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四月馬鹿。コミュの【二次創作夢小噺】戦国BASARA、長曾我部元親×女主人公。

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※オリジナル設定&オリキャラ加減がハンパない。



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 2012 晩春 戦国BASARA
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【酩酊の淵】



 四角く切り取られた空から、欠け始めたばかりの白月が一筋、こぼれ落ちるように手元を照らす。青白く思われるその光とは対照的な行灯の橙が、煙草盆のすぐ横で同心円状の光を放っている。ちろちろと暖かみを持つその橙に、途切れるような溜息が、思いがけず、掠った。
 ふらりと、揺れる、熱。
 鳩尾(みぞおち)の奥がわななくほど泣いたのはいつぶりだろう。
 顔を上げ、大きく息を吐いて、つい、と煙管を傾ける。先の金物がちらりと瞬きを残して、鳴りを潜めるように金色(かないろ)に戻った。ぼやける視界を閉ざして、そろり、淡い液体を吸い込むように紫煙を嗜めば、熱を持つ煙が胸を焼く。そのひり付く痛みで己を律するようにまばたきを繰り返す。
 さらさらとした水音を背後に、行灯に文を翳せば、また、込み上げるような涙が、うすら、溜まる。目頭をついと押さえると、薄桃色の襦袢の袖が一回り色を濃くした。

 私は、この3畳ほどの部屋を酷く愛している。
 瀬戸海の大要塞と恐れられる巨大な船内とは思えぬほど静かな、小ぢんまりとしたこの空間は、本来長居をするために設けられた場所ではない。畳も敷かれていない板の間の、それもなにか、カラクリの操作や点検をするためにあるような簡素なつくり。ちょうど船尾楼の裏手にあたる半地下のこの部屋は、蒸気機関で動くこの船で蒸留された真水を流す場所にあたっている。海水を大量に汲み上げ、大釜で焚き、それを以て蒸気に変え、動く。昼間は慌しく活気ある富嶽も、夜も更けた今では碇を下ろし、静かに暁を待っている。
 そんな静けさと、心地よい時間の流れがここにはあった。四角く切り取られた明かり取りの天井窓から風が吹き込むことはなく、ゆっくりとくゆって行く紫煙が縦に細く、まるで月明かりに向かうように伸びるのを見送る。

 ふう、と薄い紫煙を吐き出す。溜息の後に残されたきつい香りは孤独だ。


 #


 ここ数日、空気は格段に暖かみを増した。湿り気を帯びる暖かさは梅雨が近いということを示している。
 毎年、梅雨の後ひと月ほど、私は“先生”に会いに行っている。それは土佐に渡るもっと以前から、旅の流浪をしては帰る場所として参じていた習慣だ。実際、元親に召し上げられるまで私の帰る場所であったそこは、瀬戸海が一望できる小高い山の中腹にあった。
 木々に隠れるように人里から距離を置く、奥まった場所にある小さな寺と、その隣に寄り添うようにひっそりとある庵。晴れていれば木々が傘のように木漏れ日を作り、雨が降れば包み込むように濃い土と緑の匂いが立ち込める。青々と景色が色付き、大気が輝いているように感じられる場所。今も、目を閉じれば鮮やかに蘇らせることができる風景だ。

 『──先生、なぜもっと人家に近い寺に移らないんです?』
 『ん?』
 『いや、ちょっと疑問で。この辺りなら小早川氏の城下もほど近いでしょう?町中に出れば、便利で条件のいい寺はもっと沢山あると思うんですけども。』
 『ふーむ。そうかもしれんねえ。』
 『先生なら、学問の師として引く手数多でしょうに…。』
 『まぁ、無くはないと言っておこうかね。とは言え、今でもここを尋ねる物好きはおるじゃろ?』
 『んんー。でも、勿体なくないですか、なんか。ここの蔵書だって、こんなに良書ばかり揃えてあるのに…。もっと一般に開放したらみんな学べるのに、って。』
 『──……。』
 『──先生?』
 『そうよなぁ。お前は良家の出ゆえに知らんこともあるか。』
 『え?』
 『小早川もな、今はああまで広がりを見せておるが、見とればわかる。今に毛利に食われるぞ。』
 『……吉川の、ように…ですか?』
 『そうよ。ひと度騒乱が起れば、農地は荒れ、城下が焼ける。戦にでもなれば、ただでは済まんこともある。それにの、尾張の寺では焼き討ちがあったと聞くぞ。』
 『寺を…!?尾張の諸侯はなにをしているんです。そんな愚かな、…学問の集積に自ら火を掛けるなんて…!』
 『お前は民の暮らしをよく見ている。確かによき政(まつりごと)を行う者の統べる地は富む。富めば学問を欲する者もおのずと増えよう。だが、名君が続くというのは、途方も無く難しいこと。それは大陸の史書を読んでもわかることじゃろ。』
 『……はい。』
 『ゆえに、よ。』
 『ゆえに?』
 『ゆえに、ワシはここにおる。ここで、己の分に相応の働きをぼちぼちこなす。じゃからお前さんのような輩に虫干しを手伝わせる、というわけよ。ほれ、次の書簡を持ってこい。』
 『──ええ…。まったく、そうですねぇ。私も、もっと沢山門下がいれば、楽できるんですけどねえ?そこまでお見通しでしたか。』
 『ふふ、お前も言うようになったもんよなぁ。』

