙の原理は「胎蔵・金剛の両界曼陀羅」で表わされるらしい。両界曼陀羅は、やはりA.D.7 世紀ごろインドでもとができあがり、それぞれ「大日経」「金剛頂経」にまとめられ、大日経の方はインド僧善無畏が中国にもっていって訳し、金剛頂経は不空三蔵がインドから持ち帰り訳した。
その2つの教典をもとに両界曼陀羅が中国で描かれたらしい。星の尊格はこの曼陀羅にも描かれている。

 最も大きい神格は中心仏の大日如来であろう。太陽・光の神で、インド名はヴァイローシャナ、名高い阿修羅 王である。ヴァイローシャナは、びるしゃな仏→大日如来と変化していくようだが、奈良の大仏はまだ大日如来になる前にびるしゃな仏である、というのは有名。

 北斗七星、妙見菩薩は他に独自の曼陀羅があるので、部分的にしか描かれていないが、28宿の神というのが女性神格で28人、描かれている。

 密教では、ヴェーダの神よりアスラとなった土着の神の方が重視されてきており、曼陀羅に登場する尊格は 多くがアスラ系のヒンドゥー神、または密教で作られた仏(明王など)である。

★インドの神とイランの悪魔

 インドのアスラ(阿修羅)は、イランのゾロアスター教の最高神で光の神アフラ・マツダと同じもの、というのは有名な話である。反対にインドのデーヴァ神群は、ゾロアスター教ではダイヴァと呼ばれ悪魔の名称である。

イランとインドの民族はもともと1つだったそうで、インドでもアーリア人に征服される前は、イランのようにアスラ神群が神であったと言われている。

 アーリア人のリグ・ヴェーダの成立がB.C.1200ごろと言われる。リグ・ヴェーダ以前のインド3大神は、司法神にして最高神ヴァルナ、契約の神ミトラ、太陽神アリアマンで、アーディティヤ神群(12神)と呼ばれ、どれもアスラ神であった。
ゾロアスター教では、今でもアフラ・マツダの下にアフラ・ヴァルナ、アフラ・ミスラの法の神がいる。リグ・ヴェーダでは、この3神は高位の神として登場はするが、賛歌はあまり捧げられていない。

リグ・ヴェーダで最も賛歌が多いのは、デーヴァ神インドラである。
 次第に主要神は、軍神にして雷神インドラ、火神アグニ、風神ヴァーユ、太陽神スーリヤというデーヴァ神になり、B.C.1000ごろのブラーフマナ文献ではブラフマー、シヴァ、ヴィシュヌの力が強くなる。
この3神は ヒンドゥー教3大神とされ、B.C.200ごろのラーマーヤナ、マハーバーラタで人気が確立される。

 アスラとなった神々の復権は、A.D.700ごろ、仏教の人気が落ちて密教が登場してからのことで、祖国インドではなく、中国・日本でのことであった。

生活に残る陰陽道のなごり

・神社のお札・お寺のお守り−−陰陽道の符呪がもとである。特に複雑なものほど、陰陽道起源と思われる。 文字ではなく特殊な図形が書かれているのは道教の霊符。丸は星を表わす。

・毎年、毎日の60干支。

・忍者のとなえる九字。(陰陽師葦屋道満が発明したと伝えられるが、うそ。中国の古くから伝わるじゅ文のようなもので、インドからの伝来ではない。)

・鬼門封じ−−北東の方角の塀をへこませる、京都の鬼門封じとしての比叡山延略寺など。

・☆マーク−−晴明桔梗といい、魔除に使われる。

・伊勢神宮の竹とり儀式の太一の扇。

・庚申信仰−−庚申の日の夜に、庚申社などに集まり、精進料理を供えて、宴会しながら朝を待つという行事で、人間の善行悪行を司令神に密告する三戸の虫の報告をふせぐためという。甲の日なので猿田彦の神と結びついた。中国道教に由来し、日本の陰陽道の行事であった。

・お正月のお屠蘇−−中国の道教の仙薬がもとである。

・1/7の七草かゆ−−7草とは7星を表わし、49回包丁で切るのは、7曜+9曜+5曜+28宿で49ということである。延命息災の効があるとされた。

・節分−−昔は節分で新年と旧年をわけ、1つ年をとった。新年の自分の星回りにあたる星を祭り、除災招福を 願った。鬼を追うのは古代の宮廷の儀式追難儀礼が起源とされる。