 そこには学を積もうという真剣な眼差しと、機知に富んだ対話が溢れていた。自分と向き合い、世と向き合い、真を見つめようとする者たちの声が絶えなかった。そして、今も、新しい“知”が息づいている。
 先生がどういった経緯であの寺を守っているかは知らなかったが、私はそこで3年と少し、先生の仕事を手伝った。来訪者には簡素ながらももてなしをし、朝まで学問の話に興じる。女である身にもそういった場に共にあることを赦してくださったことで、私は随分と救われた。
 やがて、私も先生を訪ねて来た方々と同じように、見聞の旅に出ることができたのも先生のお陰だ。前夫と離縁し、半ば自棄になっていた私をかたち作ってくださった。学問の世界に入ることで女人である身にも等しく価値を置いてくださった。そして、今尚、私の“帰る場所”としてそこに在ってくださる。

 “先生”は、今の私をかたち作ってくださった方だ。 


 #


 先生からの文を読み返していた。梅雨の前、この雨を越えれば夏が来るという時期に、先生からの文が届くようになったのは、私が元親に召し上げられてからのことだ。

 〔──お前にはつい、本音を漏らしてしまうと、枕を置くことにする。
 先の戦でこの地も毛利の領となった。私にも毛利の大殿より出向の命が下ろうとしている。かの元就公は学識高いことで有名な将ゆえに、師を必要としているというのが表向きの話だが、その実は学ある者を一所にまとめ、市井にそれを説くことをよしとせぬのが腹だろう。君主としては民の叛乱こそが最も恐ろしいもの、これも賢明な判断だ。
 だがしかし、私は毛利の城下へ参じる腹づもりはない。私の弟子が豊後の山奥で寺を守っているのは先にも話したが、そこへ書物を取り急ぎ運び出しているところだ。この寺を捨てるのは惜しいが、これも人の世の常なのやもしれぬ。
 ついてはこちらが落ち着くまで、便りを待て。お前はもはや、土佐の者であるゆえ、無用な危険を冒すことはない。〕

 これまで先生の文で情勢に関することが書かれたことはなかった。新たに収集した本のことやら、私が出した文に関してやら、徒然とした近況に関することが殆どだった。そして、文の結びはいつも、「達者で、ぼちぼちやりなさい。」と。そして、土用の近くに寺に参じればやわらかに迎えてくださっていた。
 私が先生の元へ、毎年夏の土用に参じるのは書物の虫干しを手伝うためと決めてのことだ。先生もそれをわかって文をくださったろうことは重々承知できる。しかしあの寺を捨てるというのは、あまりに、受け入れ難い。
 しかし、この戦乱の世にあって、諸侯のいさかいや様々な権力の情勢から逃れて生きるということは天下を取るよりも、或いは難しいことなのだともわかっていた。学問はいかなる権力からも自由であるべきだと説いていた先生の教えが何度も反芻される。
 できるなら、今運び出しているという書物の始末や、毛利領になったがゆえの先生の不自由を、私に出来る限り手伝いたいと思う。しかし、私にはこの土佐で、富嶽で、すべきことがある。元親の傍を離れたくないという情もある。更には私が先生とかかわることで、先生が毛利からの追求を受けることは絶対にあってはならない。
 ──私は、いち権力者の“女”なのだ。そう、思い知る。
 自分の無力さが嘆かわしかった。
 それでも手元に置いていたゆえの可愛さか。先生が腹づもりを明かしてくださったこと、便りを待てとおっしゃったことが、素直に嬉しい。私にきちんとした書状をくださることが、私を認めてくださることが、こんなにも嬉しい。それなのに、私は今なにをしている?