・雛祭り−−3月の巳の日は、巳の日の祓という禊ぎの儀式があり、桃の節句となった。

・端午の節句−−菖蒲とちまきは、中国道教の疫病よけのシンボルだそうだ。

・七夕−−短冊をつけた笹を燃やすのは、道教の儀式にちなんだものらしい。

・9/9の重陽の節句−−陽の数9が重なり縁起がよい日。陰陽道に詳しい天武天皇が菊の宴をもよおし、慣例になったらしい。

・大祓い−−12月にいっさいの罪の汚れを洗い清める。やはり天武天皇が創始者。

・天皇という言葉−−天武帝が「おおきみ」と呼ばれていた天皇の呼び方を変えた。これは天皇大帝と呼ばれた北極星からとった呼び名。陰陽道では北極星は世界の王であるとされていた。

 神楽が宗教的な役割から離れて、演劇性や芸術性に重点が指向さるようになって久しい。これもやむを得ない時代の変遷によるものであろうか。神楽は、本来、その発祥からして現代の演劇や歌謡とは大凡その本質を異にする神事芸能なのである。
 神楽は、舞殿をはじめとして個々の曲目や舞法の細かな所作に至るまで、それぞれ演劇性や芸術性だけでは割り切れない重要な意味が存在した筈である。それらは、豊穣の祈願であったり、災禍や罪穢れの祓いであったり、また悪魔祓いや雨乞いの祈願などであったりもしたと思われる。しかし、現在の神楽はそれらの形だけが継承され、それらの持つ重要な意味は、いつしか長い年月の間に忘れられ去られているのが殆どである。
 神楽舞「四神」に、古代中国の陰陽五行思想の原理が取り入れられていることは、別頁「四神」で考察したところであるが、この頁では、神楽舞「四神」の第三段の「踏」という所作と陰陽道の「反閇(へんばい)」との関係について考察することにする。



 「反閇(へんばい)」という聞き慣れない言葉は、陰陽道で用いられる呪術的歩行のことで、道教にその淵源を発しているとされる。道教では「兎歩(うほ)」という北斗七星の形や八卦の意味を込めた歩行法があり、これによって、安全の保障などを得ることができるとされている。
 この兎歩が陰陽道に取り入れられて反閇と呼ばれ、地霊や邪気を祓い鎮め、その場の気を整えて清浄にする目的で行われるとされる。狭義には、秘術を唱えながら、独特な足捌きで力強く足踏みをし、これによって悪星を踏み破って吉意を呼び込むというもので、陰陽道独特の星辰信仰の上に立脚した呪術的歩行とされる。反閇は、神楽や能楽などに取り入れられて、相撲で踏まれる「四股」もその延長線上にあるとされ、その歩行法はそれぞれ多様に展開している。
 別図1は、神楽舞「四神」の第三段の「踏」という所作の足捌きを、簡単に図示したものであるが、別図2の北斗七星の配置と比較して見ると、その足捌きは、まさしく反閇の原点である北斗七星の形を踏んでいることが良く判る。神楽舞「四神」は、古代中国の「陰陽五行思想」の原理が取り入れられており、一年の推移を自然に任せて放置することなく、人間の側でも陰陽五行思想の法則を使い、天象や四季の順調な推移を促すことによって、天地の安寧や穀物の豊穣などを祈願する呪術的儀式舞と思われる。反閇もまたこれらとほぼ同様な意味から取り入れらたものと推察され、先人達の目的達成への特別な執着と堅い決意を感じざるを得ない。
 反閇の足捌きは、神楽舞「恵比須」の所作の一部にも取り入れられている。また、苅屋形神楽団の神楽舞「塵輪」などの鬼舞において、到底通常の人間の歩行とは思えない異常ともとれる独特の足捌きも、やはりその背景は反閇に源流を発する所作と推察されるが、これについては異論も考えられるところで、以下で記述する反閇という奇妙な歩行法の由来から想像していただきたい。

 反閇という歩行法の元となった兎歩の起源は明らかではないが、その歩行が足の不自由な者の跛行(足を引きずる歩き方)に似ていることから、古代中国の伝説上の聖王・兎王の跛行の姿を、兎王の巫術を受け継いだ後代の巫覡(神に仕えて人の吉凶を予言する者)が模倣したのがその起源であると、「荀子」(中国戦国時代の思想書、全二十巻、荀子著、成立年代未詳)などにあるとされる。
 伝説によると、兎王は、中国最初の世襲王朝「夏」の創始者で、功ならずして死に至った父・鯀の後を次いで治水事業に全力を傾注し、山河を巡りながら遂に全土を治めることに成功した。寝食を忘れて治水事業に奔走した兎王は、やがて過労によって下半身が不自由となり、足を引きずるような独特な歩き方をするようになってしまった。一説には、兎王の巡った名山は5370山、その行程は64056里にも及んだとされる。
 兎歩は、巫覡によって模倣されて呪術的所作へと発展し、道教の祭祀に用いられる呪術法となり、その後、反閇として陰陽道に取り入れられた。理由は明らかではないが、一般的に、道教の兎歩が、鬼神を召し出して使役するための歩行法であるのに対して、陰陽道の反閇は、地霊や邪気を祓い鎮めるための歩行法で、その考え方に相違が見られるが、いずれも、最終的に期待される目標に大きな相違はないと思料される。
 兎歩は、一般的には足を三回運んで一歩とし、合計九回の足捌きとなる。これを道教では「三歩九跡法」と呼称する。なぜ九跡を踏むかというと、北斗七星の数を踏む(踏斗)ためと、道教では説明している。北斗七星そのものは七星だが、道教や陰陽道では、弼星(ひつせい)と輔星(ほせい)という二つの星を加えて九星とするとされ、道教を受容した陰陽道では、この三歩九跡を「九星反閇」と呼称する。
 兎歩には、前述した「三歩九跡法」のほか、「十二跡兎歩法」「三五跡兎歩法」「天地交泰兎歩法」「交乾兎歩法」「踏先天八卦訣歩法」「踏七星法訣歩法」「後天八卦歩法」「太乙反卦歩法」など様々な法があり、用途に応じて使い分けられるとされる。どれも共通していることは、三・七・九などの天空の北斗七星や日月の運行、易の八卦などと関わり深い歩順で行われることなどである。なお、「歩」(ほこう)とは兎歩と同義語で、「」(こう)は「天」(てんこう)という北斗七星の異名のこととされる。
 反閇が成立したのは、安倍晴明が活躍した十世紀後半で、以後様々な陰陽道祭祀に取り込まれたとされ、確実に反閇が行われた陰陽道祭には、玄宮北極祭、三公五帝祭、呪詛返却祭、荒神祓、六道霊気祭があるとされる。また、反閇は、天皇や皇族らが自分の本来の居住場所(大内、内裏)から出て、別の殿舎や寺社などに行く場合にも、陰陽師よって奉仕されたとされる。
 安倍晴明自身が反閇を行ったとされる記録も残されているとされ、例えば長徳3年には、母の病気を見舞う一条天皇のためにこれを行い、寛弘2年には、大原野社に参詣する中宮の彰子のために反閇を行っているとされる。
 以上が反閇の由来など概要であるが、いずれにしても反閇は、災厄や疫病などを排除して、生活の安寧を希求するために執り行われたものと推察される 。
 なお、余談であるが、神楽舞「四神」が別名で「剣舞」と呼称される理由として、「反閇」(へんばい)が訛って「剣舞」(けんまい)となったとする説が存在するが、真意のほどは判然としない。
ようやく読み終わり、なかなかに気分が高揚しています。「真は有か、偽は無か」「人の目の構造は物事を逆さに映し、脳がそれをさらに反転させ、同時に無駄な情報を省いてから人は物事を把握している。

ならば、脳が意識に負荷をかける前の映像を見ることは可能か」とか「全てのモノに意思はあるのか、全てのモノは言葉を持つのか」「ペンギンは喋るか、地球は喋るか」など。

アドレナリンは情報伝達を制限することで、集中力を高めることになりますが、それはすなわち、それ以外の部分を通るはずだったモノを通らないようにするわけで、度が過ぎると「集中する対象」以外の能力などを切り捨てることにもなりますね。