 喉の奥が塩辛く、嗚咽が込み上げてくる。
 先生が私を認めてくださっているという嬉しさ、無力な自分への叱責、純粋に学問を成そうとすることを諦めてしまった元親への情。それらがない交ぜになって、ぐるぐると巡る。どうしようもなく、とりとめのない涙が溢れてくる。喉の奥で殺す、その嗚咽のひとつひとつが鳩尾を震わせて、私は煙管を、煙草盆へ置いた。

 ──コトリ。

 「おい。」

 煙管の音と、低く響く男の声が重なる。ガタガタと背後で引戸を閉める音がした。
 あまりに唐突な来訪者にびくりと肩が跳ねる。同時に招かれざる客がこの船の主だとも悟った。
 なにより自分がすぐ後ろの引戸を開ける音に気づかなかったことに驚く。そして、それ以上にこの泣き濡れた顔をどうしようかと狼狽した。それを背を向ける男に気取られぬよう、強めに声を張る。
 
 「なに?」

 素早くまばたきをして、後ろに見えぬように襦袢の袖で頬を押さえる。同時にするりと文を仕舞った。

 「いや?外で煙の匂いがしたからよ、起きてンなら一杯どうだ、付き合えよ。」

 男は既に一杯引っ掻けているようだ。背中で酒瓶を揺らす音がする。
 この元親という男は存外、風流を解する男だ。土佐での庭づくりにしても私の助言で作らせたようなものとは言え、花や月を愛で、酒を嗜むところを見るに、私の価値観ではとても片田舎の土佐人とは思えない。いや、片田舎の土佐人であるからこそ、豊かな海や美しい花、木々を愛し、愛でるのだろうか。
 ぎしりと床が軋む。途端に気配が濃くなり、酒気が鼻を掠める。酒の強い男のことだ。声音からして今宵の月見に、既に相当入れているに違いない。
 まだ熱の引かない頬が月明かりで照らされるのを厭うように煙草盆を引き寄せる。

 「そうね、なら上に上がらない?」

 「ここじゃ、空が四角いから。」そう付け足して、大きく息を吐いた。カンッ、と強い音を鳴らして煙管の灰を箱に落とす。牽制の意を込めた音だった。
 しかし男の気配は更に色濃くなり、とうとう後ろから抱きとめられて、いよいよ固まってしまった。泣き濡れた顔を見られたくないだけではない。“先生”からの文を見れば、元親の気を悪くすると解っている。
 肩にもたれ掛かるようにして強く抱きとめられ、大きな手が、今しがた涙が伝っていた頬を撫でる。耳元に息を沿わせて、あまつさえ情をそそる様な口づけを施してくる。

 「っ…!元親。そんなに酔ってるなら、寝所に行──」
 「なに、泣いてんだ。」
 「……なに言って、」

 元親は側にある棚に酒瓶を手荒に置くと、更に指を這わせた。首を伝い、鎖骨を撫でる。顔を逸らし振りほどこうとしても、腕はびくとも動かなかった。
 そして、徐に胸元まで指を這わせると、つい、と襦袢の袷から文を抜き取る。

 「ちょ、返して。酔っぱらいの冗談なら閨で聞くから。」

 元親は、頑としてこちらの抵抗を許さない姿勢を取りながら、文を広げる。これには流石に、怒りが込み上げた。

 「やめて。幾ら酔ってるからって、これは…!」
 「へえ。そんなに片意地張るってのは、これが“先生”の文だからか?」
 「あんたには関係ないでしょ、勝手に読まないで。」
 「お前が隠し立てするからだろ?」
 「元親!」

 いさかいの間も元親はするすると文に目を通していく。酔っているとは言え、嫌な間合いで頭の廻る男だ。
 そうこうするうちに殆ど目を通したのか、抱きとめる力をふっと緩めて板の間に胡坐をかいた。私は元親に向き直ることなく、丁寧に文を畳みなおす。元親はいつになく露悪的に、ぞんざいな言葉を選んでいるようだ。

 「お前がここまで入れ込むんだもんなぁ?その“先生”ってのは、そんなにいい男なのかよ。」
 「入れ込むとか、そんなのとは違う。それは前にも話したでしょ?」
 「じゃあ、恐れ多くもすげぇ坊さんだってか。」
 「あのね。今の私をかたち作ってくれた人よ。私に学を与えてくださった師よ。傾倒するのは当然でしょ。」