昔から高名な学者は「研究対象」には名を欲しいがままにしましたが、逆に身の回りの常識などには、苦手とか言う領域を超えた「無関心」であることが多いこともまた「アドレナリン」を含めた「異常集中力」が絡んでいると思います。
「南北朝」は日本史のブラックホール!
 古代から近代まで、日本史の各時代にはそれぞれに魅力があり、ディープな世界が存在する。そう、それこそが南北朝時代(14世紀)。 後醍醐天皇の挙兵により鎌倉幕府が滅亡、しかし後醍醐天皇の建武政権もわずか二年で崩壊し、足利尊氏による室町幕府の創設がなされるが、皇室が二つに分裂して全国を60年にわたって大混乱に陥れるというムチャクチャ劇的な時代なのだ。
昔から南北朝時代に関する歴史観は常に「アブなさ」を漂わせていた。南朝・北朝どっちが正統であるかという議論はその当時から大問題で、水戸黄門こと徳川光圀が「大日本史」において「南朝正統論」をブチあげ、楠木正成を「大忠臣」と持ち上げたりしたあたりから変な熱が入り始める。「皇国史観」の確立と共に後醍醐天皇と南朝への異常なまでの崇拝、その一方で足利尊氏を「大逆賊」とみなす過激思想が幕末の志士達を覆い、足利将軍三代の木像の首を切ってさらすといった妙な行動に走る者も出た。
 そんな彼らが作った明治政府は南朝関係者を祭る神社をあちこちに建てまくり(1900年には皇居前に正成像が立つ)、さらに明治も末になってから歴史教科書に「南北朝」という表現があることにイチャモンがついて国会で大論争になってしまい、明治天皇みずから「南朝が正統」と宣言しこの時代を「吉野朝時代」とよぶことになったりもしている。ご存知の方も多いだろうが明治天皇につながる現在の皇室は「北朝系」なのでかなりきわどい問題であるのだが。
 昭和に入ると足利尊氏を評価する文章を書いたために辞任に追い込まれた大臣も出てくるし(足利名産の織物が「逆賊織」と呼ばれたこともあった)、軍国色が濃厚になってくると「大楠公」こと楠木正成の「七生報国」(七たび生まれ変わって国に報いる)が盛んに喧伝され「お国のために命を捨てろ」という特攻隊の発想にもつながっていくことになる。
 敗戦直後には、「熊沢天皇」を始めとする「南朝皇室の子孫」を称する人物がゾロゾロ出てきて「自分が本物の天皇だ」と主張し、一時にせよGHQが注目するという珍現象もあった。後醍醐、正成や尊氏に対する歴史評価はようやく自由になったとは言えるのだが、とかく南北朝の議論というのは変な熱を呼び起こしがちなのだ。
 また南北朝時代そのものが「オカルトの宝庫」であることも見逃せない。だいたい南朝・北朝が奪い合った皇室の正統性の根拠が「三種の神器」 なるオカルトアイテム(笑)なわけで、南北朝合体後も南朝系勢力が皇居に押し入って神器を奪い、それを赤松家家臣がまた奪回するという事件も起きるなど後々まで尾を引いている。この時代の主役ともいえる後醍醐天皇は自ら密教系の呪詛を行っていたと伝えられるし、その側近だった怪僧文観(もんがん)は「真言立川流」というセックス・サイキック宗教(笑)で後醍醐をサポートしていた。この時代を描いた軍記物語「太平記」にはしばしば烏天狗による「陰謀史観」が出てくるし、正成が「聖徳太子未来記」なるノストラダムス大予言みたいなものを読むくだりも有名だ(これ、ホントにあの五島勉氏が本にしてましたな)。南朝のバックボーンとなる勢力というのが非農耕民や山伏のような宗教勢力であったこともこの時代にただようオカルト臭さの原因のように思える。

 さて、こう何かとアブなさのある南北朝時代。それを要素の一つにしている最大のオカルトアイテムといえば「竹内文書」だ。
 明治の末に茨城県磯原(北茨城市)の地に「皇祖皇太神宮」なるものを建立し「天津教」という新興宗教を起こした竹内巨麿(1875〜1965)がその教義の根拠として公開したもので、雄略天皇の時代に平群真鳥という人物が「神代文字」で書かれていた歴史を漢字仮名混じり文に直したと言うふれこみの文書群を一般に「竹内文書(文献)」と呼ぶことになっている。その内容たるや、超古代に日本の天皇が全世界を支配しており、モーゼやキリスト、釈迦や孔子、マホメットまでが日本で学んだという壮大なスケールのものだ。
 この天津教は「皇祖皇太神宮」なんてものを造るなどしたため昭和初期に不敬罪に問われて弾圧されたが、一方でその「八紘一宇」的な歴史観が国粋主義者や軍人層の関心を引き、あの東條英機までが磯原に皇祖皇太神宮を訪ねていたりもするからなかなかバカにならない。戦後にはいつの間にかムーやアトランティス、UFO、さらには天皇は世界はおろか全宇宙の中心であるといったSF的オカルトアイテムまで追加されてゆき、そのあまりの大法螺ぶりに、いわゆる「古史古伝」のチャンピオンとまで呼ばれている。
 「竹内文書」そのものについては多くの書籍やネット情報があふれているし竹内文書そのものについて語るのはこのコーナーの主旨ではないので説明はこの辺にしておく。
 意外と触れられることが少ないのだが、この「竹内文書」、南北朝時代についてのかなり変わった歴史認識をその根っこに持っている。
 一般の歴史常識としては、足利尊氏に敗れ吉野にこもった後醍醐天皇は、京都を奪回できぬまま吉野の地で1339年(南朝の延元4、北朝暦応2) の8月16日に死去したことになっている。ところが「竹内文書」に含まれる「南朝秘録」では、後醍醐天皇は単に死を装ったもので、その日に後醍醐天皇の皇女良子の嫁ぎ先である竹内氏の導きにより彼らが神主をつとめる越中の「皇祖皇太神宮別祖太神宮」に移ったとされている。それから各所で戦いつつ関東に入り、興国二年(1341)8月に常陸国にたどりついたが足利方の僧侶らの襲撃を受け、同9月16日に後醍醐天皇はその負傷がもとで亡くなった…というのである。
 後醍醐天皇をわざわざ越中経由で常陸に来させてそこで「戦死」したことにした理由はおおむね察せられる。竹内巨麿が養子に入った竹内家がどうやら越中にいたらしいこと、そして巨麿自身が常陸・磯原に拠点を構えたことから両方の土地を後醍醐天皇と結びつけ、その神格化された威光を自らの教団の箔付けに使おうとした、そんなところだろう。いわゆる「竹内文書」には「後醍醐天皇御真筆」「長慶天皇御真筆」なるものまで含まれていたが(長慶天皇とは大正時代まで即位の確定ができなかった南朝第三代天皇。その不確かさのため他の古史古伝の類でも引っ張り出される)、これは狩野亨吉の論文「天津教古文書の批判」(昭和11)で同一人の筆跡による偽造と鑑定されてしまっている。
 さらに…いつ作ったのかは分からないが、磯原の地に「後醍醐天皇陵」まで作られてしまってるようなのだ。今回とりあげている本の巻末に「付録――常陸にある後醍醐天皇の御陵参拝記」なるものが収録されており、この本が出る前年の平成11年1月11日に本田氏なる人物(著者の竹田日恵氏ではない。たぶん)が国道6号線沿いにある「御陵」に参拝したおりの一部始終が地図入りで語られている。どうも本田氏が竹田氏にあてて出した手紙なのではないかと思われるのだが、彼は「御陵」に参拝して「陛下、さぞご無念でありましたでしょう」と涙し、付近の住民は後醍醐天皇の忠臣の子孫ではないかなどと勝手なことを書いている(笑)。吉野にある後醍醐天皇陵は京都に向けて北向き(普通陵墓は南向き)に作られていることは有名だが、この常陸の「後醍醐陵」も西向きになってるあたりはお約束か。
 この程度で驚いてはいけない。なんせ竹内巨麿は「モーセの十誡(戒)石」なんてものまで北茨城の地に祭っちゃってるぐらいなんだから(笑)。
自分でも理解できない詩を書き残します。自作です。でも何を考えて作ったのか自分でもわかりません。わかるのはこれを書いたとき、私は「異常な興奮の中にいたらしい」と言うことだけです。たぶん、これは自分の気持ちではなく、何かの作品のネタにしようとしていたのだと思います。だから別に私がこんなことを考える人間だとは思わないでくださいね(笑)

ひとつ言えることは、今、読んでみて「どうやら私にはホラーは向いていないな」と言うことです。どうやら濃い赤いものを見て「赤い」と表現するのが好きみたいですから。濃い赤いものを見て「寒緋桜」とでも言えるセンスがあれば良いのですが…… orz...