 語気を強めて捲くし立てれば、あからさまな溜息が返ってきた。

 「じゃ、なにか?お前、これを読んでなんで泣いてた。自分が俺に身売りしたのを悔やんでやがるのか、それとも、俺から離れでもする気かよ。」
 「身売りって…なんでそういう言い方するのよ。」
 「お前が俺の妾じゃなきゃ、今にでも駆けつけてたろうが。違うか?」

 こうまでのいさかいになったのは、男が酔っているからだと思っていた。しかし、核心に触れる男の言に振り向けば、その目は獰猛で、まるで剣を交えているようにこちらを見ている。とても冗談で流せるようなものではなかった。

 「俺は、前々から無理矢理にでも引き離してみてぇと思ってたけどな。お前は、もう立派にうちの野郎どもと同じに働いてる、土佐の人間だろうが。それに、親ばなれは必要だろ?」
 「親とは違う。あの人は、…あの人は、」
 「じゃあなんだって?俺に身売りして、自由に見聞できるだけの後ろ盾が欲しかった、ってか。そりゃそうか、毎年毎年嬉しげに“帰ってる”もんな?」
 「元親、どうして。こんなこと、」
 「っせぇよ!」

 吐き捨てるように声を張ると、元親は私の腕を引いた。あまりに唐突な動作に身体が傾く。元親に身体を預ける形になると、抱き潰すように強く強く力を込められた。
 咄嗟に、少しの恐怖が入り混じり、身体に力が篭る。この男の怒気を、こうまで直接感じたのは初めてだったからだ。

 「元親…、痛い、って。」
 「──……。」

 暫く、そのまま静かに過ごしていると、段々と込められた力が、どちらともなく抜けていくのが解った。
 力が抜けてしまうと、背中から抱きとめられている感覚が久方ぶりのものだと知る。ちょうど元親の胸板に預けられた耳が、彼の心音を拾っていることに気付き、息が漏れた。こんな時でも彼に対する愛しさを感じる自分に、どうしようもなく切なさを覚える。
 確かに初めて出会ったときには、後ろ盾が手に入ればいいと思っていた。加えて言えば、それはかなり戦略的な要素を持っていたことも確かだ。上手く利用して、もし男が自分を縛るようであれば、捨て置いてどこへなりとも行くつもりでもあった。しかし、と、思う。しかし、今はこんなにも愛しい。傷つけられるような言葉を選ばれれば胸が痛み、敬愛する師や学問を二の次としてでも共にありたいと思う。それでも、そういう自分を許さない自分が存在することも確かで。
 矛盾した幾つもの感情を抱えて、少しだけ、擦り寄るように耳の位置を変えた。先ほどより強く響く心音に愛しさが募る。

 「……悪かった。」

 やがて、元親は誰に聞かせるでもないようにポツリとつぶやいた。振り向いて視線を合わせる。すると、元親は私の袖をさばいて、乾きかけの襦袢の色の濃さを確かめた。

 「──…判ってる。お前を“先生”から無理に引き離したら、お前が壊れちまうだろうってことも。どれだけ凄い人で、お前がどのくらい世話になって、心酔するほど尊敬してることだって。」

 まるで、溜息に乗せる独白のようだ。

 「ただ…、酔った勢いで言わせて貰や、俺は、──俺は、自分で思ってるより嫉妬深いってことだろうな。敵わねえのは知ってる。惚れたなんだの話じゃねえのも解ってる。…それでも、」
 「元親?」

 段々と、とろみを増すように語気が落ちていき、腕の力がふっと抜けた。

 「悪りぃ。来年は、うちの…酒でも……持ってけ……。」

 そのままどさりと躯体を横に転がして、寝息を立て始めた元親の髪を撫でる。
 視線をずらせば、横に置かれた酒瓶が倒れて僅かに酒が零れているのに気がついた。
 元親はどういうつもりだったのだろうか。ふらりとやってきて酒を勧めるような口ぶりだったが、酒瓶から零れた酒の量は、とてもこちらに勧めるつもりだったとは言い難い。だとすれば、はじめからこの話をするために酔っていたのか。…昼間、いつもの偵察船の持ち帰った文をその場で読んだあと、私はどういう顔をしていただろう。
 思いを馳せながら、ふきんと掛け布を取りに船室を後にした。
 甲板に出ると、潮風に強く吹かれた。髪がばさりとなびき、撫で付けるように押さえる。潮風は私の胸を打ち付けるように吹き抜けていくばかりだ。


 私は、対岸の、見えるはずのない丘を見据え、小さく息を吐いた。
 


 (了)

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