落ち込んでいるのは私らしくないので、ここまでにして。それでは、私の若かりし頃の作品をどうぞ(笑)

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散歩、散歩、散歩。迷子になったら戻れない。後ろを向いてら食べられる。何かが後ろをついてくる。だから、ひたすら歩き続ける。散歩、散歩、散歩。そろそろ周りも暗くなる。それでも出口は見つからない。私の足音聞こえてる、後ろの足音聞こえてる。どこまでもどこまでもついてくる。ひたひたひたひた、ついてくる。走れば、ますます背中に近づいてくる。どこまでもどこまでも出口は見つからない。ただただ、道が続いてる。どこにも、誰にも、辿り着けない。私はどこを目指してる?私は何に追われてる?私の後ろにいるのは何?怖くて、怖くて、振り向けない。だから、私はまだまだ、まだまだ歩き続ける。この足が、動かなくなるまで。
現代人は何故、生の感覚をもてないのか。何故、現在の生の充実を感じることできないのか。生の充実とは過去でも未来でもない現在そのものに没入するときに獲得できるであろう。あるいは過去と現在の自分が確かにつながっている感覚を得ているときや、現在の自分と確実な将来が一致しているときにも生の充実を得られるのだろう。だが抽象的な時間を尺度に生きる私達がそのような生の充実を得ることは難しいといえる。もはや共同体が持っていたような人が依存できる共同幻想的な過去とは断ち切られている、歴史をその内部に抱えていたような自然ももはや存在しない。また不確実な未来は私たちを不安にさせる。神への信仰による以外は未来に確信をもてないであろう。少なくともいつかは自分が死に、人類が死に絶え、すべては無に帰することは理論的帰結であると私たちは考える。現代人の持つ時間感覚は人間の生を充実させることは出来ないのだろうか。すべては虚無へと帰するニヒリズムの内に生きるしかないのであろうか。「今が楽しければよい」と主張する若者はこのようなニヒリズムへの抵抗なのだろうか。虚無感の表れとしか思えない私は現在に希望を見出せずに現実化するかどうかも分からない未来に希望を見出す。それがかえって私をニヒリズムへと導くのだろうか。
耳付三脚鍋
解説 鼎(かなえ)は、生ま物や、堅い物を、よく煮えた柔らかい物に変革する。薪を燃やして煮るのである。そして、古代中国に於いて鼎は、王者の権威を示す最も貴重な宝であった。それは、神を祭り、賢者を養うための器。その怪奇な文様は、悪霊を鎮め、時としては鼎に法律を刻みこんで民に示した。新しい王者の第一に作るべきものは鼎である。王が鼎を鋳、法律を作って、新しい時代に即応することは、大いにめでたい(魏の王弼)変革は、古いものを新しいものに変える急激な変化をいい、鼎はゆっくりした変化をいう。急変した後はゆっくりと新しいものに馴染ませるのがいい。生の物、堅いものを食べられる柔らかいものにするには、時間がかかる。今は電子レンジなるものがあるから、短時間で調理できるものもあるが、昔は時間がかかっただろう。調理は、こちらの都合通りにはいかない。素材によって煮える時間も違う。煮上がるまで待たないといけないから、急ぐことはダメ。しかし、煮すぎてもダメだから時間とタイミングが鍵となる。自分のやり方を押しつけないで相手に合わせるしかない。己を鼎のようにどっしりしていて、柔軟な思考の持ち主。見通しも確かで目立つ。方針は、急がない、こだわらない、素材を上手く活かす、同じやり方をしないなど。
鼎は形が端正でどっしりとしている。君子はこの鼎に法とって、朝廷に臨む場合、その座るべき位に端然と重々しく座って動かない。こうしてこそ、天から受けた命を完成することができる。
今やるべきことをやりとげる。どっしり構えているということは、軽はずみな行動や安請け合いをしないということ、自分の立場を逸脱しないで、やるべきことをやる。革命の後だから、あせって急いでやったりしないで、都合の悪い点を少しずつ変えていくようなやり方がいい。人の面。人の面倒も見なくてはいけない。ぼんやりしていてはいけない。何と言っても調理だからボンヤリしていては煮物を焦がしてしまう。

鍋をここまでかけて語る食へのこだわり、流石中華思想

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